武闘大会の朝①
それから数日後、55日目の朝。
今日はなんと武闘大会初日だ。
さしもの俺も、今日だけはユキのおはようコールがなくても自力で起きた。
「あ、おはようハク。さすがに今日は早いね」
「当たり前よ。今日も寝坊するくらいだったら私とマーリンで直々に愛でまくってやる所だわ。」
ゼロの呑気な挨拶に素早くツッコミを入れるルリにかすかな恐怖を覚える。朝っぱらから寝込みを襲われたら、試合前に体力も気力もゴッソリ持ってかれるじゃねぇか。
癒しの美女と噂されてる癖に、ルリが俺に与えるのは主にダメージだ。出来るだけ女性陣から距離をとって、対角線上に座る。今日は大事な武闘大会だ。わずかでもダメージは減らしておきたい。
ただ、見る限り俺よりもむしろゼロの方が体調は悪そうだ。
「ゼロの方がなんかグッタリしてるな」
俺の問いに、ゼロはあくびをかみころしながら眠そうに答える。
「そりゃあね。昼は普通にダンジョン開けるし、夜は武闘大会の準備だからね。さすがに眠いよ」
「手伝えなくて悪かったな」
「しょうがないよ、出場予定者に内容開示するわけいかないし。それにハクだってずっと訓練してたでしょ」
確かに修業に明け暮れた数日間だったな。新しい鞭の癖のある動きには割とすぐに慣れた。やっぱり元々下地がある動きなら習得も早いようだ。
今だに手こずっているのは輪っかの扱いで、体に付けたまま回すのはさほど困らずに出来ているが、体から離れた途端いきなり使いがってが悪くなる。
素材転写のタイミングも難しいんだが、何より上手く戻ってくるように操れなくて、まだ投げっぱなしになってしまう。回転が足りないんだろうか。
逆に相性がいいのは布の方だ。スカーフの時にも思ったが、面としても使えるのがありがたい。
「ハクは今日はどの姿で戦うの?」
ユキがキラキラした目できいてきた。
「あー…そうだよな」
確かに…ジョーカーズ・ダンジョンで使うものとは分けた方がいいだろうか。俺の本来の姿のままって訳にもいかないだろうし。
「武闘大会は男の出場者が多いだろうからな、俺もなんかマッチョな男にでも変化するかな」
「ええ~!!やめてよ!」
ルリはマッチョは嫌いらしい。盛大に反対された。
「そのままの姿でいいじゃない。今度は人型で問題ないんだから。あんたイケメンだから、人気でるかも知れないわよ?」
「そんな訳いかないだろ。武器でジョーカーズ・ダンジョンのボスだってバレるかも知れないからな。素顔はまずい」
そう言って同意を求めるようにゼロを見たら、ゼロは「今回の場合、別に素顔でもいいけどね…」と、首を傾げた。
「もしジョーカーズ・ダンジョンのボスかもと思われたとしても、姿を変えられる事も浸透してるから、その姿が本物か偽物かも分からないだろうし」
…そういう考え方もあるな。
一方で俺のこの姿は城の関係者の一部にはバレてるしな…。いや、城関係者ならまだしも。
「…やっぱ素顔は止めとく。修行バカのレイあたりにバレるとまた修行してくれとか言いだされかねないからな」
それは死ぬ程面倒臭い。
そうだなぁ、変化するからには今まで変化した事がない奴で挑みたいな。これからの武闘大会にずっと使っていけるような、落ちついたのがいい。
「なぁゼロ、この前のスケッチブック見せてくれ」
「ああ、なんか新しいので出場する気なんだね。まだいっぱいストックあるから選び放題だよ」
そう言ってゼロが渡してくれたスケッチブックには、それはもう沢山の絵がかかれていた。種族も様々、みるからにモンスターって感じのものから儚げな美少女までバラエティに富んでいる。
「なんかこれ…増えたか?」
「うん、思いついたら描くようにしてるから結構増えたよ。レパートリーは多い方がいいからね」
「ふぅん…」
ありがたいっていうか何というか…。こんなにヘロヘロになってる癖にこういう所にも手を抜かないって…ゼロってマメだな。
「どんなのがいいとかある?僕大体覚えてるよ」
「とりあえず女はイヤだ」
おっさん達に人気が出ても嬉しくないからな。そしてウッカリ惚れられた日には目もあてられない。
そこにいきなりルリが割り込んできた。
「イケメンで!イケメンでお願いします!!」
必死だな…。そんなに飢えてるのか。
まぁでもここは反対する気もない。俺だって折角変化するならイケメンがいいし。スケッチブックを見ながら、俺は最後の方に描いてあった一人を指差しルリを見た。
この前武器にいいアイディアくれたしな。これくらいなら望みを叶えてやってもいい。変化してる時は戦ってるから面倒な事にはならないだろう。
「合格!素敵!いい感じ♪」
おお満面の笑み!嬉しそうだ。いい事したな。
ちなみに選んだのはゆるいウェーブの黒短髪の男だった。浅黒い肌に金目という、俺とは真逆の容姿だ。
「ああ似合いそうだね。ちょっと待って」
ゼロがその姿絵に新武器を描き足してくれた。




