21 転校生エンカウント
『こちら東京アリーナ上空です!!! 黒煙が激しく上がっています!!!!』
マイクを通した音声が、ヘリコプターの回転音と共に、けたたましく異常事態を報せる。
『映っているのは楽屋口……楽屋口から噴き出る煙を確認することができます! コンサートが予定されていたホールには火の手が回っていないとのことですが、施設内にはまだ多くの方が取り残されているとの情報も入っており、被害状況は依然把握し切れていない現状です! 繰り返します! お伝えしていますのは、東京アリーナ上空…………』
あまりの事態にレポーターも緊迫した口ぶりで、まとまりの悪いお粗末な中継を視聴者へぶつける有様である。情報が錯綜しているのだから致し方ない。
また、この季節が近づいてきたか。
緊迫した異常事態。画面の向こうの大惨事。幼心に感じた非日常。
この記憶が夢となって巡るのも、今年で七年目となる。
ああ また この季節が
悪夢の中、目前に広がる地獄絵図に冷静さを保つ、十六歳の日生果恋の根源に沁みこんでいるのは、慣れか、諦めか。
はたまた、どんなに足掻こうと変えられない過去への、
絶望、なのか。――――
夢見の悪い朝を迎えた反動からか、秋晴れの空がやたら清々しく感じられた。
先週終了した中間テストが一通り返却され、全体としては上出来な結果であると確定したのも大きい。
軽快な足どりは、普段の登校時刻よりも幾分早く、果恋を校門前まで辿り着かせた。
校門を抜けてまもなく、果恋は周囲を見渡し、首を傾げる。
不思議だ。いや、不自然だ。
人一倍鈍感である果恋でさえ、その異質な雰囲気を感じ取るのは容易かった。
朝礼まではずいぶんと余裕があるというのに、思いのほか多くの生徒が目につく。
朝練関係の運動部員ならば納得もできるのだが、この場にいる生徒はほぼ全員が私服姿。しかも明らかに意図的に立ち止まっており、校門入り口付近でたむろしている。まるで、何かを待ち構えているかのように。
「あっ、日生果恋だ」「まじだ、やばい」「やっぱきれー」……果恋の登校に気づいた人だかりから、時折そんな声が響く。
もし、果恋が鈍感な人間でなければ、この場の生徒たちの目的が自分であると勘違いしても仕方ないのだろう。しかし万に一つも、果恋が自意識を都合よく傾けるはずもなく、実際、彼らの目的は日生果恋ではなかった。
「……来た! きたきた!」
たむろする群衆の何処かから、はじけるような悲鳴があがる。
群衆の目が、同時に一点へ集束する。集束された視線の先で、一人の女子生徒が現れた。
なるほど、数多の視線を一身で掻っ攫うわけだ。
ゆるく抜け感のあるダークブラウンのセミロングヘアと、品のあるフレアスカートを靡かせた優雅な佇まいが、まるでキー局の女性アナウンサーを彷彿とさせる、文句なしの美少女の登場である。
この時間、この場を歩いているということは、本校の生徒で違いないのだろうが、女子高生としては逸脱した上品さとあでやかさが、近寄り難く異質な空気を漂わせていた。
「初めて拝めた~。噂の転校生!」
「やっぱホンモノは違うなー。」
「今日から本格的に登校ってマジだったんだ。」
彼女の過ぎ去った跡地にて、群衆はあちこちで感嘆と眼福の溜め息をおとし、感想兼雑談タイムへと突入する。
絶え間なく盛り上がる雑談内容から、今しがたの美少女が、何らかの噂と評判を持った生徒であることは明白であったが、あろうことか日生果恋の耳には、そのような雑音を拾い上げるほどの余裕など持ち合わせてなかった。
(うわあ……すっごいきれいな子だったなあ……)
周囲よりワンテンポ遅く、口を半開きに立ち竦むあたり、果恋はまだまだ自分と周囲に無頓着なままであった。
「あの転校生、『つやちゃん』らしーよ。」
遅刻常習犯の此花に代わり、彼女の元・取り巻き達が教えてくれた。
「つやちゃん?」
どこかで聞いた覚えも無くは無い微妙な愛称に、果恋は眉根を寄せる。
「ほら、昔あったじゃん。カフェオレのCMの。」
「うちらが小っちゃい頃さ、タメくらいの子が有名だったっしょ?」
「「あ~まあ~ま♪ ふーわふわ♪」って唄ってた子!」
「たしか誰だったかと共演してたよね?」
(…………、)
盛り上がる元・取り巻き達の雑談兼情報提供により、果恋はありがたくも思い出す。
同時に、心の苦虫を噛み潰す。
およそ十年前、お人形のような可愛らしい容姿と大人顔負けの演技力で、一躍時の人となった天才子役、『つやちゃん』。
彼女を世間に知らしめたきっかけと言っても過言ではない、例のカフェオレのCMにて共演していたのは、何を隠そう当事二十代の実父、時峯次久だ。
当事は爽やかな好青年トキジと、無垢な美幼女つやちゃんのコントラストが堪らないと話題になっていたCMだったが、お花畑を背景に実父が幼女と口ずさむ「あ~まあ~ま♪ ふーわふわ♪」が流れてくる度、幼い果恋には虫唾が走ったものであった。
「中間前に転校してきたらしいんだけど、期間中はテストだけ受けて即迎えの車で帰ってたんだってー。」
「で、なぜかテスト後は登校せずに、今日から本格登校。」
「そうそう。クラスでの紹介も、今朝やっとだったみたいだし。」
