新たな状態異常
「おっと!」
横から青いトゲトゲのコスモスタースライムが襲いかかってくるのを、バク転3回で軽やかに避ける修道僧。
彼の動きは見ているだけでも楽しいが、そろそろウチのスライム達も本気を出してくる頃だ。…と思ったら案の定!
「ぅあちっ!?」
着地した地点に絶妙に噴射された高温の蒸気をモロに浴び、修道僧はビックリしたように飛び上がった。そこに間髪入れずに雷撃が走る。
「ぐ…は…っ…」
反射的に飛び上がった空中では避ける事もかなわない。雷撃を全身で受け、墜落してくる修道僧の体を、今度こそコスモスタースライムのトゲトゲが捉えた。
コスモスタースライムは動くフレイルみたいなもんだ。横から強烈な一撃をくらうとダメージも大きい。スライム達の一連の攻撃に、さしもの元気修道僧も、ガクリと膝をついた。
「下がっていろ」
「まだやれる!」
幻術士のクールな声に、修道僧は悔しそうに叫んだ。目はまだまだ燃えるように輝いていて、確かにすぐに引っ込めるのは少々可哀想な気もする。
「ふむ…」
幻術士は胡乱げな目で修道僧を見たものの、しばらく視線を交えた後、薄っすらと笑った。
「よかろう。ただ、さすがに3対1は分が悪かろう…少しだけ援護してやろう」
そう言って幻術士が軽く右手を上げると、 元気修道僧の体がキラキラと光る。それは、今まであまり見た事がない、薄青い光だった。
「これは…なんか状態異常ついてるか?」
今日のスライム・ロードのモニター担当グレイに確認すると、何故かモニターを見た後、グレイがしばし固まってしまった。
「………」
複雑な表情でモニターを二度見。
そして一拍おいた後、突然堰を切ったように笑い始めた。
なんだ!?
一体どんな効果だったんだ!?
「どうしたグレイ、一体どんな状態異常だったんだ?」
まさか味方にそんな酷い状態異常かけるとも思えないんだが。それでもグレイはモニターを見てはヒーヒーと笑っている。
「いや…彼の状態異常は別に…」
やっとこ出た声は何の足しにもならない情報しか与えてくれなかった。…仕方ない、自分で見るか。
モニターに表示される情報を上からなぞっていく。すると、修道僧の状態異常に辿りつく間もなく、目を疑う記述を発見してしまった。
……なんだこれ。…カツラ百選?
ジャガイモ侍の状態異常として記載されたそれは、もはや状態異常なのかどうかも分からない名称だった。
とりあえずモニターを見てみる。
……ああ、なるほど……。
さすが不思議スライム。
なんの意味もない状態異常も平気で投下してくるな。
「頼む!武士の情けだ、近寄らんでくれ!」
「さっきから一体なんだと言うのだ!」
「ひぃっ!」
ずいっと近づいてくるジャガイモ侍の姿に、冷静だったもう一人のクール侍もさすがに耐えきれなかったらしい。息を飲んだ後、堰を切ったように笑い始めた。
「無礼な!」
それはしょうがないだろう、許してやってくれよ…。
だって、そう話してる間にも、ジャガイモ侍の頭はゴージャスな縦ロールになったり、壮絶なアフロになったり、はたまた流麗な金髪ストレートロングになったりと忙しない。
しかも顔はジャガイモのまま。どんな髪型になっても違和感しかない。笑うなって方が無理がある。
「わ…笑い死ぬ…!頼むからなんとかしてやってくれ…!」
笑いすぎて息も絶え絶えの侍が必死の形相で頼んでいるのに、幻術士は「面白いから放っとこう」とニヤニヤするだけ。
なかなか人が悪い。
「これ。確かに面白いが、確か制限時間もあったであろう?あまり長引かせるでない」
笑いをこらえつつ、巫女殿が幻術士を咎める。幻術士はニヤニヤ笑いのまま軽く頷くと小さな声で呪文を唱える。
すると、クール侍は悪夢から覚めたように大人しくなった。脱力してグッタリはしているものの、笑いの波からは解放されたらしい。
ただ…ジャガイモ侍は相変わらず七三分けになったり、波打つ赤毛ロングになったり…カツラ百選の魔力から逃れた様子は見られないんだが。
「これは…?」
怪訝そうな顔の巫女殿に、幻術士は軽くウインクで答えた。
「せっかく面白いんでな。ようは伊右衛門が笑い死ななければ良いのであろう」
なるほど!クール侍が影響受けないように、そっちに幻術かけた訳か!なんというか…本当に人が悪いな。
「さて、どちらもそろそろ潮時か」
ゆったりと笑みを浮かべたまま、幻術士がふわりとその場で舞い始めた。小さな声で呪文を唱えながら、ふわり、ふわりと回る。どこに仕込んであるのか、彼が動く度に鈴の音が高く低く鳴り響く。
なんというか、優雅だ。
後ろに見え隠れするジャガイモ侍のカツラ百選がちょいちょい目に入ってさえこなければ、思わず見入ってしまいそうなくらい、美しい舞だった。
リィー……ン……
リィーー……ン…ン…
呪術士の舞に合わせて鈴の音が高くなっていく。
リィー…ン…ン…
リィーン…
リィン…
鈴の音が、だんだん高く、大きくなり…何故か不安感をもたらす音色へと変わっていく。
リィン!
リィン!
リィン!
リン!
リン!
リン!
なんだこれ、何か怖い!!




