表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
15/45

15  混沌スタジオ




 その日、女は夜勤明けだった。


 昨夜は大きなトラブルも緊急の分娩も無い平穏な一晩であり、勤務先から程近い自宅には、普段より早めの午前十時前に戻ることができた。


「あっ、おかえりなさーい。」


 平日金曜の朝十時。本来ならば自宅(ここ)に居ないはずの高校生の娘が、どう見ても登校するとは考え難い身なりで、出掛け支度をしつつ迎え入れる。支度とはいっても、あとは靴を履くくらいか。つまり入れ違いである。


「どこか行くの?」

 行き先が学校ではないであろうと大前提に、率直にきく。

「うんっ。ほら、前言ってたミチオちゃん新店(とこ)の撮影ー。」

「ああ。あれ、今日だったのね。」

 娘の隠す気もない予定に、女は咎める気配すら見せず会話を繋げる。


 撮影ということから、大方のセットは現場で行うのだろう。娘は普段より控えめな化粧をサングラスで隠し、目深に被った帽子からゆるいウェーブ掛かった黒髪を垂らしていた。

 娘は鼻歌まじりにシューズクロークを開き、リズムをとるような指さしで一足を選ぶ。


「アメリ、」


 靴紐を結ぶ娘に、女は呼びかけた。


「あんた最近、楽しそうね。」

「おやや? わかっちゃう~?」


 こちらも隠す気無しか。探りを入れるつもりなど無かったが、こうなるとどんな質問で、娘がどういった反応を見せるのか、女は好奇心に駆られた。要は悪戯心だ。



「恋人でもできたのかしら?」


 大胆に切り込んでみる。



「あはー。ばれた。」


 娘の反応は、女が期待するものとは違っていたが、予測するものには近かった。



「でもでも、残念ながらまだ未遂だよー。」

 補足説明を付け加えたところで靴紐が結び終わる。娘はぴょんっと小さく飛び上がり、愛らしい姿で振り返った。



「夜勤おつかれさま。

 ゆっくり休んでね糸子(いとこ)ママ。いってきます。」



 いってらっしゃい。


 女は溜め息まじりに笑う。そして眼鏡を外し、眉間を軽く押さえた。

 「まだ未遂」って……。娘にはもっと本を読ませるべきだなと、女は少しばかり誓った。









 澄んだ空気とやわらかな陽差しが心地良い、秋晴れの空の下、果恋とアメリは表参道駅から程近いビルの前に到着していた。ここの九階スタジオが、本日の撮影場らしい。


「ふいーっ。絶好の撮影日和だねー。」

 背伸びをしながらアメリは言う。

「って言っても、屋内でしょ。」

 すかさず指摘する果恋に、アメリはお約束どおり「あはー」とふざけた。


「……にしても、すごい場所(ところ)で撮るんだね。朝丘さん、初期費用は抑えたいって言ってたのに。」

 立地としても建物としても上等な現場を前に、果恋は感嘆の溜め息をついた。

「なんでもね、ミチオちゃんの部下(スタッフ)さんのコネで、格安で貸してもらえるんだって。しかも撮影スタッフさん付き! やばくない?」

 確かにやばいな。やはり只者ではないであろう天使の人脈に、果恋は妙な納得の下、頷く。


「でもね、アメリとしては、そんなことより100万倍も謎な件があるわけですよ、」

 得意気な説明の直後に、アメリは怪訝な表情になって果恋の真横を指差した。


「なんでコノカスちゃんまでいるの?」


 予定に無かった宇喜多此花の現地集合に不快感を表す。


「は? おまえが教えてくれたんじゃん。今日の撮影。」

「来いとは言ってないよね? 来てとも言ってないよね? むしろ来ないでほしかったよね!」

「押すなよ絶対押すなよ理論とか知らねーの?」

「知らないもん。そんなダチョウ倶楽部。」

「大いにご存知じゃねーか。」

「つーん。」


 不機嫌にそっぽを向くアメリを、果恋はまあまあと宥めた。

「私、人見知りだし、知らない人ばかりより宇喜多が居てくれたほうが心強いよ。」

「アメリとミチオちゃんがいるじゃん。ぶー。」

