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アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
18/45

18  ハートブレイクさえ程遠く




 なんかすっげサマんなってきたし。



 壁際でだらしなく座り込みながら、此花は果恋の撮影を見届けていた。

 白で囲われたセットに立ち、目新しいスタイルに身を包み、堂々と眼光を点しながらフラッシュを浴びる彼女は、此花の知る日生果恋とは程遠い。


 良く言えば新鮮、悪く捉えれば違和感。新たな可能性を見出した果恋を、此花は茫然と見つめるしかなかった。

 程遠い。いいや、遠い。遠いな。ぼやくように此花は思う。セット中心からこの壁際は、あまりにも遠い。



「いやはや~。サマになってきましたなあ、カレンちゃん。」


 隣から、癇に障る声が自分と同じ意を唱えた。アメリが壁に寄り掛かって腕を組んでいる。神出鬼没かよてめーは。毒を含んだ睨みを一刺しきかせ、ふんと鼻を鳴らした。


「なーんかノッてきたよね~。」

「あー。」

「本物のモデルさんみたい。ほんっとイケメン!」

「んー。」

「カレンちゃんの素材と、ミチオちゃんのセンスが光ってるよね~。」

「……あー。」

「ま! 最初に発掘したのはアメリなんですけどね~。」


「…………。」


 薄い。此花の反応があまりにも薄い。あれほど狂犬の如く喧嘩上等だった彼女あるまじき態度に、アメリは拍子抜けすると同時に、身勝手な不満を募らせた。

「もーなんか言ってよー。張り合い無いなあ。」

 口論にならなければならないで、これである。

「なんかって何だよ。」

 此花はうんざりと眉間に皺を寄せた。


「『もっとゆるふわヘアじゃねーと認めねー! 沈めっぞオラ!』とかー。」

「物騒すぎんだろ。」

 ようやく言い返してきた攻撃も、どうも味気ない。


 アメリは壁にもたれ掛かったまま、すすっと腰をおろした。此花と並んで座る。隣り合った二人は暫しの間、会話も交わさず口論も起こさず、顔も見合わせずに、ただひたすら果恋を眺めた。

