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アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
34/45

34  海蘊チップス




 時は、果恋とアメリが大河内艶子と対峙する、およそ二時間前に遡る。



 三連休最終日の夕刻。宇喜多(うきた)此花(このか)は日生果恋が住まうマンション前まで訪れていた。

 都内築浅2LDK。最寄り駅徒歩10分圏内。周辺には充実した商業施設・医療機関・飲食店・娯楽施設etc.……加えて、全国区並みの知名度を誇る都立公園までご近所ときた、立地環境優良な物件。

 賃貸とはいえ、高校生が独りで住むには贅沢この上ない代物(マンション)を、此花は感嘆の溜息を交えながら見上げていた。


(独り暮らしとか、まじ何者だし日生。)


 入学当時からすれば彼女との距離はかなり縮まっているはずだ。ワンランク上のモブから親友一歩手前まで昇格されたはずだ(※此花調べ)。しかしそれでもなお、想い人・日生果恋の素性には未だ謎な部分が多々存在している。


 悔しい。やはりストーカーとしては、プライベート面もある程度特攻しなければ真のストーカーを名乗れない。と、宇喜多此花は開き直って拳を握る。

 ついでに、「でもそんなミステリアスなところも可愛い! やっぱ好き!」と、邪心を浄化するには全くもって足りない乙女心も湧きたてる。


 御託はいらん。さあ特攻だ。

 果恋テリトリーを攻略できた暁には親友一歩手前からプラトニックハニー昇格も夢じゃない(※此花基準)。

 兄の舎弟共(諜報員)から入手した情報に誤りがなければ、日生果恋はこのマンションの1217室に居住しており、そして三連休最終日、本日夕方に帰宅予定のはずだ。



 意気込んでエントランスに踏み込む。

 そんな此花の真横を、たおやかな風が吹き通った。



 風の源で揺れる上品なセミロング。仄かに纏う馥郁(ふくいく)とした香りと、そこはかとない色香……まさかここで、自分が()()とエンカウントするとは想定外だった。

 果恋から不法侵入(いざこざ)の件は耳にしていたが、その真相や詳細までは知らない。そんな中途半端な情報が、宇喜多此花に油断を招いたのかもしれない。()()()()()()()()()()()を、除外させていたのかもしれない。


「……あら? あなた、果恋と同じクラスの……」


 邂逅するは、噂の転校生。

 その美しき視線が、此花に気づくなり居場所をとどめる。



「あんたは……!

 清楚系ドスケベザエッチセックス!!(出やがったな! 大河内艶子!!)」


「何言ってるかはわからないけど、たぶん逆だと思うわ。」



 艶子は無表情を死守したまま、不正に入手したルームキーでエントランスドアを解錠した。








 大河内艶子は紛うことなき美少女だ。

 ……と、宇喜多此花は改めて視認した。


 しかし妙なもので、此花の艶子への評価は興奮や下心から生じたものではなく、あくまで漠然と、「え、こいつガチじゃね?」といった関心から起きていた。


 そう。妙なのだ。


 艶子の『美少女ジャンル』は、例えるのであれば合コンで男性陣の視線を搔っ攫うような、もっと噛み砕いていえば朝のお天気情報係として世のお父さん方を癒してくれるような……つまるところ露骨にいえば、宇喜多此花ドストライクの赤文字系女子(※令和バージョン)なのである。

 にも関わらず、現状此花は、理想的な清楚系ドスケベザエッ(以下略)に直面しておきながら、感想程度の情しか懐けていない。


 それは当の此花自身にも妙な感覚であった。


(……ガチで可愛いけど……超絶タイプではあんだけど……なんでだろ、)


 付け加えると、

 先ほどの奇妙な邂逅を果たしておきながら、艶子はこの不審なギャルを『妹の友人』として至極当然に招き入れ、特製ローズヒップティー+得体の知れない黒いチップス状の菓子を振舞ってくれやがった。

 つまり、只今此花は、性癖超絶ドストライクなドスケベザ(以下略)とマンションの一室で、おもてなし付きの絶賛二人っきり状態なのである。

 いついかなる間違いが起きても、文句などつけられない好機なのである。


(なんでだ……?)

