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アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
23/45

23  アップデート拒絶必須




 味噌汁から漂う、胡麻油の香りが芳ばしかった。

 ひとくち、ずずずと啜ると味噌以外の味が広がる。幼い果恋がその『味』を、出汁だとか生姜だとか、いわゆる『風味』であると認識するには、まだ少々難しいものだった。


「生姜、きつい?」


 作り手の、その(ひと)は気遣うように果恋を覗き込む。果恋は即座に首を振った。


「おいしいです。」

 嘘はついていなかった。


 一つだけ、本音を付け加えるとするのであれば、衝撃だったのだ。おみそしるって、こんな味になるんだなあ……と、果恋は些か、戸惑っていたのだ。


「るるなさんのおみそしるって、ミニトマト、入ってるんです。」

 衝撃と戸惑いの末、果恋はぽつりとこぼした。愚痴でも陰口でもなく、ただただ何気なく。


「ミニトマト?」


「あっ……そのっ、毎日、じゃなくて……いちばん最近の、話、で……。ミニトマトの前は、鮭フレークで……そのまえは、赤いウインナー……でした。……タコの。」

 ぎこちなく補足情報を付け加えると、真剣に話を聞いていたその(ひと)は、くすりと笑った。


「ルナらしい。」


 彼女は喜怒哀楽の激しい人ではない。むしろどこか影があって、口数も決して多いほうではなくて、何より、近寄り難い美しさがあった。

 自分の母親……るるなより幾分年長であったにも関わらず、しかも芸能歴も一切無い一般人でありながら、果恋の目には(るるな)より美しい女性であるように()えていた。


 そんな彼女の、飾り気の無い「くすり」とした微笑に、幼い果恋は息を飲む。たぶん、見惚れていた。

「でっ、でも、」

 弁解が遅れたのはそのせいだ。


「ぜんぶ、私の好きなもの、なんです、」

 母の粗末な料理は、愚痴でも陰口でもない。

 幼い果恋はきちんと、理解していた。


「ミニトマトも、鮭フレークも、赤いウインナーも…………るるなさん、料理、勉強中で、私の好きな物、いろいろ、考えて、使って……」


 年若い母を、汲んでいた。




「カレン、」


 呼びかけと同時に髪を撫でられた。他人の母性が温度となって、慈悲深く果恋を包み込む。


「大丈夫だよ。私は、ルナを悪く言ったりしないから。」


 彼女は果恋が思う以上に、果恋を汲んでいてくれた。

 母ごと、ぜんぶ。


「あと、私の前では「るるなさん」じゃなくていい。おかあさん、でしょ?」



 うつくしい、(ひと)だった。


 でも、どうしてだろう、




 彼女の(かお)が思い出せない。











 ――――……なんだか、いいにおいが、する……


 鎖された瞼に悪戦苦闘しながらも、果恋はその、ぬくもりと安らぎに満ちた朝の香りに、いいようのない幸福感を堪能していた。


(おいしそうなにおい…………魚と……お味噌汁?)


 そういえば目覚める前にも、夢の中で同じ匂いを嗅いでいたような気がする。夢という世界で匂い(それ)が存在していたかは、怪しいところだが。


 ……ああ、そうか。現実にこの匂いがしているから、あんな夢を見たのか……


 瞼はそろそろ開くだろう。今朝も無事、起床という勝利を掴むことができた果恋は、穏やかに夢の原因を突き止める。

 そうかそうか。味噌汁が出来ているのか。きっと焼き魚もあるんだな。すごいな。ザ日本の朝食って感じ。やっぱり朝は和食だよなー。いや~ありがたい。そんな立派な朝食、用意してくれているなんて。



(……………?)



 ……そんな、朝食……?

 用意…………?





(誰が……!!!!????)




 穏やかな目覚めが一瞬にして戦慄に変わる。

 普段ならば脱出にもまた苦戦を強いられるはずの羽毛布団さえも雑魚同然に跳ね飛ばし、果恋は一目散にキッチンへと走る。

 リビングに駆け込むと、カウンターキッチンではそれはそれは溢れんばかりの平穏と幸福感に満ちた光景が、美しさというオプション付きで果恋を迎え入れてくれた。



「おはよう、果恋。早いのね。」



 ぬくもりと安らぎ、平穏と幸福感、美しさのオプション付き。

 果恋が働き盛りのサラリーマンであれば、この光景は生きる活力といっても過言ではない価値を持った画として映ったことだろう。


 美味を約束した朝食の匂いを漂わせながら、『エプロン姿の女子高生』という最強の装備で、大河内(おおこうち)艶子(つやこ)はキッチンに立っていた。


「先に顔洗ってきなさい。一緒に食事にしましょう。」


 調理のため無造作にくくった纏め髪が、これまた兵器レベルである。生活観のある何気ない台詞が、殺戮モノである。

 なんて絵になる少女なんだ。明らかな不法侵入、突っ込みどころ満載の展開だというのに、完成尽くされた状況下が言及を許さない。


 …………いや、いやいやいやいやいやいやいや! だめだ!

 うん! やっぱりナシだ! うん! おかしい!

 不法侵入ダメゼッタイ!


 寝癖だらけの頭を抱え、果恋はなんとか思いとどまり自我を保つ。流されてはいけない。大河内艶子はレベルが、ベクトルが、ステージが違う女だ。果恋の培ってきた常識、経験してきた理不尽、遭遇してきた未知なる生物(女共)その他諸々、記憶履歴がすべて通用しない相手なのだ。


 抱えているうちに頭は自然と、昨日繰り広げた屋上での一件を思い起こし始めた――――――








「さあ果恋。あたしたちはもう姉妹なのよ。何も躊躇うことはないわ。」


 両の(かいな)を広げ、バッチコイ状態の抱擁ポーズでにじり寄る艶子に、果恋は袋の鼠と化した。なんて暴力的な包容力だ。その力ずくな慈愛に恐怖する。


(ためらうからね普通に! むしろ恐怖してるよ怯えてるよ慄いてるよ頭ん中処理が追いつかなくてとっ散らかっているよ!!!!)


