07 回想サンライズ
無色透明の付け爪を、爪鑢が丁寧に削ってゆく。アメリの小さな爪に何度も型を合わせ、確認しながら、こまめにこまめに、削ってゆく。
アメリはこの、途方もない作業が好きだった。
正確には、この途方もない作業をしてくれる母に付き合うのが、好きだった。
「何色にする?」
母は充分に付け爪を整えたあと、決まって聞くものだった。
「黒のマットカラーをベースに、ターコイズ入れてほしいなー。あと、ちょっぴりオレンジ系もアクセントで!」
アメリが好むのはたいてい、個性的で奇抜な組み合わせばかりで、その選択に母は、うんざり、とまでは言わないが、少なからず残念そうな表情をみせた。
「たまには、ピンクとか白にしない?」
「アメリのシュミじゃないもん。」
「趣味、って、」
拒否されようと母はくすりと笑っていた。そしてアメリの注文どおり、個性的で奇抜なネイルチップを作り上げてゆく。
「せめて、パールかリボン、付けちゃだめ?」
注文自体には従順な母だったが、製作過程のなかで、時折こうして粘るものだった。
「ママってさー、アメリにそういう、オンナノコ~っての選びたがるよね。」
やがてアメリのほうが先に、うんざりする。そんな娘相手に母はあくまで微笑ましく、嫌味の欠片すらなく、くすりと言うものだった。
「だって、せっかく女の子産んだんだし。」
「ぜんじだいてきー。せいさべつてきー。」
母のその口癖が、アメリは決して不快ではなかった。むしろ母が口癖を言って、アメリが背伸びした発言で言い返す、といった一連の流れが、母娘の団欒だと感じるくらいに。
だからといって、母がアメリに宛がいたがる、ピンク系のネイルやリボンの付いたドレスを身につけてやるか、とはならないのだけれど。
「ねーママー。アメリもいいかげん、付爪じゃなくてジェルネイルやりたいよー。せめてマニキュアー。」
「だめ。学校どうすんの、」
母は職業柄、年齢の割に派手な類いの女ではあったが、アメリの学業生活における風紀や規則に関しては厳しかった。
「ママだって、爪ゴッテゴテにしながら学校行ってたくせにー。アメリ、伯父さんから聞いたもん。ママ、ネイル以外も、髪とかメイクもすっごいひどかったって、伯父さん言ってたもん。」
「……高校のときの話だよ。」
「うそ。中学生のときもって、伯父さん言ってた。」
「それでもあんたと同じ小学生のときはしてない。」
「小五のときピアスあけたんでしょ? 学校のトイレで。伯父さん言っ────」
「あのクソ兄貴。」
母の、身形に対しての厳しさの裏には様々な事情があるということを、アメリは年端もいかない頃からそれとなく理解していたが、それを理由に軽蔑もしなければ、理不尽とも思わなかった。
これもまた、彼女たちにとっては、一つの団欒だったのだ。
完璧じゃない母親が、大人に成りきれない幼稚な母が、アメリは好きだった。
「とにかく、子供のうちは付爪で充分。」
「ぶー。」
「大人になったらジェルでも何でもやってあげるから。」
母との時間が好きだった。
母は、大人のくせに幼稚で、時々傲慢で、美しかった。
「じゃあアメリも、大人になったらママにネイルしてあげる。」
幼いアメリは、美しい母に、約束した。
「ママのより、超絶カワイくてハイセンスなの、プレゼントしてあげる。」
母の手が止まる。まっすぐに娘を見据える。
潤んだ眼差しが水面のように揺れたその刹那、母の瞳が、顔が、体が、一瞬にして砕け散り、火の粉となって消えてゆく。
燃え尽きてゆく火の粉の中に誰かいる。
母じゃない、誰かが現れる。
精悍な顔立ちの、うつくしい女。
ブロンドの入り混じるオレンジが、まるで、
日の出のように、
「ありがと。…………アメリ。」
創まりを、告げる。────────
「────ッ!」
目が覚めたと同時に頭が冴えた。清々しいほどに熟睡していたのだなと即座に察する。
カーテン越しの窓が充分に明るい。時計の短針がまもなく『9』をさす。完全に遅刻だとわかると、人間、かえって慌てないものだ。アメリは本日水曜の時間割を思い浮かべ、問題ない授業ばかりだと結論付けると、新体操選手の如く、気合を入れて飛び起きた。
日生ちゃんに会いに行こう
背伸びをし、その場で服をすべて脱ぎ捨て、洗面所へと走った。




