表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の愛した旦那様は百姓上がりの陸軍士官様でございます  作者: 蔵前
幸せの中でも不幸が埋もれ不幸の中でも幸せが発芽する
39/71

太陽だった人と太陽である人

 利秋様に抱き返されて、私の心はほわっと沸き立った。

 温かい気持ち。

 とっても嬉しくて誇らしい気持ち。


 そう、亡くなった父が私を抱き上げてくれた時の、あの日の私の気持ちだ。

 竹刀を初めて振った私を筋が良いと褒め、抱き上げて振り回してくれた私の大好きだった父。


「私はいつも君をこうして抱きしめたかったよ。」


「兄様は真面目過ぎます。私達は家族ではありませんか。」


 そう、家族の感覚だ。

 これは私が衛に感じる感覚ではないのだ。

 私は初恋だった利秋様について、今や彼を兄様としか見ていないのだと、彼に抱きしめられた事で改めて気付く事が出来たと喜んでいた。


 ほら、衛様、りまはあなただけですのよ。

 初恋は初雪のように綺麗に解けてしまいましたわ。


「君は時々鈍感な悪女になるね。」


「え?」


 利秋様は私を腕から放つと、今度は私達を見上げていた藤吾をひょいと自分の腕に抱え上げた。

 落としたら藤吾が怪我してしまう、そんなぐらいに高く掲げた。

 私はやはり過保護らしくて、藤吾が落ちたらと、彼の方に無意識に手を掲げたが、藤吾は利秋様を信じ切った賢い子供だった。


「空を飛んでいるみたい!ねえ!おじさんが教えてくれた、人が乗れる風船って日本にもあるの?僕も乗りたい!」


「ハハハハ。デュピュイ・ド・ロームの人力気球は日本にはないねえ。無いから、藤吾、君が作ったらどうだろう。君は頭がいいから学者になって素晴らしいものを開発してくれ。」


「お、おじさん。僕は父ちゃんみたいな軍人になります。なりたいです。だ、だから、学者さんにはなれません。」


 私は、どうして!と、藤吾に叫びそうになった。

 あなたはまだ五歳でしょうに、と。

 けれど、私よりも男の子の事を知っている兄様がここにいるのだ。


「藤吾?どうして君は一つのモノにしかなれないと考えるんだい?学者にもなって軍人にもなればいいじゃないか。尊敬するお父さんみたいな軍人になって、大好きな私みたいな賢い男になる。いいとこどりをすればよいのだよ。デュピュイさんだって海軍の人だ。」


 利秋様の腕に掲げられている藤吾が、自分の真下にこそ神様がいたという風な顔をした。

 わかる。

 私という人間も、利秋様の言葉で方向づけられたのだもの。

 でも、その言い方は衛様に失礼だと言ってやろうと口を開いたところで、また私は自分の言葉を話すことが出来なかった。


「藤吾。これから学者になるための本でも買いに行くか?父さんよりも賢いおじさんがいるんだ。お前に最適なモノを選んでくれるだろうさ。」


 衛は笑顔だった。

 私の背筋を凍らすぐらいの。

 どうしてそんな作りものの笑顔なんかしているの、と、私を不安にさせるとっても怖い笑顔だ。

 けれど、利秋様は高く掲げていた藤吾を普通に胸に抱き直すと、私の聞いた事がない軽薄そうな声をあげた。


「ざーんねん。藤吾君はこれから学者になるための学校の見学に行くんだよ。絵本はいつだって買える。英語を教えてくれるマダムと、彼女の教え子の何人かと邂逅できるチャンスは逃してはいけない。」


「で、どこだって?」


「牧師館。」


「うちは仏教徒だぞ。」


「何を言っているかな!帝国軍人の風上にも置けない奴!嘘でも神道だと答えなさい。で、牧師館で私達を待つのは、りまの恩師でもある美女さんだぞ。さあ、みんなで行こうよ。」


 藤吾が利秋様の腕の中で、行く行く、と万歳をして喜んでいるのだ。

 子煩悩な衛が藤吾の嫌でも利秋様の誘いに乗るはずと考えたが、衛はまっすぐに私の方に来ると、私の腕に自分の腕を絡め、いささか乱暴に自分の方へと私を引き寄せた。


「お前はその恩師に会いたいか?」


「え、ええ。もちろんよ。」


 衛はふうと大きく息を吐きだしてから、行くぞ、と偉そうに言い放った。

 しかし、誰にも聞こえないようにして呟いた言葉もあった。


「無邪気な悪女め。」


 え?

 悪いのは私?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