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第四十四話 頼まれごと

二・話・連・続!!

 アリアが唐突に発した不穏な言葉に、一瞬言葉を無くす計。だが、すぐに正気に戻ると、慌てたようにアリアに言う。


「な、なに言ってるのさ!そんな縁起でもないことを言わないでくれよ!」


「縁起でもないのは重々承知さ。でも、男で頼めるのはお前しかいないと思ってな」


「い、いや。俺じゃなくったって、荘司がいるじゃないか!それに、ロズウェルさんだって!」


 アリアは、計が出した二人を思い浮かべながら目を伏せると、首を横に振る。


「あの二人はダメだ。さっきお前たちが話しているのを見たときに、美結が一番心を開いている男がお前だったからさ。ロズウェルは確かに強いよ。でも、強いからって一緒にいてほしいって美結が思ってるわけじゃない。私は、美結の心を守ってほしくて言っているんだから。美結は、ロズウェルには、まだ心開いていないみたいだし。紫苑は、この一か月で相当好感度下げたな。美結の態度見てれば分かる」


「それでも、俺は…」


「別に、芹沢にだけ頼もうっていうんじゃない。瀬能にも話はしておいた。それに、恋人とかそういう意味じゃない」


「そういうことじゃなくてさ」


「二人で、私に何かあったら大切な友人として、美結を支えてほ――――」


「そういうことじゃなくって!!」


 アリアは、突然大声で言葉を遮られ、少なからず驚愕をする。


 計は、そんなアリアもお構いなしに言葉を紡ぐ。


「君の頼み事は、素直に頼まれる。他ならぬ、君の頼みだから。でも!」


 計はアリアの肩をつかむとその目をまっすぐに見つめる。計の目は、今にも泣きそうな顔をしていた。


「君が死ぬとか、そういう話は無しにしてくれ。死なないでくれ。もう、置いて行ったりしないでくれ。憧れを失った俺でさえ心に来るものがあったんだ。辛かったんだ。支えを無くした桐野さんがどれだけ傷ついて、どれだけ壊れかけていたか、まさか瀬能さんから聞かなかったわけじゃないだろ?」


「それは…」


 聞かされていた。真樹から、崎三幸助と言う支えを失ってからの美結がどれほど自暴自棄になり、どれほど壊れようとしていったのか。


「だから、何かあったらとか、そんなことは言わないでくれ!君がいなくなった後のことなんてもう考えたくないんだ。だから、どうか―――――死なないでくれ」


 そういう計の目はまっすぐで、とても感情的だった。心からアリアのことを、美結のことを思っているのが分かった。


「俺のこの願望が筋違いでどんだけ無茶を言っているのかは分かってる。だけど、俺は君に死んでほしくない。俺だけじゃない。桐野さんだって瀬能さんだって、ロズウェルさんだって国王様だって、皆、皆同じことを思ってる。だから……だから…」


 計はそことで言葉を噤んでしまう。まだいろいろ言いたいことはあった。だけど、言いたいことがありすぎて言葉が口から出てこない。


 アリアは目を伏せると、自嘲的な笑みを浮かべた。


「私は、馬鹿で卑怯だな」


「え?」


「私は、お前の話を聞いたとき、私を憧れと言ったお前であればこの頼みは断らないと踏んで話したんだ」


 本当、卑怯だよな。と、アリアはこぼすように呟く。


「だけど、もちろん私も死ぬつもりなんかない。ただ、念のために言っておきたかったんだ」


「それでも、縁起でもないことは言わないでくれ」


「ああ。わかったよ」


 アリアは小さく微笑むと頷く。


「さて、この話は聞かなかったことにしてくれ。私も考えが足りなかった。ただ…少しでも心に留めておいてくれると嬉しい」


「それはもちろん。君が死ななくともそうするつもりだよ。桐野さんは大切な友人だから」


「そうか……ありがとう」


 アリアは、計の答えに満足げに頷く。


「と言うか、さっきのセリフ矛盾してるな。聞かなかったことにしてほしいのに、心に留めておいてくれって」


「それが、君の本音なんじゃないの?」


「ん~~~~。ま、そうかも」


 聞かなかったことにしてほしかったのは事実だ。計の気持ちも考えずに、卑怯な頼みごとをしてしまったのは、恥じるべき行為だ。その恥を忘れてほしいというのはあった。


 ただ、それと同時に、やはりどこか心に留めておいてほしかった。アリアは、今も、そしてこれからも数多の戦場に赴かなくてはならない。


 アリアは、女神ではあるが不死身ではない。百戦錬磨の猛者ではあるが、常勝無敗なわけではない。どこかで必ず死は訪れる。それは、戦死であったり、病死であったり、はたまた寿命かもしれない。


