第二十七話 夜明けの強襲Ⅶ
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※アリアの年齢を6から8に変更しました
ハンナとトロラから通信の魔道具を受け取った後、シスタとイルの二人は戦闘音が聞こえてくるエリアに向かっていた。
アリア達と戦闘する相手が被らないようにするにも、どこに誰がいて誰と戦っているのかど分かるはずもない。
メルリアの王都よりも狭いとは言え、それでも大きめの都市だ。広くて人も多いので、僅かばかりに感知できる魔力を頼りに移動するしかなかった。
シスタは魔力感知だけに頼らず目と耳で周りを警戒しつつ、イルの顔色を窺う。格上との相手に挑むことにやや緊張しているのか、強張っていた。
「いやあ、まさか夜明けに奇襲を受けるとは思わなかったねぇ」
シスタは戦場に似つかわしくない暢気な声音でそう言うと、眠そうに欠伸をする。
「シスタ様、気を抜かないでください。どこに敵が潜んでいるか分らないんですよ?」
「分かってるよ。ただ、朝は弱くてねぇ…意識が切り替わらないよ」
「……そこは、頑張って戦闘と通常で意識を切り替えるようにしてくださいよ…」
「…無理かな~敵が来ればシャキッとするんだけどね~」
そう言うと、またもや眠たげに欠伸をするシスタ。その様子を、若干呆れたような目で見るイル。
「そう言って、急に敵が出てきたときに対応できるんですか?」
「いやぁ、それは、歴戦の騎士の勘が働くから大丈夫だよ」
「なんですかそれ…」
「ふっ。キミも場数を踏めば分かるさ」
「眠たげな顔で恰好付けないでください」
「はっはっはっ、ツッコミが板に付いてきたねぇ」
「それ、嬉しくないです」
シスタはイルの答えにまた笑う。
そうして、チラリとイルの方を窺う。強ばった顔は少しだけほぐれていた。どうやら、少しくらいは緊張が抜けたらしい。
イルの様子に満足すると、シスタは無言で走る脚を進めた。
数分後、漸く"蜘蛛"がいると思われる戦闘エリアに辿り着くと、マシナリアの騎士や兵士が二人の"蜘蛛"と交戦中であった。
シスタは標的である"蜘蛛"を視界に入れると、スッと目を細める。
「イルくん、戦闘準備。まずはあの二人を引き離して単騎にする」
「了解しました」
目を細め、戦闘モードに入ったシスタにイルは頼もしさを感じつつ、自身も思考を完全に戦闘へと切り替える。
「行くよ!」
タイミングを見計らい、シスタが合図を出して駆け出す。それに、イルも続く。
今まさに斬らる寸前であった騎士の前に立ち"蜘蛛"の攻撃を槍で弾き返す。
「っ!?」
シスタは"蜘蛛"を睨みつけながらも後方に待機する騎士と兵士に指示を出す。
「無傷又は軽傷の者は、負傷者を連れて避難!!即刻離脱せよ!!」
騎士と兵士はシスタの指示に即座に従い、すぐに撤退を始める。
突然の乱入者に、もう一人の"蜘蛛"が漸く反応し、とっさにシスタに攻撃を仕掛けようとしたが、攻撃をしようとしたタイミングでイルが"蜘蛛"とシスタとの間に割って入り魔法を放った。
"蜘蛛"はワイヤーを両腕に巻き付け顔の前でクロスさせる。今から回避は間に合わないと踏み、瞬時に防御を選択したのだ。
魔法が"蜘蛛"に着弾し後方に吹き飛ばされる。イルは魔法を放ちながらそれを追う。
「シスタ様!こちらはお任せを!!」
「ああっ!任せたよ!」
最初の手はず通り二人の"蜘蛛"を引きはがすことに成功した。後は、単騎撃破すればいい。
とは言え、引きはがせたとは言え未だ二人の距離は近い。イルはこちらに向かってこれないように魔法を放ちながら"蜘蛛"を引き離していく。
シスタも、注意をこちらに向けさせるために猛攻を仕掛ける。
