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私の愛した旦那様は百姓上がりの陸軍士官様でございます  作者: 蔵前
新生活となるお屋敷で私は君臨する
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仁を持つお方

 少尉であられるお方の家は、部屋が六つだけという大きすぎず小さすぎず、けれど、池を持った中庭もある上に、欄間や襖など屋内もそれなりの仕立てであるので、ここは屋敷と呼んでも良いものだろう。


 しかし、この家には下男と女中が一人ずついるだけ。


 掃除や買い出しは下男がするらしいのだがかなりの年寄りで、またもう一人の女中も年よりで、洗濯どころか他の家事を彼女に任せる事が申し訳ないどころか無理だと私が考えたほどだ。

 けれども、その女中が作った朝食はどれも美味しく、私は衛がこの女性を食事の支度の為だけに雇っているのだと理解した。


「ああ、洗濯(せんたっ)?俺のものだけじゃっで俺が全部(すっぺ)しちょった。」


「あなたが全部なさっていた、でようございますね!」


「あ、ああ。すまない。そ、そうです。」


「ええと、き、君のものも一緒にしようか?」


「いいえ、結構ですわ!」


 でも私は下着は自分で洗っても、ええと、やっぱり旦那様のものは妻が洗うべきじゃないかしら?その他の物は自分で洗いたくはないし。


「衛さま。あの、もう一人女中を雇う余裕はございませんか?」


 新居に来て、初夜の翌日という嫁が突然これでは図々しいだろうが、衛は私を窘めるどころか私に家計を全て任せると言って来た。


「妻が家の事を守るのが世の理と申しもす。」


「まあ、世の習いではそうですわね。では、今まで食費はどうされたのか、雑費はどうかとの書付も見せて頂けますか?」


 そこで衛は恥ずかしそうにして、ない、と答えた。


「ない、のでございますか?」


「ああ。ヨキばあが金が()っしらんと言えば出して来た。」


「ではヨキさまにお伺いを。」


「あれは文字が書けん。」


「わかりました。本日から私が家計を握らせて頂きます。では、家計に使える大体の金額を教えていただけますか?あなたのお給金の金額でも構いません。」


 私は衛が書いて寄こした自分の給料の大体の金額を読むと、桐生家で仕込まれた計算法でそこから家計費を計上してみた。


「あら。では年にこのぐらいは貯める事が出来て、そこから老後のたくわえや、武具を買うお金、また、藤吾への教育費を考えて……あの、貯蓄はなさっていらっしゃるのですよね?」


 衛はわかりやすいほどに私から目を背けた。

 貯蓄もないどんぶり勘定の男であったとは!


「では、全部私がこれから握らせて頂きます。」


「そうか!ああ、(うれ)し。俺はこげなた苦手でな、貴方(おはん)肩代()わいしてくいやっなら、そいに越した事は()です!」


 なんて純粋で無邪気な男なんだろうと私は年上の夫を見返していた。

 昨夜は泣いて初夜など迎えられなかった私だというのに、私の言葉を全て聞いて、その上で私に大事な家計を任すと快く請け負ってくださるなんて!


「どうかなさったか?りまどの。」


「いいえ。あなたが素晴らしい方だと。私の不甲斐なさを許してくださって、それなのに、あの。」


 私の頬に温かな大きな手が添えられた。


「俺は女に無理(むい)()えは嫌だ。貴方(おはん)が俺を受け入れてくるっまで待ちもす。」


 衛の微笑みは私の背骨を抜いてしまうような、そんな温かで素晴らしいものであった。

 私はこの優しい男性の手に自分の手を添えて、自分の我儘をもう少し受け入れてくれるはずだとお願いをする事にした。


「おっしゃってくれた言葉の意味がわかりません。」


 衛は心地よい大きな笑い声を部屋中に届かせた。

 それから私に文を書いてくれたのである。

 達筆すぎて読めない文字よりも、一文字一文字大事に書く彼の文字は好ましく、また、内容もとっても好ましいものだった。


――無理強いは嫌なので、あなたが俺を受け入れてくれるまで待ちます。あなたは素敵な女性です。


 朝に誓ったばかりなのに、私はもう一度心に決めた。

 そして、同じことを心の中で繰り返していたそこで、今度は朝と違って、覚悟、という悲壮感が湧いてこないと不思議に思った。

 絶対に結ばれる事のない兄様への想いを捨てて、衛と添い遂げられるように彼を見つめて行こう。

 それが今朝と全く同じ決意であるのに、衛を見つめる事には「未来」を感じる様なのだ。

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