 死は絶対だ。戦場に出ている限りいつでも鎌首もたげてアリアを待っている。


 そんな、いつ死ぬかもしれない自分に代わって、美結を支えてくれる人が必要であった。


 だから、アリアは心に留めておいてほしいと思ったのだろう。


「まあ、なんだ。悪かったな。変な話して」


「君の気持は理解してる。だから、謝らなくていい」


「うん。分かった。それじゃあ、お礼だけでも言わせて――――」


「お礼も、言わなくていい」


「え?」


「お礼を聞くと、君のお願いを受け入れたみたいだろ?そしたら君は何の憂いもなくなってしまうかもしれない。そしたら君は絶対無茶をする。だから、お礼も聞き入れない」


 計はそういうと、グラスを持ってテラスから去って行く。アリアはその背中を黙って見つめながら、ひとり呟く。


「答えはさっき聞いちゃったんだけどな」


 そう、計は「素直に頼まれる」と言っていた。それはつまりアリアのお願いのことで、それを聞いたアリアは、もう後顧の憂いなどないわけだ。


 計が、気が動転して頼まれると言ったのか、それとも考えがあって言ったのか分からない。気が動転して言ったのであれば、計はそのことに気付いていない可能性がある。考えがあって言ったのであれば、どういう意図があったのか。意図があれば、どういった意味なのだろうか。


 どちらにせよアリアには分からない。ただ一つ分かることと言えば、計が美結の支えになってくれるということだけだ。まあ、それだけ知れればアリアとしては十分だ。


(これで安心して戦える……それに……)


 アリアは自身の手を見つめ、開いたり閉じたりする。数回その動作を繰り返すと満足したのか一度瞑目し、手を下す。


「あまり、時間も残されてなさそうだしな…」


 それが、なんの時間を言っているのかは誰にも知る由もなかった。そもそも、誰にも聞かれていないのだから知られる由もないのだが、もし聞かれていたとしても、真相はアリアのみぞ知るところであった。





 グラス片手に、計はテラスを離れ美結たちの元に戻る。


 計が戻ってきたことに美結がいち早く気づき、顔を向ける。


「芹沢くん。アリアちゃんどうだった?」


「あ、うん。少し夜風に当たってただけだって。大したことじゃなったよ」


「そっか…それならよかった」


 計の言葉をそのまま鵜呑みにしたわけではないのか、美結は少し釈然としない顔をしていたが場の雰囲気を考えてか食い下がるような真似はしなかった。


 そのことに少しほっとしながらも、パーティーが終わった後に聞かれる可能性を考えてうまい誤魔化し方を考える。


 すると、真樹の方から視線を感じそちらを見ると、真樹の目が「これが終わったら教えろ」と雄弁に語っている。


 計は苦笑しながらも軽くうなずくことで了承を示す。


「なんか、アリアちゃん寂しそうにしてたからさ、心配になっちゃって。ごめんね、芹沢くんに行かせちゃって」


 少しだけ暗い表情を見せそう言う美結に、計は安心させるように優しく微笑む。


「気にしないでよ。俺も、彼女のことは心配だったから」


「そう言ってくれると、助かるよ」


「それより、お酒の味はどう?私は匂いだけで酔っちゃうから飲んでないけど、意外と気になるのよね」


 弱弱しく微笑む美結をこれ以上見たくなかった真樹は、早急に話題を変える。


 また前のように戻ってしまうのではと言う不安と、友人の暗い表情を払拭したいという友達心からだ。


 計も、真樹の考えていることが理解できるので、その話題に乗っかる。


「そうだね、とてもおいしいよ」


「うん!お酒初めて飲んだけど、飲めるよ!」


「そう。私も一杯貰おうかしら?」


「酔うんならやめた方がいいんじゃないか?」


 今まで聞き役に徹していた荘司が、入りやすい話題になったことで自らも口を挟む。


 ここに、いつもいる友人たちはいない。荘司は、美結とお近づきになりたいがためにいるが、その他にとっては美結と、特に真樹は未だ近寄りがたい。


 言い争ったことが何べんもある両者は、アリアが崎三幸助だと知ってクラス全員が生き残っていること安堵したものの、アリアが来る前の気まずい空気が完全に払拭できたわけではないのだ。