最初は、どうにかもう一人の方へ向かおうとしていた"蜘蛛"も、シスタが油断ならない相手と分かったのか、意識を完全にシスタへと向けた。
イルが完全に距離を開けたことを確認すると、シスタは一度様子を見るために後方に大きく飛び退き距離をとると、改めて相手を見据える。
「さて、お相手願おうかな」
「……良いだろう。お前は障害になりそうだ。ならば、即刻潰さねばならぬ」
まさか返答が返ってくるとは思わなかったが、シスタは戸惑うことなく言葉を返す。
「嬉しいねぇ。僕を驚異と見てくれるなんて」
「目と構え、それに雰囲気で分かる」
「そうかい。それは、僕もだよ」
"蜘蛛"が言ったことは、シスタにも理解できる。そして、理解できるからこそ、相手の強さも理解できた。
恐らくは自分と同等の力量を持っている。
もともと、負けるつもりは毛頭無いが、それでもこの戦いは厳しいものになりそうだった。
それに、相手が強者であればあるほどに戦闘の時間は長引く。そうなれば、イルの方に加勢に向かうのが遅れてしまうだろう。遅れるどころか、勝ったはいいもこちらも加勢できるほどの余力がない可能性もある。いや、そちらの方が可能性としては高いだろう。
(イルくん、ゴメンねぇ…加勢行けないかも…頑張って)
胸中でイルに謝罪と応援を送っておきながらも、シスタは静かに構えをとる。後ろで避難していた者達がようやく避難を終えたので、戦闘を再開するのだ。
シスタは戦う前に相手に一つわびを入れる。
「悪いね。待ってもらっちゃって」
「なに、構わんさ」
シスタのわびに言葉を返しつつも、"蜘蛛"は構えをとる。
「戦う前に名前を聞いてもよいか?」
「……シスタだ。シスタ・クルシス」
「そうか。俺はダフ。姓はない」
「そうかい。よろしく」
「ああ、よろしくたのむ」
一体殺し合う相手になにをよろしくなのかは知らないが、ダフも返してきた。
二人は静かに睨み合うと、同時に地を蹴りつけた。
片方の"蜘蛛"を引き離し、混戦にならないように十分に距離をとると、イルは"蜘蛛"から一度距離をとり相手の様子を窺う。
引き離すときに感じたのだが、イルが相手にしている"蜘蛛"はさほど強くはなかった。いや、常人や王国騎士とも比べるとこの"蜘蛛"の方が圧倒的に強いのだが、強いと思っていた"蜘蛛"にしては予想よりも弱かったのだ。
それでもやはり、弱すぎるわけではない。イルが手こずるくらいには強い。だが、それだけだ。手こずるだけで、勝てないわけじゃない。
恐らく、他の"蜘蛛"はイルが相対している者よりも格段に強いだろう。
危険視されて、アリアやロズウェル、シスタに依頼がなされるほどに強い集団。その中の最底辺。
イルは、目の前の"蜘蛛"から違和感を覚えつつも、抜かりなく剣を構える。
"蜘蛛"も油断なく構えをとるが、どこかぎこちない。
それが、罠なのか。それとも本当に感じた程度の実力しかないのかは分からないが、油断はしない。
「ぶうぅ~~~!あんたが魔法ぶっ放しまくるから、メリアのローブボロボロじゃん!どうしてくれんの!?」
見れば、確かに"蜘蛛"ーーーメリアのローブはボロボロで、顔もばっちり見えていた。
だが、それがどうした。
イルは、メリアの言った言葉に少なくない怒りを覚えて思い切り睨みつける。
「ローブがどうした。この国の騎士や兵士達は貴様等のせいでボロボロだ。死者だって出てるんだ。服の一枚や二枚が何だって言うんだ!」
「っ!!うるさいなぁっ!!服が破けちゃったの!!服破けちゃイヤなの!!」
そう叫びながら、メリアは地団駄を踏む。
メリアの言うことは、子供がおこすただの癇癪のようであった。いや、実際に子供の癇癪なのだろう。