 此花は大真面目に首を傾げる。本来ならばここで、『女同士、密室、二人きり。何も起きないはずがなく……』的な展開が起きてもいいはずなのだ。条件は充分に揃っているのだ。

 だというのに、充満する違和感。

 此花は今一度艶子を視認する。違和感の正体に気づき始める。


(…………なんていうか、こいつ…――――)




此花(このか)。少し聞いてもいいかしら?」




「ファッ!?」


 まさかの切り出しに思わず声をあげる。無理もない。この異質な状況で忘れてはいたが、そもそもまともに対面すること自体初なのだ。親類度・好感度・ステータスは初期状態、ほぼ初対面と言っても過言ではない相手からの、突然の呼び捨て。困惑しないわけがない。


「ふぁ?」

 眉一つ身じろがせないおうむ返しに、此花は再度困惑しながら顔を引き攣らせた。


「い、いや……な、なに?」

 なんにせよ沈黙は破られたのだ。奴は何かしらの交信を望んでいるわけなのだ。これだけ持て成されておいて拒否する権限など自分には無い。通報されなかっただけでも幸運だったというのに。

 取り繕った表情がどこまで()つかはわからないが、とりあえず応じた。


「クラスでの果恋の様子を知りたいのだけれど、」


「様子?」

 予想外な、あまりにも捻りのない至極まっとうな質問に今度は別の意味で困惑する。


「ええ。授業中とか、休み時間とか、交友関係とか、クラス内での立ち位置とか。」


 ずいぶんと範囲広いな。つまりは何もかもじゃないか。と突っ込みたいところではあったが、全部ひっくるめた上での「様子」であるのならば妥当な質問だなと此花は納得する。

 そして、その問いを投げかけた相手が自分(此花)で運が良かったなと、ひっそり誇る。


「授業は真面目すぎっつーくらいガチ。居眠りとか全然だし。成績も常にトップ圏内なんじゃね。ちょっと前までぼっち期間長かったけど、最近は基本誰とでも喋るかなー。それでもまだ口数少ない方だし、あんましゃしゃり出る感じじゃねーけど。そんな控えめなとこマジ可愛い。あ。あと一番よく話すのも一番仲良いのも私な。ここ重要。」


 何を隠そうこちとら日生果恋専門監視兼見守り隊長(※非公式)である。

 ここぞとばかりに意気揚々と饒舌に、果恋のクラスでの「様子」を披露した。


「そう。」


 しかし、この反応である。


 味気ない。味気ないぞ大河内艶子。せっかくの情報過多、もっと満足してくれてもいいのに。なんなら若干ドン引きしてくれてもよかったのに。そのくらいの覚悟はあったぞストーカーなめんな。

 拍子抜けした反動から、此花はようやく目の前のローズヒップに口をつける。添えられた謎の黒い菓子には、いまいち手を伸ばす気にはなれないが。


「…………。」


 再び訪れた沈黙の中、唇に当てたままのティーカップを盾に、此花は追撃とばかりにまた視認した。


(……あ。そういうことかー……)

 遅ればせながらやっとわかったのだ。

 先ほど気づきかけた、違和感の正体。


 この、大河内艶子という少女のなかみは、日生果恋で埋め尽くされている。


 仮面のような無表情の下は不明瞭なのではない。むしろ逆だ。潔いくらいに日生果恋しか見当たらず、清々しいくらいにわかりやすい。

 生真面目にひた向きなだけなのだ、彼女は。


(じゃあ普通に敵じゃん。日生は私のだし。)

 此花は本能的にそれを感じ取っていたのだと気づく。欲望より乙女心が勝っていたのだと理解する。どんなに好みであろうとドストライクであろうと、目前のドスケ(以下略)は此花にとって、『ナシ』なのである。


 守備範囲外と決まったのならば張り詰める必要はない。此花はおもむろに姿勢を崩し肩の力を抜いた。

 ふうと浅く息を落とし、頬杖をつく。


「つかさ、日生から聞いたけど、あんたやたら日生宅(ここ)に入り浸ってるんだって?」

 語調もよりフランクに、無遠慮な会話を始めた。


「んな関係なら、私になんて聞かないで昼休みでも放課後でも日生んとこ来ればよくね?」


「それはできないわ。」


 良くも悪くも距離を縮めた此花に比べ、艶子は一貫して変化のない表情としぐさのまま対応する。

 なんだこいつ。此花は内心で留めたまま、手持ち無沙汰に例の謎菓子を摘まみ上げた。粗塩がまぶされた黒いチップス状の菓子からは、ほんのり磯の香りがする。


「あたしは果恋の姉であって、友人じゃないもの。」


 口に入れようか悩んだところで艶子が会話を繋げてきたので、あえなく保留とした。素性の知れぬ菓子の味よりも、今はこの珍獣のほうが正直興味深い。下心抜きで、さらに距離を縮めてみようとさえ思える。


