24 スパダリ系義姉様
左に炊きたての五穀米、右にカブの葉と麩の味噌汁。
中央には酢橘を添えた焼き鮭に、並んで高野豆腐の煮物。
奥手側の三仕切り小皿にはそれぞれ、茄子と蕪の浅漬け、トマトとブロッコリーのおかか和え、半焼きの明太子が、丁寧に乗せられている。
なんだこの料亭のような朝食は。
もしくは新婚若妻の、頑張っちゃったけど絶対長続きしない系朝ごはんは。
見覚えの無い食器の数々も含め、果恋は完成度の度の字を超えた高クオリティブレックファーストを前に、暫し固まった。
(箸置きなんて使ったことないけれど……!)
正面に座る艶子の視線から逃れるため、俯いた先の、三毛猫型の箸置きに自ずと注目してしまう。意外と可愛い趣味しているんだな、この人……。勇気を振り絞り、顔をあげて彼女と向き合った。
「えー……と、大河内……さん?」
「艶子。お姉ちゃんでも可。」
切れ味抜群の即答にたじろぐ。怖い。この美人超怖い。何故表情一つ崩さない。顔色一つ変えない。姿勢めっちゃいいな。朝一なのにクッソ美人だな。私寝癖だらけだけど? なんなら眉毛半分無いけれど?
「……じゃあ、艶子さん――――」
「艶子。お姉ちゃんでも可。」
「…………。」
怖くて美人で、話を聞いてくれないときたものだ。お姉ちゃん、って……話聞いてくれない生き物なのかな……
つい遠い目をしてしまったが、はっと我に戻り、果恋は改めて切り出した。
「えっと……じゃあ、艶子。……あの、なんでうちで、こんな事してるの?」
冷静に、あえて気さくに振舞い、艶子をあくまで普通の同級生として接する。
そうだ。彼女は同級生なのだ。同じ高校に通う、同学年の生徒。つまり普通の女子高生だ。何を恐れることがある。こうやって、普通に接すればいいのだ。彼女の常軌を逸した行動に疑問を持って何が悪い。質問を投げかけるのだって普通だ。真っ当な権利だ。
果恋は自己暗示と肯定を繰り返した。
「果恋、」
「は、はいっ、」
こちらから切り出したというのに、繋がった会話にもまたたじろぐ。完成された食事を前に果恋は両膝に両手を置いたまま、反射的に背筋を伸ばした。
豊かな睫毛の凛とした瞳が、じっと果恋を見据える。
「あなた、少し痩せすぎよ。健康診断も貧血で引っ掛かってるわね? 朝食はきちんと摂りなさい。」
「……はい?」
全身に芯を作っていた緊張が、ぽかんと容易く抜ける。
「妹の健康を考えるのは、姉として当然のことよ。」
……え? え?? もしかしてこれ、さっきの質問への返答???
消滅した緊張感の代わりに、疑問と困惑が交互に果恋へと降り懸かった。
「…………あの、艶子は……その為に、こんなことを?」
「ええ。」
(えええええええええなにこのひとーーーー????)
読めない。やはり読めないぞ大河内艶子。
しかも不法侵入については何一つ触れてくれない。どうやって入った? どうやって住所を知った? いつの間に揃えたんだこの食器類数々その他諸々。三毛猫の箸置きは可愛いけれど。なんで他人の健康診断の結果知ってんだ???
「姉として当然のことよ。」
(二回言った……!)
