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アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
9/45

09  交換カミングアウト




「みてみて! これ超可愛いっ!」

 スニーカーを手にとってアメリは瞳を輝かせた。

 かわ……いい? 何色も入り混じったカラフルで奇抜な靴に、日生は疑問と既視感を懐きながら首をかしげる。……なんだったかな、これ……どこかで見たような……


「あれだ。サーティワンのアイス。」

 可愛いかどうかはさておき、ひらめいた答えに満足し指を鳴らす。


「あ、まじだウケる! じゃあこれ決定ね。サイズあるかなー。」

「えぇ……?」


 なぜこの流れで決定? ウケたからか? ウケたからなのか? いやそもそも全然ウケないけれど……え? それ履くの? 私なんだけど、それ履くの私なんだけど。サーティワンアイス履くの私なんだけど?


 アメリの扱いにはそこそこ慣れてきたつもりでいる一方、未だ時折読めなくなる遣り取りに困惑する。

 圧されに推され、気づけばレジで会計をしていた。ああやっぱりこっち持ちか。使うのは自分なんだから当然か。指定した予算内だしまあいいかと、半ば諦める。

 いつの間にか追加でレジに置かれていた、やたら靴紐の主張が激しいブーツについても、この際突っ込まない。


「ブーツはイケメンの鉄板だからねー。」

 せっかくスルーしてやったのに自ら言及するあたり、やはりこの女はよくわからない。


 会計を済ませる横から、アメリが店員にブーツのみ包装するよう頼んでいる。スニーカーは履いて帰ります……って本人の意思は無視かよ。と内心で毒つきながらも、日生は言われるがままに、値札を取ったばかりのスニーカーに履き替えた。