「そもそもその『姉』ってなんなん? 日生がなんか言ってたけど、あんまちゃんと聞いてなくてさー。」

 態度はもちろん、話題も踏み込んでしまえと軽く尋ねた。



「あたしの母と、果恋の父が再婚したからよ。」



「へ?」



「あの子の父親は時峯(ときみね)次久(つぎひさ)日生(ひなせ)果恋(かれん)は時峯次久の婚外子。つまり隠し子ね。

 あたしの目的は、母たちの婚姻を機に果恋を大河内の籍に入れること。」




 容赦なく畳みかける情報量の波。情報価値に釣り合わぬ呆気ない暴露。


 停止した機能が、硬直した空気が、独特の()となって此花の脳を鷲掴みにする。

 時間にしてあくまで刹那。その刹那の中で、此花が選んだ反応は、


(ははあ、そうきたか。)



 どういうわけか、『受けて立つ』だった。

 それこそ本能的に、としか説明つかない臨戦態勢が整う。



「それ、私にぶっちゃけていい話?」

 明かされた真実に動じない。狼狽えない。魂消(たまげ)ない。フランクな口調を保持したまま、軽薄な笑顔で挑発的に、艶子へ問う。


「よくはないわね。」

 対する艶子も、依然淡々と返す。


 対極的にして攻防は五分(ごぶ)五分(ごぶ)。二人を取り巻く空気がしずかに鋭く張り詰めた。


「いいの? 私、超言いふらすかもよ?」

「ええ。ご自由に。」


「まるでそうしてもらいたいみたいな言い草だな。」


「……。」

「図星か。」



 規律良く並ぶ密度の高い睫毛を伏せる。数秒の沈黙を挟み、再び向けられた艶子の眼差しは、


「だったら問題あるのかしら?」

 此花同様、『受けて立って』いた。


 どうやら勘に狂いはなかったようだ。攻防戦に持ち込んだのは間違いでなかった。

 いっそ潔いくらいに顕わとなった艶子の本性。しかしその程度で怖じ気つく此花ではない。むしろ上等とばかりに鼻で笑い飛ばす。


「超スキャンダルじゃん。学校中パニくるだろーしマスコミとかきそー。」

「そうね。」

「日生は一躍有名人。ガッコ、来れなくなんじゃね? かわいそー。」

「心配無用よ。その時は大河内家が全力で彼女を匿うわ。」

「ずいぶんエグい作戦たててんな。そこまでして妹が欲しいわけ?」


「ええ。

 あたしはあの子の、()()()()()()()になるの。」


「へえ。」


 豹変してきた鋭い突きを此花は飄々と受け流す。のらりくらりと見える回避術の裏で、事実、宇喜多此花は、


「顔に似合わず根性ひん曲がってんのな。()()()()()()、」



 はらわた煮えくりかえっていた。



「……調子ぶっこいてんじゃねーぞエセシスコンが。」



 どすの利かせた悪態と同時に艶子の背面が、後頭部が、床へねじ伏せられる。

 卓上の食器が音を立てて落下し中身をぶちまけた。

 一瞬にして艶子を組み敷いた此花は、その華奢な手首を容赦なく捕らえ、威嚇のごとく力を込めた。


「自分が何ぬかしてんのかわかってんのか?」


 至近距離から凄む声。頬をかすめる長い茶髪。混じる女と女のにおい。

 押し倒された艶子の視界で、形相を変えた此花が天井を遮る。


「『日生果恋は時峯次久の隠し子でーす』……って、いかにもバカなミーハー共が食いつきそうな話だよなあ? 最近(いま)の日生なら信憑性も高くなるだろうよ。()()が外部に漏れる可能性だって、充分だ。」


