第四十五話 レッツショッピング
とうこ~う!
アリアは、計が去った後も一人テラスに残っていた。
もう夜も更けはじめ、王都に見られる明かりもぽつりぽつりと消えていく。
本格的に夜を迎えていく街を見ながら、アリアはちびちびとグラスの中身をあおっていた。
(そう言えば、ロズウェルがいないな…)
いつも傍らに控えているロズウェルがいないことに、今更気づくアリア。
(どこいったんだろ?……まあ、いっか。ロズウェルも自由にしたい時間はあるだろし、そうでなくとも、フーバーから仕事を手伝わされているんだろう)
ロズウェルの行方をぼんやりと考えていると、不意に後ろから声をかけられる。
「あ、アリアちゃん!!」
突然声をかけられたこともそうだが、突如響き渡る大きな声に、驚き振り向くアリア。
アリアの背後にいたのは、先ほどまで真樹達と楽しそうにしていた美結であった。
美結は、アリアの驚いた表情を見ると少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「ご、ごめんね?いきなり大声で声かけちゃって」
「ああ。少しびっくりしたよ」
アリアは茶化すようにそう言ったが、美結の方はぎこちない笑顔を向けるだけだ。そのことに、少し、いや、かなり悲しい気分になるアリア。
だが、美結のそのぎこちなさも、アリアは理解できているつもりだ。
美結は、アリアが幸助だと知って喜んでいた。だから、いつものように、いつも以上に、今まで会えなかった寂しさと悲しみを払拭するために甘えた。だが、甘えることで分かってしまった。
目の前にいるアリアは幸助であって幸助でないことに。
言葉の節々は美結の良く知っている幸助のものだ。癖も、言動も、幸助と感じられる部分は多々ある。だが、すべてが幸助と同じではなかった。
触った感触。声。顔。匂い。その他にも、美結しか気づけない範囲でも違うことの方が多かった。
美結にとってアリアは、幸助の面影を持った別の人物と言う認識になってしまった。それが、彼女にアリアとの距離感を作ってしまったのだ。
この結果を作ってしまった一端はアリアにある。アリアが勝手に“アリア”になってしまったから。幸助として美結の隣に立っていればこうはならなかっただろう。
だが、アリアがこの道を選ばなかったら今の結果は生まれなかった。だから後悔はしていない。していないが、
(やっぱ…悲しいかな……)
少しだけ悲しげに目を伏せるアリアに、美結はやってしまったという顔をする。
だが、すぐに顔を横に振りアリアに悲しい顔をさせてしまったことへの後悔を振り払うと、努めて明るい表情を作る。
「あ、あのね!」
「ん?なんだ?」
アリアも、美結の前で悲しい顔をするつもりはなかった。しかし、美結の戸惑った顔を見てしまうと、自然とそんな顔になってしまった。
そんな顔を見た美結も悲しげな表情した。そんな美結が頑張って笑顔を見せてくれているのだ。だからアリアも、努めて笑顔で受け応える。
「あ、あの…アリアちゃん、今度暇なときとか……ない?」
「え?」
「えっとね…その、暇があればでいいんだけど……一緒に、ショッピングとか、行きたいなと思って…」
「……」
「だめ…かな…?」
美結の提案に思わず言葉を無くすアリア。その沈黙を、美結は否定と取ったのか、慌てたように言い繕う。
「あ、ごめんね!無理だったらいいの!」
「あ、いや!無理とかじゃない!全然!無理とかじゃないんだ!」
美結の言葉に、アリアも慌てて言葉を発する。
「無理じゃ、ない。明日からしばらく暇があるから。さっき黙ったのは単純に、嬉しかったから、言葉が出なくて……」
そこまで言うとアリアは、少しだけ朱色に染まった顔を、そっぽを向くことで誤魔化そうとする。
その表情を見て、美結はアリアが本当に嫌ではなく喜んでいるということを確信する。なぜならその表情は、幸助がよくしていたからだ。
アリアの表情と記憶の中の幸助の表情が重なる。顔も声も大きさも違う。それになにより性別が違う。それなのに、目の前の存在が幸助だと心が強く主張する。
