第十二話 それじゃあ話すか
「それにしても、アリア様は飽きずに見てるでござるな~」
自分の商品を、飽きもせずに眺めてもらっていることが嬉しいのか、ツバキは頬を緩めながらそ言った。
「そうですね。馬車の旅に飽きていたと言うのもあると思いますが、ツバキ様の商品が物珍しいのもあるのでしょう。……いや、懐かしがっていると言った方がいいのでしょうか?アリア様は浴衣や着流しなども知っているご様子でしたし」
「そうでござるな~。それも含めて話を聞いてみたいでござるよ~」
「案外、アリア様の世界に同じ物があったというのかもしれませんね」
「それは有り得るでござるな。なにせ、拙者のこの商品はすべて過去の勇者から教えられたものでござるからな」
「え、そうなのか?」
ツバキの言葉に、買う物を選別していたアリアが選別する手を止めて振り返る。
「そうでござるよ。過去に召喚された勇者の一人がクルフトに訪れたときに、クルフトの町並みが母国に似ていると言ってその母国の文化や衣類や武器などを教えてくれたらしいでござる」
ツバキの話を聞き、そう言えば女神も不定期的に勇者が召喚されていると言っていたのを思い出す。恐らくは、昔の日本人が召喚されたのだろう。ツバキの喋り口調も、その召還された勇者の口調がそのままクルフトに伝わったものなのだろう。勇者は町並みが似ていると言っていたので、その勇者はクルフトを気に入って、またクルフトを気に入った勇者をクルフトの国民が気に入ったのだろう。だからその勇者の口調も伝わった、と言うところなのだろう。
「う~ん、もしかしたらその勇者とは同郷かもしれないな」
「誠でござるか!?」
アリアの言葉を聞き、詰め寄ってくるツバキ。
「拙者、クルフトを愛した勇者様が大好きなのでござるよ!憧れなのでござるよ!」
アリアに詰め寄ったツバキは鼻息を荒くして熱く語る。
「クルフトを愛した勇者様の名前はイガラシ・ソウジロウ様でござる。こちら風に言うとソウジロウ・イガラシなのでござるが、勇者様は最初の自己紹介の時にそう言ったらしいでござるよ。それで、ソウジロウ様は、当時メルリアの勇者でござったが、クルフトに来ると同郷に似ていると言って他の国よりも長く滞在してくれたでござるよ。そうして任期を終えて一度メルリアに戻るもクルフトの事を忘れられずにクルフトに戻ってきてくれたでござるよ!しかも、禍根の残らぬようメルリアとはきちんと話を付けてきたのでござる。しかもしかも、それを期にとソウジロウ様はクルフトとメルリアを友好的にするための架け橋になったのでござるよ!その後ソウジロウ様はーーー」
「ちょ、ちょっと待った!落ち着いてツバキ!お前が草治郎が好きなのは分かったよ!とりあえず、その話も踏まえて私の事も一緒に話そう!な?」
このまま話されると止まらなくなりそうなのでアリアは強引に待ったをかける。
それに、ツバキが話を進める度に詰め寄ってくるので、こっちはそれにあわせて体を後ろに反らさねばいけないのだ。その反らすのももう曲がらない所まで来ていたのだ。
アリアに止められたツバキは不承不承と言った感じで引き下がる。まだ語り足りないのだろう。
なんだか、自分の好きなことをついつい語りたくなってしまうマニアみたいだ。
ツバキが引き下がったことでアリアは体制を整える。
「ふぅ…とりあえず、私が買いたい物を選別した。これだけ欲しいんだが、売ってくれないか?」
アリアはそう言うと、山になった着物やら武器やらを指差す。
ツバキはその山を見るとニンマリと満面の笑みを浮かべる。
「それはもうお買い上げありがとうございますでござるよ!」
「そうか、それならよかった」
代金を支払い、買った物を《停滞の箱》に収納すると、アリアも漸く皆と同じ席に着く。
「さて、それじゃあ待たせたな」
「いえいえ。女性の買い物を待つのも男の仕事ですよ」
「おお!シスタ殿は良いことを言うでござるな!」
「ふふっ、ありがとう」
「おっほん!じゃあ、話を始めるぞ」
アリアはそう宣言すると、ロズウェルに話したときのような話をしようと、頭の中で順序を立てる。
「えっと、まずは私の出生から話した方がいいかな。…今の私、つまりアリア・シークレットはこの国の伝承通り女神の湖から生まれたんだ」
「今のって事は、前があると?」
