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アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
17/45

17  脚光にプライド




「なんか……にぎやかですね、あっち。」



 果恋は言葉を選びながら、アメリたちの騒ぐ別席を指した。正直賑やかというよりは、喧しい、が本音ではあったのだが。


「ふふ。元気、だよね。」

「あっ、それ、ですね。」

 朝丘の的を射た表現に、果恋からは自然と笑みがこぼれ、程よく緊張もほぐれた。その表情が彼女にしては珍しく年相応で、朝丘は思わず手を止める。


「ひなせさん、すこし、変わった?」



「え。なんですか、突然、」

 間を置いて果恋は聞き返した。今度の表情は、愛想笑いに近い。


「あ。今のは、いつものひなせさんだ。」

「な……んですか、ほんと……」

「ふふ。ごめんごめん。」

 やわらかい謝罪を挟んで、朝丘は作業を再開する。太目のスプレー缶を髪の根元へ、数回に分けて吹きかけた。


「うまく、言えないんだけどね、ひなせさん、前会ったときより、やわらかい感じしてさ。」


 え。それあなたが言います? という言葉は口にせずに、果恋は「はあ」とだけ答えた。


「表情とか、しぐさ、とか。あと、喋り方も、棘が無くなった、みたいな。」

「はあ、」

 もう一度、同じ返事を繰り返した。その単調な反応は、決して不愉快や不機嫌、素っ気なさからくるものではない。正直なところ朝丘の言う、「変わった」との指摘に少なからず心当たりがあったのだ。



「恋でも、した?」



 探らず、勘ぐらず、深読まず、朝丘はさらりと切り込んでくる。

 今日はいいお天気ですねくらいの感覚で、天界から空爆をかます天使に、果恋は存外冷静だった。真意が不明瞭すぎてしまうと、人間は動揺自体放棄してしまうものなのだ。


「朝丘さんって、良い意味でロマンチックですね。」

 その評価に、朝丘はおやおやと目をほそめる。

「じゃあ、悪い意味では?」

 そして抜け目無く、違う角度から切り込んでくる。穏やかに手榴弾を投げてくる。


「前時代的、です。」

「ふふ。」


 朝丘は最後の仕上げに、別のスプレーを髪全体に回しかけた。指先で跳ね、毛先を遊ばせる。


「はい、完成。おつかれさま。」

 お疲れさま。を合図に席を立ち、改めて鏡を眺めた。

 毛先をゆるく巻いた髪が、無造作でありながら洗練されたヘアアレンジ。髪型全体は非対称(アシンメトリー)となっており、顔半分は露わに、半分は隠し気味にセットしたスタイルが、果恋の中性的な美しさを際立たせている。


 新しい自分との対面はやはり慣れない。果恋は鏡を前に息を飲んだ。


「……ああ、そっか、」

 唐突に、閃いたように朝丘が口を開く。彼もまた、鏡の中の果恋をみつめていた。



「きれいになったんだ。

 うん。前より、断然。」



 まじまじと眺めながら、一人で勝手に納得し頷く。

 恥ずかしげもなく、厭味も下心も皆無、おそろしいほど素直な賞賛を果恋へ贈る。


「女の子は、恋をすると、きれいになるよね。」


 そのまっさらな態度にも限度がきたのか、果恋はついに眉を顰めた。

 ……あれ? こいつ、もしかして本当は探ってる? 下衆の勘ぐりしてない? よもや変な深読みしているんじゃ……どこまでもブレない大天使の、安定しすぎるがゆえの不自然に、果恋は疑いの眼差しを向ける。


