二人でお出掛け
二月四日に兵学寮はいったん閉まったが、講師の俺にはやる事もあるし、移転先の市ヶ谷台の準備等も色々ある。
しかし今日の俺は、先日の利秋の事件について再びの聴取の為に本部に赴く必要ありとのことで、聴取の終わりが読めないからと一日体を開けていた。
全くの肩透かしだったが。
一緒に出向いた利秋こそ、この流れを知っていた顔をして俺の横に座っている上に、彼は聴取どころか散々に労いとおべっか迄使われているという始末。
桐生家が武家では名門だと知ってはいたが、利秋の祖母の家系が今や伯爵家を名乗る殿上人の家柄だということまでは知らなかった。
だがそこで、戊辰では手柄どころか薩長に関係もない彼の父親が海軍の幕僚に納まり、陸軍よりも薩摩の力が強い海軍で利秋が若くして少佐にまでなっていた理由が分かったというものだ。
軍部にいながら、彼の自由度の高さにも。
俺が彼を匿う必要など無かったのか?
そこまで考えて、俺が少尉になれた理由を思い出し、利秋が口先だけの侍を鹿児島送りにしたい理由が見えてしまった。
もしも鹿児島で西郷が立ち上がったら、軍部の薩長の恐らく殆どの面々が西郷のもとに馳せ参じるであろう。
上が開けば下が上に上がる。
戊辰で沢山の指揮官が死んだからと隊を任せられる事になった俺が、維新後にその功績だと少尉になってしまったように。
利秋は海軍を掌握したいのか?
「どうしたの?私が無罪放免だったと喜んでいただけないのですか?弟様?」
「いや、うれしいよ。君が野に放たれてね。」
「何?悲しいのかな?私と夜更かしがもうできなくなったことが?これで私はようやく自宅に帰れますからね。」
俺はウシガエルのような声をあげていた。
利秋に清々したと言ってやりたいのに、実は彼の滞在中は夜が楽しくて仕方が無かったのも事実であるのだ。
利秋は洋行の経験があるばかりでなく、船着き場にふらふら出掛けてはそこかしこでお友達を作り、五か国語は喋れるという化け物だった。
俺は彼に笑い話のようにして彼の持つ情報を教えてもらい、今後必要になるフランス語の指導まで受けていた、という日々だったのである。
酒を飲みながら一緒に勉強をする、これは武士の子弟ならば誰もが経験して来たことだろうが、百姓出の俺には生まれて初めてと言える体験だった。
藤吾が週三の三時間だけのお勉強会を楽しみにしているのが分りすぎるぐらいにわかり、俺は藤吾が美津子のいる牧師館に通う事を許している。
美津子に関しては、利秋の看病に我が家に訪れるしほ乃によれば、彼女が相談相手になって落ち着いてはいるらしい。
「大丈夫でさぁ。子供を産んでしまえばさらに落ち着きますって。どうしてもって言うんなら、あたしが里親を斡旋できますしね。でもね、旦那、月の数え方だと、あたしは腹の子は牧師の方だと思うんですけどね。」
「そうか。」
俺とりまはしほ乃のお陰で、これからの未来が不幸なものではなく、純粋に赤子が生まれて来た事を喜べる未来だと思えるようになった。
その感謝のまま、しほ乃が好き勝手に滞在するようになったことも許してしまっているが、利秋が我が家でおかしな振る舞いはしないと信じている。
いや、りまがいるならしないだろう、きっと。
さて、牧師館に通う藤吾だが、美津子を刺激しないようにと、送り迎えはりまではなく和郎が行っている。
そしてりまは、藤吾がいない寂しさを、以前に美津子に頼まれていた繕い物にぶつけている。
「自宅に帰れば、私がりまのできないボタンホール作りもしなくて済むのか。君のシャツのアイロンがけも。」
利秋の言葉は俺が思い出したりまが繕い物に四苦八苦している姿に重なり、俺はそれで思いっきり吹き出していた。
何でもできるりまでもあるが、彼女は繕いが俺よりも下手だと知れたのだ。
いや、掃除以外の家事が苦手だったという事実か。
彼女は俺にそれを知られたことで落ち込んでしまったが、俺は出来ないことがあるりまこそ可愛いと彼女を抱きしめていたと思い出した。
「そうだな。りまは君がいないと古着の繕いが出来なくて困っし、藤吾は寂ねと泣くやろし、ああ、俺も寂ねかもな。君の勉強会は楽しかった。藤吾のようにお道具を持って週三で君の家に突撃すごちゃっくらいにね。」
「はははは。楽しかったのは、教える私こそ楽しかったからですよ。私の考えを君が吸収して理解してくれるのは、子供を育てるような達成感もあった。ハハハ、だから世に名だたる侍達は塾などを作りたがるのでしょうね。私と同じ本を読ませ、私と同じ考えになるように導いていく。ああ、素晴らしや、私の複製がどんどんと増えていく。」
「――お前は!俺を洗脳しちょっただと!」
俺は笑い飛ばしてやろうとして、そこで口をつぐんでつばを飲み込んだ。
利秋の言葉に冗談では済まされないものがあったからだ。
「西洋者は教育に熱心だな。もしかして、西洋の奴らも?」
「神様が平等だと言ったからと、華族も士族もいらないと平民に革命を起こされたら怖いね。内乱ばかりで兵隊になれる若者が減ってしまったら、この国は丸裸になる。そうしたら、異人さん達が喜んで支配者として黒船に乗ってやってくるでしょう。」
「だから、不満士族を一か所に集めているのか!放っておいて日本中に散らばったまま叛乱を起こされてはたまらないものな。」
利秋は俺に微笑んで見せた。
久々に彼が浮かべた毒蛇の笑顔であるが、俺はそれに忌々しいと思うよりも心惹かれてきたのは洗脳されてしまったからか。
「利秋、今日も我が家に帰れ。」
「私の不在がそんなに寂しいか?」
「そうかもな。」
利秋は吹き出すと俺の肩を抱き、肩を抱かれた俺は利秋の肩に腕をまわした。
その後の俺達は、素面なのになんだか酔っぱらのようにして、馬鹿話をしながら馬鹿笑いをしつつ歩きだしていた。
笑い飛ばさねばやっていけないだろう。
俺は完全に桐野様と決別する道を選んだのだ。
俺にあの方に剣を向けられるのかは疑問だが。




