03 脅迫映えツーショット
「日生ちゃんてさー、大学生?」
下唇に箸をあてながら、例によってあどけないしぐさでアメリは小首を傾げた。
カップ焼きそばにマヨネーズ大量投下といった、おどろおどろしい不健康メニューを、愛らしい顔で平然と食べ進めている。
バケットサンドとか食え、あんたみたいな女は。
見ているだけで胃もたれしそうになりながら、日生は心で叫ぶ。
(アボカドとか生ハムとかハニーマスタードとか、なんかそんなもの挟んだカフェメシ的な物を食え。そしてタピオカを飲め。)
マヨネーズ焼きそばの衝撃ゆえか、心の叫びが偏見にまみれる。手元のおにぎりも齧って飲み込むばかりで、味がわからない。
「てゆうか、ゴマ昆布チョイスする人初めて見たんだけどー。味覚絶滅危惧種じゃない? あはー。」
口の端にマヨネーズを付けたまま、アメリが箸を向けて笑ってくる。
「……なんだろう。私、今、すごくあんたを引っ叩きたいよ。」
「きゃっ、わたし、だって! 私とか言うんだやっぱ! きゃー。」
うわ引っ叩きてえ。言葉が出てきてしまう前におにぎりを押し込んで口に蓋をした。
「……高校生だよ。」
間が空いたが、口の中をすべて飲み込んでから、先ほどの質問に答えた。アメリは目を丸く見開き、カールした睫毛を大げさにぱちぱちさせる。
「うっそマ? 一人暮らししてるのに?」
「……まあ。」
ふ~ん。ほほ~。アメリのリアクションは一々やかましい。しかしこの、都内築浅2LDKのマンションに高校生が一人暮らし、といった希有な例に関しては、妥当な反応かもしれない。
「じゃあ意外と歳近いんだね。何年?」
ただし彼女は案外切り替えが早い。深い詮索はせず、すぐさま次の質問に移る。
「高1。」
日生もさっぱりと即答した。
「えっ、」
「え?」
お互い、さっぱりとした遣り取りで済ませるはずだった。
しかしどうにも物事というのは予定通りにいかない。特にこの、出会いから今の経緯に至るまで、手荒く奇妙な女二人に関しては。
…… …… ……。
「え~! 年下ー!?」
「えぇ……年上……。」
年齢に関しては互いに逆の立場を想像していたのだろう。表情仕草に差はあるものの、各々驚きの声をあげる。
「まじかー。アメリ今年で十七だよ。日生ちゃんは十六だよね?」
心なしか意気揚々としているアメリに、日生はむっとした。
「まあ、うん……一昨日、十六になった。」
見栄にもならない見栄を張る。
「えーほんとにー!? おめでと~!」
声と顔を輝かせ、どさくさ紛れに抱きつきかかってくるアメリの顔面を、手のひらで封じた。読めてきたぞ、こいつの動きが。慣れてきたぞ、こいつの扱いに。防衛成功の感触を、日生は確と噛み締める。
「いたいいたいいたいいたい。」
という割に、アメリの表情は明るいままである。むしろ嬉しそうでもある。
取得したての防衛術を早々に解き、日生はじっとりと、言ってしまえば冷めた目でアメリを見据えた。無論、アメリはお構いなしである。
「……! そだ! お祝いしようよっ。」
何か閃いたのか、ぱちんと手を合わせ、「少々お待ちを!」とあざとい敬礼ポーズを残して退室する。
…………、
……よく聞こえないが、なにやら外で電話をかけているようだ。どうせまたよからぬことを企んでいるのだろう。
嫌な予感ばかりが渦巻くさなか、アメリは戻ってきた。目が合うやいなや真顔でつかつかと近づいてくる。
「な……なに、」
座ったまま後ずさる日生の真正面で膝をつき、昨夜同様、大胆かつ問答無用で顔に触れ、前髪をかきあげてくる。
「うん。絶対イケる。」
音量以外は完全に独り言だった。
謎の呟きを発したあと、何事も無かったようにアメリは立ち上がり、またぱちんと手を合わせた。
「さ、準備準備っ。おでかけするよー。」
「は?」
説明も無しに仕切る彼女に、眉間には深く皺が寄る。
「まーまー。おねえさんに任せなさい。」
「やだ。断る。ていうか帰れ。」
虫の知らせか、ほぼ即答の拒否だった。
「ほおーう? 強気ですなあ?」
日生のまっとうな拒絶にアメリが動じるはずがない。
しかし、今回ばかりはこちらに分があると日生は確信していた。何しろ自陣なのだ。虚言を叫ばれようと、それなりに造りの良い築浅のマンション内では無力というもの。それにアメリの目的が『外出』にあるのなら、動かなければいいだけの話だ。
梃子でも動かないぞ。日生はあえて無気力に、それでいて頑なに座り続けた。
「ふむふむ……『日生果恋』。きゃ、本名超かわいい! えーっと『実謳高等学校1年A組25番』……へー、実謳高かあ。地味に頭いいじゃん。」
確固たる意思に亀裂の入る音がした。
前触れもなくアメリの口から流れる、自身の個人情報……。
見上げた先ではアメリが、どの隙で奪ったのか、日生の生徒手帳を開いて読み上げている。
そればかりか、彼女は生徒手帳の隣にスマホを並べ、とんでもない物を見せ付けてきた。
「実謳高ってさー、服装とか割とがばがばだけどー、コッチの風紀に関しては厳しくて有名だよね~?」
画面に映し出される、日生とアメリの自撮りツーショット。
どうやら朝方の同衾時に撮られたものらしく、日生は健やかな寝顔で、アメリは裸のカメラ目線で映っている。きわどい部分はぎりぎりの胸の谷間くらいだが、見方によってはいかがわしい事後を想像できなくもない。
「日生ちゃんみたいな見るから~に真面目~な生徒がっ! まさかっ! 他校女子とっ……不純同性交遊っ!!! きゃー! スキャンダルー! あはー!」
この女……!
日生が察したときには遅かった。分など、とっくに無かったのだ。もしくは端から存在しなかったのかもしれない。
「目立つよ~? 話題になるよーーー?」
「うわ引っ叩きてえ……」
防衛だけでは勝利にはならない。悔しさのあまり漏らしてしまった本音に、アメリは「きゃあこわーい」と、したたかにはしゃぐだけであった。
無論その後、日生が身支度を始めることで白旗をあげたのは、言うまでもない。