「それより、冷めてしまうわ。食べましょう。」
「…………はい。」
艶子の手元を窺いながら箸を取る。動作を合わせて椀を持ち、一口啜った。
(…………畜生……、
クッッッ……ッッソうまい……)
不法侵入者手製の味噌汁の美味さに心打たれてしまう自分のちょろさに、泣きそうになる。
(……たぶん、この具のカブの葉、浅漬けの蕪のやつだよ……。こういう食材を粗末にしない心遣いと手馴れた使い回しがポイント高すぎると思うんだ……)
情けなさが混乱へとリンクし、脳内で独り食レポを繰り広げてしまう始末である。
「果恋、」
「はっ、はひ!」
食事中も容赦無く会話に臨んでくる艶子に、果恋は先程よりも滑稽な反応をとった。
「昨日のことなんだけど、……あなたのクラスの子かしら? あの、茶髪の子、」
噛みしめた高野豆腐からあふれる煮汁の美味しさに感動した「うわあ……」と、宇喜多此花について言及された気まずい「うわあ……」が、胸中でハモる。
そりゃあ気になるだろう。不審な登場、不審な咆哮、不審な爪痕を見事に残してくれた不審なギャル。誰だって眉根を寄せるに決まっている。
ほんと、なんかすみませんでした……。屋上での無礼を詫びる面持ちで、果恋は背中を丸めて艶子の言葉を待った。
「元気で明るいお友達がいるのね。クラスが違うから心配していたの。
お友達にも恵まれているみたいで、お姉ちゃん嬉しいわ。」
否定しない……だと……!?
あの不審なギャルを友人として認める懐の広さ……! やめて、このタイミングで見せるその微笑はやばい。どんだけ人間出来てんだこの女。頼むからお尻に超でかいホクロとかあってくれ。
要領、器量、人間性、一つとして欠点のない押しかけ女房ならぬ押しかけ義姉に震える。これ以上は……どうかこれ以上は何もあってくれるな……! 贅沢且つ身勝手な祈りは、日生果恋からすれば切実な死活問題なのである。
「果恋、」
義妹が死活問題に直面しているなどと露知らず、艶子は縮緬の小風呂敷に包まれた何かを差し出してきた。
「お昼も、きちんと食べるのよ。」
(まだあったーーーー!!!! ここへきてお手製弁当ーゥ!!!!)
容赦無いスパダリコンボに打ちのめされた果恋は、朦朧とした頭で朝食を終え、身支度を済ませ、覚束ない足取りで家を出た。
自分は後片付けを済ませてから行く。遅刻しないよう先に行け。という、艶子の命に素直に従ったゆえの登校だった。
為す術が無い。
美しすぎる無表情に、悪意の無い生真面目さ。重過ぎる、独りよがりな姉妹愛。
しかし、総じて負の要素を消滅させ、むしろ利点へと植え替える恐るべき手腕。
この女には……大河内艶子には何もかもが通用しない。
完全無欠の義姉に、日生果恋は絶望する。受け入れるわけにはいかない。姉妹になど……彼女と家族になるわけにはいかないのだ。それだけは譲れないのだ。
…………しかし、
どうしたものか。
「ああああもうどうしたらああああああああ……!」
「おうおう、哀愁の雄叫びですなー。ウッホウホ~。」
卓上に伏せて嘆く果恋を前に、アメリは清々しいまでの他人事と言わんばかりにポテトを銜えた。
時刻は放校後、場所は駅前のマクドナルド。三人の女子高生がテーブルを囲む、テンプレのような平和的青春の一コマである。
しかし実情は割かし、平和から逸れていた。
「なにもうあの人……!