 深々(しんしん)と満ちる激昂。決壊寸前の激情に覆いかぶされながらも、艶子は表情ひとつ身じろがずに視線を外そうとしない。攻防戦に白旗をあげる素振りさえも見せない。


「大河内艶子。てめえが何企んでんのかはわかんねーけど、」

 気丈な艶子に尚も容赦なく此花は詰め寄った。女たちの呼吸が距離を縮める。


「日生を迫害するようなモンだろうが。あいつの高校生活めちゃくちゃにしてえのかよテメーは? あ?」


 殺伐を孕む沈黙の中、先制攻撃を終えた此花は艶子の出方を待つ。しずかに睨みを利かせ、次の攻防に備える。油断してはならない。この、大河内艶子という女は。

 日生果恋の安寧を死守するためにも。

 彼女を守る。身勝手に一途な思慕は、これからだって揺るがない。



 凍てつく眼差しを据えたまま、艶子の唇が動く。



「だったら?」



 無機質に、されど挑発的に打ち込まれた弾丸が此花にもたらしたのは、渇いた笑い。


「おねえちゃん、いいこと教えてやろっか?」


 はらわたが煮えくり返る、なんて通り越してしまった、激情の向こう側。

 悪戯にも妖艶にも(まみ)れたどす黒い笑みで、此花は艶子の輪郭にふれた。


「私さあ、不覚にも結構アリなんだよね、テメーのそのクッソ胸糞悪ィ(ツラ)