「ああ。さっきも言ったとおり、私は異世界人だ。ただ、異世界人なのは魂だけで、体はアリアそのものなんだ」
「んん?つまり、どう言うことでござる?」
アリアの説明に首を傾げて問うて来るツバキ。
「すまん。分かりづらかったな。どうも順序立てて説明するのは苦手でな……そうだな。前の私。つまり、異世界にいる頃の私は崎三幸助、こっち風に言うと、コウスケ・サキミだな。まあ、コウスケという名前だった」
「おお!名字が前に来るのがソウジロウ様と一緒でござるな!」
ソウジロウとアリアとの共通点に気づいたツバキが興奮したように声を上げる。
「そのとおり。そのことが、私がソウジロウと同郷かもしれないという理由なんだ」
「なるほどでござるな~」
「話を続けるが、私は向こうの世界じゃ男だったんだ」
「「「「お、男っ!?」」」」
アリアの唐突なカミングアウトに、ロズウェル以外の皆が目を向いて驚く。
皆が驚いたことで、アリアはいたずらが成功した子供のような笑顔を見せる。その笑顔を見て、ロズウェルはやれやれと肩を竦める。
「え、え、え?アリア様って男の子だったんですか?」
「今は普通に女の子だ。ほら、こんなにスカート似合ってるし」
そう言ってアリアはスカートをつまむとひらひらとさせる。
「まあ、女の子に、しかも女神になってしまった経緯を説明するとだな。私は実は勇者として召喚される予定だったんだ」
「勇者ですか…」
「そう。数十人召喚される勇者の中の一人だったんだ。でも、私はそれを放棄して、その変わりにとこの体をもらったんだ」
本当はその変わりというか、殆ど押しつけられたような物だ。この体をくれた理由もアリアの行く末に興味があるという物だった。でも、それは話さなくてもいいだろう。
「それで、女神にこっちに送られる前に三つほど重要なことを言われた」
アリアはその話を出すとロズウェルをちらりと見る。このうち一つはロズウェルに関わることだ。だから、ロズウェルに許可をもらった方がいいと思ったのだ。
その意図が伝わったのだろう。ロズウェルはアリアに目礼をした。どうやら話しても良いらしい。いや、ロズウェルの事だから「すべてはアリア様の采配にお任せします」とでも思っているのかもしれない。
ともあれ、ロズウェルから許可をもらったところで話を続ける。
「一つ目、は勇者の来る時期だ。勇者は、私が来てから六年後にメルリアに来るらしいということ。二つ目、は私が来てから二年後に大きな大戦があること。三つは、この大戦でロズウェルが命を落とすということだ」
最後に言った内容に、ロズウェル以外が息をのむ。
「ろ、ロズウェルくんが死ぬのかい?」
「ああ。私は女神からそう聞いた。ただ、誤解しないで欲しいのがその運命は覆せると言うことだ。だから、必ずしもロズウェルが死ぬ訳じゃない」
「そうだね……と言うか、僕としてはロズウェルくんが死ぬなんて事想像できないな…」
その意見には激しく同意である。メルリアで最強の剣士の称号を得ているロズウェルが死ぬところなど想像できない。
「それに、そのロズウェルさんが死ぬような状況に陥るのも、ロズウェルさんを殺せるほどの相手って誰なのかって言うことも想像できません」
イルの言うとおり、ロズウェルが死ぬ状況も、ロズウェルを殺す相手も全くもって想像ができない。こういう所をもっと詳しく女神に聞きたかったが、あのとき女神は時間切れだと言っていた。なので、これだけ聞けたのは僥倖と言えるだろう。
「まあ、それに、私がロズウェルを死なせたりするもんか。絶対守ってやる。そのために私はここにいるんだからな」
「ありがとうございます」
アリアの言葉に、ロズウェルが深々と頭を下げる。
「礼を言うには早いぞ。私はまだお前を助けた訳じゃないんだから」
「いえ、私を助けてくださるというその想いが嬉しいのです。ですから、お礼を言わせてください」
「お前な…」
アリアはロズウェルの言葉に思わず苦笑してしまう。
「そんなの当たり前だろ?お前の家族なんだから」
その言葉を言うと、アリアは途端に恥ずかしくなってしまう。今まで、ロズウェルをお兄ちゃんとして扱うと言ってはいたものの、それは半分冗談のようなものであった。もう半分は、従者と言い張るロズウェルと対等になりたいがためのものでもあった。