分かってた。実際は、アリアが幸助だって、ちゃんと分かってた。
十何年も一緒にいるんだ。分からないはずがない。アリアと初めて対峙した時だって、直ぐに分かったのだから。
それなのに態度に出てしまったぎこちなさは、恐れていたからだ。
美結の知っている幸助はもうどこにもいなくて、目の前にいるのは幸助に似た知らない人で。つまり、幸助はもう会えなくなってしまったのではと考えてしまったからだ。
目の前のアリアは幸助ではなくて、記憶だけ持っている偽物なんじゃないかと考えた。そんな考えが表に出てしまって、ぎこちなさになってしまった。
だが、そんなことは無かった。目の前のアリアは、ちゃんと幸助であった。
目の前の存在が幸助だと確信できるのは、目の前の存在が幸助に他ならないからで、それ以外の何者でも無いと美結自身が一番よく理解しているからだ。
理屈じゃなくて、心と魂が理解している。
たとえ姿かたちが変わっても、幸助はちゃんと幸助だった。
美結のことをちゃんと思ってくれていて、美結に優しくて、美結以外はどうでもいいと思っていても、助けを求められれば手を貸す。そんな優しい人。
それは、アリアになった今も変わらない。いや、元々根本は何も変わってないのだ。目の前のアリアは、根本はずっと幸助なのだから。
そう、幸助が女としての道を歩んだと考えればいいのだ。
そう考えると、いままで考えすぎてた自分が急に馬鹿らしく思えてきた。ついでに、おかまになった幸助を想像してぷっと笑ってしまう。
「え、ちょ、どうした?!」
アリアが美結の顔を見て急に狼狽する。美結にはその意味が分からず、きょとんとした顔で小首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、どうしたの?じゃなくて!」
アリアは《停滞の箱》からハンカチを取りだすと、美結の目元を優しく拭う。
「……え?」
そこにいたってようやくアリアが狼狽する理由を理解する。
「なんで泣いてるんだ?どうした?具合でも悪いのか?急に吹き出したと思ったら泣き出すなんて、何かあったんじゃないか?」
そう、泣いていたのだ。気付けば涙を流していたのだ。
心配そうな顔をするアリアに美結は笑いかける。涙の理由は、もう理解できているのだから。
「だい、じょうぶだよ。やっと、安心できただけだから……」
美結は理解していた。今流しているのは悲しい涙ではなく、安堵からくる涙であることを。
今やっと、ようやく、この世界に来て初めて心から安堵できた。だから、涙が流れ出たのだ。
「へへっ。ごめんね?心配させちゃって」
美結はアリアに謝ると、ハンカチを受け取り自分で涙をふく。
「…そうだよな。不安でしかたなかったよな。この世界に来て、私が急に消えて……不安じゃないわけないよな……」
アリアは悔いるような顔をした後、頭を下げた。
「ごめん。勝手に決めて、勝手に消えて……美結を、凄く不安にさせた。本当にごめん。謝って済むことじゃないと思ってるし、償いもちゃんとする。なんなら、ぶん殴ってくれてもかまわない」
「い、いいよ!アリアちゃんを殴るだなんて、そんなことしないよ!」
美結はアリアの言葉に慌てたように手をわたわた振り、言葉の最後に幸助なら殴ってたけど、と付け足す。
「……最初は、なんで勝手にいなくなったの?アタシなんてどうでもいいの?って、憤ったけど……アリアちゃんにも事情があって、今、こうして無事に会えたから……それに、全部アタシの事を考えてくれた結果なんでしょう?アタシの事を考えてくれた行動を、怒れるわけないよ…うん、許すよ」
「ありがとう、美結」
顔を上げて軽く微笑みながらお礼を言うアリア。
「だ・け・ど!!」
唐突に大声でそう言うと、美結はビシッと人差し指をアリアに突きつける。
アリアは思わず上体を反らす。
「アタシの事を考えてくれるのは嬉しいけど、今度はアタシにも相談して!!それと、アタシのために命を捨てないで!!いい?分かった?!」
