猫はどこでも寝る
加藤家には部屋が六つある。
いや、六つしか無いのだ。
そのうちの三つのそれぞれは、私と藤吾、そして衛の個室となり、屋敷の中心となるちゃぶ台のある一室は私達の大事な居間であり客を迎える客間となる。
そして、残りの二つの部屋はヨキと和郎の住まいとなっている。
ちなみに、若い女中のシマは通いなので部屋は不要だ。
「私が悪いのよ。ええ、私が悪いの!初夜が怖いからと祝言の日に泣いた私が一番悪いの!それは分っているわ。でも、どうして、兄様と衛様が同室で、私が自分の部屋で寂しく一人でお茶ひきをしているの!」
私がヨキに泣きつくと、ヨキは肩を揺らして笑い出し、私は自分が泣き言を言っていた事も忘れて揺れるお盆に手を伸ばした。
「大丈夫ですよ。ああ、お盆も奥様もね。」
「大丈夫じゃないわ。昼間は衛様はお仕事、夜は兄様と、あのちびちゃんな藤吾にまで夜更かしさせて、三人でお喋りに興じているじゃないですか!私は毎晩放っておかれて、枕を涙で濡らしているというのに!」
本当に、彼等の中に入れないのが悔しいばかりだ。
藤吾なんて、途中で寝入ったからと部屋に戻されるどころか、衛の膝の上で猫のようにだらっと横になって眠っているのだ。
「私だって衛様の膝で寝たいわ!私なんて、彼等の輪に入れて貰えない同士である黒五、あの子の毛皮を寂しくブラシで梳かす係よ。」
「全く、奥様は!本気で私にお盆を落すという恥をかかすつもりだねぇ。ああ、おもしろい嬢さんだ。」
ヨキは片手を盆から外すと、笑い過ぎたと目元の涙を指で拭った。
「ああ、本当に、あの坊やがこんなに幸せになれるとは。」
私はヨキの涙は笑いの涙では無いと気が付いた。
ヨキは衛の母親のようなつもりだと和郎は笑っていたが、ヨキは本当に母親のようにして衛を大事に想っていたのだと、私の胸はジンとした。
「あら。彼は私と本当の夫婦になれなくても幸せなの?私は本当の夫婦になれなくてとっても不幸なのですけど。」
「アハハハハ。嫌だねえ。そんな事は女が口にするもんではないですよぉ。奥様はどこで、お茶ひきやら、芸妓のような物言いを教わって来たんだか。」
我が家で療養中の利秋様の看護に甲斐甲斐しく働かれる、ヨキ様としほ乃様でございますよとは言えまい。
さて、私が未だに衛の本当の妻になれない理由、それは利秋様が我が家に滞在しているからである。
あの日、美津子に不幸を与えた元凶の彼女の兄は、寝煙草による火事で、友人と仲良く焼け死んだのだそうだ。
それを聞いて、私は直ぐに利秋様が美津子が受けた不幸の仕返しに彼等を葬ってしまったのだと思ったが、衛は利秋様こそが死んだ二人を助けようとしていたと官憲にも周囲にも言い張った。
この大火傷こそその証拠だ、とまで言い切った。
羽鳥家の元跡取りばかりか、政府高官の息子にまで手を掛けたとあっては、事情がどうでも利秋様の身が危険だと判断したのだろう。
その上、衛は利秋様がしばらく自分で動けない程の大怪我だと主張して、彼を我が家に連れ込んで完全に匿ってしまわれたのである。
利秋様が自宅に帰った方が、女中頭のタキによって、万全な何不自由ない療養生活が送れるのは誰の目にも明白であるのに。
「男の使用人はどれだけいるんだ?利秋はお前の為に使用人を女ばかりにしていただろう?こいつはしばらく歩けないんだ。」
これは衛が利秋様を我が家に連れて来た時に、私がタキがいる自宅の方がと言った時に彼が返して来た言葉だ。
確かにその通りな上で、利秋様が数日は歩けないのは変えようのない事実だ。
火傷は確かに酷く、右足の腿とふくらはぎの一部が皮がめくれるぐらいの火ぶくれを起こしていたのである。
だから、利秋様を看病して匿うという衛のその行為、それは素晴らしい事だ。
私は衛に感謝のキスを降らせたいぐらいだ。
しかし、そのキスを一片も衛に降らせる機会が今の私に無い。
夫婦同衾など夢のまた夢だ。
だから頭に来ているのだ。
「奥様、寝るのは夜ばかりとは限りませんよ。」
ヨキは私に凄い言葉を投げつけると、最近の彼女の想い人、美しく若い男である利秋様の元へと、茶菓子を運びにいそいそと消えていった。