「朝丘さんのお店スタッフさんも来るんでしょ? 初対面の人、多くなりそうだしさ。」


 宥める果恋の背後で、此花が勝ち誇った表情を向けてくる。アメリは更に「むうう」と眉を顰めると、果恋の腕にしがみ付き正面口へと引っぱって歩いた。





 三人揃ってエレベーターに乗り込み『9』を押す。階数表示が他の階に停まることなく目的地九階に辿り着き、扉が開いた。


「ミチオちゃーんっ。アメリ&カレンちゃん、ただいま参上しまし――――」


 到着早々、天真爛漫にあげたはずのアメリの声が、突如として中断する。

 それは前例の無い異常事態だった。


 異常事態の原因は、扉が開いた目前に広がる物々しい光景、


「…………。」


 作業の手を止め果恋一行に注目してくる、鋭い眼光の、厳つい顔をした男数名。


「…………。」

 アメリと果恋、どちらともなく光の速さで『閉』ボタンを押した。



「…………、」

「…………。」

 ほぼシェルター化したエレベーター内で、二人は静かに目配せすると、


「「…………なに今の!!!!???」」

 小声でパニック状態に陥った。



「は!? は!!? 何!? 今の人達!!!?」

「カタギじゃない!! 身なりはともかく顔が普通じゃない!!!!」

「あの目はやってる! 一人2~3人は殺ってる!!!!」

「場所! 違う!? 約束! 場所! 正しい!?」

「こんな時ゴリんないで!!!」


「なんだ? どした?」

 唯一後方にいた此花だけが、事態を把握できずに首を傾げていた。



 取り乱す二人(+α)を前に、無常にも勝手にエレベーターが開く。外側から操作されたようだ。果恋とアメリは顔面蒼白に息を呑む。

 恐怖に怯える彼女たちの前に現れたのは、



「ああ。いらっしゃい。」



 朝丘道臣だった。


((みっ、ミチオーーーーーーーーー……!!!!))


 常時より数倍の後光を背に迎え入れる大天使の降臨に、果恋の腰は抜けかけ、アメリは涙ぐむ。

 導かれるままにエレベーターを降りたのはいいものの、やはり先ほどの光景も幻ではなかったらしく、強面な男たちが朝丘の後ろで構えるように並んでいた。


「今日はありがとう。……あ。こちら、本日お手伝いしてくれる、撮影スタッフの、みなさん。」

「っす!!!」


 やわらかな彼の背後を飾る厳つい面々。禍々しいコントラストに話が全く入ってこない。

 ……へ? 今、撮影スタッフって言いました? 彼らが? この堅気か怪しい面子が? 時間差で耳に流れ込む情報に混乱する。

 なんか「っす!」とか返事してるし……それ挨拶? えっ、なんか律儀にお辞儀してるし……!

 果恋とアメリの脳内を、ほぼ同じ思想意見ツッコミが乱反射した。


 朝丘はというと至ってマイペースに、以前と同じようにアメリ、果恋、そして此花にも丁寧に視線を配った。


「? ああ、新しい、お友だち? …………ん? きみ、って……」


 此花の顔を見るなり、僅かな沈黙を漂わせた朝丘は、やがて「あっ」と小さく驚いた。



「もしかして、このかちゃん?」



「……? …………うおっ!」

 此花も何かに気づいたように声をあげる。


(ハル)んとこの店長じゃん!?」

「ああ。やっぱり、このかちゃんだ。」


「?」

 状況を飲み込めない果恋とアメリを置き去りに、朝丘は両手を合わせにこにこふわふわと、花を撒くような笑顔を見せた。


「うわあ、久しぶりだね。ずいぶん変わっちゃってたから、気づかなかったよ。」

「あっ……いや、あの、それは……」

 心なしか、此花に狼狽が窺える。

「そっか、ハルちゃんに、会いにきたんだ? 待ってて。奥、いるはずだから。」

「いいいやいいって! 呼ばなくていい!」


「たしか、もう、ハルちゃん、きてるよね?」

 制止する此花に聞く耳持たず、朝丘は後ろで整列する強面集団の一人に声をかけた。


「ウス! お待ちくださいッ! 春さぁん!!! 道臣(アニ)さんがお呼びですッ!!!」



 あにさん!!?