(はー、あのつやちゃんかー。あーなるほどー。美人さんになったもんだなー。いやはやすばらしー。)
飛び交う雑談に紛れ、果恋は若い実父の記憶を完全排除し、美しく羽化した『つやちゃん』にのみ着目する現実逃避に没頭していた。
「つやちゃんって、小学生で芸能界引退したんだよね?」
「そそそ! 学業優先とかなんとか、」
「え? 二世に嫌気が差したんじゃなかったっけ?」
「二世だったっけ?」
「たしかそうだったような……」
気づけば元・取り巻き達だけでなく、クラス中が噂の『つやちゃん』の話題で持ちきりになっている。
やれ引退理由がどうだの、やれあんなに美人になるとはだの、やれ前の学校はどこだっただの、やれ交際相手はいるのだろうかだの…………まるで本物の芸能人について語り合っているようだ。とても同校に在籍している生徒の話題とは思えない。
しかしあながち的外れな扱いとも言い切れない。
なにせあの美貌と存在感だ。幼少期とはいえ芸能界という異世界に身を置いていた独特なオーラというものは、無意識に具わってしまうのだろう。そしてその無意識の産物に注目が集まる。
言うなれば異世界転移者だ。芸能経験というスキル持ちの、容姿端麗というチート付き。
結果として、同校同学年であろうと、彼女が高嶺の花である事実に変わりはない。
(まさしく高嶺の花って感じだったなあ……)
現実逃避のつもりだったのに、いつの間にか果恋は本格的に『つやちゃん』について考えていた。クラス中が絶賛つやちゃんモードになっているせいもあるかもしれない。
(こちとら運良く拾われて、運良く磨かれて、運良く人並みに生まれ変われた陰キャだもんなー……)
久々に彼女の悪い癖、陰湿で卑屈な部分まで滲み出てくる。
そして仮にそれをアメリの前で口にしようものならば、
『カレンちゃんは異世界先で出没するゴリラ型モンスター枠だよね! あはー!』
……なんてからかわれそうだなと勝手に想像し、勝手に不快になる。
なんだよモンスター枠って。異世界でもゴリラ扱いかよ。しまいには脳内アメリに突っ込みを入れ始める。
被害妄想も甚だしい果恋の思想は止まらない。
原因は現実逃避であったり、此花不在の退屈さだったり、やはりアメリの存在の大きさだったり……思うところは様々だが、ここは高嶺の花過ぎる『つやちゃん』のせいにしてしまえと、これ以上ないほどに勝手な結論に至った。
(いやしかし、つやちゃん、本当にきれいな子だったなあ、)
(あの子に比べたらゴリラ扱いも全然認められるなあ、)
(一生関わらないだろうなあ。高嶺の花とゴリラは……)
被害妄想も甚だしい果恋の思想は、暇つぶしも兼ねてだらだらと、脳内に垂れ流れ続けた。
「失礼するわ。
日生果恋はどちらかしら?」
(あー やっぱり口調にも品があるなあ……
声も透きとおってるし、動いていてもきれいなんだなあ。高嶺の花は。)
「!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!?」
「!!!???!!!??」
「!!!!!!!!!!!」
(こんなきれいな子がゴリラなんかと…………)
…………?
(ゴリラ……なんかと…………?)
「いないのかしら? A組だと聞いたのだけど、」
すげえ雑に絡んできたのですけど?
やはり日生果恋はワンテンポ遅れがちだ。
クラス中が予期せぬ『つやちゃん』の訪問に衝撃を走らせ唖然とする中、彼女が自分の名前……しかもフルネームで名指ししてきたというのに、尋常じゃない間を費やしてようやく状況を把握する。
颯爽と現れた『つやちゃん』は教壇前に立ち、A組からの釘付けに怯みもせず教室中を見渡し、日生果恋を探していた。
「あっあっ……あ、あ、はい、自分……です。」
自分を捜し求めている超絶美少女相手に、果恋は陰キャ度100パーセントの回答と共に震える手をあげる。
音量こそ蚊の鳴くような声ではあったが、『つやちゃん』効果による張り詰めた静寂と、派手なオレンジ髪が助け舟となり、『つやちゃん』は難なく日生果恋の存在に気づいた。
そして躊躇なくつかつかと、果恋の席まで歩み寄ってきた。
異世界転移者とのエンカウントをモンスター視点から見届けるような体感に、果恋は硬直する。勘弁して。私倒しても経験値なんてたかが知れてるよ? レアアイテムも落とさないし! 混乱により新たな方面への現実逃避に走る。
「少し、お付き合い頂けないかしら?」
麗しい圧をかけながら、『つやちゃん』は果恋を見おろした。
その場での返答を、果恋は正直なところよく覚えてはいない。ただ従順に応じたことだけは確かで、気づけば、芳香を放ちながら歩く彼女の後姿に朦朧としながら、誘われるまま後を付いて歩いていた。
なお、二人が揃って去った1年A組では、思いがけぬ美と美の邂逅及び共演に、いつぞやの光景を凌ぐレベルの黄色い「ヤバイ」が飛び交う。
やばい! やばい! に紛れ、「尊い……」などという賛辞も起きれば、近距離で拝めた高嶺の花についての雑談も輪をかけてヒートアップしてゆく。
「……! 思い出した!」
白熱する教室内で誰かが声をあげた。
「つやちゃんの親!
たしか、あの女優の二世じゃ――――」
果恋はまだその事実を、知る由もない。