 評するとおり被写体として様になってきた果恋は、バイトとはいえ、モデル業初体験の高校生とは、俄かには信じ難い。

 個性的で華やかなヘアスタイルにも引けをとらない、精悍で中性的な美貌。捕らえた者すべてを魅了するであろう眼力。堂々とした振る舞いに潜む確かな色香。


 ……トキジは化け物を生んでしまいましたなあ……と、アメリは呟きかけた言葉を飲み込んだ。いけない危ない。この件はトップシークレットである。



「……そりゃさ、思わねーわけじゃねーし、」


 アメリが口を結ぶのと同じタイミングで、此花はぽつりとこぼした。ちらりと横を見ると、彼女は変わらずひたすらに、果恋をみつめている。


「髪色、もっと落ち着いてたほうが理想だし……化粧も、服装も、理想だけなら、まあ、あるわけで……。…………でも、」

 みつめたまま溢し続けた。淡々と、彼女らしくない宇喜多此花が連ねる声は、覇気こそ無いものの、愚痴とも落胆とも違う。

「でも?」

 アメリは抜かりなく聞き返した。



「……ンでもねーよ。うざ。」

 間を挟み、少しだけ持ち返した悪態を此花は吐き捨てた。


 ぶー、ひっどー。あざとく、わざとらしい不愉快を表してくるアメリに、此花は先程より控えめに鼻を鳴らした。




 理想だった。


 此花は果恋をみつめたまま、世界を遮断する。

 上等なスタジオも、専門的な機材も、面倒な身内も、その舎弟たちも、身内の上司も、隣にいる、アメリも。

 果恋以外のすべてを自分の世界から消す。果恋だけを、自分の世界に残す。


 なんて無意味な愚行だろう。彼女は気づいていた。どんなに周りを遮断しようと、ひたむきに、自分の世界を捧げようと、


 既に日生果恋が別世界の人間であることに。



 遠いな。セット中心からこの壁際は、あまりにも遠い。


 どうして、素直に振舞えなかったのだろう。

 どうして、まともに接しなかったのだろう。

 どうして、私だけが、みつけた彼女だったのに。


 果恋が美しく輝くほど光を浴びるほど、思い知らされる。

 理想の具現だったはずの彼女はいつの間にか、あまりにも遠い、別世界の人間だ。



 殻の中にしまっておきたかった、なんて、

 傲慢だったのだろうか。





「アメリさー、ずーっと疑問だったんだけどー、」



 遮断していた外界から、無遠慮な声が甘ったるく侵入した。その甘く癇に障る音は防壁を難なく融かし、声の主は怯みもせずずかずかと攻め込んでくる。



「高校でさ、よくいじめられなかったよね。カレンちゃんて。」



 不躾な弁舌に思わず隣を向くと、癇に障る声の主が、癪に障る表情を浮かべていた。意味深に目を細め、口角をあげている。


「まーいじめってのは大げさでも、かるーくいじられたり、陰で変なあだ名で呼ばれてたり、変な噂たてられたりするくらいはあっても、不思議ではないかなーって思ったわけ。カレンちゃんてば、ガチの陰湿根暗童貞陰キャだったみたいだし。」


 べらべらべらべらとよく喋る女だな……というより、こいつ……。此花はアメリに向けて眉を顰めた。


「おまえ本当に日生が好きなん?」

「あはー。そりゃーもーぞっこんですよー。」


 読めない女だ。やはり未来永劫解り合えそうにない。


「テレ朝刑事ドラマガチ勢、アメリちゃんの名推理としましてはですねえ、」

 何の自慢にもならない肩書きを掲げながら、アメリは得意気に人差し指を立てた。


「誰かさんが率先して、カレンちゃんにちょっかい出すことで、いじめを防いでたんじゃないのかなーって思うわけですよ。」


「…………。」


「たーとーえーばー、カースト上位の女ボス的なー? ボスお手つきの公認オモチャに、誰も悪さなんてできないだろーし。きっとちょっかいの出し方も、本人には不快にならないように徹底してたんだろうなあ~。」


 すいすいと動かす指に連動して、リズミカルに体をも揺らす仕草が、この上なくうざったらしい。視界からアメリを消すようにそっぽを向くと、あろうことかアメリは顔を覗き込んでくるという、うざさ満点の暴挙にでた。


「おやおやおやー? お心当たりがあるようで?」


 柄の悪い舌打ちが、随分と懐かしい音で鳴った。付け睫毛がまばたきと共にダイナミックに上下し、少女アメリへ睨みをきかせる。



「ねーよ。つか私、月9派だし。」



「いやん、乙女(おっとめ)~。」

 無論、屈するアメリなどではない。


 ようやく手応えのある恋敵に戻った此花へ、アメリは座ったまま体一つ分距離を詰めた。

「見かけによらず健気な乙女さんですなー。」

 ウザさの極意、肘を使ってのウリウリ攻撃をかましてくる。

「うざ! くっそうぜえ!」

 此花は咄嗟の反撃として、手首に巻いていたシュシュを投げつける。しかし殺傷能力は極めて低く、アメリはけらけら笑いながら「もーらいっ」と、自分の手首に装着した。


 でも全然可愛くないなーコレ。アメリの趣味じゃなーい。光沢の強いベロア生地のシュシュを天井にかざしてアメリは言う。

 うっせ返せやオラ。此花はすごんだ声で彼女の手から取り上げた。

 一連のやりとりをアメリはなお、けらけら愉しむ。しかめ面の此花にお構いなしで、おちゃらける。



「ありがと。」

 流れに乗ったまま、するりと告げる。




「半年間、カレンちゃんを守ってくれて。」




 よめない、女だ。

 どこまでも、どこまでも癇に障る。平然と私を読み取りやがる。


 アメリの朗らかな攻撃に、此花は据わらせた目で応戦した。


「だからちげーつってんだろ。」

 勝ち目など無いと承知の上で、喧嘩腰に言う。

「あれれー? 前は見守ってただけだって言ってなかったっけー?」

 持ち出すなよ、回転寿司の件を。レスバ最強かよ。つか無駄に記憶力いいな。内心で連ねた反撃はそう簡単に口から飛んではくれない。歯を食いしばる長めの舌打ちをチイィと鳴らすと、アメリは勝ち誇るように、にししと歯をみせた。