「……残念ながら、面白い報告はお伝えできませんよ、」

 何にせよ、否定はしておいた。


 少なからず心当たりならある。無いと言ったら嘘になる。


 だけれど、もし、日生果恋に何らかの転機が訪れていて、それが変化という形で他人の目に露顕しているとするのなら、その原因は、むしろ原因だけは、はっきりしているのだ。



「マヨネーズ、(じか)飲みさせられただけです。」




「充分、面白いけどなあ。」



 嘘偽りのない頓珍漢な言い分にも、天使はまっさらな態度でブレずに対応してくれた。









「イィヤァァァァアアアア!!!!」

「ぎいぃぁあああああああ!!!!」


 スタイリング完了の果恋を前に、くだんの『元気な』女子高生二人が、それぞれ異なる反応で奇声をあげた。


「やばいやばい!!! いけめんやばい可愛い尊い……!! あうあうあああカレンちゃん生まれてくれてありがとうっ!!! ミチオちゃんわかってるううううう!!!!!」

「またそんな男みたいなあああ……っ違う違うッ違うし!!! もっとこう! フェミニン系だろ日生は!!!! ああああこんな思いするなら草や木に生まれたかった!!!」


 揃って顔を覆い膝から崩れ落ちてはいるが、果恋や朝丘に対する評価は真っ二つのようで、ステレオ状態で響く歓声と嘆声が非常にめんどうくさい。今はこいつらを相手にする余裕なんて持ち合わせてないというのに。

 果恋は棒立ちで、奇声をあげる未確認生物二体を眺めた。


「アメリちゃん、お化粧、崩れちゃうよ?」

「ほら此花~、撮影の邪魔になるから退きなさーい。」

 対未確認生物鎮圧役として適任者の二人が、穏やかに和やかに強制撤去してくれた。



 アメリと此花から離れ、果恋は朝丘と共にスタジオの要であるセットについた。

 パラソルを逆さにしたような謎の機材に、スライド可動式のごついカメラ。床と壁をつなぐ背景紙は白にセッティングされており、煌々とてらす照明がよけいに眩しく感じる。

 カメラマン、パソコン係、その他諸々、スタッフとして配置された強面集団が、これまた物々しい。



 あーあ……緊張しちゃってるなあ……



 遠目で眺めながらアメリは思う。


 スタジオセット中央にて、朝丘からの指示らしき話に相槌をうつ果恋は、目に見えて固まっていた。おそらく相槌も単なる条件反射、話など一ミリも入ってはいないだろう。朝丘も充分言葉を選んでいるだろうし、彼女の平常心のために色々手は打ってくれたのだろうけれど、難しいものは難しい。

 なにせ十六年間、文字通り隠されながら生きてきた女だ。


 目立たず、主張せず、光に当たらず、

 それが、日生果恋という女だったのだ。



 やっぱり、もったいないなあ、それ



 アメリはもう一度、遠目で思う。

 美しい彼女を眺め、心から思う。


 ああ、勿体ない。



「…………。」




 試させて頂きますか、


 偉大な力ってのを





 アメリはひとり頷き、歩き出した。

 照明の集まる白い空間に堂々と足を踏み入れ、果恋と朝丘に歩み寄る。そして、形ばかりの打ち合わせ中の二人の輪に、無遠慮に混ざった。


「? アメリちゃん?」

 首を傾げる朝丘を前に、アメリはリップグロスを取り出し、尋ねた。


「ね、ミチオちゃん。ちょっぴりいじっても、いい?」

 グロスと果恋を交互に指さし、あざとくまばたきをする。


「あっ……ふふ。どうぞどうぞ。」

「話がわっかるぅ。」


 短いやりとりの直後、指示の途中であるはずの朝丘はカメラ裏へと退いた。


 緊張も抜けず腹も括れず、しまいにはポージングもまともに理解できていないまま取り残され、果恋は大いに戸惑う。

 照明が想定外に熱い。向けられたレンズからは圧を感じる。どこを見ればいいのかさえわからない。……ああ。たくさんの、生きた眼も、囲んでくるな。今日の自分のために、働いてくれた人たちだ。ちゃんと、しないと、迷惑もかけてしまう。沸立つ責任感と使命感が蔓となって戒める。手足が動かない。

