ダンジョンとは
「それなら早めに連れて来てもらった方がいいな」
「ライオウ」
「講師としてってよりかは、ダンジョンの幅を広げる時のアドバイザーになってもらった方が良くないか?」
「ああ、そうかもな」
ライオウの言葉に、カエンが重々しく頷いた。ただその眉間には何故か皺がよっている。
「カエン?」
「ダンジョンの大筋を決めるのはこのメンバーで良くても、詳細を造るまでには話聞いといた方がいいだろうなぁ」
そう言った顔には今度はハッキリと苦笑が浮かんでいる。人差し指で軽く頬を掻きながら、困ったようにゼロを眺める目には若干の憐憫の色が見える気がする。
「なんつーかな、このダンジョンは基本平和なんだよ。初期ダンジョンはそれでもいいんだが、中規模以上になってくると……現実にはもっと醜悪で悪意と恐怖に満ちてる」
ああ、なるほど。
そりゃそうだろうなぁ。アンデッドやムシ系がいないだけでも随分平和だ。
「たとえばスライムだってあんなポヨンポヨン跳ねてる愛敬のあるヤツばっかじゃなくて纏わりついたり溶かしたりのエグいヤツもいるしな」
「そうだけど、可愛いくないじゃない」
「いやこの際可愛いさは捨てろ」
ルリの非難がましいつぶやきも、カエンは一刀両断だ。
「アンデッドか~……」
既に若干青ざめているゼロ。ここは引導を渡してやらねばなるまい。
「スケルトン、ゾンビ、グール、レイスあたりは必須だろうな。ボス系にヴァンパイアとかドラゴンゾンビ、スペクター、リッチを配置するくらいで大まかいいんだろうが」
「グ……グロい……っ」
「フィールドは勿論墓場だな」
「ひぃぃ最悪だ……っ」
「ああ、毒の沼地とかある感じの?」
「そうそう、薄暗くて霧と瘴気が漂ってて曲がりくねった木とかも生えててな」
話にのってきたルリに調子よく返していたら、ついにゼロは耳を塞ぎ始めた。どうせ後から嫌でも造らなきゃならなくなるんだ、諦めて慣れてくれ。
「ゼ……ゼゼゼゼゼロさんっだだだ大丈夫ですかっ?」
ラビちゃんが必死にゼロを慰めてるけど、本人伏せ耳涙目だし。お前が大丈夫か。
「アンデッド系、虫系の他っていうと……スライム系は今のスライム・ロードの上級を作っていきゃいいだろうが、他にも獣系とか海系とかは少なくとも必要だろうな」
カエンもさすがに真剣だ。早い段階で話を本筋に戻してきた。
「あと、ゼロが造りたがってたトラップ系も要るんじゃない?」
「そっか!そうだよね!要るよね、トラップ系!」
あ、復活しやがった。
「他には何かあるかな~」
「はっ、はい!」
ゼロの問いかけにラビちゃんが勢い良く挙手する。
「迷路とかどうでしょうか!」
なるほど、ありかも。
「この前話した『エスケープ』ってアトラクション、かなり広い迷路を逃げまわるんです。あれ、かなり怖いんですよ!?」
「ああ、俺んとこもそうだな。回り道できたり高低差が利用出来たり趣向は様々だし、フィールドも森っぽい事もあれば頑丈な石造りの事もある。ただ、何にせよ広い迷路だって事は同じだ」
ライオウも同意らしい。
「森はまだしも石造りのダンジョンで延々迷うって、かなり鬱よねぇ」
「しかも追いかけられたりするんだもんね」
ルリやゼロも納得みたいだが、結構地味に心配な事がある。
「なぁ、さすがにそのダンジョンは、モニターチェックとかしなくていいよな?」
「そりゃそうだよ。多分何日も迷うような本格的なの造らないと意味ないだろうし、そんな長丁場はずっと見てるワケにいかないし。なんか仕組み考えるよ」
よ、良かった!
