しほ乃様
「あら、あら。共感も出来ますが、ずいぶんと悪手を取られなすったようだねえ。育ちの良さが目をくらますのかねぇ。」
私としほ乃は美津子の個人的な部屋のドアの脇にしゃがみ込み、部屋の中の衛と美津子の会話を盗み聞いていたのだが、私はしほ乃の口調が急に変わった事に驚いていた。
この喋り方はヨキも時々するものだ。
街道で駒振りをして流していた過去もあるという噂もある、あのヨキの!
私は美津子がここまで自分に友情を感じていなかった事に悲しくもなっていたのに、しほ乃の喋り方や雰囲気が変わった事でドキドキして自分の悲しさを一瞬忘れた。
そんな私が見守る中、しほ乃は手を額に当ててしばし考え込んだ風になった。
「あのお嬢さんは幸せいっぱいに見えたのにねえ。」
「あの、しほ乃さんは美津子さんと面識がおありだったのですか?」
「いいえぇ。私は夜の女ですからね、普通のお嬢さんと面識なんかございませんよ。ただね、私の旦那さんがどんな方か調べたりはしますでしょう?そん時にね、ええ、勝手に見知ったというだけでござんすよ。」
「は、はあ。じゃあ、私の事も、最初からご存じで?」
そこでしほ乃は口元に手の甲を当てて、とても婀娜っぽく微笑んだ。
犬を貰いに行った時の淑女の顔ではなく、そう、煌びやかで色っぽくて、ほうっと溜息をついてしまうような艶やかさだった。
「あたしは見知っただけで終わると思っておりましたさ。利秋の旦那があんな場所にあなたを寄こすとは思っておりませんでした。犬もご自分で受け取りに来るのかと思っておりましたがねぇ。」
「あの日に言った通りですわ。兄様はしほ乃さんをとても信頼しているって証です。それに、私はしほ乃さんにお会いできてとても嬉しいと思っておりますの!お願い!私のお友達になって下さる?」
「……お友達には裏切られてしまいましたものね。」
「ああ!そう風にも取れますわね!なんて失礼な事を!」
「ハハ。本当に面白いお嬢さんだよ。冗談ですって。分かっております。けれどねぇ、いいんですかい?あたしは日陰の女なんですよぉ。」
「我が家のヨキさんは江戸の時代には街道を渡り歩いた女剣客だったって自慢していますよ。芸者さんは芸を売って身を立てている立派な女じゃないですか。」
しほ乃は私を目を真ん丸にして数秒見つめた後、盗み聞いている私達が見つかるんじゃないか、ぐらいに声を立てずに大笑いをして見せた。
「ああ、いいねえ。そうだねえ。維新前はあたしらこそ女神だった。江戸の華だった。そうだねえ、身を堕としたのは自分の方かねえ。」
「しほ乃さん。」
「で、りまさんは、あたしを友人にしたように、あの美津子さんともきっとお友達のままでいようと思っているんじゃないですか?あなたを傷つけ貶めようと企んだ女でしょうに。」
「でも、でも、美津子さんはいつもの美津子さんじゃないのかも。だって、お腹に赤ちゃんがいるって、美津子さんは。」
しほ乃は大きく溜息を吐いた。
「そういう事ですかい。」
私がどういうことかと尋ね返そうとしたところで、衛の恐ろしい声が私の口を閉じらせた。
「わいはりまに 何よした?りまに 万一があったら許さんぞ!」
しほ乃はその言葉と声を聞くや、いけない、と立ち上がった。
私も一緒に引っ張られて立ち上がったが、しほ乃は凄く強い力で私を引っ張りながら美津子の部屋になだれ込んだ。
私は部屋の中を見て、しほ乃様様だと、彼女に感謝していた。
衛は美津子に殴りかかるどころか、腰から下げていたサーベルを抜いている、という状況だったのである。




