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第八話 メイドを雇おう⑧

「ようムスタフ。やっぱり人攫いは有ったみたいだぞ?こんなに救助できた」


「アリア様お言葉ですが彼らは人攫いにあったわけではありません」


「…ほう…では何だというのだ?」


 ムスタフは下卑た笑顔を浮かべると言った。


「彼らは罪人です!その罪人を捕まえただけですよ!人攫いなどありはしません!」


 声高らかにそう言うムスタフにハイロが食ってかかる。


「ふざけるな!!ユニとニケが罪人な訳ないだろ!!いい加減なことを言うな!!」


「五月蠅いぞ下賤の者め!!貴様とは話してないわ!!」


「何だと!!」


 ムスタフに食ってかかるハイロをアリアは手で制す。不満そうな顔をするハイロにアリアは任せろとばかりに視線を向けると、ハイロは渋々とだが引き下がってくれる。


 引き下がってくれたハイロに微笑むと視線をムスタフに向ける。


「ムスタフ、お前は罪人だと言うが証拠はどこにある?」


「彼らが捕らえられていた場所に罪状が書かれた紙の束があります。それが証拠にございます」


「ふむ。とすると、これのことかな?」


 アリアはそう言うとロズウェルから紙の束を受け取り、それをムスタフにかざして見せる。


「どうだ?あってるか?」


「お、おお、それです!それでございます!」


 アリアが持っている事に少しばかり驚いてはいたが直ぐにそれが自らが言っていた物だと理解するとすぐさま肯定した。


 その事に内心ニヤリと笑いつつ話を続ける。


「そうかそうか。まあ確かにこの書類にはお前んとこの印が押してあるしな」


 そう言ってアリアは一枚を紙飛行機にするとムスタフに投げる。紙飛行機は途中で地面に落ちることも進路を外れることもなくムスタフの手に収まった。


 ムスタフはそれを広げると応用に頷いて見せた。


「はい!これは間違い無く我が家の印にございます!」


「そうかそうか。それは良かった。間違い無くて何よりだ」


 アリアの言葉に周囲の者が騒然とする。それはそうだろう。自分は罪を犯してもいないのに犯罪者にされていて、医者や兵士に関しては自分が手当をしていた者達が犯罪者だと言われたのだ。騒然としないほうがおかしいだろう。


 ムスタフは周りのそんな様子を気にする様子もなくアリアに言う。


「ええ、良かったです。…それでは、そちらの罪人共を引き渡して貰いましょう」


 笑顔で言うムスタフにアリアは冷たい声で答える。


「引き渡す?冗談だろ」


「は?」


「今不正の証拠が取れたんだ引き渡すわけ無いだろ?」


「ふ、不正とは、一体何のことですかな?」


 笑顔をひきつらせてアリアに問うムスタフ。それにアリアはおよそ六歳児がするとは思えない人の悪い笑みをして答えた。


「不正は不正だよ。悪い事だ」


「ふ、不正などしておりませぬ!な、何を根拠にそんな事を!!」


「根拠ならあるさ」


 アリアはそう言うとロズウェルから一本の片手剣を受け取った。これはロズウェルに本拠地に戻ってもらったときに一本持ってきてもらった物だ。


 一本の片手剣を鞘から抜き肩に担ぎながらある人物の元へと歩く。歩きながらアリアは一枚の紙の内容を読み上げていく。


「罪状殺人罪。彼の者は片手剣を用いて一般人を殺害した。よって、奴隷に降格」


「そ、それの何がおかしいと?」


「おかしいさ!おかしすぎて片腹痛いほどだ!なにせーー」


 ある人物の前に行きその人物の肩を叩く(・・・・)。


「ーー私と同じくらいの歳のこのニケがこんな重い片手剣を振れる訳ないだろう?」


「っ!?」


 そう、この罪状を書かれていたのはニケだった。


 アリアはキョトンとしているニケに片手剣を手渡す。


「ほれ、試しに持ってみろ」


「う、うん」


 ニケは剣を受け取ったが剣の切っ先は上を向くことは無く直ぐに地面に着いてしまう。ニケがいくら持ち上げようとしても切っ先は地面に着いたままで持ち上がることはなかった。


「うん、ありがとうなニケ」


 力んだせいか顔を赤くしているニケにお礼を言いつつ剣を受け取る。アリアは受け取った剣を肩に担ぐとムスタフに向き直る。


「ごらんの通りだ。ニケにこの剣は持てない。さて、どういうことかなムスタフ?これは、冤罪だ。しかも誰でも分かるようなバカな罪状をくっつけるなんてどう考えてもおかしいな。とすると、他の者も皆偽装された疑いが出てくるぞ?そこんとこどうなんだ?」


「そ、それは…」


「それにだ、お前の言う犯罪者の収容所から面白い物を見つけたぞ」


「お、面白いもの…?」


 アリアはニヤリと笑うと言った。


「次に誰を狙うかが書かれた指令書とそれを狙うにあたって書いたであろう計画書だ」


「なっ!?」


 ムスタフの顔がみるみるうちに青ざめていく。


「おかしいな~犯罪者の収容所なのになんでそんな物が出てくるのかな~?」


「うぐっ!」


「それにだ、犯罪者の収容所があんな所にあるって言うのもおかしな話だ。あんな住宅街にそんなもの設けるか普通?」


 青白いを通り越して土色になったムスタフにアリアは言う。


「観念しろムスタフ。お前の悪事はもうバレてる。大人しく法の裁きを受けろ」


 恐らくは死刑は免れないだろう。これだけのことをしでかしたのだ当たり前だ。それが分かっているのかムスタフはワナワナと体を震わせると、憎悪を孕んだ目をアリアに向けた。


