13 デビューのち修羅場
無自覚の罪。
その罪状を有する罪人日生果恋には、この日、様々な異変が降り懸かる。尤も、彼女がそれを異変だと自覚するには及ばなかったのだが。
正確には、
『この日その罪人が、私立実謳高等学校1年A組の、何の変哲もないはずだった一日を、容赦無く掻き乱した』 のほうが、当て嵌まるのかもしれない。
【CASE1】 特に親交の無い女子グループから話しかけられる
「ひっ、ひなせ……さんっ、」
事は一限終了後の休み時間に起きた。
何事も無く平和裏に登校できた(※と思い込んでいる)果恋は、その安堵感からか朝一の授業にて居眠りをしてしまい、聞き慣れない声に呼びかけられても、最初はそれが自分に向けられたものと気付けなかった。
「……ん?
ああ……ごめんね。なに?」
けだるく顔をあげ、物憂さを帯びつつも小さく笑んで首を傾げる。
「はうぁッ……」
この時点でグループ内の一人が脱落。
仲間の犠牲を無駄にするものかと、生き残った数名は我先にとノートを差し出してきた。
「こっ……これっ! よかったら……!」
「日生さん、今週ずっと休んでたしっ……!」
「もももうすぐ中間、ちかいし!」
「あ……あたし、ノートとるのだけは得意で!」
(ああ。そうか、もうすぐ中間か。ありがたいな……でも、)
果恋は少し、考える。暢気に悩む。他人の厚意など久しぶりだ。それに、意外と親切なんだな、このクラス。
暢気に悩む。この場合、どう対応すべきなのか。
……ああ、そうか。この場合は朝丘道臣だった。
のんびりとアメリの命令を思い出す。
「ありがと。助かるよ。」
ミチオスマイル(模)でノートを受け取ると、更に数名が眩暈と共に脱落する。命辛々退散した女子グループはその後教室の片隅にて、高音の「ヤバイ」を狂ったように連呼し合った。
(あんまり喋ったことないのに、親切な人達だな……)
果恋は彼女たちの厚意を鞄にしまい、暢気に感謝しながら居眠りを再開した。
【CASE2】 特に親交のない男子から通信アプリの招待を受ける
事は二限終了後の休(以下略
混乱も無く無事普段どおりの高校生活が確定した(※周囲は大混乱)果恋は、先ほどの休憩時間に献上されたノートを元に、迫る中間試験に向け自習をしていた。
何しろ自殺に失敗したのだ。高校生活はあと二年以上ある。一応の努力くらいはしなくては。
「ひ、日生、」
その矢先に声を掛けられた。真横に男子生徒がスマホを片手に佇んでいる。彼は確かクラスメイトの……たなか? いや、やまだだったか? 見覚えはあるのだが、顔と名前が一致しない。体育やら日常生活で差がある分、男子は女子よりも記憶に残りにくい。
「ライン、教えてくんない?」
たなか(仮)は照れながらも結論から切り出した。
「いっいやあのさ! そーいや聞いてなかったなーっていうか! 女子で日生のだけ知らないなーって!」
そして果恋の反応を待たずとして慌てふためく。
「ちょ! 俺も知らない!」
すかさず別の男子が割って入ってきた。……ん? こっちが、やまだか?
「俺も!」
「日生、グループにも入ってないよな!?」
「招待するから! 俺が!」「いや俺が!」「いいや俺が!」
やまだ(仮)の乱入を皮切れに、さとう(仮)、すずき(仮)、たかはし(仮)、やまもと(仮)も参戦してくる。皆スマホ片手に群がっては来る中、果恋は少々申し訳なさそうに、ゆっくりと口を開いた。
「ごめん。やってないんだ、ライン。」
…………。
「じゃあ俺が入れてやるよ!」「いや俺がインストールを!」「いいや俺が!」
間を挟み、(仮)達は更にヒートアップする。
「ちょっと男子ー! 日生さん困ってんじゃん!」
「やめなよ!」
「日生さんっ、あたしがインストールするから~!」
「うちらのグループ入りなよー!」
しまいには女子までが参戦し始めたところで、タイミングよく予鈴が鳴った。
三限目の担当教師が、学内でも有名な強面の生徒指導ささき(仮)だったお陰で、事なきを得た。
(……ちょっと男子~、って、現実に言うんだ……)
尤も、果恋に騒動発端の自覚など、無かったわけだが。
【CASE3】教師陣が困惑
「えー。じゃあここを、日生。…………?
