美津子と私の知人
私が子離れが出来ないことに対し、才女である美津子は私にとっても牧師館にとっても有益な事を考え出した。
そして美津子のお陰で私は、家で藤吾を待つ母親をやっていれば良かったと、大嫌いな繕い物に精を出すことになったのである。
大人の古着を子供服に作り替える作業だ。
着物だったら真っ直ぐに縫えばお終いなのにと、パターンがいっぱいある洋服に溜息をつきながら針を刺した。
「この古着がバザーの商品になるのよ。こちらでは子供服が手に入らないとお嘆きの外国の方は多くいらっしゃるの。購入してくれた方が大金を気持よく払えるように、りまさん、頑張ってくださいね。」
「ここぞで、さんづけですか。私が縫物が嫌いな事をご存じなのに!」
「あなたはそれなりな刺繍も出来るくせに、繕い物が大嫌いですものね。あら、洗濯もお嫌いだったわね。もしかして、家事全般がお嫌いだったかしら?」
「お掃除だけは大好きですわ!」
「ふふ。利秋様が我が家のお掃除妖精と呼んでいましたものね。」
私は針を指先にちくりと刺してしまい、これも美津子のせいだと彼女を軽く睨みつけた。
美津子は涼し顔で私がまだシャツ一枚も仕上げていないのに、もう二着目となる布切れに針を通していた。
縫物に対して姿勢が良すぎるなと奇妙に思ったが、そんな私の目線に気が付いた美津子がフフッと笑った。
「子供が出来ましたの。」
「まあ、素敵ね。」
「ありがとう。これから重たい体になって、身動きが取れなくなるのは少し怖くもあるわね。」
私はそうねと言いながら、赤子がいるわけもない自分のお腹に手を当てた。
そうか、十か月は赤ん坊をお腹に抱えていなければいけないのだわ。
それに、ああ、三月には衛は利秋様と名古屋に行く予定だ。
その旅行?視察?に私と藤吾も連れて行ってくれるらしいとも聞いている。
「そうか、それで、彼もなかなか踏み込めないのね。」
「何のお話?」
「いいえ、一人ごと。」
「まあ!私と会話がつまらないって?」
「まさか!」
「ふふ。罰として、お届け物をお願いしていいかしら?藤吾のお勉強が終わるまであと一時間半はあるでしょう?私が行ければ良いのだけど、今日はお腹が張っているみたいで。」
私は、構わないわ、と答えていた。
藤吾の為に、私は藤吾離れが出来るようにならなければ。
そうして私はお届け物という一人旅をすることになった訳であるが、私は牧師館を出てから十数分後、目の前に広がる建物に何となく見覚えがあるようだとグルグルと首をまわして周りを見回した。
あ!あの家は!……見覚えがあるわけだ!
「ええと、まあ!この住所だけではわからなかったけれど、この辺りはしほ乃さまのお家があるご近所でしたわね。」
帰りにはしほ乃の家に挨拶だけでもしようかと思いながらしほ乃の家を眺めていると、しほ乃の家の窓から当のしほ乃が私に向かって手を振っていた。
私に対しておいでという手付きだ。
私は喜んで彼女のもとに駆け付け、すると、彼女はそのまま勢いよく窓を開けて私を叱りつけた。
「こんな場所にお一人でふらふらなすってどうしたんです?先日はお坊ちゃまがいたから良かったものを、お一人ではかどわかしに遭いますよ。」
玄関から招くのも時間が惜しいという風にして、自分の家の窓辺に私を呼び寄せたしほ乃は、私を呼び止めた彼女なりの理由を私にぶつけてきたのである。
実際に自宅そばで誘拐された事のある私は、しほ乃の言葉で肝が冷えたどころではない。
「まあ。あの、牧師館の奥様に頼まれごとで。あの、お届け物をしに。」
「どの住所です?」
しほ乃の剣幕に驚きながら、私は向かう先の方角だけ指さしていた。
しほ乃はその方角に何か思い当たりがあるのか、チッと小さく舌打ちをした。
「もしかして、その牧師様はブラウン様、と?」
「え、ええ。」
しほ乃は大きく溜息をついた。
「どうかなさって?」
「いえ。利秋様は理想主義者で優しい方かもしれませんがね、子供じみて人の気持ちが分からない方でもあるのです。利益が無いどころか身の破滅の行動を女が敢えて取る、という事が思い当たらない時があるのですよ」
「しほ乃、さま?」
彼女はほうっと大きく溜息をついて見せると、私もお供します、なんて言い出したのである。
「そんな、そんなに危険な場所でしたの?この町は?」
「町ではなく、ドアの向こうの危険も考えましょう、お嬢様?」
片方の眉毛だけをあげながら私を窺うしほ乃の素振りがヨキと似ていて、私はとうとうメモをしほ乃に差し出していた。
そしてしほ乃はそのメモを読むや、私に家に帰れとはっきりと言い渡した。
「お届け物の風呂敷を開けて見てごらんなさいな。何の用もないものしか入っていないはずですよ。あなたこそお届け物らしいですからね。」
私はしほ乃の言う事が信じられず、また、美津子が自分にしようとしたことをわざわざしほ乃が嘘話を仕立てる理由こそ思い当たらないではないかと、ただ茫然としほ乃を見返していた。
「羽鳥家にはどうしようもない跡取りもいるのでございますよ。いえ、元跡取りですかね。今は次男さんが跡取りになっていらっしゃるから。戊辰の時に大怪我をして身を持ち崩し続けている男でしたら、その住所の友人の部屋に間借りしてございます。」
「では勘当されたお兄様への、差し入れ、では?」
「そうだとしても、妙齢の女性に独身男性の部屋に向かわせるのはいただけません。小遣いで荷物を運ぶ小僧なんて町に溢れているじゃあないですか。」
私はしほ乃に頭を下げた。
「ありがとうございます。ひとまず牧師館に戻ります。息子がおりますので。」
しほ乃は、自分も牧師館について行く、と言ってくれた。




