リリスの狙いは
これはヤバい…!
飛び抜けて戦力が高いのが一目瞭然の狼兄さんが敵に回ると、チビ獣人達に勝ち目はない。
チビ獣人達はそもそもこの異変に気付いているだろうか。またもや心配になってチビ獣人達に目をやると…。
「リ…リプト兄…!」
ああ、気づいてはいるな。青い顔でブルブル震えている。シッポは完全に垂れ下がってしまって、足の間に挟んでいるチビさえいた。
さっきの元気はどこへやら、既に恐怖に満ちた表情だ。
「リプト兄…?」
恐る恐る声をかけるチビ獣人達に、狼兄さんが胡乱な目を向ける。
「さぁ、おチビちゃん達にお灸を据えてやって頂戴。…殺しちゃダメよ?」
狼兄さんにぴったりと寄り添い、頬を撫で上げながら妖艶にお願いするリリス。いつもの事ながら悪女っぽい。
リリスの指令を受けた狼兄さんが、ゆらりと前に進み出た。
狼兄さんの足が地を蹴る。
次の瞬間には、チビ獣人達は4人ともぶっ飛ばされていた。どんな技を使ったのかも分からないほど、その攻撃は速かった。
「う……リプト兄……」
腹を抑えて、ツリ目のヤンチャ君が何とか起き上がる。
「なんだよぉ…簡単に魅了されちゃってんじゃねぇよ…!正気に戻ってくれよぉ…!」
涙をボロボロこぼしながら、必死で狼兄さんに話しかけているが、もちろん狼兄さんには通用しない。首に手を当てコキコキと鳴らしながら、ゆっくりとチビ獣人達に近づいていく。
「子供だからぁ、ほどほどにね?その子達を片付けてくれたら、ゆっくりご褒美をあげるわ♪」
リリスは空中で膝を抱えるようにして、狼兄さんの頭上あたりをふわふわと飛んでいる。高みの見物を決め込むつもりなんだろう。
ついに、狼兄さんがチビ獣人達の前に立つ。モニターごしに見ていても、物凄い威圧感だ。
「ど、どうしよう、なっちゃん…!」
「リプト兄なのに怖いよぅ…っ」
チビ獣人達はツリ目ヤンチャ君を中心に、震えながら固まりになっている。
「どうしようったって……」
震えながら、目は狼兄さんから離せずにいるチビ獣人達。ヘビに睨まれたカエルってヤツだな。金縛りにあったみたいに、逃げる事も出来ないようだ。
ジャリ…ッ
口角をニヤリと上げて、狼兄さんが大きく一歩踏み出した。
その瞬間。
「う……うああああぁぁぁああ!!!」
耳をつんざく金切り声をあげながら、ツリ目ヤンチャ君が飛び出した。
ワケの分からない叫び声をあげ、闇雲に狼兄さんに向かっていく。格闘とも呼べない、手足をめちゃくちゃに振り回すような混乱した動きだ。しかしそれすらも、狼兄さんは流れるような動きで受け流す。
余裕綽々に攻撃を躱しながら、狼兄さんがツリ目ヤンチャ君の足を軽く払う。
小さな体が、無防備に宙に浮いた。
容赦なく狼兄さんの腕が振り下ろされた。
しかし、その腕が空を切る。
そして、狼兄さんは急にガクンと動きを止めた。
「………」
胡乱な表情で、足元を見下ろす狼兄さん。その足元には、二人のチビ獣人がまとわりついていた。
その横には、転がって土まみれのツリ目ヤンチャ君と、もう一人、ふわふわ真っ白しっぽのチビちゃん。
どうやらこのチビちゃんが横からヤンチャ君をかっさらって、狼兄さんの手刀から守ったらしい。
「なっ…なっちゃんをいじめないで!」
「リプト兄が本気で殴ったら、なっちゃんが死んじゃうよぅ!お願いだから正気に戻って!」
足に縋りつくチビ獣人達の涙の訴えにも、狼兄さんは反応しない。煩そうに足を振ってみて…離れないと分かると、スッ…と無表情になった。
「皆、ばかリプトから離れろ!」
ツリ目ヤンチャ君の高めの声が響く。
声に弾かれたようにチビ獣人達が跳びのいた瞬間、狼兄さんの手刀がまたも空を切る。本当に一瞬遅ければ、チビ獣人達はかなりのダメージを負っただろう。
「話しかけたって多分ムダだ!魅了は衝撃で解ける事があるって、クスト兄が言ってた!」
「あのインテリ兄ちゃんか!」
「じゃあ間違いないね!」
ツリ目ヤンチャ君の言葉に、他のチビ獣人達も目に生気が宿ってきた。誰の事かは俺には分からないが、チビ獣人達からかなり信頼されている年長の兄貴分がいるんだろう。
なんでそいつが引率しなかったんだろうな、ホントに。
「何とかして、ばかリプトを一発ぶん殴るぞ!!」
「わ…分かった!」
「やってみる!」
四人のチビ獣人達の顔が引き締まる。
「いくぞ!!」
ツリ目ヤンチャ君の号令と共に、チビ獣人達が四方に散った。




