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私と藤吾だけと思ったら

 利秋様の副官であらせられる三井さんは、私と藤吾の付き添い担当となりましたと笑って見せたが、物凄く覇気が無かった。


 それは、利秋様と衛様が連れ立って出かけてしまったからだろうか。


 利秋様は海軍の軍服を纏っていらしたが、その長い裾の黒い軍服は私が初めて見たものだった。襟元や袖には銀のテープ刺繍が施され、前立てに並ぶ大き目のダブルボタンは銀色に輝く。

 その素晴らしき軍服は利秋様の為に仕立てられたと見まがうほどに、礼装された利秋様は華々しいお姿であったのである。


 確かに、利秋様に心酔して下さる三井であれば、そんなお姿の利秋様にこそ付き従いたかっただろう。


 ええ、わかりすぎるほどにわかりますわ。

 だって、私の衛様だって素晴らしく素敵でいらっしゃったのよ。


 久しぶりに軍服をピシッと着られた衛は、なんと凛々しく格好良いお姿でいらっしゃったものか!


 ああ私は、彼に行ってらっしゃいませと言いながら、彼を手放したくは無いと彼の左腕を掴んでしまっていたと思い出す。

 私のせいで外に出ていけなくなった衛だったが、彼は私を怒りも振り払うことだってしなかった。心が温かくなる含み笑いの声を聞かせてくれた上に、私に掴まれていない腕で私を引き寄せて、私の頬に自分の頬を寄せるようにした。


「何も危険な事など。こっちい同僚への挨拶だけだよ?」


「あなたと離れたくないだけですわ。」


「むぜ。」


 衛からのいつもの大好きな言葉。

 ジンと背骨が痺れる素敵な声で私を可愛いと言って、ええと、頬にキスをしてから私から離れたのだ。


 そうね。

 すぐそこには兄がいて、兄の部下がいてという人前なのに、まるで異国の人がするような愛情表現をあなたから受けたから、私は嬉しさとびっくりであなたを手放してしまいましたものね。


 ああ、なんて、憎たらしい愛すべき人なの!


「なぜ、私は三井なんでしょうね。」


 三井の溜息交じりの言葉で、私はハッと我に返った。

 ここは東本願寺別院内。

 五月からの名古屋博覧会を見る事は叶わないからと、利秋様が私と藤吾を準備中のそこに入れる手配をしてくれていたのだ。


 まだまだ内部は展示物が少ない状況であるが、それでも初めて目にするものばかりで、私も藤吾も楽しい時間である。

 おそらく、藤吾だけは。


 私は、なんてこと!何にも見ていないわ。

 ずっと衛様から受けた頬のキスばかり考えていたから。

 それ以上の事を、昨夜だって一昨日の船でも私達はしていたっていうのに。


「少佐は加藤少尉ばかりにご執心だ。」


 朝の出来事ばかりに意識が向かう私でも、再びの三井の言葉に現実に戻るしかなくなった。

 利秋様は衛にばかりご執心?

 はっ!

 兄が男色の方という噂があった事を忘れていたわ。

 私がまじまじと三井を見返すと、彼は再び呟いた。


「どうして私は三井でしかないのか。」


 も、もしかして、三井さんは副官ではなく、利秋様の恋人、だった?

 それで、衛と利秋様が仲良しな姿を嫉妬されている?


「三井さん?」


「少佐は私にはいつも三井君です。あるいは三井少尉。しかし、加藤少尉には衛と最近は呼び捨てなさっている。私だって部下です。いえ、私こそ気心が知れた部下です。隆文たかふみと呼び捨てられたって良いではないですか!」


「加藤は義弟になりますし、親しき中にも礼儀がありますから。あの、大事な方には大事だからこそ礼を尽くすものでは無いでしょうか?」


 三井は私の返しに対し、喜ぶどころかさらに眉間にしわを寄せた。

 余計な事を言ってしまったのかしら?


「あの方が他者に礼を尽くす姿など見たくはありません!」


 ひい!

 私は三井の剣幕に脅えた。

 いいえ、脅えるべきは、兄が人に礼を尽くさない人だったという真実かしら?

