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私の愛した旦那様は百姓上がりの陸軍士官様でございます  作者: 蔵前
悪徳の実を齧ろと囁くのは蛇なのか、己の心そのものなのか
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落ちた先には魔物がいるもの

 酒屋を二軒はしごした所で、いや、一軒目で気が付いていたが、俺にへばりついていた俺のじいやと直接飲むことにした。

 席を立ち、銚子を持って、そのままその男の席へと向かったのだ。


 和郎は俺のじいやどころか、口減らしで売られた俺を買ってくれ、そこから売り飛ばすどころか育て上げてくれた父親みたいなものだ。


「昔は一緒(いっど)き飲んだやろ。最初(いっばんさっ)から俺の真向かいに座ってくるれあいいものを。(座ってくれればいいものを)」


 和郎はひひっと笑い声をあげて、俺が真向かいに座ってくるのを許した。

 許したという言い方もおかしいが、彼は俺が軍でそれなりな階級を手にしてからは、俺の従者のように振舞って俺と対等であろうとしなくなったのだ。


「和郎さんが最初(いっばんさっ)に俺を(あっ)けた親父(おやっ)じゃねですか。(和郎さんが最初に俺を扱いた親父じゃないですか。)」


 殆どやけくそのようにしてお銚子を持ち上げて和郎に手向けると、和郎は、はあと大きな息を吐きながら盃で受けてくれた。


「旦那。俺は人別帳にものっとらん無宿人でしたからな。それでも剣を持てばそれなりなもんでしたから、旦那を扱いてもやりましたがねぇ。俺が旦那をあん人に売り込んどいてなんだが、なんか、偉くなりなさって嬉しいが、そうすっと人目にさらされるのがねえ。裏街道の人間にゃあ、表舞台はこそばゆくていけねえ。」


「ハハハ。済まんね。和郎さんも隠居したいだろうに、俺がヨキばあの飯から卒業できないばっかりに、俺の家に長々留めてしまって。」


「かまいませんよ。あれの飯は天下一品だ。それに、あれは旦那の事を自分の子か何かだと思っている。あいつが死ぬときに、おっかさん、とでも呼んでくれりゃあ、あいつは極楽往生でさあ。」


 俺はそこで馬鹿笑いをしながら目元を隠した。

 女には惚れられないが、こうして俺を支える人間は沢山いてくれたとはと、涙が溢れて来たのである。


「旦那。あんたはここで踏ん張りなさいよ。」


 慰めるでなく、年長者が若輩者に掛ける静かな声だった。


「和郎さん?」


 俺は目元から手を外して和郎を真っ直ぐにみると、彼は戊辰の時の間諜だったその目で静かに俺を見据えていた。


「俺はね、いいつかっております。旦那が鹿児島に足を向けたらその足を折れと、あんのお人にね。」


「え。」


「あ、陸軍の加藤殿では無いですか!」


 俺は今こそ一番聞きたくもない声呼ばれ、その声の方へと嫌々ながら顔を上げた。

 その男は俺が良いという前に俺の横に座り、そして、和郎はその男の出現によっていつものように影に控えた。

 つまり、和郎は元々自分が座っていた席を立ち、俺達から離れた席に移動してしまったという事だ。


「海軍少佐の桐生殿がどうしてこんな安酒屋に。」


「義弟と飲みたいと思ったらいけませんか?私はあなたとじっくり話したいと常々思っていましてね。ほら、国で唯一のスナイドル銃の製造地、あれはどちらだとお思いで?陸軍海軍言わずに、一様に尻に火がついているんですよ。噂話も真実虚実ないまぜでも、少しでも多くの情報は欲しいとね、みーんなが興味津々なんですよ。とくに、置いてきぼりのあなたにはね。」


「俺はおわいとは組まんし、お前になど情報があってもやるわけ無かろう。」


「あれ、組んだ方が良いと思いますよ。あなたにご注進が来たでしょう。私とりまが遊び歩いている、なあんてね。兄妹がちょっとお出掛けしただけなのに、あなたの女房というだけで目立つ目立つ、ハハハ!」


 俺はごくりと唾を飲み込んでいた。

 利秋が言いたいのは、彼とりまが連れ立って目立つから俺に注進が来たのではなく、俺の女房だからとりまに監視の目が行っているだけだという事だ。


「つまり、りまが、俺の女房というだけで、りまが監視されていると?」


 利秋はにんまりと微笑み、俺が考えるべきだった言葉を吐いた。


「いざという時には人質を取って加藤を縛れ。」


「そんな事は!いや、では離縁をする。」


「ハハハ。純な方だ。しかし、あなたは本当に腐った人間の考え方も知らないでくの坊ときた。ついでに、りまの事も全然わかってない朴念仁だ。」


 利秋は俺の歯噛みをした素振りに対し、とても嬉しそうに笑い声を立てた。

 そして、その勝利の杯だという風に彼は勝手に銚子の酒を俺のお猪口に継ぎ足して、それを自分でくいっと仰いだ。


「離縁されてもね、あれはお転婆だから、勝手に家を出て藤吾君に会いに行きますよ。あ、そうだそうだ、ご存じですか?犬ってね、同時に二匹の雄犬の子を産めるらしいですよ。」


「――お前、何が言いたい?」


「さあ?でも、犬の血統に拘るとある男は、自分が友人達に配った犬が雑種かもしれないと、それがバレたらどうしようと戦々恐々しています。私は、絶対にバレませんよと、彼が友人である限り請け負ってあげていますけどね。」


「お前が友人である限り安泰、と。」


 利秋は勝手に給仕を呼ぶと、俺の前に追加の銚子を並べさせ始めた。

 俺はその一本を手に取り、笑顔の利秋のお猪口に酒を注いだ。


「ありがとよ。本気で下種な奴の考え方を教えてくれて。」


「いえいえ。私達は義兄弟じゃないですか。」

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