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第九話 夜戦の王都

 シスタにフーバーの面白話を聞いていたアリアは急に発生した魔物の魔力に気付き弾かれたように魔力を感じた方向を向く。


 会場にいる何人かも同じ方向を向いていた。魔物の存在に気付いていない者達は皆一様に不思議そうな顔をしていた。


 アリアは焦ったようにロズウェルに声をかける。


「ロズウェル!魔物だ!直ぐに向かうぞ!」


「かしこまりました!」


 アリアとロズウェルはそう言うと走り出す。


「待てアリア!先見隊を向かわせてからーー」


 フーバーの声に走るのを止めずに答える。


「そんな時間は無い!それに私達が行った方が確実だ!」


「陽動だった場合どうするんだ!」


 フーバーの口にした可能性を聞きアリアは漸く足を止める。 


「それなら私とシスタで向かうぞ!ロズウェルは城で待機だ!」


「…了解しました」


「分かったよ」


 二人の返事を聞くとアリアは走り出す。フーバーは何も言ってこなかったのでこれでいいのだろう。


 アリアは走りながら無詠唱で《停滞の箱》の中から両手剣を取り出すと肩に担ぎながら走る。この両手剣の重さが振るのに丁度良かったため王城の倉庫から貰ったのだ。勿論許可は取ってある。


「シスタの武器は?」


「僕の武器は槍ですよ。短槍長槍両方とも心得ております。…流石に取りに行ってる暇はなさそうですけど」


「それなら大丈夫だ!」


 アリアは《停滞の箱》の中から短槍を取り出すとシスタに渡す。この短槍も倉庫から貰ってきた。


「ありがたい。それにしても便利ですな」 


「ああ。重宝している」


 重宝していると言ってもこれを修得してまだ二日だ。そんなに使用回数が多いわけではない。だが、それでもこの二日間では結構使っただろう。


 そんな事を考えながらもアリアはスピードを緩めずに夜の王都を疾走する。チラリとシスタを見やる。視線に気づいたシスタがアリアに問う。


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない」


「そうですか」


 シスタは息を切らすこともなくアリアに追走している。アリアは常人では追い付けないであろう速度で走っていた。それをシスタは何でもないという風に軽々と追走してくる。


 将軍と聞いてただ者ではないとは思っていたが予想よりもはるかにそのスペックは高いようだ。


 そうこうしているうちに魔物の出現地点に到着目前まで来ていた。


「シスタ!そろそろだ!」


「分かっておりますとも!」


「魔物は複数いるがその全てが雑魚だ!二手に分かれて一掃するぞ!」


「かしこまりました!」


 シスタは返事を返すと高く跳躍をして建物の屋根に飛び乗った。恐らくは上から回り込もうとしているのだろう。


 シスタが回り込むのならばアリアはこのまま突撃しても良さそうだ。


 アリアは肩に担いだ両手剣をぐっと握りしめると、左の腰のほうに下ろす。まるで居合いのような構えだ。


「ギュウルアアアアアアアアアアア!!」


 魔物が物凄い速度で迫るアリアに気付き雄叫びをあげる。よくよく見ると襲われている人もちらほらと見受けられる。


 これは早急に制圧しなくてはと思い魔物の注意を引くべく少しだけ魔力を体外に放出する。


 すると、今まで住民を襲っていた魔物が次々にアリア向かってやってきた。


 目論見がうまくいったので安堵するもこれから命の奪い合いをするのだと気合いを入れ直す。


「はああぁっ!」


 アリアは向かってきた魔物を両手剣を横凪に振り両断する。そのまま振った勢いに任せてくるりとと横に一回転すると二体目の魔物を両断する。


 迫り来る魔物を次々と両断しながら進んでいくアリア。


 だが、いかんせん魔物の数が多く、どこから湧いて出たのかアリアをあっと言う間に囲んでしまう。


 一瞬面倒だと思い魔法を使おうとも考えたがそれは出来なかった。周りにはまだ避難していない住民がいるのだ。魔法を使ってその流れ弾が住民に当たって怪我をさせてしまうかもしれないからだ。住民を助けるためにここに来たのに、その守護対象である住民に怪我を負わせては本末転倒だ。


