世にも雅な幻術
早鐘を打ち鳴らすくらい強く、早く鳴り響く鈴の音は、もはや焦燥感しか引き出さない。
呪術士は相変わらずゆったりと優雅に舞っているのに、一体どこに仕込めばあんなに激しく鈴がなるんだろうか。
そう考えているうちに、だんだんスラレンジャー達の動きがおかしくなってきた。
誰も居ない空間に向かって突進したり、雷を落としたりしてみては、不思議そうにキョロキョロしている。(多分)
幻術士だけあって、幻でも見せられているんだろうか。
カキーーーーーン…!!
澄んだ金属音と共に、コスモスタースライムの青い体が凄い勢いでぶっ飛んだ。
「わっ!?」
カキーーーーーン…!!
カキーーーーーン…!!
矢継ぎ早に金属音が鳴り、赤と黄色の丸い物体が吹っ飛んでいく。
「ああ…レッドとイエローまで…」
ゼロの悲しげな声に被せるように、朗らかな声が響いた。
「うっひゃあ!超飛んだなぁ!気っ持ちいい~!!」
敵を見失ってキョロキョロしている無防備なスラレンジャー達を、後ろから容赦なく金属棒でかっ飛ばした修行僧は満面の笑顔を見せた。
「こっちもカタはついた。」
刀を鞘におさめながらジャガイモ侍が無愛想に言う。どうやらブラック…不思議スライムをついに仕留めたようだ。
「そっか…」と言いながら振り返った修行僧は、そのまま驚愕の表情で後ずさる。
「うわっ!?なんなのその頭!!」
可哀想に、不思議スライムが倒れても、状態異常はとけなかったらしい…。時間で効果が切れるタイプなんだろうか。
「一体なんだというのだ、皆して」不機嫌感丸出しでピンクのツインテールを揺らすジャガイモ侍。…いや、もうヤツには触れるまい。精神がやられる。
その時、何の脈絡もなく挑戦者達の体がキラキラと光った。
「………?」
「なんだ……?」
「回復…したようじゃの」
侍も巫女殿も、幻術士ですら訳が分からない様子で辺りを見回した。
「あ…あやつか?」
視線の先にはピンクちゃん。
思わず脱力する。
目立たない所で応援していたものの、仲間がかっ飛ばされたのは見えたのかも知れない。回復魔法でサポートしようときっと頑張ったんだろう。
ただ、ピンクちゃんだって漏れなく幻術にかかってたんだな。回復魔法は挑戦者達に降り注ぎ、結果居場所をバラしただけという残念な事になってしまっている。
一生懸命なのは認めるが、ピンクちゃんはどこか抜けてる感が拭えない。…まぁ、可愛いけど。
困ったようにプルプル震えていたピンクちゃんの前に、無言でスラリと刀を抜いた侍が立ちはだかる。
一切の躊躇なく、侍の刀が降りおろされた。
「ピンクちゃん!!!」
マスタールームで悲鳴に近い叫びがあがったその瞬間。
ガキィーーーーーン…!!
硬質な金属音が鳴り響いた。
「イエロー!!」
いつの間に戻ったのか、かっ飛ばされた筈のイエローがピンクちゃんをかばうように立ちはだかり、その硬い体で刀を受け止めている。
「すごい!すごいよイエロー!!」
ユキが飛びあがって喜んでいる。
すげぇな、イエロー…。いくら雷神の盾が元になっているとはいえ、尋常じゃないナイトっぷりにただただ驚くしかない。
しかも、戦線に復帰したのはイエローだけではなかった。
「うわっ!?痛ってぇ!!」
ゴツッ…という鈍い音は、ブルー:コスモスタースライムが修行僧をぶん殴った音だろう。
「まったく…しっかりとトドメをささぬからだ。」
やれやれ、といった風情で幻術士が右手をフワリとあげると、なんとその手のひらから、無数の花びらが宙に舞った。
「うむ、いつ見ても雅よの」
巫女殿は扇を口元にあてながら、満足げに微笑む。たしかになんか優雅な技だな。
カフェからも、ため息のようなどよめきが聞こえてきた。いつもはモンスター達をちぎっては投げしているだろうおっさん達にも、どうやら花吹雪を楽しむ心はあったらしい。
「良い香りじゃ…。さて…桜の舞も堪能したしの。そろそろ引導を渡してやるがよい」巫女殿が扇をパチン、と鳴らす。
「仰せの通りに」
大技の予感に思わずこっちまで緊張する。
その場が一瞬、閃光に包まれ、 あれほど舞っていた花吹雪が、幻のように消えていく。
…そして、静寂が訪れた。
「…なんだろ。何にも起きないね」
ゼロが不思議そうに呟くが、俺もよく分からない。…不発だったのか?