……!? ひなせ!? うえぇ!??」
多少の差違はあれど一限から六限までの教師陣共通の反応である。
(※生徒指導ささき(仮)を含む。)
【CASE4】宇喜多此花
宇喜多此花は絶望していた。
その場にいる、どのクラスメイトよりも、いいや正確には、1年A組のバカな男共やミーハーな女共、果ては無能な教師陣までもが、驚異的な変貌を遂げた日生果恋に浮き立つなか、彼女だけは一人、絶望していたのだ。
「日生、やばくない?」
取り巻きの一人が言う。正しくはクラス内で同じグループに属する女子生徒の一人なのだが、周囲は此花と行動を共にする友人たちを、『取り巻き』と見ている。此花自身は心外ではあるのだが、彼女の一際目立つ存在感ゆえ、中心人物と認知されるのは、所謂不可抗力なのだ。
「うん。ヤバイ。」
「やば過ぎでしょ、あれ。反則。」
「超やばい。」
ヤバイヤバイヤバイヤバイって、何がやべーんだよ。どういう意味のヤバイだし。
宇喜多此花は内心、腸が煮えくり返っていた。
男子も女子も教師も取り巻きも、手のひら返しやがって。何よりてめーだよ、日生果恋。どういうつもりだその姿。
絶望はやがて怒りへ近づいてゆく。
一方で、当の日生果恋は、
(売店、まだ焼きそばパン残ってるかな……)
どこまでも暢気だった。
果恋も存外現金なものだ。一時は登校拒否どころか人前、ひいては鏡の前にさえ立てぬほど引き籠もり重症者と化していたというのに、学生生活に差し支えないと判断した瞬間、鈍感が過ぎるほど周囲の目を気にしなくなっていた。
それどころか、仮にも引き籠もり(※一過性)の一要因だった此花でさえ、今の果恋にはモブの一人に過ぎない。
「……ん?」
とはいえ、一応、此花とはそこそこ絡みがあったわけで、いうなれば、ワンランク上のモブみたいなもので、視線が合うものならば無視する理由も無かった。
「なに? 今日も、午後ティー?」
売店へ向かう退室の際なら、なおさら。
「!!!!!!!!!!!!」
変貌を遂げた日生果恋が、此花にだけは明け透けに声をかけてくる。
宇喜多此花は震える手で財布を開け、ぐしゃぐしゃの千円札を取り出した。
「っももも、もちだし! 午後ティー……れれレモンかミルクな! よ、よろ!」
引き攣らせた笑顔で虚勢を張る此花の後ろでは、取り巻きたちが黄色い「ヤバイ」を連呼している。
こいつらと同類になってたまるものか。宇喜多此花は繕った平然を主張するかたちで、踏ん反り返って足を組んだ。
────およそ十分後、
果恋は依頼された品を持って帰ってきた。
「おまたせ。」
釣銭を渡すなり、午後の紅茶レモンティとミルクティの二つを、此花の机に並べる。
「……は?」
記憶が正しければ、此花は「レモンかミルク」と言ったはずだ。多少動揺はしていたが、確かに「&」ではなく「or」で依頼したはずだ。本能的に逸らしていた視線をつい合わせてしまったその刹那、果恋のミチオスマイル(模)をもろに受ける。
「好きなほう、選んで。いらない方、私飲むから。」
確認すると釣銭の中には紅茶一本分の代金が足されている。
それイケメンがやるやつ!!!!!!!!