めっちゃいいひと……! めっちゃ美人!! めっちゃなんでもしてくれる!!!」
「ええー。このうえなく褒めちぎってるじゃん。」
言動の不一致も甚だしい果恋へ、アメリは至極真っ当な意見を呈する。普段となんら変わらぬノリで茫洋とポテトを摘み続ける彼女に、突っ込む余裕など今の果恋には無い。
ついでにいうと、隣で同じように伏せている宇喜多此花を相手にする余裕も、あるわけが無い。
言動の不一致も仕方ないほどに、果恋は追い詰められていた。
「ごはんめっちゃ美味しいしさあ! 部屋なんて塵一つ落ちてないんだよ! なんか花とか飾ってあるんだよ!! アロマ焚いてるんだよ!! 家中いい香りなんだよ!!! 洗濯物もさあ! これクリーニング仕上げ? ってレベルで皺一つないし!!! どういうこと!? ほんともうどういうこと!?」
「マジなんだあの透明感!!! きめ細かい肌!!! 長い睫毛!!! えろいくちびるうううう!!!!」
「まーまー落ち着きなさいなカレンちゃん。コノカスちゃんはちょっと黙ってて。」
荒ぶる果恋を鎮めるために、アメリはポテトを強制的に銜えさせた。マスタードソースをべっちょり付けた甘辛さが、完全に塩気を殺している。このソースは本来ナゲットの付属品なのだが、アメリがあざとくお願いしたところ、男性店員が快くサービスしてくれた物だ。
濃厚な甘辛さをアイスコーヒーで流し込むと、僅かながら冷静さを取り戻せた。しかし無駄に広くなった視野のせいで、果恋の矛先はアメリへと向く。
「ていうか! なんであんたこういうとき来ないの!? なんかもう半同棲っぽかったじゃん! 私達!」
「あはー。めんごめんご。」
「ハァァァァ!? 半同棲いいいいいい!?!?!?」
「宇喜多ちょっと黙ってて。」
艶子によるスパダリ無双時に限ってアメリの訪問が無かったのだ。普段はお呼びでなくても勝手にやって来るくせに、逆に間の悪い女である。
「まーアメリ業界も色々あるわけですよん。」
「どんな業界だよ。」
「長らくのメインヒロイン不在は謝罪しますわ~。」
「なんだよメインヒロインって。」
「あはー。」
「…………。」
悔しいことに、この何気ないやりとりに安らぎを感じてしまった。パッパラパー女相手に和んでしまうなんて、自分はいよいよ駄目かもしれない。完全に侵食されているのかもしれない。果恋は再び伏せた。
「ああ……なんかもう攻略されそう……妹墜ちしそう……」
「メス墜ちならぬ妹墜ちは斬新だねえ。」
「日生メス墜ち!? マジかよ日生!!!?」
「コノカスちゃんちょっと黙ってて。」
言葉の綾ではあったが、きっとギャルゲーないし乙女ゲーの攻略対象が、今の自分に最も近い存在なのだろう。くそう大河内艶子め。チートな異世界転移者の次はハーレム主人公の素質まであるとは……
茫然自失で見上げた先で、アメリがポテトを摘み頬をもくもくさせている。
「っていうか……案外あんたが冷静なのも地味に傷つくよ……」
大きな溜め息と一緒に、果恋は本音を吐いた。
意外な吐露に、アメリはきゃっと顔を華やがせた。
「おっほ~? 逃げられると追いかけたくなるタイプですかなカレン殿は??」
「違う。なんかこの異常事態を肯定されてる感が半端ないんだって。」
「ひえ~相変わらずめんどくさいゴリラ~。」
「心労で痩せそう……尽くされるのって……慣れてなくて……」
「マジかよ私だって日生に尽くしたい派だし! てゆーか今日おまえんち行っていい!?」
「宇喜多ちょっと黙ってて。」
生気の無い様子の果恋に、そろそろからかい続けるのも気の毒だなとアメリは頬杖を付く。正面で伏せるオレンジ髪に手を伸ばし、ぽんぽんと軽く叩いた。
「アメリだって、なんにも考えてないワケじゃないよー?」
顔をあげた果恋の情けない疲労顔を確認するなり、にししといたずらに笑う。
「ふふふーん。今からはアメリの独占タイム! またはアメリ無双タイムだよん。」
新しい、嫌な予感がする。
大河内艶子のときとは異なる、胸のざわつき。しかしそれでも、大河内艶子とときよりはマシな、期待に近い、予感。
心労疲労による投げやりな心持で、果恋はアメリの『考え』に備えた。
「アメリん家おいでよ。
それならスパダリおねえちゃんから避難できるでしょ?」
あーー
そうきましたか。ノッてやろうじゃねーか畜生。
世話になりますよろしくお願いします。
茫然自失、心労疲労、なげやりに自暴自棄。日生果恋は追い詰められていた。
悔しいことに、幾度となく自分を振り回してきた、この強烈で強引で強硬で、手荒な女の救済に、身を委ねてしまおうと即決してしまうほどに。
あるいは、
この強烈で強引で強硬で、手荒な彼女との境界が、薄れ始めているのだと、気づいていないだけなのかも、しれない。
「明日から三連休だし、しばらくガチ同棲だね~。あはー。」
「同棲いいいいいいい!?!?!?」
「「うるせーよコノカス!!!!」」