 いまだ気まずい関係のため、荘司と計がいようともこのメンツに近づいてこないのだ。


 真樹も、そのことを理解はしているのだが、荘司に対して未だ嫌悪感は拭いきれない。だが、ここでいらぬ諍いを起こすのも賢い選択ではないと分かっているため、余計なことは言わず当たり障りなく受け答えをする。


「そうね。なら、一口だけもらおうかしら」


「はい、じゃあアタシのあげる!」


「ありがとう。美結ちゃん」


 真樹は美結からグラスを受け取ると、優雅な動きでグラスを口に運ぶ。


 計はと荘司は、その艶っぽい動作に思わず見とれてしまう。


「ん。なかなか悪くない」


 真樹はそう感想を言うと、美結にグラスを返す。


「あら?二人とも顔が赤いわよ?」


「ははっ、ちょっと酔っちゃったかな?ね、荘司?」


「あ、ああ。そうだな、計」


「?あまり飲み過ぎない方がいいわよ」


 二人の言い訳に真樹は大した疑いを向けることなく、普通の忠告をする。


 計の誤魔化しはうまいものだったが、荘司は少したどたどしかった。普段の真樹ならば看破できたかもしれないが、今はお酒が回っているので、思考能力が低下しているのだろう。


 計は、そのことを冷静に分析すると、真樹にはこれ以上お酒は飲ませない方がいいと判断し、少しだけ気を向けることにする。


「そ、それにしても、アリア…ちゃんは、大変だったみたいだね。色々と、さ…」


 荘司が口にしたその言葉で、空気が少し重くなる。


 荘司としては、気まずさゆえの話題転換だったのだが、それはまずい方向へと変わってしまった。


「そう…だね。アタシより、大変だったんだね」


 しょんぼりと俯きがちに答える美結。


 そんな美結を見た真樹は、荘司に非難の視線を向ける。


 荘司も、自分の失態に気付いたのか、素直にその視線を受け入れ申し訳なさそうに視線を下げる。


「それじゃあさ、その大変だった分、桐野さんがアリアちゃんに幸せをプレゼントしてみてはいかがかな?」


「え?」


 突然のことに驚く美結。


 提案をした計は、驚いたような表情の美結に言う。


「アリアちゃんは、使命とやらであまり自分のことにかまけている余裕はなかったみたいだからさ。そんなアリアちゃんに、桐野さんが女の子としての幸せを教えてあげるんだよ。例えば、一緒にショッピングに行ったりとか、スイーツを食べに行ったりとか」


「それはいいわね。ショッピング行ってきましょうよ」


「うん、それはいい考えだと思うよ。アリアちゃんもたまには休息が必要だと思うし」


「そうかな?」


「ああ。そうした方がいいと思うよ。なんだか、今の彼女は少し思い詰めてるみたいだったから」


「………うん、わかった!」


 美結は笑顔でそう答える。その瞳はやる気に満ちており、先ほどまでの暗い感情はどこかへと消えていた。


「それじゃあ、善は急げだ」


「急がば回れともいうわよ?」


「アリアちゃんも多忙なようだし、暇な時間を訊く時間がないかもしれない。だから、今訊きに行っちゃおう」


「それはそうね。それじゃあ美結ちゃん。行ってらっしゃい」


「ええっ!?今から?!」


「そうそう。善は急げ」


「『いってらっしゃ~い』」


「え、ちょ、ちょっと!」


 真樹の言葉を受け、歩き出す美結。


 足が止まんないよ~と言う声が聞こえてくるが、真樹は気にしない。唯一、彼女の能力の片鱗を見た計だけが、微妙な顔をしていた。


 急なことで戸惑っていた美結ではあったが、美結はアリアに何かをしてあげられるというのがとても嬉しかったのだろう。戸惑いの中に喜びが混じっていた。


 美結を送り出すと、真樹は少しだけ真剣な目つきになる。


「さっきのは完全な失敗よ。紫苑くん」


「ああ。分かってる」


「気を引こうとするのは構わないけど、空気を読んでちょうだい」


「……ああ」


「まあまあ、瀬能さんそこまで。荘司も、悪気があったわけじゃないんだ。それに、さっきのは気を引こうとかそういうんじゃなくて、単に瀬能さんが艶やかにワインを飲むから、それに見とれたのを誤魔化そうと出した話題なんだよ」


