濃いめの挑戦者達⑮ 10/5 1回目
スラっちの腹がぱっくりと割れる。
誰もが言葉を失い、青い顔でただただモニターを凝視し、マスタールームはもちろん、カフェにすら静寂が訪れた。
戦士爺さんは剣を納め、静かにスラっちに背を向ける。
「安心せい、峰打ちじゃ」
いや、腹がぱっくり割れてるし!
でも、戦士爺さんの言葉に望みをかけて、俺は慌ててスラっちのステータスを覗き見た。
HPわずかに1。
「これだけのスキル…よほど鍛えてきたんじゃろう。スライムながらあっぱれじゃ。殺すには惜しい!」
豪快に笑う戦士爺さんを、魔術師爺さんは呆れ顔、他の二人はニコニコと見ている。
「だが、まだまだヒヨッコじゃ。また来る。…せめて倍は強くなって欲しいが、無理じゃろうなぁー!」
それだけ言うと、豪快に笑いながら戦士爺さんはさっさと出口に向かう。他の三人も「いやー、いい運動よの」「若い頃に欲しかったな、このダンジョン」と、既に雑談に入ってしまった。
爺さん達が出て行くと、スラっちの体が急に張りを失い、形が崩れる。ステータスは「気絶」。
「な…なんと、爺さんズ圧勝です!無敗の王者スラっちを、簡単に倒しました!皆さん盛大な拍手をお願いします!」
カフェからは割れんばかりの拍手、大歓声が巻き起こる。誰もが興奮し、隣りの人と肩を叩きあい、何か喚いている。
しかし…スラっちで「ヒヨッコ」か…。
爺さん達、強過ぎだろう…。
「よ…良かっ…スラっち…!」
隣りから嗚咽が聞こえてきた。ゼロがボロボロと泣いている。ユキが一生懸命頭を撫でているが、込み上げてくるものが抑えられないらしい。
今のスラっちは、爺さん達の情けで生かされただけだ。引退して、もはやレベルも関係ない爺さん達だからこそ、あり得た話なんだろう。
マジでヤバかった。
スラっちも俺もネームドだ。
負けたら死だと、改めて胸に刻む。
初戦直前にテンションだだ下がりだが…
「ちょっと、何悲壮な顔してんのよ」
ルリ!?
い、いつ戻って来たんだ!
「あんたはジョーカーズ・ダンジョンのボスなんだからね?挑戦者を小馬鹿にする変幻自在のキャラなのよ!?悲壮感はNG!シャキッとしなさい!」
…え?俺、そう言うキャラ設定でいく事になってんのか?
キャラ設定に疑問は残るが、気持ちを切り替えるのは確かに必要だ。
平常心…平常心…。
「俺、ちょっと体動かしてくる」
少しだけ、ウォーミングアップしとこう。
軽く体を動かし、武器を扱ってみる。
ドワーフ爺さんがこの日のために完成版の武器を用意してくれたから、俺は真新しい武器を片手に最終調整中してみた。
うん、使い勝手はやっぱりプロトタイプを上回るな。ヌンチャクとしても、ムチとしても充分に使える。相手を翻弄するには丁度いいだろう。
「ハクさん、そろそろボス部屋で待機した方がいいですな。彼ら、第3ステージもクリアしそうですぞ?」
そうか。モニターをチラリと見ると、まだ全員揃ってダンジョンを進んでいる。
あの危なっかしい状態で、それでも誰も欠けずにボス部屋まで来れるとは、彼らの戦闘における実力は本物なんだろう。
楽しみだ。
俺はドキドキしながらボス部屋に向かう。おー、なんか緊張するな!
ボス部屋の隠し扉を開けようとして、ふと立ち止まる。
あ…最初はどの姿で行こうかな…。
魔術師の方が強烈に得体が知れない印象がつくだろうか。それとも巨人やドラゴンとかの方がインパクトあるか?
案外俺の今の本当の姿、チビ龍の方がギャップがあっていいかも知れない…。
「ちょっと!早くボス部屋に入りなさいよ!もう直前まで来てるわよ?」
迷い過ぎたか。ルリの焦った声がインカムを通して聞こえてくる。俺は慌てて姿を変え、ボス部屋に入った。
…うわー…。
どうなんだ、このボス部屋。
こう言っちゃなんだが、戦い辛い…。
六角形を貼り合わせて作った18面ダイスのような部屋…しかも全面鏡張りだ。
反射が激しくて、自分一人が部屋に入っただけで壁中に姿が映り込む。長時間戦ったら吐きそうだ。
「ゼロ…なんだよ、この部屋…。目がチカチカするんだが」
「あっ、ハク…?」
グスグスと鼻を啜る音が聞こえる。まだスラっちが死にかけたショックから立ち直ってないみたいだな…。文句の一つも言ってやりたいところだが、仕方ないか…。
バァン!!!
「たのもー!!!」
壊れるかって勢いでドアがあき、挑戦者達が雪崩れ込んできた。壁中に色とりどりの姿が映り込み、まるで万華鏡みたいだ。
「な、何…?この部屋…!」
「鏡…?鏡張りか?」
「あれ?…ボスは???」
…部屋がトリッキー過ぎて、俺の姿をうまく視認出来ないらしい。やっぱりどうなんだ、このボス部屋。
「…ん?」
「あれ、あそこ…。ちっちゃいドラゴンが…いる?」
「え?どこだ?」
指さされても上手く視認出来ないとは。難しい戦いになりそうだ。




