16 レディの秘訣は力技
充分に熱したヘアアイロンで、朝丘は果恋の髪を巻いてゆく。目算で作った髪束を、次から次へと波状に整える迷いのない手つきは、まるで脳内に描いた図面をなぞっているようだ。
「へ~。巻いちゃうんだー。」
遠目で眺めながらアメリは呟いた。
「毛先を重点的にね。左右非対称にしたいんですって~。」
別席にて、彼女のメイクを担当するハルが答える。
「それ絶対似合うやつ! さっすがわかってるなあミチオちゃん。」
「あらあら。美的センスのあるお嬢さん。うふふ。」
「あはー。」
「お顔もお人形さんみたいに可愛いし~。お化粧のし甲斐があるわ~。」
「いやいや~。それほどでもありますー。」
初対面時の混沌はさておき、アメリとハルは程なく打ち解けていた。そんな妙に馬の合う二人へ、此花は無言で眼を飛ばす。
「もう~此花っ、そんなオブス顔しないのっ。」
「コノカスちゃんのおねーさん、めっちゃ楽しいひとだね~。顔はそこそこ似てるのに性格は正反対。」
「揃ってウゼーしおまえら。」
マイナスとマイナスを掛ければプラスになるのが世の理というものだが、現状、宇喜多此花にその理論は通用しなかった。面倒な身内と犬猿の恋敵、厄介でしかない組み合わせだ。
できることならこんな二人など無視して、ヘアメイク中の果恋を近距離で眺め尽くしたいところなのだが、慣れない事に緊張気味の果恋と、彼女を少しでも和らげようと気さくに話題をふる朝丘の、得もいえぬ雰囲気には近寄れそうにない。
それに、今この場を離れるわけにはいかないのだ。
面倒な身内が、犬猿の恋敵に、此花の過去を明かしてしまうかもしれない。それだけはなんとしても阻止しなくてはならなかった。
「あらまあ、あたしたち、そんなに似ているかしら?」
妹の警戒など露知らず、ハルはアメリの頬にチークを乗せながら、のほほんと会話を続けていた。
「似てますよー。服の系統とかメイクとか全然違うけど、ばればれですってー。」
あけすけに笑い飛ばすアメリに、ハルはうふふと笑い返し、此花は舌打ちを鳴らす。
「それにおねーさん、体系隠しているけど絶対スタイルいいですよねー。コノカスちゃんもスタイルだけはいいし。」
「……へ?」
意外な発言に此花は目を丸くする。まさかこの女が、自分を褒めるようなことを口にするなんて。
「アメリ、コノカスちゃんのえっろい体は評価してるよー? 曲線美っていうの? くびれとかしっかりしてるよね。あと足首もキレイ。」
「…………オヤジかよ、てめーは。」
露骨な言いぐさと、相手が相手なだけに手放しに喜べない。しかし悪い気がしないのは事実であり、かといって絆されたくない意地もあり、此花はきまり悪く目を逸らした。
「ま! 顔はアメリの圧勝だけどねー! おっぱいもアメリのほうが大きいし~。あはー!」
絆されなくて正解だった。そうだ、こういう女だった。無邪気に勝ち誇る恋敵への闘争心を再認識する。こいつ、やはり一度ヤキを入れておくべきか。
「あらあらまあまあ。褒めてもらえて良かったわね、此花。」