 ……今ここでめちゃくちゃに黙らせて、二度と日生に手ェ出さないって思い知らせることもできんだけど?」


 艶子の両脚の間に陣取っていた自身の膝を、じらすように腿の付け根へと滑らせる。先制として仕掛けたマウントポジションを最大限に活用し、脅す。




「お生憎さま、それで済むのなら安いものだわ。」



 限界まで捲れ上がったスカート内に、指が侵入する寸前だった。髪も服も色くさく乱れ、俎板上の鯉でありながら眉一つ動かさないまま艶子は言い放つ。



「あたしはどんな手を使っても、果恋を守る。」



 きわどくいかがわしい空間に、図太く構える気丈の柱。

 激情と信念、敵対する二人の女の間でただ一つ、心底に共通する一人の女、



 日生果恋の存在が、此花の脳裏に浮かぶ。




「…………あー。やめやめ。」


 興ざめだと言わんばかりに此花は艶子を解放した。彼女から退き、強張りっぱなしだった体をのばす。


「ヤるだけヤって効果ナシじゃ意味ねーし。つかマグロ相手とかきっつ。」

「鮪?」

「そー。あんたみたいな奴。」

「あたし?」


 物理的距離を戻したついでに語調から殺意を消す。殺伐の空気を浄化し、彼女からは激情が抜けてゆく。

 あらゆる澱みが解消されても、やはり艶子は徹底していた。安堵の息一つ()かなければ、体を震わせもせず、相変わらずな無表情で小首を傾げる。


「あたしが、鮪できつい?」


 あっさり抜けてしまった激情からの、どこまでも大真面目な艶子というコンボ。

 きょとんと問う彼女がとどめだった。


「おまえさてはバカだろ?」


 此花は思わず吹き出した。目前の珍獣が素直に可笑しかった。そして不覚にも、その笑いはどうにも穏やかなものへと昇華してしまう。

 不覚だ。それどころか迂闊だ。穏やかな笑顔の中で此花はほんの少し、参る。


「あんたの目的は、ガチでイミフなんだけどさ、」

 この一連で思い知らされてしまったのは、どうやら自分のほうらしい。



「とりまめっちゃ好きじゃん。日生のこと。」


 私とおんなじ。とまでは口にしなかった。



「姉として当然のことよ。」

「でたー。でたよそれー。」


 艶子は至って冷静に髪や衣類を整え直し、此花はあけすけに笑い飛ばす。たぶんこれでお開きだ。少々拗れた修羅場展開も、弱冠の色事未遂も全部白紙。と、此花は察する。

 その一方で、けじめというか、少なからずの謝罪も入れておくべきかとタイミングを窺う。



「――――あの子の実母は、芹澤るるな。」



 謝罪への隙を見つけるより先に艶子は唐突に告げてきた。



「せりざわ……東京アリーナの?」

「ええ。」


「……日生が、トキジと芹澤るるな……の、隠し子?」

「ええ。」


 まさかの隠し玉ともいえる暴露に、今度ばかりはさすがに眉を顰めた。


「えーーーー……まだそんなのあるとかありえねーし。」

 驚愕を飛び越えて、引く。情報過多に疲れてしまった。


「いやいやまじでぶっちゃけ系は一日一つにしてほ――――」

「芹澤るるな。本名日生(ひなせ)瑠奈(るな)。」

「話聞かねーなこいつ。」


「東京アリーナの一件後に当時担当マネージャーだった日生(ひなせ)信五(しんご)が独立。その後まもなく二人は結婚。」


「…………。」


 艶子はお構いなしに続けた。


「現在は日生信五が代表を務める芸能プロダクション、エイデルワイスに所属。私生活では夫と、五歳になる()()と三人暮らし。……これが芹澤るるなの、()()とされるプロフィールよ。」


 誰もが知る、芹澤るるなを語る一方で、


「……現状、果恋(あの子)の家庭環境が好ましくないのは、明白。」


 誰にも知られることのなかった一人の少女を、憐れんだ。


 一貫して崩さなかった無表情に陰りを見せる。伏せた睫毛の下で、行き場のない視線が左右に往復し、終着の場としてゆっくりと此花を見据えた。


「多少手荒でも……あなたの言う通り、学校で孤立する段階を踏もうと、あたしは果恋を手元に置きたい。何がなんでも、あの子を大河内家に引き摺り込んでみせるわ。」


 引きずり込むって……。途中まで同調しんみりモードだった此花だったが、大真面目で過激なワードについ苦笑をこぼす。へらりと崩れた表情で誘い笑いを狙ってみたものの、やはり向かい合うその女は、どこまでも大真面目だった。



「あたしは、姉になるの。」


 大真面目で、かたくなに、気丈だった。




 ふう、と、浅い溜め息を落とす。重い空気は好きじゃない。自ら仕掛けた殺伐展開はまあ置いておいて、やはり真面目な雰囲気は性に合わない。ちょっとは肩の力抜けねーのかな、こいつ。と、此花はあえて軽薄に考える。


「理解はしてやれるけど、あんたには乗れない。」

「残念だわ。」


 しかしそれは、『敵対心』とイコールではない。


「あんたの企みに協力もできそうにないし、つか日生が学校からいなくなんのとか私の人生終わるし、そもそも日生がつらくなること私がするわけねーし。」


 『相容れない』、もしくは、『歩み寄りたくない』とも、イコールではない。


「だけど、

 あんたを誤解していた。そこだけは謝っておくから。」


 やっとみつけた謝罪のタイミングに、生まれたての『好感度』をプラスする。

 認めてしまおう。こういった類いの女にはまず自分から素直になったほうが得策だ。

 認めてしまおう。此花は、たぶんこの、生真面目で大真面目で表情も喜怒哀楽も薄い外見だけはドストライクでドスケベザ(以下略)な珍獣が、


「ま。お互いガチ恋勢、そこに免じて和解っつーことで。」


 けっこう嫌いじゃない。



「あなたの語彙って不思議ね。未知との遭遇に近いものを感じるわ。」

「おまえにだけは言われたくねーから。」


 二人はどちらともなく散らかった床の片づけに取り掛かった。ひっくり返ったティーカップにソーサー、零れてしまったローズヒップティーと、ばら撒かれた例の黒い菓子。

 結局、この黒い謎菓子は口にする前に駄目になってしまった。落下した際にローズヒップに浸ってしまったらしく、スナック状だったはずが水分を含んだ麩のようになってしまっている。

 ちょっと気にはなっていたんだけどな……と、此花は残念がりつつも自業自得だと諦める。


「な。この菓子なに?」

 少なからずの無念と興味から、謎菓子の正体だけは聞いておこうと尋ねた。


「もずくチップス。」


海蘊(もずく)……?」

 おうむ返しをしながら、言われてみれば磯っぽい香りがしていたなあと思い出す。今はぶよぶよで見る影も無いが。



「あたしの好物なの。」


「…………。」



「果恋の、大切なお友達だから、是非お茶菓子にって思って。

 ストック尽きたけど、せっかく美味しいから召し上がってもらおうと思って。


 あたしの大好物だったけど。」



「悪かったよ! 買ってくりゃいいんだろ買ってくりゃ! なんかごめんな!」



 誠心誠意の謝罪を捨て台詞調に残し、此花は財布片手に飛び出して行った。





 果恋とアメリが大河内艶子と対峙するのは、この後、およそ三十分後である。

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