「なっ!?」


「なに言ってるんだ計!」


 計の言葉に、反応は違えど二人は明らかに狼狽する。


「あなた、節操ないわね…」


 非難の眼差しを受ける荘司は泡を食ったように慌てる。


「ま、待ってほしい!今のは誤解だ!み、見とれなかったわけじゃないが、決して変な意味は無い!ただ、そう!優雅だなと思っただけで!」


「………はあ、分かってるわ。芹沢くんのふざけた顔を見ればね」


 溜息を吐きながら計を軽く睨み付ける真樹。計はその視線を受けても飄々としている。真樹はもう一度溜息を吐くと睨むのを止める。


「そんなことより、桐野さんの方は大丈夫かね?」


「そんなことよりって……あなたが振った話しでしょうに…」


 呆れ顔の真樹に計はまあまあとまるで人ごとのように宥め、話を続ける。


「桐野さんは強がってはいるけど、まだ彼女との距離感をつかみあぐねているみたいだったし」


「そのために、わざわざあんな提案をしたんでしょう?」


「まあ、そうなんだけどね。どんなタイミングで言いだそうかと思ってたから、その点では荘司に感謝だね」


「いや、俺は…」


「…はぁ。紫苑くん。芹沢くんの言葉は真に受けない方がいいわ。その方が身のためよ」


「ひっどいなぁ~」


 酷いとは口にしつつも、計は微塵もそんなことは思っていない笑顔を向ける。


「…計はそのことが分かってて、あえて自分からアリアちゃんのところに行くって提案したのか?」


「ん?ああ、そうだよ」


 先ほど、計がアリアのもとに向かったのは、美結がアリアのことを心配そうな目で見ていたからだ。


 美結がアリアを心配そうな目で見ている時に計は確信した。距離感をつかみあぐねていようが、美結はアリアのことを思っていて、アリアも美結のことを思っている。ならば、自分はそれをつなぐ架け橋にでもなろうと考えた。そう考えての提案だった。


「まあ、最後は親友の《お言葉》が全てを決めたみたいだけどね」


 計は茶化すような目で真樹を見る。


 真樹はとぼけたように視線を逸らす。


 その反応に、計は肩をすくめる。


「二人は凄いな」


「ん?何が?」


「二人は、人の機微が直ぐに分かるし、なにより相手のことを考えてあげている。自分のことで精いっぱいな俺とは大違いだ」


 肩を落としながらそう呟く荘司。


「好きな人の前でテンパって空回りばっかして……挙句、不快な思いばかりさせちゃって……」


 そこまで言うと、荘司は盛大に溜息を吐く。


「やっぱだめだな……俺……」


 計と真樹はそれぞれ顔を見合わせるとどちらからともなく口を開いた。


「別に、私は誰の機微も分かるわけじゃないわよ?」


「同じく俺も」


「…そうなのか?」


「当たり前じゃない。私が美結ちゃんのことを察してあげられるのは大切な友達だからよ」


「俺も、友人以外のことでいろいろ察してあげる自信は無いかな」


「まあ、あなたもいずれ分かるようになるわよ」


「そうそう。焦らなくてもいいって」


「逆に焦るからうまくいかないのよ」


「焦んなくても、荘司は荘司のペースで行けばいいと思うよ」


「……二人とも…」


 二人に励まされ、荘司はだんだんと澱んだ空気を払拭していく。


「ありがとう。焦んないで、自分のペースで頑張ってみるよ」


「本当にそうしてくれる?美結ちゃんがこれ以上不快な思いをしないためにも」


「あ、うっ……努力します」


「努力?」


「うっ。た、対処します」


「よろしい」


 満足げに頷く真樹を、苦笑しながら見つめる計。


 励ましてもらい、少しは優しくしてくれるんだと思っていたが、荘司に対して真樹はどこまでも辛辣であった。


 だが、辛辣な彼女が、そこまで美結のことを思っていると言うのは、荘司にも理解できた。それと同時に、自分がどれほど不快な思いをさせてしまっていたのかも理解できた。


(これからは気を付けていかないとな)


 アリアが幸助だと分かったからと言って以前のように元通りのクラスの雰囲気になるわけではない。むしろ、距離感をつかみあぐねている現状は、雰囲気は悪いと言っても過言ではなかった。


 こればかりは、今すぐどうこうできる問題ではない。アリアと言う人物を知っていき、徐々に皆と馴染んでいく必要がある。結局は時間が解決するほかないのだ。


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