それに、アリアはその頃はロズウェルの事をまだ家族とは思っていなかった。他のメイドちゃんズも含め、家族だとは言い張っていたものの、それは自分に言い聞かせているような感覚でもあった。
だが、今は自然と家族と言えている。それはつまり、ロズウェルの事を家族だと思えていると言うことだ。家族だと言える程、大切だと思えているという事だ。
今まで、アリアの大切と言えば、美結だけであった。それが、ロズウェルを家族と言えるくらい大切に思っている事に、嬉しくも少し気恥ずかしくも思えた。
だが、ロズウェルはアリアの言葉に、少しだけ悲しそうにして言った。
「お兄ちゃんとは言ってくれないんですね」
「台無しだバカやろう」
嬉しさと気恥ずかしさを返して欲しかった。
「それはさて置き。私も、アリア様をお守りいたします。そのための私なのですから」
「まあ、今の力量の関係で言えば、私が守られる方なんだよな…」
そう、言わずもがなロズウェルは相当強い。アリアの有能な体をもってしても、その剣筋や移動速度は目で追うのがやっとなのだ。
「大戦までには鍛えておかなくちゃな」
「ご無理はなさらないでくださいね?」
「分かってるよ。無理して倒れたりして大戦で戦えなかったら、それこそ本末転倒だしな」
だが、強さというのは一朝一夕で手には入るものではないのを知っている。だからこそ、焦ってしまうのだがそれを抑えて今はやるべき事をやろうと思うのだ。
「っと、話がそれたな…えっと、どこまで話したっけ?」
「アリア様が女神様よりお聞きになった三つの事柄の所です」
「ああ、そうだった。と言うか、そこまで話したんなら、もう続きはないんだけどな。今まで話したことが私がここにいる理由と経緯だ。信じられないかもしれないが全部本当のことだ」
一応最後にそう付け足しはしたが、話しを聞く態度や目から彼らが自分の事を信じてくれていることは分かっている。
「いや、信じるさ。こんなことで嘘をついてもアリア様にはなんのメリットも無いしね」
「そうですね。私も信じます」
「俺も信じます」
一応分かってはいたが、言葉にして言われるとやはり嬉しい。
「拙者も信じるでござるよ。アリア様には信じるに足る証拠があるでござるからな」
「証拠?」
「そうでござる。これが証拠にござる」
ツバキはそう言うと徐にクナイを取り出した。
「それのなにが証拠なんだ?」
頭にハテナマークを浮かべながらアリアは訊く。
「実は、このクナイは未だ市場に出回ったことがないでござるよ。それに、これの製造方法や名前なども公開されてないでござる。それゆえ、これの形を見ただけで名前を言い当てたアリア様の言った事は本当だと信じたでござる」
ツバキの説明を聞きアリアはロズウェルを見る。ロズウェルは、ツバキの持っているもののことを知っていると言っていた。だから、ツバキの言っていることの審議が分かると思ったのだ。
「私も、クナイという武器に関しては存じ上げておりませんでした」
「ちなみに僕もね」
ロズウェルとシスタが知らないという事は本当のことなのだろう。
と言うことは、ツバキが最初に言った「よく知っているでござるな」は、このことを言っていたのだろう。
ともあれ、アリアのことを信じてくれたのは嬉しいことだ。
「信じてくれて嬉しいよ」
「当然でござる。それに、証拠など無くとも、拙者は信じたでござる。なんて言ってもアリア様は女神様でござるからな!」
「それで信じちゃうのか?」
「そうでござる。女神様と言うのは、それくらい信用されているでござる。これはどこに行っても変わらないでござるよ」
「それはそれで少し心配になってくるな…」
もしも女神が悪い奴だったらどうするのだろうか。まあ、歴代のアリアにそんな輩がいなかったからこその信用なのだろう。ならば、アリアはその信用を裏切らないようにしなければいけない。
「まあ、その信用を裏切らないためにも、今回の仕事は頑張らないとな」
「およ?仕事とはなんでござるか?」
「ああ、そう言えば話してなかったな。私達はこれからある仕事をしにマシナリアに向かうところだったんだ」
「おお!そうでござったか!それは奇遇でござるな!」
「奇遇?ってことはツバキも?」
「そうでござる。拙者もマシナリアに向かう途中だったでござるよ!」




