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海蛇少佐と唐変木と陸軍少佐

 俺は利秋の言葉によって、自分の不甲斐なさを想い馳せるばかりであった。


 俺はりまの好きなものを追及しようとしなかった。


 いや、欲しいものを尋ねてはいた。


「あなたとずっと一緒にいられるなら、私は何もいらないわ。」


 そう答えるばかりの女にさらに深く追求するどころか、考える脳みそを失った奴隷と化し、自分が与えたいものばかりを与えようとしていた唐変木だ。


「俺は本当(ほんのこ)て間抜けな独活の大木だ。りまの()っなものを本気(ほんし)き突き止めようとしておらんかった!」


「ハハハ。じゃあ、今日は好きなものの一つもわかるんじゃないかな。あれが買って来たものが、きっとあれの好みだろうから。って、どうしてさらに落ち込むかな?」


 俺は両手で自分の顔を覆って、頭を下げるという情けない姿となっていた。

 仕方がないだろ。

 利秋の言う通りだと、その助言はありがたいと考えたところで、自分が利秋に対してかなり好意的な感情を抱いていると認めるしかなくなっていたのだ。


「衛?」


「すまん。利秋殿。ま(ちっ)と、出会()た頃のよな蛇に戻ってくれんか?俺はまだお前の三井にはなりたくはない。」


「ハハハ。私もみっつい君は二人もいらないよ。よっく働いてくれるけどね、時々面倒になるから。」


「それで、今日のお供は俺なんだな。」


 すると、利秋は俺こそ驚くようなよく通る声をあげたのだ。


「ここは陸の世界だ。海の私に脅えて出て気もしない奴に、私は懐刀を置いて来たから手であると教えてやっているだけだよ。」


 芝居がかった仕草で、利秋は目の前に観客がいるかのように大きく手を開いた。

 その腕をソファの背もたれに回して背も背もたれにだらしなく寄りかからせると、長い右足を左足に乱暴に乗せ上げた。


 そして、そこでドアが開いた。


 利秋と同じ階級だが、海ではない陸の男が現れたのである。


 歩兵第六連隊の隊長となる、小倉惟允おぐらこれまさ少佐である。


 彼の第一印象は、きっと彼が軍人と聞いて驚くばかりのはずだ。

 伯爵家出身の彼は齢三十二であるが、丸坊主の頭にふっくらとした頬という童顔で、鼻の下に濃い髭を生やしていても利秋ぐらいの二十代にしか見えない。その外見から文武両道に秀でているとは誰にも思われず、敵を騙すには味方からの言葉を体現しているようなお方である。


 俺は自分の上司となる男の為に急いで立ったが、軍部は違えど目の前の男と同じ階級の利秋は、立ち上がるどころかさらに挑発的に顎を上げただけだった。


「利秋殿。陸に喧嘩を売りに来たのか?」


「そうだな。陸の男とがっぷりと組んでみたいと、私は思っているかもな。」


 利秋の返答に、目の前の男が吼えた。

 中背の体格の男が出すにしては、意外にも低く良い声であった。


「上の許可も無い正式な演習じゃないものを受け入れられないと、貴様は何度言ったらわかるんだ!」


「海と陸の連携あってこその国防だろう?単なるレクレーションと気軽に取りたまえよ。地蔵頭が!」


「はっ。お前んとこは連携できるほどの火力はあるのか?良くて我らを戦地に運ぶだけの運び屋しか出来ないだろうが。」


「それが無駄仕事にならないかと心配なのさ。いや、兵士を死地に送るだけの死神仕事になったら寝覚めが悪い。」


「貴様。」


 俺は陸軍少佐と海軍少佐のやりとりによって、この二人が最初から知人同士であったという事に気が付いた。

 それもそうか。

 一方は伯爵家嫡男で、もう一方は祖父が伯爵らしき男なのだ。


 俺が見守る中、利秋は大仰に見えた座り方からいつもの品の良い座り方に戻し、それから誰よりも威厳のある声を出した。


「小倉よ。負けるわけにはいかぬし、国力を下げる無駄死は避けねばならぬ。」


「わかっておる。だがまだ集められたばかりの兵だ。練度は低い。お前の部隊による余計な演習で無駄な怪我人を出したくはない。」


「そこは大丈夫だ。今日は三井はいない。三井無しでの演習だ。ほら、お前らの憧れの遊撃隊長、加藤衛も参戦させてやると連れてきた。戦ってみたいだろう?」


 小倉少佐の常識的な返しに対し、利秋は先ほどの威厳を捨てて子供みたいな声を上げた。実はいろいろ言っているが、単に六対六十人の総当たり戦を見たかっただけの王様なのではないか、そんな風に俺に思わせた台詞でもある。


 俺が利秋にぞっとした瞬間、常識のある男が俺を指さして怒鳴った。


「なおいらん!こいつは味方の腕を平気でへし折れる男だ!」


 俺は小倉少佐の言葉に思わず彼を見返し、遊撃隊時代の出来事を思い出した。

 生き恥を晒すならば切腹するという若武者に対し、邪魔だから控えていろと怒鳴って腕の骨を折ってやった事があるのだ。

 あの時の男もかなり童顔だったが、小倉少佐の親族であったのだろうか。


「死にたければ俺が後で首も落としてやる、だから、あと一刻ぐらい俺の後ろを黙ってついて来い。」


 あの日にあの青年に俺が怒鳴った言葉だ。

 当時の俺は、いや、今も死ぬために剣を握っていないと思い返した。

 それは俺がやはり侍ではなく、百姓のせがれでしかないからであろうか。


「生き残れる場所で腹を切ろうとする(わろ)はいらん。俺はそれだけです。」


「あんなところで生き残れるとは誰も思わんだろうが!」


「あ、あんときのあなたでしたか。」


 利秋は俺を見上げ、軽薄な声をあげた。


「わお。小倉の消せない生き恥を作ったのが君だったか。今日は三井にしとけば良かった。」

先に言っとく時代考証:実際は小倉信明少佐。小説の登場人物にするため別人を作成しました。


お読みいただきありがとうございます。

さらっと一話で歩兵第六の話は終わりたかったのですが、利秋と衛のお喋りが長引きました。

男性同士の会話について、男の人は寡黙と言いますが喋る時は小鳥が囀るみたいに煩いよな、と大学時代の同期の男の子達を思い出しながら私は書いています。

さて、お買い物から帰って来たりまと衛ですが、夜か明日には投稿したいです。

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