12 兵器的ビフォーアフター
制服規定の無い高校など、然して珍しいものではない。
しかし、私服校ならではの特有な文化、法則、そして事象は存在するのである。
その日、私立実謳高等学校1年A組は普段と変わらぬ朝を迎えていた。
何の変哲もない週の半ば、木曜日。あえていうなら、そろそろ中間テストが近づいてくる頃ではあるが、まだまだ生徒たちの私生活を脅かすほどでもない、そんな日であった。
教室では生徒たちが、其々の青春を享受していた。
軽口を叩き合う男子グループがあれば、菓子箱や化粧品を広げる女子グループ。恋愛話に華やぐ女子連中もいれば、アプリゲームに没頭する男子連中。とりあえず大声で盛り上がっている集団もあれば、個々で本を読んでいる者、朝っぱらから爆睡している者……
みな其々各々が違う形の青春を過ごすように、行動も傾向も性格も人格も、異なっていた。
中でも最も、目に見えて異なる青春の一部が在る。
外見、だ。
外見は個人を主張する上で、最も重要な個性であると言っても過言ではない。
特に思春期真っ只中、青春ど真ん中である十代半ばの彼らには、その性質がより顕著に表れており、派手に賑わう者は流行を抑えた垢抜けた恰好を、地味に潜める者は無難で野暮な恰好を、好む傾向にある。
規定の制服でさえ、スカート丈や小物、釦を外す数等で個性が出るというのに、私服であれば尚更、個性が前面に出てくるのだ。
つまり私服高校では、外見が必要以上に重要視されるという『文化』の中、外見で相手の性格人格傾向を判断するという『法則』が存在する。
そして、時によりその外見は、誰もが注目せざるを得ない『事象』を起こす。
その日、私立実謳高等学校1年A組は普段と変わらぬ朝を迎えていた。
変貌を遂げた、日生果恋が現れるまでは。
「…………!?」
「!!!!!!」
「!? !?!?」
気配だけでも視線の集中砲火が感じ取れた。
しかしアメリに念を押された、「直視するな」「焦点をずらせ」との命令を、果恋は遂行する。その命は有り難いことに視界を不鮮明にぼやけさせ、すっかり果恋を、知らぬが仏状態にさせていた。
教室中の生きた眼が、身体の他機能を全停止させてまで、日生果恋の登場に刮目していた。
ブロンドの入り混じるオレンジベージュのショートボブ。
彼女の首の長さ、線の細さ、股下の長さを生かした、丈のあるニットと細身のパンツ。
露わとなった、精悍で中性的な、美しい貌。
先週まで教室の空気だった、風貌は男、名前だけ乙女、地味で暗い日生果恋など、もはや見る影も無い。
……なるほど、アメリも偶には役に立つ。命じられた秘技『視界ぼかし』を保持しながら、果恋はアメリのアドバイス諸々を思い出していた。
「見渡すなら焦点をずらす」「ぜったい直視しちゃだめ」「基本スローモーション」……そうしとけばとりあえず挙動不審にはならないはずだと、アメリは策をあげたのだが、果恋には当初、「スローモーション」案だけがどうしても、理解も遂行もできる自信が無かった。
陰キャガチ勢なめんな。主張したところ、アメリはまた別の策を練る。しかし別案などそう簡単に浮かぶものではない。
「……そうだ!」
なのでアメリは、策の例えを変えることにした。
「ミチオちゃんだよ! ミチオちゃんになりきるの!」
大天使、朝丘道臣を模せ。
大胆且つ雑、そして畏れ多い策ではあったが、不覚にも納得してしまう果恋だった。
(……この場合、朝丘道臣ならどうする……?)
ぼやけた視界の、輪郭がはっきりしないクラスメイト達を前に、果恋は考えた。
(朝丘道臣なら…………)
天使とのファーストコンタクトを思い出す。
柔らかい物腰、落ち着いた仕草……あの日の彼を再現するように、果恋はクラスメイト達を丁寧に見渡した。どれが誰かは判らないが、一通り視線を移した最後に、果恋は適当なグループに目を留める。
色合い的に……無難な女子グループと言ったところか。特定の人物とは視線を合わせぬよう視界をぼかしたまま、脳内に朝丘道臣を思い浮かべ、表情を再現した。
ゆったりと、穏やかに、絶妙な間で、
にこりと目を細める。
「おはよ。」
「!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
その微笑みに、教室中衝撃が走る。クラスメイトをあらゆる角度から串刺しにする。
果恋の見えぬ世界で、一瞬で陶酔する者、ときめく者、心臓を撃ち貫かれる者、おちる者、乙女の眼差しを燈す者……男女見境無く甚大な被害が広がってゆく。
知らぬが仏。あるいは、無自覚の罪。
即死レベルに射止めた屍たちに気づかぬまま、日生果恋は席についた。
(……よし、)
彼女からすれば、嘲笑まじりの注目を回避できて万々歳、そして自己完結してまったのだ。視界はぼやけていたけれど、笑われていなかったことだけは確かだ。
安堵の息をつく。笑われなかった。それだけで充分だったのだ。
(意外とリアクション、大したことなかったな。……私、ちょっと被害妄想しすぎてたかも。)
勘違いだらけの平穏確定を胸に、果恋は存外、暢気になってた。




