ラビちゃんの目覚め
「ああ…国土の範疇にダンジョンが出来たらカエンに報告するっていう…アレだよね?」
ゼロが納得、という風情で口をはんだ。
多分細かい目的までは知らされていなかったんだろうな、あの様子じゃ。
カエンは深く頷きながらさらに続ける。
「そうだ。ダンジョンが出来る度にマスターを説得しに行ったんだが…先に出来た2つのダンジョンでは、交渉は決裂した」
「そう……なんだ……」
明らかに落胆した様子のゼロを見て、カエンは少しだけ目元を和らげた。
「まぁなぁ、神みたいになんでも造れる力を突然手に入れて、ダンジョン解放するまでの期間モンスターにかしずかれて、ダンジョンの強化をひたすら考えてるんだ。野望の方が勝るマスター達も多いのは当然かも知れねぇなぁ」
「で、初めて交渉に成功したダンジョンマスターがその…彼女なのか?」
さすがにうさ耳ちゃんとは言えない。せめて名前を教えて欲しい。…覚えられる自信はないが。
「まぁ…そうだなぁ」
「なんだよ、歯切れの悪い返事だな」
カエンらしくもない。
不思議に思っていたら、カエンは言い辛そうに頭を掻き初めた。
「いやぁ、こいつ…説得に行ったらいきなり…」
いきなり、「ひぃぃ…ど、ど、ど、ドラゴンが来ちゃいましたぁ~…でも苦しまずに死ねそうですぅ~…」と呟いて、目を閉じたらしい。
「は?どう言う事だ?」
そう聞いた俺の反応は当然だろう。
カエンは「自分で話せ」と言いたげに、うさ耳ちゃんに視線を送る。
うさ耳ちゃんは顔を真っ赤にして恨めしげにカエンを見ていたが、やがて諦めたように震える声で話し始めた。
彼女…ラビちゃんも、ゼロと同じく目が覚めたらダンジョンマスターになってしまっていたクチだ。
「夢だと思って何回寝直しても状況が変わらなくて…」
なんと3日ほど寝倒したって言うから、よっぽど信じたくなかったんだろう。
「僕も初日はそうだったなぁ。怖くて怖くて、レアモンスター召喚チケットで出て来たハクが話しかけてくれた時は、本当に嬉しかった…」
ゼロが懐かしそうに遠い目をする。
そうだなぁ、小一時間泣かれたもんなぁ。あの時はゼロがヘタレだと思ってたけど、ちょっと訂正だな。上には上がいる。
ところがラビちゃんの場合、さらにここからが特殊だった。
現実だと認めた彼女は、モンスター召喚もダンジョンメイクも一切せずに、ご飯を食べて、お風呂に入って…スッキリしたところで、なんといきなりダンジョン解放したんだそうだ。
「私、モンスターは召喚しませんでした。誰も巻き添えにしたくなかった…」
本来狩られる側のウサギの獣人で、仲間の中でも特に鈍くさかった自覚があるラビちゃんは、この状況が夢じゃないと認めた時、自分の死を確信したのだと言う。
「コアさんが、モンスターは私に絶対服従だと言いました。私が死ぬとダンジョンも崩れて、モンスターも一蓮托生だって…」
だから一人でダンジョン解放か!?
ほぼ自殺じゃねぇか!バカじゃねぇのか!?
ゼロは「分かるよ…」とか言ってるが、俺的には一切共感できねぇぞ!?
「ビックリしたぜぇ?殺される気満々だったからなぁ、こいつ」
カエンが呆れ顔で言うのを、ライオウは複雑そうな顔で聞いている。
……不憫だ。
ゼロの時も思ったが、なんでこんな普通の…というかむしろヘタレ寄りの奴がダンジョンマスターなんかに選ばれてるんだろうなぁ。無作為に選ばれるのか…もしも作為があるのなら、それは凄く…悪意が感じられる。
だって俺なら、こんなヘタレ達は選ばない。ダンジョンの性能やモンスターを使いこなせるような、冷酷で力ある種族を選ぶ。
こんなヘタレ達をあえて選ぶ理由なんか…嫌な想像しか浮かばない。極限に置かれた時の反応を…道を踏み外す瞬間を、変化を、楽しんでいるんじゃないのか。
俺が嫌な想像をしていると、それをぶった切るように、カエンのでかい声が耳に入ってきた。
「そりゃあもう説得が大変だったぜぇ?なにせ考えが逝くとこまでいってるしなぁ」
そりゃあそうだろうなぁ。
「ゼロが最初にギルドに来た時は、ハクのために経験値が欲しいって言ってたろ?それを思い出してなぁ」
カエンが苦笑気味に言うと、ラビちゃんもコクコクと頷く。
「はい、ひとりぼっちで考えるからロクな事考えねぇんだ!召喚しろ!ってカエンさんに怒られました」
「そこまで説得するのに夕方までかかったんだぜぇ?」
いつになくカエンがうんざりした様子でグチる。相当大変だったんだろう。しかもそうしてレアモンスター召喚チケットで召喚したのが、捕食関係にあるライオンの獣人とは皮肉なもんだ。
むしろちょっと笑える。
「ライオウが召喚された途端、今度は気絶だ。こいつら二人っきりで放っていくわけにもいかねぇし…」
ああ、それで一晩帰れなかったわけか。なんていうか…ご愁傷様だ。その困り切った時のカエン、ちょっと見てみたいかも知れない。