 ちゃんと、しなければ……

 でも、自分には……こんな…………



「はーい! 起きて起きてー! かーれんちゃんっ、」



 ぱちんぱちんっ、と、高音の手拍子が二度響いた。真横でアメリが、にししと笑っている。

 ……そうだった。こいつ、乱入してきたんだ。それで、朝丘さん、どっか行って…………ってなんだよその顔、むかつくな。笑うな笑うな。


「あはー。」

「…………。」


 彼女との対峙は、手足を戒めていた蔓を不覚にも解き始めた。

 心が緩んで余裕が生まれる。余裕が、少女アメリをじとりと見据える。


 果恋のお約束ともいえる、素っ気ない冷めた眼差しを確認したアメリは、くすりと笑いを溢し、チューブ式のリップグロスを指に絞り出した。白い指先に、大粒の(あか)い滴が艶々と乗る。

 アメリはそのまま、自分の唇にグロスをのせた。

 絞り出した分量は、彼女の唇には明らかに多い。案の定、まさに塗りたくった状態となったアメリの唇は、厚くぼってりと、必要以上に朱く艶めいた。


 天ぷら食べたあとじゃん……果恋が無言で突っ込んでいると、アメリの指がまた動きだす。唇上にぼってりと乗る余分なグロスを、ぬぐい取るように伝う。


 そしておもむろに、ためらいなく、

 果恋の唇に、ぬぐい取ったグロスを塗りつけた。



「おそろい。」



 二人の唇が、同じ朱に染まる。




 目が点になるのも束の間、一切の隙も許さぬとばかりに、アメリは正面から両肩を抱き至近距離よりまじまじと、果恋をみつめた。


「な、に……」

 息遣いさえ感じ取れそうな接近に果恋はこわばる。


「うんっ。やっぱり、アメリの大好きなカレンちゃんの(かお)だ。」


 おちゃらけて発した直後、アメリの表情が真摯に、されど朗らかに鎮まる。黙っていれば美少女、とはよく言ったものだ。実現された美少女に果恋は息を飲む。

 曇りの無い瞳が水面のように潤み、果恋の姿を鮮明に映した。



日生(ひなせ)果恋(かれん)は、(とき)(みね)(つぎ)(ひさ)なんかより、百億万倍すてき。」



 アメリは(しか)と言う。真摯に言い切る。



「でしょ?」

 数分ともたずして普段のふざけた笑顔に戻った。あはー、と笑いながら肩を叩き、朝丘同様カメラ裏へと退散する。




「ひなせさん、はじめるよ、」




 光の中心で取り残された果恋に、朝丘が呼びかける。


 ……ああ、眩しいな、ここ。なんか、熱いし。


 果恋はゆらりとカメラのほうを向く。向こう側では、薄闇にまぎれてアメリが立っている。無邪気にあどけなく、あざとく手を振っている。


「…………。」

 ……むかつくな。笑うな笑うな。



 なんでこんな所で、こんな事になったかなあ。


 これで何度目だろう。果恋は途方に暮れた。

 彼女と出逢ってから、何度振り回されただろう。何度想定外な事象に襲われただろう。何度、強烈で強引で強硬で、手荒な愛を、一身に受けてきただろう。


 彼女の唱える、まっすぐな愛に、


 何度、生まれ変わっただろう。




 “時峯、次久、より”


 “すてき”




   …………たりめーだろ




 眼光が命を点し、カメラの奥に佇む彼女を見据えたその瞬間、機械音と共に目映いフラッシュを浴びた。


 続けます! 強面集団カメラ担当が叫ぶ。発声どおり、続けさまに二回、三回、フラッシュがまばたく。はーさすがプロだなあ……時折、褒めてくる掛け声や鼓舞を挟むあたり感心してしまう。感心しながらフラッシュを浴び続けられるくらい、日生果恋は堂々と、光の真ん中で自身を、振舞う。




   ……わたしが


   あんな男より 格下のものか




 自分を振舞う。その貌に、抱えきれない自信と、肯定と、自尊心を携えて。




   ここで証明してやる


   この(かお)

   私だけのものだ





 ――――……あなたは、あの男そのものよ。――――





   バーーーーーーーーーーーーーーカ







 日生果恋は、光を浴びた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 直近3話の怒涛回のあとにこれは反則www 他作品もそうだけど、けっこう震えがくるほどのいい描写が、油断したすきに投下されるんだよなぁ 後半のカレン覚醒にやられました! [一言] もうね…
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