「う、うん。分かった」
アリアの答えを聞くと、美結は満足げに頷き、突きつけた指を下げる。
その様子に、反らした上体を元に戻すと、アリアは微笑む。
「やっと、いつもの美結に戻ったな」
「え?」
「いつもらしい、元気で騒がしくて勢いがあって、私の自慢の従妹様に戻ったな」
そう言われ、美結も気づく。
先ほどのアリアに対するお願いと言うか頼みと言うか、命令に近い感じの言葉を、美結はなんの気兼ねも心につっかえるものもなく言えた。いつも通り、幸助に言うように言えた。つまり、先ほどアリアの言ったとおり。
自然に言葉が出た。それはつまり吹っ切れた、と言うことに他ならない。
美結はそのことを自覚すると、いつものように茶目っ気を含みながらも勝気な、それでいて元気で愛嬌のある、いつも見せる自然な笑顔になる。
「そうだよ!アタシは復活したよ!!天上天下唯我独尊な、桐野美結ふっかあぁぁつ!!」
背景に、ドゴーンッと爆炎の上がりそうな勢いで声を上げる美結。ついでに拳も天に突き上げる。
「と言うことで!アリアちゃん!明日は暇かね?!」
「さっきも言った通り、明日からは暇がある」
「それじゃあ、レッツショッピング!!」
美結の元気な声を聞き、アリアは笑みを深くする。
(まずは、最初の罪滅ぼしだな)
アリアは心の中でそう呟くと、美結と久しぶりに他愛のないお喋りを始めた。
美結とアリアが他愛のないお喋りを始めたのを確認すると、真樹、計、荘司の三人は安心したようにほっと一息つく。
三人同時に同じ動作をするものだから、三人は顔を見合わせると自然と微笑む。
「とりあえず、うまくいったってことでいいのかな?」
「そうじゃない?あの笑顔を見れば、失敗なんて考えられないしね」
「良かったよ。本当に」
三者三様に安心したように言葉をこぼす。
「さてと。それじゃあ私も混ざってこようかしらね」
「今か?やめておいた方がいいんじゃないか?」
「ショッピングなら私も行きたいわ。予定を聞いておきたいの」
「瀬能も行くのか?」
「そ。悪い?」
「いや、悪いってことは無いとは思うが……従妹水入らずなわけだし、邪魔するのは良くないんじゃ…」
「ねえ、知ってる?」
唐突な問いかけに、荘司は困惑する。
そんな荘司の困惑をよそに、真樹は続ける。
「私、美結ちゃんの服をよく見繕ってあげてたのよ。だから――――」
「真樹ちゃ~ん」
真樹のセリフを遮り、いつの間にこちらまで来ていたのか、美結が声をかけてくる。
そんな美結に、真樹は優しい笑顔を向ける。
「どうしたの、美結ちゃん?」
「あのね!明日にアリアちゃんとショッピング行くことになったんだけど、アタシとアリアちゃんに似合う服を見繕ってほしいの!!」
美結の元気いっぱいなお願いに、真樹は嬉しそうに頬を緩めると二つ返事で答える。
「ええ、いいわよ。それじゃあ、アリアちゃんのところに行きましょう。明日の計画立てなくっちゃ」
「うん!」
美結は真樹の手を取ると早足に歩いていく。
真樹は目を荘司に向ける。その目が語るのは、「これが答え」である。
荘司も、二人の会話を聞いて真樹が二人についていける理由を悟っていた。
荘司は、嘆息すると理解しているという旨を、軽く頷いて伝える。
それを見て満足したのか、真樹は荘司から目線を外し、美結に手を引かれるままアリアの元へと向かった。
計は、その様子を黙って見守ったあと、肩をすくめながら荘司の肩にポンッと手を置く。
「まるで眼中になかったね」
「いうな。虚しくなる……」
計は、誰が、とは言っていないが、話の流れから誰の眼中に無いのかなど容易に理解できた。
ただ、言われっぱなしも面白くないので、せめてもの意趣返しに半眼を作りつつ計を見る。
「計だって、眼中に無かったようだけど?」
「俺はいいんだよ。眼中にあろうが無かろうが、アリアちゃんに頼まれたことを遂行できれば」
「?何を頼まれたんだ?」
「おっといけない。口が滑った」
計はそう言うと誤魔化すようにグラスをあおる。