聞いてた? おまえ話聞いてた? 睨む対象をアメリからハルへと替える。
「でもねえアメリちゃん、この子ってば二年前までは……――――」
「だああああああああああああ!!!!!!!」
危ない、油断していた。やはり警戒しておいて正解だった。隙あらば悪意無き暴露にでる身内を、すかさず封じる。奇声をあげるだけの、些か雑で力技な封じ方ではあるが。
「そっ、そんなことよりこいつ! ハルこそ本来はこんな奴じゃねーから! 昔はとんでもない―――」
「うん。さっきの流れで大方察してますよ~。元ヤンなんでしょ? ハルさん。」
「いやいやいやいやおまえが想像してる数万倍以上の――――」
「あらあらやだあ、もうずうっと昔の話よ~。」
否定しないハルに対し、アメリは好奇心満々に瞳を輝かせる。
「「足洗った」ってヤツっすよね!」
「ひらたくいえば、ね。うふふ。」
「で、で、どういった経緯で「足洗って」、美容師に?」
「え~~~やだ~~~はずかし~。」
ハルはチークブラシを握り締めながら、眉を八の字にして首を振った。その乙女くさいオーバーリアクションもほどほどに、こほんと、小さな咳払いを鳴らす。
「ん~そおねえ……。しいて言えば、」
そしてブラシを人差し指にみたてくるくる回すと、
「恋の力、かしら?」
改まった言いぐさで、むず痒い台詞を恥ずかしげもなく放った。
「恋?」
アメリはアメリで、大真面目に目をぱちくりさせた。
ええ。恋。ハルはおっとりと目尻を下げ、真顔になったアメリへのメイクを再開しながら、語り始めた。
「……あたしが、やんちゃしてたときのお話なんだけどね――――」
「ハル、時代錯誤おかしいヤンキーの総長やっててさ、他チームとの抗争中に、近辺店舗で閉店作業してた当事新人の朝丘に一目惚れしたんだよ。んで、ソレきっかけで族から足洗って一念発起。美容師に転身したっつーわけ。」
ハルによる過去話導入フラグをへし折るように、此花が一息に説明を挟んだ。
「もうっ、なんで此花が喋っちゃうのよ~! しかも超アバウト~!」
「ジャ○プじゃねーし、テメーなんかの過去回想で尺取れねーから。」
過去話について揉める二人を前に、アメリは突っ込む隙を失う。抗争中に一目惚れ? 閉店作業中の新人美容師に?? ヤンキーの頭が??? 要点だけを纏めたハルの過去は、まさに、なるほどよくわからない。
一方、身内の事情を適当に暴露した此花は、脚を組みなおして踏ん反り返るようにコーラをぐびりと飲んだ。そんな生意気な妹に、ハルはやはり乙女くさく頬を膨らませた。
「あらまあ、またそんなの飲んで。リバウンドしても知らないわよー?」
そして仕返しとばかりに言い放つ。
発言のとたん、此花はコーラを吹き出し盛大に噎せた。
「おおっ、だいじょぶ? コノカスちゃん? てか、え? リバウンド?」
アメリは咳き込む此花を気遣いつつ、その原因とおぼしきハルの発言にも首を傾げた。
「えほっ……げほっ……なっなんでも――――――」
「この子ね、二年前まで、体重70キロあったのよ~。」
…………、
…………?