 いよいよ此花は降参する。

 それがせめてもの意地や思念、そして理想を保てる手段なのだと悟り、天井を仰ぐ。


「……私は、」

 やたら高い天井の、吊るされたストロボを眺めながら投げやりに言う。



「守りたかったんじゃなくて、寄せ付けたくなかったんだ。」


 心からの本音を晒す。



「気づいたの、私だけだったし。日生の正体っつーか、可能性……みたいな。」


 寄せ付けたくなかった。誰にも、日生果恋を、知られたくなかった



 だろーねえ。アメリはあっけらかんと同意する。

「コノカスちゃんてば、人は変われるってこと、身を持って知ってる子だもんね。」


 そのドエロい体が物語ってますわ~。茶化すアメリを尻目に此花は沈黙を守る。


「…………。」


 そんな、きれいな理由だけじゃないのだ。

 此花は鎖した唇の内側で、己にのみ呟く。



「だから、独占したかったんでしょ?」



 アメリに見透かされているのだと、承知の上で。



「……だったらなんだし。」

「あはー。おっそろしい女。」

「は? 喧嘩売ってる?」

「んーん。最高に褒めてるってば。」




 理想だった。


 あの日、自分だけがみつけた、ぶ厚い殻の中に眠る大粒の真珠。咲き零れた優越感と恍惚……誰もが、貝殻に眠る真珠に気づいていなかった。

 日生果恋、本人でさえ。


 だからこそ独占したかった。他の誰にも、何者にもばれないまま、果恋を閉じ込めておきたかった。真珠の輝きが見られなくても、貝ごと手に入ればいい。


 磨けば輝ける。人は変われる。そんな真実さえ、独占しながら。





「倒錯的で、おそろしすぎて、感謝するしかありませんわー。」

 此花の奥底までを看破したアメリは、そんな言葉で彼女を賞賛した。

 批判的な用語を用いた複雑な感謝の意に、此花は一瞬眉根をよせる。こんがらがるような表現はいくら解いても、賞賛として受け入れるのはなかなか難儀である。


「いや、全っ然感謝にきこえねーから、それ。」

 わりかし真顔で冷静に突っ込む。好感の薄い無遠慮な接し方。ここからいくつかのやりとりを経て、此花とアメリは低レベルな口論へと展開させていくのだ。


 今日だけは少し、例外のようだけれど。


「んもおー。自分は超メンドーなことしてるくせに、相手にはストレート求めんだからー。わーかーりーまーしーたーよっ。じゃあ、」

 じゃあ、で意気込んだアメリは、小さく「コホン」と演技掛かった咳払いをし、語調と表情を改めた。


 日生果恋を、生まれ変えてしまった元凶が、笑う。

 理想も独占計画もぶち壊してくれた、災厄が、


「改めまして、ありがとね。此花(このか)ちゃん。」


 愛らしくほころぶ。




「うわ。キモ。」

 間髪いれず悪態をついた。


「ぷー。じゃあやっぱコノカスちゃん!」

「るせーよアメコ。」

「ええーあだ名のセンスうんこー。」

「そっちも大概だし。」



 不本意な愛称を命名されながらも、そして言及しておきながらも、やはりアメリは愉快に笑う。

 畜生こたえねーな、こいつ。真隣で並ぶ彼女の無邪気な笑みを喰らいながら、此花はただただ悔む。

 悔しいなあ。計画はぶち壊しだ。だいたい日生はやっぱり、フェミニン系が似合うんだって。欲を言えばフェミカジ系! 半年間、無駄にしたなあ。くそ。ああ、悔しい。


 敗北感と、無念と、悔しさを胸に、此花は果恋の撮影風景を今一度みつめる。

 白い世界の中心で、精悍な顔つきの中性的な女が、堂々と恥ずかしげもなく色気を振り撒いている。


 …………ちくしょう くやしい



「めちゃくちゃ……きれい、」




 震える声に、アメリは耳を塞ぐ。

 そして気づかれないよう、ふふんと鼻をならした。

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