彼女は、見た目がまだ十一、二そこらだ。年相応のその態度には違和感は覚えない。
感情任せの、理性の働きづらい子供。そういった印象を受けた。
だが、だから何だというのだ。相手は快楽殺人者だ。これから殺さなくてはいけない。印象に引きずられて引導を渡せないなんてことにはなってはいけない。
イルは気合いを入れ直して再度剣を構える。
「服一枚で、よくもそこまで怒れるものだな。命を奪われた人達はそれ以上の怒りを覚えているというのに……その怒りを、ぶつけることももうできないというのに!!」
「うるさいうるさい!!クソがあッ!!死ねぇッ!!」
そう絶叫すると、メリアはワイヤーを振り回して突っ込んでくる。
凄まじい速度で迫るワイヤーを、しかしイルは簡単に避けて、弾く。
威力、速度は確かに凄まじいものだ。一撃当たれば肉を裂き、骨をも切断することだろう。
だが、それだけだ。力任せのその一撃は読みやすい。例え速度が凄まじくとも、技量の無いその一撃はいなすには容易い。
逆に言えば、当たれば致命傷は免れない。読みやすいとは言え、一瞬たりとも気は抜けない。
そんな危険な一撃を放ちながらも、メリアは絶叫する。
「服一枚なんかじゃない!!服は高いんだ!!一枚買うのもやっとなんだ!!」
戦いながらも服のことで激昂するメリアに、イルはさらに怒りを募らせる。
「まだ言うのか!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」
「服は金で買えるが、命は金じゃあ買えないんだ!!服の替えはあるが、その人の命に替えはないんだ!!どうして、そんな簡単なことが分からないんだ!!」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!だああぁぁまあああぁあれぇえええええ!!」
先程よりもより苛烈になる攻撃。
ボロボロになったローブの袖から更にワイヤーが伸び、脅威は数を増やす。
「お前になにが分かるんだ!!服一枚と言えるお前に!!正義のために戦ってるお前に!!裕福そうなお前に!!奪う側のお前等人間に!!奪われるメリアの何が分かるって言うんだ!!ああッ!?」
「っ!?何を」
「ふざけるなよ!!奪われたことも無いくせに!!メリアを悪く言うな!!ダフを悪く言うな!!」
「だから、何を」
何を、と言ってはいるが、イルにも少しだけ、メリアの境遇は分かってきてはいた。
メリアが搾取される側の人間で、イル達のような貴族が、搾取する側の人間であったのだろう。
状況は分かった。確かに、それならメリアが怒りを募らせ、普通に生きられる商人や、イル達貴族を怨む理由も分からなくもない。
ただ、それだけではメリアのこの怒りようも、発するその言葉も、完全に言い表せてはいないような気がした。
金がないから奪う。それはそこらの盗賊と何ら変わらないであろう。それだけではない。彼女は、それだけではない。そんな気がした。
そうして、その予感は的中していて。その疑問は、次のメリアの一言で氷解した。
「純粋な人間に、"混じり"のメリアの気持ちが分かるかぁぁッ!!」
「お前は、まさか!」
イルの中でパズルのピースがはまっていくように、メリアの過去が少しだけ見えてきた。だが、見えてきて、それが真実だったと思うと、動揺してしまった。
その動揺が一瞬の隙を作り、その一瞬の隙だけで、メリアには十分だった。
勢いよく迫るワイヤー。
「しまっ!!」
気づいた時にはもう遅い。慌てて剣を滑り込ませても全てを防ぐことはできない。
切り裂かれ、鮮血とともに剣が宙を舞った。