 購入したての物を身につけるのも、本日で二回目ともなれば、渋々もしない。




「やばい! 超絶やばすぎる!」


 それが褒め言葉として相応しいかはともかく、鏡に映る自分は確かに「やばい」奴だった。


 パステルカラーのグラデーション掛かったパーカーに、黒のスキニーパンツと、くだんの、サーティワンアイスカラー(造語)のスニーカーを合わせた、オレンジ髪の派手な女。

 髪の長さと奇抜なセンスのせいか、一見すると男女の判別がつかないが、顔のみに着目する分には、上等な腕前によるぬかりない化粧のお陰で、女として認識できる。

 これがアメリの言う、ジェンダーうんたらというものなのか。


「日生ちゃん貧乳だけどスタイルいいから、こういうファッションも映えるねっ。やばい!」

「……うん。やばいね。これはやばい奴だ、間違いなく。」


 言うまでもなく、パーカーもアメリの独断で購入したものである。唯一自前のスキニーパンツも、よもやこんなコラボレーションに巻き込まれると思っていなかっただろうに。


 疲労で動きが鈍い日生とは対照的に、アメリは軽やかにあざとい足どりで、嬉しそうなステップを踏む。


「よーしっ。いったん休憩兼デートといきましょー。」

「あ?」

 派手な「やばい」女は、容貌とは不釣合いの渋い表情で反応する。


「疲れたでしょ? 甘いもの食べよ。ニュー日生ちゃん爆誕祝いに、アメリがご馳走しちゃう。」


 ちゃっかりと腕を組んで歩き出す。

 並んだ二人の姿が存在感たっぷりに、ショーウインドウに映りこみ日生の視線を奪う。個性的な身なりの女二人組。お互いが派手と奇抜の相乗効果だ。

 しかし不覚にも、外出前の、「髪色だけ気合入れた勘違い陰キャ」よりは遥かにマシで、しっくりしてしまう自分が、悔しかった。





「小洒落たもんだね。」

 華やかなパフェを前に日生はこぼした。

「えー、JKあるまじき発言ー。」

 アイスの頂上に盛り付けられた星型のクッキーを摘み取りながら、アメリは笑う。クッキーの端にホイップクリームを乗せ、「はい、あーん」と身を乗り出して日生の口へ運ぶ。

 差し出されるがままに、日生はクッキーを齧った。


「あは。餌付けしてるみたい。」

「引っ叩くよ。」


 池袋サンシャイン通り入り口付近。目を惹くほどにファンシーなメニュー、ファンシーな内装のカフェテラスで、個性的な身なりの女二人が、あまり甘くない会話を交わす。

 一人は無表情に近いしかめっ面。一人はあどけない笑顔。目の前には各々、星座がテーマらしい華やかなパフェ。


 日生の学生生活の中で、こんなにも徹底した不当休暇、もといサボりは前例が無い。


 何をしているんだ。どうしてこうなった。

 正面で楽しそうにパフェを突くアメリを眺めて思う。ロゴが入り乱れた不思議な柄のだぼだぼなトレーナーに、作為的にほつれさせたショートパンツ。この、不覚にも愛らしいじゃじゃ馬のお陰で、今日という不当休暇(イレギュラー)が進行している。

 足元に置かれたショップの袋は計三つ。これじゃまるで、私が満喫してるみたいじゃないか。日生は溜め息を落としながら、袋へ視線を走らせた。


「しかしよく買ったね。」

 率直な感想を述べると、アメリは目をぱちくりさせた。

「まだ買い物終わってないよ?」

「え?」


 今度は日生がまばたきを二つ挟む。

 アメリはアイスの山を一欠けら崩すとスプーンいっぱいに頬張り、飲み込んだところで口を開いた。


「このあと、ブーツに合う服選ばなきゃ。まだ予算残ってるでしょ?」

「……え?」

 この服は? 今着ているこの服は? この謎配色なパーカーとサーティワンアイス靴は? まばたきのみで訴える日生の心情を、アメリは珍しく察したようで破顔した。


「うそー! まさかその恰好で学校行くつもりだったのー? 最初からハードル爆上げすぎだよー。」

 スプーンをくるくるさせながら日生を指す。

「なんで買わせたし。選んだし。」

 悔しいことに、それ以上の反論及び指摘が出てこなかった。


 日生の思うところ、これは麻痺に近かった。このアメリという女は時間の経過と共に体力気力を奪い、怒りや憎しみを無効化させる実に歯痒い力を持っている、ような気がする。

 そんな麻痺症状に諦めがついたのか、そこから日生も本格的にスプーンを動かし始めた。溶け始めたアイスは、まだまだ冷たい。


「んー……、」

 一方アメリはスプーンを止め、日生の質問兼反論指摘についての返答を考えていた。

 やがて、ぱっと笑って人差し指を立てる。



「アメリ好みにしたかったから、かな。」



 はあ? スプーンが口元で止まる。これ以上ないというくらいに、眉間に深い皺を作る日生へ、アメリは両手を広げながら「怒らないでー」と無邪気に笑った。


「アメリのママってさー、いっつもアメリを、自分好みの娘! ってふうに仕立てたがってたんだよねー。」

「はあ。」

「ピンク系のネイルとか、りぼんの付いたフリフリの服とか。」

「はあ。」

「アメリはさー、そういうのシュミじゃないんだけど、たまーに折れてあげてたんだよねー。」

「はあ。」


 唐突に始まったアメリの母親の話に、日生は単調な相槌をうつ。そのしかめっ面には明らかな疑問符が浮かんでいたが、アメリはお構いなしに両手を合わせ、あざといごめんなさいポーズをとった。



「なので、そこは血は争えんってことで、勘弁してやってちょーだいな。」



 ポーズと、語調と、声質のトリプルコンボが実に甘ったるく忌々しい。これはバカな男が騙されるやつだ、と理解した上で、日生はあえて麻痺し続けた。再びパフェを食べ進め出す。