 エレベーターの一件同様、果恋とアメリは勢いよく目を合わせた。

 えっ? えっ? やっぱり強面集団(おまえら)そういう系??? てか、え? いつから大天使は舎弟を従えるように? へ? 偽装天使? 

 テレパシー、あるいはモールス信号のようなまばたきを交し合い、最終的に耳相談をする形で緊急囁きミーティングを開いた。


「(ちょっ、朝丘さんって何者……?)」

「(ミチオちゃんはミチオちゃんだよ! どこにでもいるごく普通の美容師。三十四歳独身。)」

「(あっ意外といってる…………じゃなくて、なんかヤバイ所の人じゃないよね?)」

「(ないないない! 実家は新潟の米屋兼定食屋だし。)」

「(清々しいまでの新潟人……!)」




「はぁーい。お呼びですかあ? 店長~。」




 動揺する果恋とアメリ、狼狽する此花、マイペースに微笑む朝丘、整列する強面集団……統一性の無い混沌とした空間に、おっとりと響く女の声。


 その場の視線を一身に受けながら、一人の女が現れた。

 ふんわりとしたお団子ヘアに、縁の広い眼鏡。チェック柄のショールを羽織り、ロングスカートを揺らした、洒落た女性だ。


「このひとは、ハルちゃん。おれの、後輩で、今度から新店で、一緒にお手伝いしてくれる、スタッフさんなんだ。」

 朝丘はまず、果恋とアメリに女性の紹介をした。その手短な紹介で、二人はこの『ハルちゃん』が、朝丘の所の部下(スタッフ)であると把握する。

 朝丘は続いて、此花に向けて手のひらを翻し、ハルへ呼びかけた。


「ハルちゃん、このかちゃんが、来てくれたよ。」


 当の此花は狼狽から一転、観念するように額を抱えていた。


「あらあら、まあ此花ってば~。来るなら連絡してちょうだい。」

 ハルはおっとりとした口調で此花に話しかけてすぐ、果恋とアメリのほうを向き、優しく目尻を下げた。


「ハルでーす。()()此花がお世話になってま~す。……まあ! 此花のお友達が今日のサロモさん!? やだあ、二人ともとーってもかわい~。 此花、あなた、こんな可愛いお友達いたのね~。」



「――――ッッッンのキメェ喋りやめろっつってんだろ!!!」



 観念から更に一転、此花の怒号が響いた。

 しかしハルは口元に手を沿え「あらあらまあまあ」とおっとり笑うだけである。此花はわなわなと震えながら、構える強面集団を見渡し、人差し指を走らせた。


「つかよく見たらこいつら、ハル(テメエ)んとこの舎弟ABCDじゃねえか! 何してんだこんな所で! んな恰好して!!!」

「お久しぶりですッ! 此花さん!!! いい加減個々の名前覚えてくださいッ!」

「るせえ! 私はテメエらみたいな(ゾク)とは1ミリも関わりたくねえんだよ! 平凡な女子高生を謳歌してんだっ!!!」

「やーねえ。とっくにみんな、あたしと一緒に足洗わせたわよ~。」



「(族……、)」

「(足……。)」


 表参道駅程近く、立地も建物も上等な、撮影スタジオ9Fが、新たな混沌に染まってゆく。




「ねえねえ、アメリちゃん、ひなせさん。おれが、今日提案する、スタイルなんだけどね、」



 状況をまとめ直すのも面倒なほどの情報過多の中、徹底してスタンスを崩さない朝丘道臣のおかげで、二人は本来の目的を思い出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