武闘大会も準備中。④
すると、意外にもカルアさんは、憂いに満ちた表情で俯いてしまった。
「…やっぱりそうよね。ただ、あとに引けなくて」
驚いた。
カルアさん、武闘大会にめっちゃ燃えてるって話だったのに…。この様子じゃ、明らかに後悔してるっぽいじゃないか。
「最初はアライン様の指示だったのよ。出場者が集まらないかも知れないから、騎士達は強制参加、って。私も、鍛えればいいセンいくと思ったし」
カルアさんは、さらに大きくため息をついた。
「少し話が流れただけで、各ギルドは腕まくりで最強の冒険者達を推挙するわ、カエン様経由で伝説の勇者達は出てくるわ…正直相手にならないと思うけど、せめて情けない戦いはしたくないのよ~…」
カルアさんの苦悩が偲ばれる。
予想より遥かに強敵揃いだもんな。
しかも、王室主催で開催するというのに、王国騎士団がボロ負けしたら、シャレにならないだろう。俺はとりあえず、消極案を提示してみる。
「マジで今回、出場しない方がいいんじゃないか?アライン王子も、もう強制参加にはこだわってないみたいだし」
「でも…」
「ハッキリ言って、ちょっと鍛えたくらいで、勇者レベルといい勝負とか無理だから。騎士がボロ負けしたら、恥をかくのは王様達だからな?」
「ハク、言い過ぎ…!」
ゼロに止められたけど、俺は事実しか言ってない。
カルアさんは、俺をキッと睨む。
…そしてその後、悲しそうに項垂れた。
「…分かってるわよ。そんな事…」
「じゃあ、今回は諦めろ」
「ハク!」
カルアさんは唇を噛んで、黙りこくってしまった。…なんか、俺がイジメてるみたいじゃねーか…。言っとくが、カルアさんと王様達のために言ってるんだからな?
「…でも、僕もハクと同意見です。今回は出場者達の力量を見て、次回に向けてしっかり訓練した方がいいと思います」
ゼロの言葉に、カルアさんはいよいよ辛そうな表情だ。眉間に深い皺がより、目が充血している。
ダンッ!!
突然、カルアさんが机に拳を叩きつけた。
「悔しい!!……悔しい…っ!!」
ブルブルと肩を震わせるカルアさん。
うちのヘタレマスターは、ビビって二、三歩後ろに下がり、距離をとっている。
ちょっとした静寂の後、カルアさんはなぜかキッ!と俺を見た。
「今回は出場しない!」
「あ、ああ…。その方がいいと思う」
「次に向けて、死ぬ程特訓してちょうだい!」
いいけど…俺に言わないで欲しい。
1ヶ月という無茶な期限は無くなったものの、騎士達を鍛えるという依頼は変わらない。俺とゼロは、カルアさんの希望を出来るだけ細かく聞きとってから、穏便にお帰りいただいた。
心なしかスッキリした様子のカルアさんを見送ると、何故か急にぐったりとした疲れを感じる。
「どうぞ。疲れた時には甘いものですよ!」
シルキーちゃん達が労ってくれる。
俺には大好物のアップルパイ、そしてゼロにはまだ見た事がないデザートが運ばれる。
「あの、新作なんです」
淡いピンク…桜色の髪の桜ちゃんが、緊張した面持ちで説明してくれた。
「フルーツいっぱい!カスタードタルトです!いちご、キウイ、オレンジ、ピーチ、グレープ、5種類のフルーツとカスタードクリームが絶妙なハーモニーを奏でる、自信作なんです!」
緊張してた割に、長セリフを淀みなく言い切ったな。偉い。
美味そうだけど、一人で食うにはちょっとでかい。直径15cmくらいあるんじゃないか?
「ゼロ、俺にも一口」
「多分食べきれないから、潔く半分あげるよ」
あ、やっぱりデカいよな。
「うん、確かにフルーツの酸味とカスタードの甘さが絶妙だね!」
「ああ、美味いな。ただ量が多すぎるから、カットして出した方がいいんじゃないか?」
うん、マジで美味い。
ブラックの珈琲とも相性が良く、俺達はあっと言う間に平らげてしまった。
桜ちゃんはその様子を嬉しそうに見届け、食べ終わった皿を纏めると、スキップしながら厨房に戻っていった。
明日から、これもメニューに加わるんだろう。
美味しいオヤツでちょっと元気を取り戻し、向かう先はモニタールームだ。
カルアさんの登場で中断した、スターセイバーの特訓を再開したいからな!
マスタールームに戻った俺は、早速魔道書を開き、さっき理解したばかりのスターセイバーの呪文を繰り返し繰り返し呟く。
まずは淀みなく言えるようにならないと話にならないからな…。
30分も呟いていたら、ある程度スラスラと言えるようになってきた。これなら、魔力をのせて詠唱しても、いけるかも知れない。
体を巡る魔力を両手に集め、集中しながら呪文を詠唱する。
……ダメだ。
途中でつっかえて、不発に終わる。
何度か詠唱しては失敗し、さすがにちょっと疲れてきた。朝からずっと練習しているからか、魔力も少なくなってきたし…。
「一息入れる?」