「あ、でもでも、今の日生ちゃん超素敵ってのは嘘じゃないよ? 今のアメリたち、超お似合いじゃない? 本物のカップルっぽくない?」

「うん。ペーパー夫妻系のカップルな。」

「やだあ、夫妻だなんて気がはーやーいー。」


 皮肉まで無効化するのかこの女は。両頬に手をあて何往復も首を振るという、これまたバカな男が騙されそうなあざとい仕草を、スプーンを咥えたまま眺めた。


 きっと麻痺していた。麻痺の、せいだったのだと、思う。

 日生はどうにも穏やかだった。



「本当、母親と仲良いんだね。」



 きまぐれに、そんな会話を切り出してしまうほどに。

 きっとアメリはまた、顔を輝かせるのだろうと予測した上で、きいた。


「うんっ。ここのお店も、よくママ達と一緒にきたんだあ。」


 ほらやっぱり。思い描いていた反応が、エピソードなんておまけ付きで返ってきて、ついほくそ笑む。皮肉の聞かないアメリには、その笑みが好感触だったのかもしれない。明るい表情のまま、続けて声を弾ませた。


「お休みの日はね、目一杯おしゃれして、アメリとママ達の女三人で、ケーキとか甘いもの食べるのが、我が家の定番だったの。」


 ……ん?

 さらりと受け容れるつもりだったエピソードの中、違和感が耳に引っ掛かる。

 ママ『(たち)』? 『女三人』?


「あんた、姉妹いるの?」

 聞き流せず、話を遮ってしまった。アメリはきょとんと小首を傾げる。


「ううん。一人っ子だよ。」

「でも女三人って、」


 日生の追及に、アメリは「あっ」と思い出したように手をたたいた。



「アメリね、ママが二人いるの。」



 そしてさらりと笑顔で答えた。


 麻痺していたはずの日生の瞳が見開く。


「パパはいないんだけどね、二人のママが、アメリを育ててくれたの。」


 その声に、しぐさに、語調に宿るのはあざとさとあどけなさのみで、憂いや嫌味、苦悩や深刻なんて影は一片も見当たらない。


 とっくに飲み込んだはずの溶けたアイスが、時間差で身体じゅうに鳥肌をたてた。



「珍しいでしょ。」



 どこか得意気にアメリは言う。嬉々とさえしている。

 鳥肌だけにとどまらず、瞬間的に身体じゅうを駆け巡った寒気に、日生は思わず席を立った。


 がたん、と椅子が音をたてる。

 日生はおもむろにアメリの唇へ手を伸ばし、親指をあてた。


 封じるように、唇をなぞって、ぬぐう。




「…………アイス……ついてる。」




 瑞々しい朱色は、想像以上に柔らかかった。



 日生の突然の行動に、アメリは何事もなくへらっと笑う。

「やだー、もう大胆っ。」

 そう言って口元で作る二つの拳は、やはりあざとく、あどけなく、甘ったるくて、どんな相手でも騙せそうな気がした。








 休憩後に回った店は二件。モノトーンを基調とした上下を其々購入した。

 店を出るなり、興奮冷めやらぬ様子でアメリは袋ごと腕を振る。


「ちょーーーカッコイイのみつけたねっ。もーう超満足ー、明日が楽しみい。」

「楽しみって……あんた学校(その場)にいないじゃん、」

「いやいや~、妄想するわけですよ。アメリのいないところで、黄色い歓声で蜂の巣にされる日生ちゃんの学園生活を。」

「殺されてるじゃねーか。」


 埋まらぬ温度差を保持したまま、並んで駅を目指す。結局丸一日付き合ってしまった。いや、付き合わせてしまった、になるのか? この場合……。生真面目にうなる日生の顔を、隙をつくようにアメリは覗き込んだ。