ゼロの答えにとりあえずホッとする。
面白みのあるパーティーならまだしも、無口なヤツがただ黙々と迷路攻略するの眺めるなんて、罰ゲーム以外の何物でもでもないからな。
「あっ!この前の小人になる部屋で、時間がきたら暗闇になるの。あれ、結構いいんじゃない?」
「……酷いな」
ライオウ、マジメにツッコまないでくれ。ルリレベルで頭柔らかくいかないと、キレのいいダンジョンにならないモンなんだ。
「あ~確かに。暗闇で迷路って最悪だね」
「つーか、むしろ暗闇はアンデッド系で使えばいいんじゃないか?」
ゼロに絶望した顔で見られた。なんでだ。暗闇迷路と何が違うんだ。
……あ、出るモンスターが違うのか。
「まぁ待て待て、細かい仕掛けはまた後日にしようぜぇ。仕掛けの部分はレジェンド達や直近で未制覇ダンジョンに潜ったヤツらから情報聞き出した後の方が効率がいい」
ああ、そうだった。ついつい仕掛け考えるのの方が楽しいもんだから、考えがすぐそっちに流されがちだな。今日はカエンにちょいちょい話を本筋に引き戻されてるけど、やっぱりカエンもそれだけ真剣なんだろう。
「そっか、そうだね。えーと、これまで出た方針は、纏めると」
言いかけたゼロの後をライオウが引き継ぐ。
「ラビと俺のダンジョンは、高い塔を擁したリゾート兼学園都市だったよな。裏では要塞の要素も持っちゃいるが、主な役割はここで子供から大人まで、一般教養や職業訓練を踏まえた育成を行う事だ」
「はい!天空のリゾートです!素敵な響きですぅ」
ラビちゃんは目をキラキラさせてるけど…あまりに幸せそうなだけに若干不安だ。リゾート部分しか頭に入ってなかったりはしないよな?
ライオウがついててくれて良かった。
「頼んだぞ、ラビ。職業訓練がうまくいけば、民の職業に対する意識も変わる。冒険者よりももっと魅力的な仕事を沢山教える施設を作ってやってくれ」
若干苦笑しながらも、真剣な眼差しでラビちゃんを見るカエン。ラビちゃんは任されたのが嬉しいのか「はい!頑張ります!」と気合い十分だ。
ライオウも居るし、きっといい仕事をしてくれるだろう。
「そして僕達のダンジョンは今の施設にプラスして、中級冒険者さん達をガンガン鍛えて大規模ダンジョンを攻略できるくらいにすればいいんだよね?」
「そうだ。他国からのダンジョン討伐の依頼が受けられるレベルの人材を作りたい。最盛期のレジェンド達くらいに鍛える事が出来りゃあ、まぁいいだろ」
「か、簡単に言うけど、それ結構な難問なんじゃないの?」
事もなげにそう言い放ったカエンに、ゼロが肩を落としている。もちろん俺はゼロに激しく同意だ。ただ、どうやらカエンは本気で簡単だと思ってるらしい。不思議そうに頭をかいた。
「いや?簡単だろ?大規模ダンジョンがわんさかあった頃なんか放っといても強くなっていったもんだ。て事は強力なモンスターがひっきりなしに出るダンジョンに放り込んで缶詰にすりゃ嫌でも強くなるだろ」
うわ、完全に今の数時間でクリアするダンジョンとは桁が違うんだな。かなりガチに近いヤツだ。
「そんで無力感を感じたところでレジェンド達の猛特訓受けさせりゃ吸い込みも良くなるだろ」
「なるほど、それで強くなったら」
「また訓練用のダンジョンにぶち込む」
「え、実戦投入じゃなく?」
「大規模ダンジョンはそれで討伐出来るほど甘くねぇ。今この大陸に残ってるダンジョンは、近隣ではレジェンド以後に頭角を現したもんがチラホラ、あとは地理的に遠過ぎて状況すら掴めないもんばっかりだ。舐めてかかりゃ一瞬で命を落とす」
そ、そうなのか。
隣でゼロが、ゴクリと息をのむのが分かった。この件は俺たちが想像していたより、かなり重いミッションだったみたいだ。
「まぁ、冒険者なんかそもそも命かけて戦う商売だからな、致し方ない部分はあるんだが、ギルドとしてもせっかく育った冒険者は貴重だし、情もあるからな。依頼で動かす以外はエンドレスで鍛えまくってやるさ」
ニヤリと笑ったカエンを見て、俺は早々に反論を諦めた。
……頑張れ、冒険者達……。