取り巻きの一人が口を覆いながら手の中で黄色く叫ぶ。
やべーんだけど! ガチなんだけど! しぬ! しぬから! やばいやばいやばい! カースト上位陣ならではの、恵まれた容姿を無碍にする下品な叫喚の真ん中で、此花は赤面しながら紅茶代百円を果恋へ突っ放した。
「いいいいいらねーから!!」
「え?」
「ああああああれだよその……手間賃! わわわ私っレモンな!」
百円玉を指先端に置くぴんと伸びた腕からは、確固たる意思が窺えたのか、果恋は再び微笑を自然と披露し、まずは感謝の言葉から伝えた。
「ありがと。ごちそうさま。」
指先を百円玉ごと包むように握ってから受け取る。爪先のターコイズが音を立てて煌めいた。
ミルクティを手に立ち去る。
果恋が踵を返した直後、宇喜多此花は卒倒した。
「やべえ死んだ!」
「このか死んだ!」
「此花ーっ!!!」
カースト上位女子陣による、恵まれた容姿からの張裂けるような阿鼻叫喚にも、果恋は自分に因があるなど露ほども思わなかった。
模していただけとはいえ、行動は人格をも侵食するのか。もしくは、果恋に眠る父と母の血が、覚醒してしまったのか。才が咲いてしまったのか。
単純に、根本が鈍感だっただけなのか。
どれにせよ今の果恋は、演じているだけの日生果恋ではなくなっていた。
心から動じず、穏やかに、物腰柔らかく、己が外見を恥じない、構えない。焦点をずらすぼやけた視界も、もう必要無い。
果恋はもう先週までの日生果恋ではない。性根の底の底から、生まれ変わってしまっていた。
とある少女の、
強烈で強引で強硬で、手荒な愛により、
新しい人生を、はじめていた。────
「────────っっって、ふざけんなあああああああ!!!!!!」
アメリは盛大にテーブルへ拳を落とした。
卓上で突っ伏せる全身全霊全力の咆哮には、デジャヴを感じざるを得ない。
「良いハナシ風になんてさせないからね!!! なにこれどういうことハイ説明!!!」
彼女の怒りの原因は、たった一日の登校で果恋が持ち帰ってきた戦利品の数々である。
欠席中の授業を事細かに纏めたノート。インストールすらされてなかったはずの通信アプリにずらりと並ぶクラスメイトの登録名。ロッカーに入っていたという紙媒体の連絡先その数十数枚……
「浮気! 不倫!! 不貞行為!!! 訴えて勝つよ!!!!」
変貌した果恋の評判及び反響は、アメリの想定を大きく上回り、その規格外な結果に理不尽且つ支離滅裂な嫉妬を生じさせた。
「もう突っ込むのもめんどくさいんだけど……」
果恋からすれば、何故このような結果となり、何故今アメリにぶち切れられているのかも解らない。いや浮気って、不倫って……
「ほんっと信じらんない! 実家に帰らせていただきます!」
「なんだよ実家って。」
「東京都渋谷区神宮前!」
「さり気にすごいとこ住んでるのな。」
勢い任せに騒ぎ立てるアメリを前に、果恋は至って冷静に対応し続けた。単に面倒だったのが本音ではあるが。
一頻り喚き散らしたアメリは、やがて騒ぐのにも飽きたのか、芝居がかった仕草で嘘くさい哀愁を漂わせだした。
「うっうっ、ひどいよぅカレンちゃん……アメリってものがありながら……そんなどこで股開いてるかわからないメス豚共にキャーキャー言われて……海馬が下半身にあるような男共なんてもってのほか……くすんくすん……」
「こよなく失礼だな、こいつ。」
メス豚って……。時折ナチュラルに毒つく甘ったるい声もさることながら、そろそろこの三文芝居への対応にも疲れてきた。
「でもさ、アメリ、」
面倒な事は終わりにして、早々きりだす。
「ほえ?」
果恋の改まった声調に、アメリはけろっといつもの調子に戻り、目をぱちくりさせた。
「結構楽しかったよ、今日。」
戦利品が物語るとおり生まれ変わった日生果恋の初日は、波乱だった。無論、果恋自身は波乱を正しく認知していない節があるのだが、彼女からしても少なからず「変化」は感じ取れたらしい。
そしてその「変化」も、悪くなかったと、果恋は素直に語る。
「見た目変わって、話しかけやすくなったみたいでさ、うちのクラス意外と親切な人多かったんだって気づかされたよ。今まで関わりない人がほとんどだったから、みんな少し、ぎこちなかったけど。まあそこは、お互い同じだろうし。」
「うわあ、このひと真面目に頭良くないぞー。」
「???」
それまで逆の立場だった、「未知なる生物を観察するような目」を向けられながら、果恋は鈍感なまま疑問符を浮かべた。
そして適度に切り替え、小さく咳払いをした。
途端に照れくさい表情を浮かべ、視線を泳がせる。波乱の丸一日、散々鈍感に浸かり込んでいたというのに、こういう場面にのみ、果恋はどうも繊細になってしまう。
「とにかく、あんたのおかげ、だと……思うから、その……ありがと。」
アメリに礼を言う瞬間だけは、どうにもまだ気恥ずかしい。
