20 愛しのマスターピース(後編)
「おっかえりなさーいっ、」
帰宅するなりアメリは玄関まで出迎えてくれた。見えない尻尾をぱたぱたしている。ペットなんて飼ったことないけれど、おそらく彼女はそれに近い。
そりゃあ日本の未婚率も上がりますよ、と、果恋は十代らしからぬぼやきを浮かべ、疲労たっぷりのただいまを静かに落とした。
「ねねね! カレンちゃんっ。きーてきーて! てかみてみてみてー!」
父との面会には都心の、割と喧騒に包まれた地区まで出たはずなのに、そこそこ防音設備のしっかりしている自宅マンションのほうが喧しいとはどういうことなのか。
原因は突き止めるまでもなく、この少女アメリのわけなのだが、やたら瞳を輝かせている彼女に何を抗議しようと、余計な面倒を増やすだけだなと察し、果恋は着替える暇もなく「なに、」と聞き入れた。
「ふっふっふー。にんっ、」
ふざけた効果音付きでアメリが見せてきたのは、朝丘の新店舗のチラシだった。
大々的なGRAND OPENの文字と一緒に、果恋のワンショットが紙面の大半を占めている。
「超やばくない!?」
うん。やばい。これはやばい。何がやばいって、思いのほか出しゃばっている紙面上の自分が、マジでやばい。
想像以上の広告塔となっている自分の姿に、果恋は唖然とした。おそらく彼女の「やばい」とアメリの「やばい」の意は、天と地ほど違うのだろうが。
「いや~こりゃーF1層が群がりますわ~。」
「唐突な業界用語うざっ。」
「だって最っ高の出来栄えじゃん! やーんほんとイケメーンかーわーいーいー。」
「……、」
「およよ? どしたの? おなか空いた? バナナ食べる?」
「いや……もっと撮ってなかった? 写真、」
遠回しに、自分の出しゃばり加減について指摘する。
「他の写真はホームページとか、あとフリーペーパーなんかに使うみたいだよん。ほらほら、裏面はちゃんとアメリもいるしー。」
指すとおり、アクセス等が記載されている裏面には、ポージングもビジュアルもプロ顔負けのアメリが、愛らしく写っていた。朝丘もある意味ミスキャストだったな。髪型よりも、存在自体が華やかな彼女そのものに目が行ってしまう。
「こっち表紙にしたほうが、絶対よかったのに。」
思考の赴くままに果恋は呟いた。アメリはきゃっと大げさに、両手で頬を覆う。
「いやん。嫁自慢?」
「あんたのほうが華あるし。」
「えええー……なんかカレンちゃんに褒められ続けるのってこわーい。どしたの? 頭打った? 他集落に負けた?」
褒めたら褒めたでこれだもんな。無言でしかめっ面を向けると、アメリは覆っていた両手を人差し指に変え人工的なえくぼを作り、かつてないほどのぶりっ子ポーズで平然と対抗してきた。
「そりゃアメリは超絶可愛いしー、その辺のサロモなんか太刀打ちできないだろうけどー、」
「なんだその自信。」
二人の温度差は今に始まったことではない。冷ややかに言う果恋に対し、アメリはにししとあどけなく、あざとく笑う。
今に始まった、温度差なんかじゃない。
果恋の溜め息の原因であるチラシを、アメリは満足気にかざした。
「やっぱり、これはカレンちゃんで正解だよ。」
瞳を輝かせ、誇らしく言う。
「アメリのみつけた、カレンちゃん。」
彼女の誇る先では、オレンジ髪の派手な女がこちらを見据えていた。笑みの欠片もない凛とした表情は、凍るような眼光を点しながらも、決して無機質と思わせない。
……今さらだけど、すげー髪色してんな……
表情云々目つき云々よりも、果恋は自身のヘアスタイルへつっこむ。半強制的にとはいえ、どうしてこうなった。……ああ、こいつか。アメリの仕業か。
自問自答の末、今身に纏っているドレスについても、今更思い出す。
そういえば今日のこのドレスも、黒のオールインワンにこの髪色が映えるはずだからと、アメリが見繕ってくれたんだよな……「貧乳と脚の長さを活かさなきゃ」とかぬかして…………こいつ、ちょくちょくいじるよな、私の胸。二つの意味で。
自問自答はやがて、彼女についてへとシフトしてゆく。
彼女は飽きずにまだ、チラシを満足気に眺めている。果恋ももう一度、紙面上の自分を覗き込んだ。
オレンジ髪の、精悍な顔立ちの、派手な女が、恥ずかしげもなく色香を漂わせている。
私の、知らなかった、私。
彼女のみつけた、私。
「……アメリ、」
自分を眺めながら、ぼんやりと口にした。
「私は、あんたの最高傑作?」
なかなか戻ってこない返答の代わりに、顔左半分に爛々とした気配を感じた。
ぎこちなく横を向くと、案の定アメリは丸く見開いた目を輝かせながら、未知の生物を眺めるような視線を果恋に向けていた。ちくしょう心外だ。果恋はその視線に悔む。
「面白いこと聞くねー。」
未知の眼差しを経由したにやけ面の、まあ腹の立つこと。後悔に苛まれ視線を外す果恋をよそに、アメリは顎に人差し指を宛がい、うーむとあざとく唇を突き出した。
「そっかあ。最高傑作かあ……ふむふむ、なるほどー、」
何やら耳障りな独り言まで呟いている。
「うんっ、言われてみれば、そうかも。」
やがて満面の笑みを輝かせた。
自分から持ち出した話題のくせに、果恋には対応すべき言葉の用意が無かった。
“最高傑作”を肯定されたその刹那、心臓がきんと、しずかに凍てつく。
一瞬の混乱を乗り越え、凍えたまま弱々しく声を絞り出す。
「…………それって――――」
「でもでもっ、」
その脆弱な声は、
無邪気な声にいともたやすく遮断された。
「まだ未完成かな。未完成の最高傑作で、処女作。」
遮断されたまま、無抵抗に、果恋は思う、
「んで、遺作。
アーンド! 恋人アンド親友アンド相棒アンド恋人恋人恋人。」
……ほんとうにもう この女は
「なにそれ。」
とけた心臓が、表情までやわらかくほぐしてしまう。
「おおっ笑った!」
今度は未知の生物というより、二次元が三次元に現れた、と言わんばかりの驚愕を、アメリは表情しぐさ反応、身全体で表した。
それはそれで心外だな。果恋もわりと身勝手なもので、彼女がどんなリアクションをとろうとも目つきでケチをつける。
やわらかい笑顔から、すぐさま冷めた目つきになる果恋と、
おおげさな驚愕から、すぐさまあどけない仕草で、あざとく探りを入れ始めるアメリ。
「なーんか今日のカレンちゃんおかしー。本当どしたのー? ボスの座おびやかされてる? 森林伐採? 密猟者増加?」
「さっきからゴリラネタごり押ししてんじゃねーよ。」
二人は、ふだんのふたりに戻る。
おなかすいちゃったー。くら寿司行こ。
また? 私今日はサイゼの気分。
お! いーねー! ぺペロンとシナモンのあれ食べたーい。
……ほんと安上がりな女だね、あんた。
あはー。だから嫁には優良物け――――
着替えてくるから準備しといて。
ゴリ!
ラくらい省くなや。
ゴリララララ。
多い多い多い。
出発前の準備中、最寄りのサイゼリヤまで向かう道中、延々と無駄話をしすぎたせいか、到着したころには待機客で満杯だった。
しかしいつか思索したとおり、彼女との待ち時間はあっけないほどに短かった。
場所は某ランドでは、なかったけれど。