 え?あの、誰にも優しい利秋様の話ですわよね?

 あ、でも、利秋様の母方のおじいさまが伯爵様で、その爵位を得られたのはお家が公家の旧堂上家の一つだったからという、本物のお貴族様の家柄でしたわ。


 はっ!

 兄は簡単に人へ頭を下げたらいけないご身分の方、だった?


「三井さん。伯父様は男は簡単に頭を下げるなって。でもね、相手の足元は見るものだって。どういう意味ですか?」


 私と三井は自分の足元から聞こえる子供の声に同時に向き、藤吾が利秋様の最悪な言葉の意味を教えて貰える期待を込めて瞳を輝かせていることを知った。


 お兄様、なんて言葉を小さな子供に教えて下さったの?


 私は純粋に言葉に詰まった。

 だが、実は悪い人だった兄の副官を長くしている人は、笑い声をあげなら藤吾を抱き上げてしまわれたのだ。


「こんなに可愛い子供が隠れているかもしれないでしょう。私達軍人は、子供が大好きで、守りたがりの人達なんですよ。」


 藤吾は背の高い三井に抱き上げられて歓声を上げた。

 私は三井に感謝しながら藤吾を抱き上げている彼を見返し、そこで子供を抱く三井の後ろに飾られている大きな写真パネルが目に入ってしまった。


 戊辰戦争の時の武士達の集合写真だ。


 写真の横には大きな白い看板板も設置されており、ここからではそこに書かれた文字など読めないが、戦没者の名簿か戦争について表記されているだろうと私はぼんやりと思った。

 思った事で、私は父を失った日を思い出した。


 それどころか、失った父という連想で、私は衛を失う未来の可能性を生まれて初めて思い浮かべてしまったのだ。


 恋を失うのではない。

 彼という存在を完全に失ってしまう未来だ。


 私は背筋に冷たい水を被ったような感覚だった。

 衛様がいなくなったら。

 ええ、私は藤吾の母として生きていけるだろうし、生きていく覚悟はある。

 でも、衛を失った私達に残されるのは、衛への記憶と藤吾の中に流れる彼の血だけなのだ。


「母上様?」


 藤吾の心配した声に私ははっとした。

 藤吾を抱く三井が私に白くて四角い物を差し出している。

 私は急いでハンカチを受け取ると、目頭に当てて涙を拭きながら、出来る限りの笑顔を作って大事な息子を見返した。


「瞬きを忘れちゃったの。それで涙が出ちゃっただけよ。」


 藤吾はほっとした顔をすると、次に私に笑顔を作ってくれた。その彼の笑顔は、私の愛している男性が作るものと同じ表情である。


 惜しむことなく注ぐ愛情と、これ以上ないだろう労わりの心。


 私は両手を差し出すと、三井から藤吾を奪い抱きしめていた。

 ええ、私はこの子の母でいたいとずっと望むでしょう。

 あの人失ってしまうこととなったら尚更に!


「母上?」


「ごめんなさいね。あなたは直ぐに大きくなる。だから、抱っこできるうちに、たくさんたくさん抱きしめたいの。嫌かしら?」


「僕も母上に抱っこされるのは嬉しいから嬉しいです。」


「ああ!本当にあなたは何て可愛いの!」


 三井は、どうして私がこんな素振りをしてしまったのかを、絶対に気が付いている顔をしている。


「申し訳ありません。」


「加藤少尉は幸せ者です。それはあなたのお陰なのですから誇って下さい。」


「ありがとうございます。」


 そうして涙っぽくなった私のせいで私達は逗留宿に戻ったが、私達が戻った数時間後に戻って来た衛は私の荷物を見て溜息を吐くだけだった。




お読みいただきありがとうございます。

名古屋帯、大正くらいでしたね。

りまの買い物が出来ませんでした。

そして、帰って来た衛とのお出迎えその後も。

ですが、衛が戦死する可能性が軍人である限りある、ということに初めて気が付くシーンは外したくありませんでした。

次話はラブ甘にできたらと思います。


ブックマークに評価、ありがとうございます。

凄く凄く励みになっております。

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