 そのためアリアは未だ剣だけで戦っているのだ。


 だが、面倒だから魔法を使いたいだけであってアリアは別に窮地に陥ってる訳では無い。


 アリア迫り来る魔物をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し確実に魔物の数を減らしていった。


 アリアに見向きもせずに遠くで住民を襲おうとしている魔物は単発系の魔法《土杭》という地面から棘をはやす魔法を使い倒していった。


 《土杭》を放つと隙が出来てしまい魔物に距離を詰められ囲まれてしまった。


「だから何だあぁっ!!」


 アリアは気合い一閃。駒のように横に一回転剣を振るい魔物を切り裂き周りの魔物の命を全て奪う。


 アリアは魔物をギロリと一睨みする。


「次はどいつだぁ!!」


 アリアの怒声に魔物達はたじろぐ。


「グルウアアアアアアアアア!!」


 だが、それでも魔物達は怒号をあげながらアリアに襲いかかる。アリアはそれを斬撃によって黙らせる。


 どれだけの魔物を二等分しただろうか。そうして多数いた魔物の最後の一体を屠ると、アリアは「ふう」と息を吐いた。


 魔物の数はざっと見渡すだけで四十はいるだろうか。いや、死体を全て両断しているから数が多く感じるだけかもしれない。


「っと、そう言えば」


 アリアは一緒に来たシスタの事を思い出した。


 彼の様子はどうだろうか?そう思っているとアリアは声をかけられた。


「アリア様終わりましたよ」


 見るとやってきたのは血だらけのシスタだった。アリアはぎょっとして目を見開く。それに気づいたシスタはアリアが何にぎょっとしているのかを瞬時に理解すると安心させるように笑顔で言った。


「大丈夫ですよ。全部返り血です」


「そうか。それなら安心した」  


 アリアはほっと一息吐くと下を向いた拍子に自分の格好に気が付いた。


 シェリエが見繕ってくれた純白のドレスは今や魔物の血で真紅のドレスへと変貌していた。物の見事にドレスグローブまで真っ赤である。見ると髪の毛も所々赤く染まっていた。

 

 シスタとお互い顔を見合わせるとどちらからともなく苦笑をもらす。


「どっちも酷い格好だな」


「そうですね。特にアリア様はもう全身余すところなく真っ赤ですな」


「ああ。シェリエに怒られそうだな…」


 二人でそんな話をしていると遠くから複数の足音が近づいてくるのが分かる。恐らくは騒ぎに駆けつけた騎手団だろう。


 そんな予想をしながら待つとほどなくしてアリアの予想通り騎手団が到着した。


「ご無事ですか御二人方!?」


 騎士団の隊長さんらしき人が二人に声をかけてきた。焦りようからして恐らくは二人共血塗れだから怪我を負っているとでも思ったのだろう。


「いや、大丈夫だ。私もシスタも全部返り血だ」


「そうですか。それは良かったです」


「それよりも周囲の住民に怪我人がいないか見てきてくれ。それと魔物の回収と現場保持、市民の誘導も頼む。ここには騎士団以外立ち入らせるな」


「かしこまりました!」


 隊長さんはそう言うと部下に指示を出し自分も行動を開始した。


 騎士団の働きぶりを見るにここでアリアが出来ることはなさそうだ。


「取り合えずは戻るか」


「そうですね。早く報告をしなくてはいけません。それに」


 シスタはそう言うと自分の服を摘み深い気に眉を寄せると言った。


「早く着替えたいですからな」


「そうだな。私も服が肌に張り付いて気持ちが悪い」


 そう言うと二人は騎士の一人に声をかけると王城への帰路へついた。





 アリアとシスタの戦闘をバラドラムは闇に身を潜めて観察していた。二人の戦闘が終着を迎えるとバラドラムは踵を返してその場を後にした。


(女神の力は予想以上だったわね。それにシスタと言う男もなかなかにやるみたい。厄介ね…)