怒りと哀愁の三文芝居から始まり、ころころと表情言動仕草を一転二転してきたアメリが、これまた早着替えのように表情を華やがせた。
「どーいたしましてー! ちゅ~。」
それとこれとは話が別。例の如く抱擁を迫るアメリに、果恋は鞄を押し付けて防御した。ふがふがともがく彼女と鞄を隔てたまま、果恋は提案を告げる。
「で、お礼っていうか……夕飯でも……ごちそう、させてよ。」
防衛心と気恥ずかしさの不調和からなる提案に、アメリは鞄の影から満面の笑みを覗かせた。
「わーい! アメリくら寿司いきたーい!」
「やっす。」
「アメリはお金の掛からない女だからねー。嫁には優良物件っすよ?」
「行くならもう行くよ。六時過ぎると混むから。」
「無慈悲ゴリラめ。」
アメリは緩く編まれた無造作な三つ編みを解くと、手櫛で軽く梳いた。一瞬で完成したウェーブヘアの上から、マゼンタカラーのベレー帽を被る。黒髪に混じるグレーのメッシュが、ベレー帽の派手な色合いと絶妙にマッチしていた。
適当に見えながらも、こなれた身支度と垢抜けた身嗜みに、果恋はこっそり見惚れる。
ついでにこっそり姿見を覗く。アメリによる猛特訓の末に取得した化粧……学校での評判は悪くなかったようだが、よく見るとアイラインが歪んでいる。下睫毛も無駄な束が目立つ。早起きして時間掛けたのになあ……外見を整えるのはまだ苦労しそうだと覚悟を決めながら、アメリの見立ててくれたブーツを履いた。
私は、アメリに完成されたんだな。肩を並べて歩く未知の生物を、果恋は横目で見た。
何を考えているのか解らない言動。何処で買っているのか謎な服装。やたら手馴れたメイクとネイル。あどけなくあざとい笑顔。猛烈なまでの、手荒な愛。
「なになになにー? おてて、繋ぐ?」
目が合うものならばこれだ。承諾も拒否も聞かずに繋いでくるし。手を繋ぐというより、アメリが果恋の手を握っている、といった状態だが。
一方的に握られるだけの自分の手を、果恋はじっと見る。アメリはお構いなしに、その独りよがりな手繋ぎに満足し、一歩分前を歩く。
「…………。」
きまぐれか、麻痺か。
果恋は、無機物みたいな指に、ほんの少し力をこめた。
こっそり、握り返した。
次の瞬間、
「────……!?」
突然何者かが二人の間に割って入る。
「!!!??」
「へ!?」
忽然と現れたその影は問答無用で二人を引き離し、アメリの手首を捕らえると釣り上げた魚のように持ち上げた。
長い茶髪から覗く、隙の無いメイクの女が、アメリを睨みつける。
「テメーか……」
肩を露出したシャギーニットのミニ丈ワンピース。
裾から伸びる長い脚を包むロングブーツ。
長い茶髪、隙の無いギャルメイク……
派手でありながら、そこそこ容姿端麗なその女に、果恋は見覚えがあった。
正しくは、面識があった。
「……宇喜多!?」
実謳高等学校1年A組4番 宇喜多此花である。
「────てめえかあああッッ!!!」
どすを利かせた「テメーか」の呟きから一つ間を置いて、此花は声を荒げた。
「なになになにー!? なにこの子ー!!?」
唐突に現れ咆哮する不審なギャルの登場に、アメリは至極まともなリアクションで手を振り払い、果恋の背後に逃げ込む。アメリを追う視線ごと、此花はゆらりと振り向き、果恋と対峙した。
「ちょっ、どうしたの、宇喜多、」
当然の事ながら、果恋の反応及び質問も至極まともである。
此花は果恋の姿を目にするなり柄の悪い舌打ちを鳴らし、人差し指を向けた。
果恋を指さし、アメリへ吼える。
「日生をこんなんしてくれやがってこンのメス豚があああああああ!!!!」
「…………は?」
此花とアメリ、二人の間で果恋は口を開けて固まる。
「私は入学式んときから日生に目ぇつけてたし! それをてめえ……! こんな……こんな!」
なにを言ってるんだこいつ?
「ひなせはッ……日生に似合うのはなあっ……!!
赤 文 字 系 なんだよ!!! っンなふざけた恰好させてんじゃねーぞメス豚ああああ!!!」
なにを
いってるんだ
こいつ????
新たな未知なる生物に、果恋の思考は完全に停止、もとい放棄される。
茫然と立ち尽くす果恋の背後でもう一体の未知なる生物が、果恋の肩にしがみ付いたまま、あざとく頬を膨らませた。
「何この子!? メスブタとか超失礼だし! ぷー!」
「あんた記憶喪失?」
扱いは慣れてきたものの、こちらの未知なる生物にも未だ生態に多くの謎が残る。それなのに、ここへきて新種発見か。果恋は存外冷静だった。
これは暢気とも、鈍感とは程遠いものだったのだが。
※赤文字系とは※
某大手ファッション雑誌4誌を指す総称。または各誌に記載される系統のファッション。二十歳前後の若い女性を対象とした、いわゆる『男性受けするきれいめファッション』。
(注意:近年ではあまり流通していない用語である。)