……、…………。
アメリは無言で、此花の頭頂部から足のつま先までを、二往復ほど眺めた。
…………。
「…………へあっ!!!??? なっ……ななじゅ!?!?」
そして声にならない声と共に驚愕する。
恥か怒りか絶望か。此花は俯きわなわなと振るえ、片手で缶を握り潰すとおもむろに顔をあげた。
「……ああ。そうだよ……」
どすを聞かせた声で開き直る。
ある種の無敵となった鋭い眼光からは、明らかな『触れてはいけないオーラ』がだだ洩れており、アメリは珍しく発言に躊躇した。
「あ、あのー? コノカスちゃん……?」
「……正確には72キロだ。ハルの存在もあって、気づけば望みもしねー女ボスだよ。わかるか? 華奢な女子中学生が勝手に手下として集まってきて、その中心に置かされたダルマみてーな扱いをよ。公開処刑でしかねーよ。しまいには『eggデラックス』だの『小錦ageha』なんてあだ名つけられるし……」
「あ。その頃からギャルではあったんだ。」
明かされた衝撃的事実に、一瞬はうろたえたアメリだったが、箍が外れたように饒舌に自身を語る此花をみるうち、妙に冷静になっていた。「うむ……」と、ちいさくうなって顎を撫でる。
「じゃあたった二年でデラックスデブから、そのドスケベボディになったわけだ? すごくない? それ。」
「身も蓋も品もねえ言い方だけどありがとよ!」
「なんかヤバイ医者とかにメス入れられてない? 黒いジャック的な。」
「やっぱテメーとは未来永劫解り合えねーな。」
蔑み合いが通常運転、普段の調子に戻りつつある此花を前にアメリは「あはー」と笑い捨てる。傍らでは、騒動の元凶という自覚すらないハルが、やはりうふふと微笑んでいた。
「アメリちゃん、」
呼びかけながら、ハルはアメリの目尻下に、最後の仕上げであるラメ入りの赤を乗せた。
「恋の力は偉大よ。」
完成した美少女に告げるむず痒い言葉は、距離を置いて離れた別席にほうへと向けられていた。ハルの視線の先では、ヘアメイク中の果恋と、彼女を担う朝丘の姿がある。
まなざしは、朝丘を見つめているようにも、果恋をさしているようにも、みえた。
おもむろに、ハルはアメリの耳元へ距離を縮める。
「そういう意味では、此花はこの先が、怖い女かもね。」
充分に接近し、声を潜めた。
鏡に反射した背後では、まだ不機嫌を消化できてない此花が、脚を組んでスマホをいじっている。
曲線美が目を惹く性のにおいを醸す肉体は、健康的にもなまめかしくもあり、隙の無いギャルメイクの下に隠された素顔は、その派手さに引けをとらない素材であるのが窺えた。
これは、宇喜多此花が自らの力のみで得た武器だ。
言葉を借りるのであれば、恋の力に、頼らずして。
アメリは少しだけ、下唇を噛んだ。
「もちろん、あなただって、もっと綺麗になるわ。」
まばたきを挟み、ハルを見据えなおす。意味深な口ぶりから一転、おっとりとした人間に戻ったハルへ、アメリは表情を柔らかく崩した。
「あはー。それはおそろしい話ですなー。」
「あら? どっちのお話?」
「ご想像にお任せしますん。」
「あら、かわいくない子。うふふ。」
二人は程なくして数分前の光景を立て直した。
ハルはアメリの前髪を梳かす。ケープを外し、撮影仕様のアメリが愛らしく完成した。長時間座りっぱなしだった身体を慣らすために、アメリは立ち上がってすぐ背伸びをする。
「ほら、」
呼び掛けに振り向くと此花がスマホを差し出していた。何やら、画像を映し出している。
「えー? なになに?」
「昔のハルの画像。私だけ暴露されたんじゃ不公平だし。」
やはりまだ根に持っているようで、アメリと対面しつつもその発言は明らかにハルへと、憎しみたっぷりで向けられていた。無論、ハルはお構いなしとばかりに、相変わらずあらあらまあまあと笑っている。
「まじー!? 見せて見せてー!」
アメリは好奇心満々で遠慮なくスマホを覗き込んだ。
「見せ……――――……?
……。…………???」
そしてフリーズする。
多少の一驚なら覚悟していた。むしろ、過去と現在が奏でる『元ヤン美容師』たるギャップに、期待さえしていた。仰天する準備は出来ていたのだ。
しかし、想定内の一驚なんて稚拙、期待など所詮は油断。
現実は、仰天できるほど生易しくはない。
思考停止するアメリの目に映ったのは、
猛々しいツートンモヒカンと、おぞましいボディタトゥーの、筋肉質な男。
「おまえさっきから勘違いしてるみたいだから、この際説明するけど、こいつ姉貴じゃねーから。工事すらしてねー正真正銘、兄貴だからな。」
「うふふ。」
「…………あはー。」
宇喜多春告、二十五歳。
彼の諭す「恋の偉大さ」を、アメリは心底、堪能する他なかった。