 心中でそう漏らすも実はさほど警戒はしていない。厄介ではあるが今のバラドラムならばアリアと戦っても負けはしない。だが、アリアが成長していくとバラドラムの勝ち目は薄くなっていく。そのため早くに消す必要がありそうだ。

  

 だが、アリアを消すのは今回の計画には入っていない。そもそもアリアがいること事態バラドラムは知らなかったのだから。知ったのだって今朝姫の乗る馬車を襲撃させたときの逃げ延びた盗賊から聞いたのだ。そのためアリアの実力を知る必要があり今回の騒ぎを起こしたのだった。


(計画に支障が出るようだった殺せばいいわ…) 

 

 元の計画を潰してまでアリアを消す必要は無い。そんな事をしなくてもこの計画が成功すれば確実にアリアを消せるだけの力を得られる。それならば焦る必要は無い。


 バラドラムは自分の中でそう決定づけ一度妖艶に微笑むと路地裏の闇に溶けるように消えていった。 


「楽しいパーティーはこれからよ」





「今回の騒ぎは何で起きたんだろうな」


 アリアは王城への帰還の途中シスタにそのようなことを聞いてみた。


 歩きながら考えてみたもののこの世界に来て日が浅いアリアには持っているデータが少なく一向に答えが出ない。そのため知的そうなシスタに聞いてみたのだ。まあ、それ以前にここにはアリアとシスタしかいないのだが。


 聞かれたシスタ言えば彼もさっぱりといった顔をしていた。


「それは僕にも分かりません。これは綿密な調査が必要でしょうね…」


 難しそうな顔をしてそう言うシスタ。


 この仕事が長いシスタでさえどういう理由で今回の事が起こったのか分からないのならばアリアに分かる道理はない。


「それじゃあここで考えていても仕方ないな…」


「そうですね。今回の事は前例が無いので一からの調査になるでしょうね」


 それならばアリアは王都を暫くは離れられないだろう。この案件が片付かない限りは王都から離れられないのだから。


 いつ頃あの屋敷に帰れるのかなと思いながらもアリアは王城に帰還した。


 まず王城に着くと門番に驚かれた。それはそうだろう。アリアとシスタは無傷とはいえ全身血塗れなのだから。


 驚いてあたふたする門番にアリアとシスタは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


 門番を落ち着かせた後、取り敢えずお風呂に入ろうと言うことになりアリアは血塗れのまま王城のお風呂に向かった。


「な、ななななななななな何でですかああああああああああああ!?」


 急に後ろから絶叫が響いたのでアリアはびっくりして後ろを振り向くとそこには滂沱の涙を流したシェリエがいた。


 ぎょっとするアリアにシェリエは詰め寄りながら言う。


「何でドオゥレスぐうあ血だらけなんですかああああああ!?」


「落ち着けシェリエ!これには事情があるんだ!」


「事情も情事もありませんよぉ!!」


「女の子が情事と言っちゃいけません!!」


「そんなの知りませんよぉ!?ああああああぁぁぁぁぁぁ!!こんなに血だらけにぃ…」


 悲しそうにアリアの服につかまり頬をつけおいおいと泣きわめいてしまう。


「バカ!そんなにくっついたらお前も血塗れになっちゃうよ!」


「ふええええぇぇぇぇぇぇぇえええん!!」


 アリアが注意するもシェリエは理性より感情が勝ってしまっているのか離れようとしない。


 頑として離れようとしないシェリエにため息一つ吐くとこのままお風呂に向かおうと決める。


 どうせシェリエも血塗れになってしまっているのだしお風呂に入れた方がいいだろうと思ったのだ。


「ほらシェリエお風呂行くよ~」


「びえぇぇぇぇぇええええええええええ!!」


 アリアはシェリエを引きずりながら後ろ向きという何ともまあ間抜けな格好でお風呂に向かったのだった。  

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