太陽だった人と太陽である人
利秋様に抱き返されて、私の心はほわっと沸き立った。
温かい気持ち。
とっても嬉しくて誇らしい気持ち。
そう、亡くなった父が私を抱き上げてくれた時の、あの日の私の気持ちだ。
竹刀を初めて振った私を筋が良いと褒め、抱き上げて振り回してくれた私の大好きだった父。
「私はいつも君をこうして抱きしめたかったよ。」
「兄様は真面目過ぎます。私達は家族ではありませんか。」
そう、家族の感覚だ。
これは私が衛に感じる感覚ではないのだ。
私は初恋だった利秋様について、今や彼を兄様としか見ていないのだと、彼に抱きしめられた事で改めて気付く事が出来たと喜んでいた。
ほら、衛様、りまはあなただけですのよ。
初恋は初雪のように綺麗に解けてしまいましたわ。
「君は時々鈍感な悪女になるね。」
「え?」
利秋様は私を腕から放つと、今度は私達を見上げていた藤吾をひょいと自分の腕に抱え上げた。
落としたら藤吾が怪我してしまう、そんなぐらいに高く掲げた。
私はやはり過保護らしくて、藤吾が落ちたらと、彼の方に無意識に手を掲げたが、藤吾は利秋様を信じ切った賢い子供だった。
「空を飛んでいるみたい!ねえ!おじさんが教えてくれた、人が乗れる風船って日本にもあるの?僕も乗りたい!」
「ハハハハ。デュピュイ・ド・ロームの人力気球は日本にはないねえ。無いから、藤吾、君が作ったらどうだろう。君は頭がいいから学者になって素晴らしいものを開発してくれ。」
「お、おじさん。僕は父ちゃんみたいな軍人になります。なりたいです。だ、だから、学者さんにはなれません。」
私は、どうして!と、藤吾に叫びそうになった。
あなたはまだ五歳でしょうに、と。
けれど、私よりも男の子の事を知っている兄様がここにいるのだ。
「藤吾?どうして君は一つのモノにしかなれないと考えるんだい?学者にもなって軍人にもなればいいじゃないか。尊敬するお父さんみたいな軍人になって、大好きな私みたいな賢い男になる。いいとこどりをすればよいのだよ。デュピュイさんだって海軍の人だ。」
利秋様の腕に掲げられている藤吾が、自分の真下にこそ神様がいたという風な顔をした。
わかる。
私という人間も、利秋様の言葉で方向づけられたのだもの。
でも、その言い方は衛様に失礼だと言ってやろうと口を開いたところで、また私は自分の言葉を話すことが出来なかった。
「藤吾。これから学者になるための本でも買いに行くか?父さんよりも賢いおじさんがいるんだ。お前に最適なモノを選んでくれるだろうさ。」
衛は笑顔だった。
私の背筋を凍らすぐらいの。
どうしてそんな作りものの笑顔なんかしているの、と、私を不安にさせるとっても怖い笑顔だ。
けれど、利秋様は高く掲げていた藤吾を普通に胸に抱き直すと、私の聞いた事がない軽薄そうな声をあげた。
「ざーんねん。藤吾君はこれから学者になるための学校の見学に行くんだよ。絵本はいつだって買える。英語を教えてくれるマダムと、彼女の教え子の何人かと邂逅できるチャンスは逃してはいけない。」
「で、どこだって?」
「牧師館。」
「うちは仏教徒だぞ。」
「何を言っているかな!帝国軍人の風上にも置けない奴!嘘でも神道だと答えなさい。で、牧師館で私達を待つのは、りまの恩師でもある美女さんだぞ。さあ、みんなで行こうよ。」
藤吾が利秋様の腕の中で、行く行く、と万歳をして喜んでいるのだ。
子煩悩な衛が藤吾の嫌でも利秋様の誘いに乗るはずと考えたが、衛はまっすぐに私の方に来ると、私の腕に自分の腕を絡め、いささか乱暴に自分の方へと私を引き寄せた。
「お前はその恩師に会いたいか?」
「え、ええ。もちろんよ。」
衛はふうと大きく息を吐きだしてから、行くぞ、と偉そうに言い放った。
しかし、誰にも聞こえないようにして呟いた言葉もあった。
「無邪気な悪女め。」
え?
悪いのは私?