「おい、教えろよ。気になるじゃんか」
「ダメダメ。こればっかりは教えられないよ」
「え~、なんだよそれ。俺にも教えられないことなのか?」
「荘司にも、と言うか、誰にもが正しいね」
計はそう言った後、やはり失言だったと悟る。
どうにも、アリアに信用されて頼みごとをされたのが余計なことを話してしまうほど気分を高揚させたらしい。
頼られたことが素直にうれしかった。頼られたことの高揚感が、計に無駄口をたたかせてしまった。
(反省だな)
「お~い、計!気になるだろ~」
「それ以上詮索するようなら、荘司の恋を全力で邪魔してあげよう」
「心の底からごめんなさい」
計の一言で詮索をスパッと止める荘司。
その姿に苦笑を漏らすと、計はまた考える。
(しかし、アリアちゃんのあの様子……少し変だった気がする……)
もちろん、気がするだけで、計の気のせいかもしれない。だが、計の勘はよく当たる。しかも、体外よくない方が、だ。
(何事もなければ…とは、いかないんだろうな…)
一抹の不安を胸に抱えながらも、計はそれをおくびにも出さずに、そのままパーティーを楽しんで見せた。
実は、アリアと美結の会話を見守っていたのは、真樹達三人だけではなかった。
会場の隅で気配を殺し、テラスを見守っているのは、今回アリアについて回らなかったロズウェルである。
ロズウェルのいる会場の隅とテラスとでは距離が大分離れており、観察をするには不向きである。だが、それは常人の場合で、超人であるロズウェルには関係は無かった。時折、人が行き交うので視界を遮られるが、そこは問題なかった。
なぜなら、見守っているのはロズウェルだけではないのだから。
「やあ、ロズウェル。無事に済んだみたいだね」
会場の隅に立つロズウェルに話をかける者が一人。
ロズウェルはアリアたちから視線を外し、声をかけた人物に向き直る。
「イル。あなたも見守っていたのですね」
「まあね。ちょっと、と言うより、凄く心配だったから」
ロズウェルに声をかけたのは、イルであった。
昔では、ロズウェルのことをさん付けで呼んでいたのだが、今では呼び捨てにして、口調もくだけたものになっている。
対するロズウェルも、幾分か砕けた口調になっており、敬称も呼び捨てだ。
二人は、長くアリアと行動を共にするうちに畏まった空気がなくなり、今のような砕けた空気で話すほど仲が良くなっていた。
それを見ていたシスタは、羨ましがり自分にも同じように話してくれてかまわないと言っていたりもしたのだが、さすがに、階級も年齢も上の人に呼び捨てと敬語を止めるなどできるはずもない。
当然断ったのだが、シスタはしょんぼりと肩を落としていた。
それはともかくとして、今の二人は気安い友人関係にある。
友人と話すとあって、自然とロズウェルは顔を綻ばせる。
「アリア様を心配してくれて、ありがとうございます」
「礼には及ばない。俺も、アリア様を妹のようだと思ってるからね。心配するのは当り前さ」
「妹のよう…ですか…」
「何か問題でも?」
「いえ、大したことではないのですが」
「大したことないなら、気軽に言ってくれよ」
「……あなたが兄だとすると、私とあなたは、どちらが上の兄なのでしょうか?」
本当に大したことじゃなかった。イルは心中でそう呟く。
「まあ、順当にいけばロズウェルじゃないか?アリア様に一番最初に言ったんだろう?兄のように接してほしいって」
「ええ、誰よりも先に言いましたね」
「じゃあ、ロズウェルが長男で、俺が次男だね」
「そうなりますか」
少しだけ、満足げにそう言ったロズウェルに、イルは肩をすくめる。
「それじゃあ、お姉さんはどこに入るのかなぁ?」
二人に聞きなれた声が問いかける。
見れば、やっぱり二人の知っている人物であった。
「アリシラ様。聞いていたのですか?」
「ええ、ばっちり!」
ロズウェルに問われたアリシラは、可愛らしくウィンクをしながら答える。
「それで、お姉さんはどこに分類されるのかな?」
アリシラの問いに、二人は顎に手を当てて考える。