 姉妹愛を唱える美しい無表情と、悪意の欠片もない生真面目さを前に足が竦む。

 そもそも彼女の前途説明について、脳内は延々と絶賛ロード中なのだ。


 NowLoading……NowLoading……大河内艶子……NowLoading……NowLoading……時峯次久……NowLoading……再婚相手……NowLoading……娘……NowLoading……『日生果恋を、』NowLoading……NowLoadingNowLoadingNowLoadingNowLoading…………


 …………『大河内果恋として迎え入れるわ。』…………



(はあああああああああああ!!!!????)



 『つやちゃん』と姉妹? 女優の大河内凪子と母娘? いやいやいやいやそこは大した問題じゃない。

 あの時峯次久(クソオヤジ)と正式に父娘になれと??????

 は? なに? 何それ? ばかなの? しぬの?

 あのクソ野郎はどういうつもりなんだ今更どういう了見だ? ここに艶子が現れ、直々に果恋を迎えに来たということは…………つまりそういうつもりなのか? 完成させたくないパズルのピースが、無慈悲に嵌め込まれてゆく。


 困惑、狼狽、動揺、理不尽、混乱、憤慨、絶望…………艶子に怯んでいたはずの心情が、実父への負の感情へと変わってゆく。



「安心して、果恋。あたしは何者にも恥じない、完璧な姉になってみせるわ。

 もう、あなたを、ひとりにはさせない。」



「…………っ――――」




 退いた踵がコンクリートにあたる。背面にふれる金網の気配。もう、逃げ場は無い。


 後ずさるスペースが尽きてしまった、




 次の瞬間だった。





「――――日生ッ!!」


 突如として屋上に響き渡る咆哮。耳親しい声。感じせざるを得ないデジャヴ。

 追い詰められた果恋の前に颯爽と現れたのは、クラスメイト兼友人兼ストーカー、


「うっわ! まじで呼び出し喰らってるし!」


 宇喜多此花だった。



(宇喜多……!)


 どす黒く塗れていた果恋の心が、陽の存在でしかない此花によって晴れてゆく。身も蓋もない言い方をすれば、きれいさっぱり忘れさせてくれる。いや、そのくらいが丁度いい。

 今この瞬間この場面では、果恋には宇喜多此花が何よりも輝いて見えた。


 到着して早々に、此花は艶子へ喧嘩腰に眼を飛ばす。


「……あのさあ、新入りの分際で日生にちょっかい出すとか何? まじで。」


(ありがとう……! ありがとう宇喜多! あんたのその謎の上から目線と不審な立場が、対大河内艶子にはちょうどいいよ……!)


 果恋は無礼な賞賛と感謝を込め、此花へ眼差しを煌めかした。今の彼女にとって、このストーカー少女が白馬の王子様であることは違いない。

 目には目を刃には刃を、未知には未知をヤバイ奴にはヤバイ奴を。無礼極まりない法則に当て嵌められているとも知らずに、此花は使命とばかりに果恋を庇い、艶子の前に立ちはだかった。



「あなた、果恋のお友達? ごめんなさいね。今、取り込み中なの。」


 しかし艶子は揺るがない。凛とした美しい佇まいを維持したまま、此花へ律儀な態度をとる。対照的に此花は高圧的な態度のまま、どすの利かせた声を落とした。



「ずいぶんお高くとまってくれるじゃねーか……噂の転校生……」



「……?」

 気のせいか? 心なしか、俯いているような……? 声も震えているような……

 背後からでは窺えない此花の様子に、果恋は異変を感じ取る。


(まさか予想以上にキレてる……!? え、え? 拳飛んじゃう系!? まずい! 停学フラグはさすがにまずい!)


 よく見れば肩も震えだした此花の後姿に果恋は焦りだす。救済は有り難いが暴力沙汰は勘弁だ。止めなければ、仲裁しなければ。


「うっ宇喜多……!」


「……ッ……!」



 果恋が呼び止めると同時に、此花は拳を握り、力強く顔をあげた。



「ちょっとくらい清楚系美人だからいい気になんなよ!!! そんなミス女子大的なビジュアルして……!! その、あれだ……あれ! 媚びたモテメイクしてんじゃねーぞ!!!! わりとスペック完璧だからって!!!!」




 ドストライクだった…………!!!!

 宇喜多のドストライクだ赤文字系女子!!!!




 忘れていた宇喜多此花の趣味嗜好性癖に、果恋は結局落胆する。

 なんて本能に忠実な女なんだ。だだ漏れてるだだ漏れてるぞおまえの欲望が。頑張って対峙しているみたいだが葛藤が丸見えだ。艶子は艶子で意味が解っていないようで、顔色一つ変えずに頭上に疑問符を浮かべている。なんだこの状況。

 NowLoading……NowLoading……脳内がみたび、強制ロード中となる。



 修羅場というカテゴライズにも入らない謎展開は、間もなく予鈴により幕を閉じた。


「あなたのクラス、次移動でしょう? 遅れないようにしなさいね。」

 去り際に残された艶子の言いつけに、果恋は反射的に「あっ、はい……」と返す。



「大丈夫だった日生!? なんもされてない!?」


 艶子去った後の此花の第一声にも、ニュアンスの違う「あ……はい」を返した。

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