今日も糸目爺さんはやってきた
58日目の朝。
「ハク~、おっはよ~!!」
「…あー、おはよ」
今日もユキの生モーニングコールで目が覚める。昨日なんだか休んだ気がしていないせいか、体はまだまだダル重い。回復温泉で体力的には全快してる筈なんだが、気持ちの問題なんだろうか。
「今日のご飯はスープスパだよ。アサリが入っててね、湯気がホワッと出ててね、すごい美味しそうだよ!」
相変わらずの朝食レポートを聞きながら、欠伸をかましつつダイニング…マスタールームに顔を出すと、既に全員が集合していた。
「おはよう…あら、冴えない顔ね」
「ああ、昨日今ひとつ休めなかったしな」
声を掛けてきたルリに、軽く返す。そんなルリはお肌ツヤツヤ、精気が漲ってイキイキしている。よほど新しいダンジョンの事を考えるのが楽しいらしい。
「そういやぁ、昨日レグス達が来てたなぁ。何しに来てたんだ?」
レグス…?
「…レジェンドの爺さんだよ」
怪訝な顔をしたのが見えたのか、カエンに呆れたように言い足された。
なるほど、糸目爺さんとMr.ダンディは確かに昨日きたが。主にそのせいで休んだ感がゼロなんだが。
「ああ、来たな。カエンの教え方じゃ基礎がなっとらん、とさ」
恨みがましく言ってみたが、「基礎?いるか?そんなもん」とキョトンとした顔で一蹴されてしまった。
俺のお師匠様は大概いい加減らしい。…知ってたけど。
「格闘の基礎を教えなおす代わりに、布やリングの演武を見せろってさ」
カエンはいつものごとく爆笑だ。憮然としてるのがバカバカしくなってくるな。
「なんだそりゃ!あいつらも素直じゃねーなぁ、もの珍しい武器間近で見たいだけじゃねぇか!」
だよな!!
激しく同意したその瞬間。
カフェからいきなりコールが入る。
「ハクさぁ~ん、お客様ですぅ!!」
え…?
嫌ぁな予感を抱えつつ受付モニターを見ると、案の定…そこには糸目爺さんとMr.ダンディ。
…今日も来たのか。
「へぇ、あの偏屈レグスが熱心なもんだなぁ」
カエンは感心したように呟いたが、そんな意外性いらねぇし。確かに格闘の基礎も大事なんだろうが、個人的には今は転写スキルの強化に時間を使いたいんだけどな。
「仕方ない、断ってくる」
そう言って席を立とうとしたら、なぜかグレイに止められてしまった。
「もったいないと思いますがね。レグス氏は格闘家の中でも随一のお方とききます。見たところレジェンドと言うだけあって、技の幅広さも相当のものですよ。まだパッとした技がないんですから、素直に教えを請うては?」
そうだけど…もう少しオブラートに包んで言ってくれたっていいと思うが。意外とグレイも容赦ないよな。
その後ゼロとカエンにも説得されて、結局は糸目爺さん…レグス爺さんのありがたい特訓を受ける事になってしまった。
実際毎日のダンジョンのボス戦前に体力を削るのはどうかと思うけど、お互いの時間が合いそうなのはそこしかない。
「集中せい。考え事しながら出来る程、まだ上達しとらんぞ」
だって…基礎訓練、大切なんだろうけど地味過ぎる…。大技どころか、型の基礎をただただ延々とやってるだけなんだけど。
「はいはい、気持ちは分かるけど集中するようにね。基礎なんてどんなものでも地味で時間がかかるものだよ」
Mr.ダンディとレグス爺さんにしっかりと見張られつつその日の特訓を終え、最後の30
分くらいはやっぱり組手をして終わる。気がつけば時刻は昼飯直前になっていた。
ヤバい、オープンまであと1時間ちょっとしかないじゃないか。慌てて回復温泉に浸かって疲れを癒し、シルキーちゃん達が用意してくれた飯を食い…しばし呆然としてしまった。
何故に俺の一日はこんなに無駄に忙しいんだろうか。