沈黙が支配することきっちり十秒。二人は同時に答えを言う。
「「母親(祖母)です」」
答えを聞いたアリシラの額に青筋が浮かび上がる。
「どっちかいま祖母って言ったわよね?言ったわよね?」
「「イル(ロズウェル)です」」
「どっち?本当のことを言えば今日のところはアリアちゃんに免じて許してあげる」
アリシラがそう言うと、イルが慌てて弁明する。つまり、言ったのはイルと言うことになるわけだが、イルも悪気があって言ったわけじゃない。
「アリシラ様、誤解があるようですが、悪いように言ったわけではありません」
イルのその言葉を聞き、アリシラはほうと声を漏らす。
「アリシラ様は、包み込むような優しさを感じるので、年の近い姉と言うよりは、見守ってくれている母か祖母のような存在だと思ったのです」
イルの言ったことに、悪い気はしなかったのか、機嫌をよくするアリシラ。
「ふ~ん…じゃあ、さっきなんでロズウェルくんのせいにしたのかな?」
「直感的危機を感じ取ったので、つい……」
「………まあ、今回はアリアちゃんに免じて許してあげましょう」
アリシラがそう言うと、イルは肺にたまった息を吐きだす。
その様子を眺めていたロズウェルは、心中で思う。
(母親か祖母と言う選択肢で、なぜ祖母を選んだのか言及はしないのですね)
思ったが、口にしたらイルが可哀想だと思ったので、口には出さない。
好んで友人を修羅場に追い込む趣味など、ロズウェルは持ち合わせていないのだから。
だが、アリシラが気付いて言及することもあるかもしれないと、ロズウェルは早急に話題を変える。
「アリシラ様も、アリア様のご心配を?」
「ええ、そうよ。あの子たちに雰囲気、ぎこちなかったからね。それに、あの話を聞いた後じゃ、心配にもなるわよ」
あの話とは、アリアが話した話の事だろう。だが、あの場にはアリシラはいなかったはずだ。
「アリシラ様、盗み聞きですか?」
「アタシの耳はどこにでもあると思いなさい」
さらりと怖いことを言うアリシラ。
今後迂闊なことは城内では言わないようにしようと心に刻みつつ、ロズウェルはお礼を言う。
「アリア様を心配していただき、ありがとうございます」
「いいのよ。アタシお姉さんだから。アリアちゃんの心配するのは当然よ。お礼を言われるほどの事じゃないわ」
アリシラはあっけからんとそう答える。
「さて、明日はあの子たちショッピングに行くみたいね。アタシもついていこうかしら」
「私はついてはいけないので、そうしていただけると心強いです」
アリアの身が心配なロズウェルではあるが、さすがに女性だけの買い物についていき、気兼ねの無い雰囲気を壊すほど無粋ではない。
「んじゃあ、そうしましょうかしら。さて、アタシも話に混ざってこよ~っと」
アリシラはそう言うと、二人の元から去って行った。
「ロズウェル。君だけ逃れたね…」
「何のことでしょうか?」
「アリシラ様の言及からだよ。俺だけ言及されるのは腑に落ちない……」
「イルが祖母とか言うからですよ。女性はいつでも若々しくいたいものなのです。思っても、その年齢より下げて言わなくては」
「とても、勉強になったよ…」
イルが、はあっと溜息を吐く。
ロズウェルはやれやれと肩をすくめる。
だが、二人は一貫して目の前を向こうとしない。
なぜなら、顔を上げれば視線の先にはアリシラがいるからで、そのアリシラがおそらく鬼のような形相をしているからである。
背筋に走る悪寒を感じ、二人は顔を上げない。
ロズウェルもイルもすっかり忘れていた。アリシラの言った言葉を。
『アタシの耳はどこにでもあると思いなさい』
つまり、聞かれていたのだ。
二人は、どう取り繕うか考えながら、視線に気づいてないふうを装い、会話を続けた。
結局、アリシラがアリアの元に行くまで、その視線は二人に向いたままであった。
視線を向けながら後ろ向きに移動する能力の高さを賞賛しながら、二人は張り詰めた息を吐き、肩の力を抜くのであった。
後日、言及されたのは言うまでも無いことだろう。




