巫女殿は苦労人
「スゲーなスラっち…」
思わずため息と共に賞賛の言葉が漏れ出てしまった。なんせこのたった一回のスライム一斉攻撃で、スラレンジャー3体と修行僧、クール侍まで戦闘不能になってしまったからだ。
残っているのは元々バリアの中にいた巫女殿と、咄嗟にバリアを張ったらしい幻術士、そしてさっき幻術士を庇ったおかげでバリア範囲に運良く入っていたイエロー、そして。
「くっ…さすが魔王…!初っ端から大技を出してくるとは…っ!卑怯!卑怯なり!」
なんとか自力で耐えたジャガイモ侍が、息も絶え絶えに悪態をつく。別に大技は初っ端に使ってもキメ技で使っても、卑怯じゃないと思うがな。
「なんとここで2名が気絶のためリタイアです!気絶者はワープスライムが医務室に運びますので戦闘を続けて下さいね!」
キーツのアナウンスに、巫女殿は綺麗な顔を少し歪めた。
「のぅ…治療するとか言っておるぞ?やはり本当に訓練所なのではないか?」
「騙されては!騙されてはなりませぬぅ!!巫女殿は敵を信じ過ぎにござります!あやつらの身柄も渡したら最後、傀儡と成り果て我らの敵となりましょう!だ、ま、さ、れ、て、は、な、り、ま、せ、ぬぅ~~~~~!!」
渾身のジャガイモ侍の絶叫。
キーン…と耳鳴りがする。
ただただうるさい。
涙目の巫女殿は、両手で耳を抑えながら「思い通りにならないとすぐこれじゃ…」と、ちっちゃいちっちゃい声で愚痴っていた。…苦労してるんだなぁ。
そこに、突然愉快そうな笑い声が上がった。
「いや、愉快愉快。うまく気絶に持ち込むものよ」
「笑い事ではなかろう!」
笑いが止まらない幻術士に、ジャガイモ侍が鬼の様な顔で言い捨てる。刀を持つ手が怒りでブルブル震え始めた。
「二人の仇は拙者がっ!」
抜き身の刀を振り上げ、ジャガイモ侍が跳躍する。
勿論スラっちも一歩も引かない。プルプルしながら迫りくるジャガイモ侍を睨みつけた。(多分)
「仕様のない男よ。山吹、加勢てやれ」
溜息をつきながらも幻術士がイエローに指示を出す。いつの間にかイエローに山吹という名前をつけていたらしい。
幻術士の一声で、弾かれたように飛び出したイエローは果敢にスラっちに飛びかかる。それを見送った幻術士は自身と巫女殿の周りに結界を張ると、なんとゆったりと座り傍観を決めこんだ。
「巫女殿、魔王とやらの闘いぶりを冷静に観察されるとよかろう。参考になる」
「……その余裕ぶり……。やっぱりあの魔物は魔王などではないのであろう?」
ジト目の巫女殿に、幻術士がニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「当たり前ではないか。魔王とやらの慈悲がなければ、先に倒された二人は今頃黄泉路を彷徨っておる。第一この訓練所は街の民によれば王室公認らしいからな」
「はぁ!?」
巫女殿が驚きの声をあげる。おしとやかな外見からは想像出来ない低い声が出たが、こればかりは仕方ないだろう。怒りで顔を真っ赤にして幻術士に詰め寄った。涙目なのが可哀相すぎる……。
「な…な…な…ならば何故あやつを説得してくれなかったのじゃ!」
「面倒臭い」
にべもない。
あまりの回答に口をパクパクと動かすだけで声も出ない巫女殿を見て、幻術士もさすがに気まずくなったらしい。慌ててもっともらしい理由を付け足した。
「…言って聞くようなタマでもなかろう。それに、本当に街の者が洗脳されている可能性もなくはない。こればかりは実際に敵の懐に飛び込んでみねば判断出来ぬであろう」
「…絶対に、面倒臭いが9分9厘じゃ」
うん、俺もそう思う。
幻術士は巫女殿の恨みがましいジト目をさりげなくかわし、スラっちに視線を向けた。
「……まぁ、それはそれ。ほれ巫女殿、魔王とやらがまた大技を放とうとしておるぞ?」