「でも間違いなく周囲の評価は変わると思うよ?」

 未だに近距離は慣れない。この美少女は、目と心臓に悪い。

「……あんたに何の得があるの、」

 視線を逸らす不可抗力とはいえ、素っ気なく言ってしまった。


「得だらけっすよー。恋人がモテるのは不安だけどやっぱ嬉しいじゃん?」

 そうか。こういう女だった。一瞬とはいえ憎まれ口に罪悪感を持った日生だったが、飄々と勝手なことを申すアメリに、引き続き素っ気なく対応しようと心に決めた。


「恋人じゃないし。」

「おやや、つれませんなあ。」


 駅まではまだ距離がある。きっと辿りつくまで……いいや、もしかしたら電車内でも、下手すれば別れ際までも、この女はこの調子で喋り続けるような予感がした。


「あとは、単純に優越感かなー。」

 たぶん予感は大正解だ。アメリは飽きることなく、『明日の日生についての話』を楽しそうに続けた。


「日生ちゃんの魅力を引き出せたのがアメリってのも嬉しいし、陰湿根暗童貞時代の日生ちゃんに目をつけたのがアメリだけ、ってのも嬉しい。」

「……変な子。」


「あはー。アメリは、日生ちゃんをみつけたのが、アメリで嬉しいの。」



 アメリはまっすぐに言う。



「なにそれ。」

「ん? 本気の告白。」

「あんたに本気なんてあるの、」

「おっかしいなー? アメリは常に本気だよー? 日生ちゃん、大好き。」



 まっすぐに告げられれば告げられるほどに、日生はひっそりと困惑していた。


 素っ気なさの裏で、混乱していた。




 “日生ちゃん” “大好き”




 なぜこの女は、こんなにもまっすぐ愛を示すのか。


 先ほど、無理やり鎮めた鳥肌がまた立つ。雑に誤魔化した寒気が、また走る。

 事情は知らない。その背景を想像することも、環境を推し量ることもできやしない。


 しかしこれだけはわかる。彼女(アメリ)を取り巻く愛は、きっと希有だ。


 間違いない。彼女はきっと、複雑な家庭で育った女だ。

 希有で複雑な愛を受けて生きてきたはずだ。



 なのに、どうして、こんなにもひたむきに、

 手荒いくらいに、他人(ひと)を好きだと言えるのか。



 日生にはどうしても理解できなかった。

 それなのに、隙間もないほどの壁を作ることも、完膚なきまでに叩きのめすことも、出来そうにない。

 口先だけの、付焼刃みたいな悪態や、結局自由を与えてしまう程度の素っ気なさくらいしか、見せられない。


 麻痺のせいだ。日生は自分に言い聞かせた。

 言い聞かせて目を逸らした。これもまた、唯一できる、自分への言い訳だ。




「────……!」




 次の瞬間、日生は自分への言い訳に後悔する。


 目を逸らした視線の先、メンズファッション店のショーウインドウ。

 飾られた服よりも、一際目立つ壁紙。



 壁紙の中の男と、目が合う。




「あー、トキジかあ。」


 日生の凝視に気づいたアメリが、その男を愛称で呼ぶ。


 『トキジ』こと、時峯(ときみね)次久(つぎひさ)

 先週、年上の女優と電撃入籍した、人気俳優である。


 日生を真似るようにアメリも壁紙を眺めた。精悍な顔立ちの見蕩れるほどの色男が、堂々と恥ずかしげもなく色気を振り撒いている。


「先週からこの人のことばっかりだよね、芸能ニュース。日本中の女が阿鼻叫喚! ってさ。まー、たしかにカッコイイけどー…………ん?」



 アメリは気づく。

 その顔に宿る、既視感に。



「なんか、この、顔……」





「……父親なんだ、」


「えっ?」



 隣では日生が、彼に目を奪われたまま唇を震わせていた。




「このひと、父親、」




 不思議と、声は、震えていなかった。




「私、時峯次久の、隠し子なんだ。」





 思うところ、これは麻痺に近かった。

 きっと麻痺していた。麻痺の、せいだったのだと、思う。



 日生果恋、はじめての、告白だった。


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