「このクソガキがぁ!!そんな事にはさせん!!貴様を殺してこの場にいる全員を殺せば良いだけだ!!」


 ムスタフがそう叫ぶと門の方から騎士達が大勢突っ込んでくる。彼らはムスタフの息のかかった騎士なのだろう。


 騎士達が迫ってきて兵士達は焦る。彼らは休暇中の所を引っ張り出されてきた者が大半なのだ。そのため帯剣はおろか鎧さえも着ていない。武器庫はここから少し離れたところにあるものの取りに行っても確実に間に合わないだろう。


 だが、アリアはそんな状況でも焦ってはいなかった。


「ロズウェル」


 アリアはそれだけ言う。それだけでロズウェルは理解する。


「かしこまりました」


 ロズウェルは一度恭しく一礼すると門の方に歩いていった。


 アリアは運が良かったと思っている。場所が兵舎で入り口が正門しかないため、騎士達は一方向からしか攻めることは出来ない。ならば、その一方向だけに注意を払えば良いだけだ。そして、その役目はロズウェルだけで充分に事足りる。


「ロズウェル、分かってると思うが生け捕りだ」


「ご心配なく。アリア様のお心は充分に心得ております」


 そう言うとロズウェルは軍刀を抜く。これで後ろは安心だ。


「ああ、ムスタフ。一つ言い忘れていたことがある」


「なんだ?」


「この紙の束以外に証拠なんて無かったよ。わざわざ吐いてくれてありがとう。裏をとる手間がはぶけた」


「なっ!?」


 そう、最初から手掛かりはこの罪状の書かれた紙の束だけだ。他の証拠など見つかってなどいない。ムスタフの顔色を見るに恐らくは計画書などはあったのだろう。だが、それはきちんと処理されておりどこからも出ては来ていない。つまりは殆どはったりだ。


「ガキに頭で負けた気分はどうだ?三流貴族さん?」


 嘲りの含まれた声音で言うアリア。ムスタフはみるみるうちに顔を憤怒で真っ赤にしていく。太った顔と相まってまるで達磨だるまみたいだった。


 ムスタフは腰にかけた華美な装飾の施された剣を抜くとアリアに迫る。


「このクソガキぐぅあああぁぁっ!!殺す!殺してやる!!」


「アリア様ぁっ!!」


 ハイロが切羽詰まった声を上げる。


 アリアはその手に持っていた片手剣を体の前に立てるようにして構える。


 ロズウェルはそれを横目でチラリと確認するとその口元を微かに綻ばせる。


 アリアの構えはロズウェルのそれと同じだった。


 アリアはロズウェルの戦いをつぶさに観察をしていた。いずれ教えてもらうにしても今回の件で剣技が必要な時が来るかもしれないからだ。だが、その時は結局来なかった。


 だが、アリアは自分が剣技を実戦でどれだけ使えるのかを知りたかった。そのためアリアは今しなくてもいい挑発をしたのだ。


(見よう見真似だが。さて、どこまで通じるかな?)


 接近するムスタフに向けてアリアの方からも迫る。


 接近するアリアにムスタフは袈裟斬りで迎え撃つ。


 アリアはそれを真正面から剣で受け止め、そのまま鍔迫り合いになった。  


 最初こそ笑顔だったムスタフだが、その顔を段々と驚愕のものに変えていく。


 それもそうだろう。体格で勝るムスタフが全体重をかけて押しているのにアリアはびくともしないのだ。まるで地面を相手にしているかのような錯覚に陥るムスタフにアリアは笑いかける。


「こんな幼女が片手剣を文字通り片手で持ってるんだ。それが意味することくらい理解しろ」


 アリアは剣を傾けてムスタフの剣を受け流す。全体重をかけていたムスタフの体は受け流された方に傾いてしまう。


 脇から抜け膝の裏を蹴る。いわゆる膝かっくんだ。


 倒れることで両手をつき、四つん這いになったムスタフの剣を握る右手を踏みつけ、首筋に剣を突き立てる。


「これで終いだムスタフ。もうお前の自由にはさせない。…だれか!こいつを取り押さえるのを手伝ってくれ!」


 そう言うとアリアの規格外な力を見て呆けていた兵士達は我に返り数人が二人の元へと駆け寄ってアリアに変わってムスタフを取り押さえた。一人はどこかに縄を取りに行った。


「おのれ!離せ!!貴様等、不敬だぞ!!」


「それを言ったら私に剣を向けたお前の方が不敬だろ」


「黙れ!!ここは私の国だ!!私が王だ!!私に逆らう方が罪なのだ!!」


「そうか…だけどな…」


 アリアは冷めた声で今も地面に組み敷かれているムスタフの髪をつかみ自分と目を合わせる。


「この町の人はお前の商品なんかじゃない!決してお前ごときが軽々しく扱って良いものじゃ無いんだよ!」


 そう言うとアリアはつかんだ手を離す。縄を取りに行った兵士が戻って来たからだ。


 立ち上がらされ縛られるムスタフは牢屋に連れて行かれる。


 そこまで見届けた後アリアはロズウェルの方を見る。向こうは直ぐに決着が着いていたのか全員お縄にかかっていた。


 ロズウェルはアリアの元へ戻ってくる。


「お見事ですアリア様」


「おう、ロズウェルお疲れ様。…どうだった?」


 いささか言葉が足りないがロズウェルはそれだけで理解してくれたらしく答えてくれる。


「辛うじて及第点です。剣の持ち方や踏み込み、剣の流し方も甘いです」


「ですよね~…」


「ですが。今回はよく頑張りましたね」


「ん、ありがとう…」


 ロズウェルはよく誉めてくれるのだが、今までのは頑張ったという自覚が無かったので誉められても「へ~そうか~」ぐらいにしか思っていなかった。


 だが、今日は自分でもよく頑張ったと思っている。そのため誉められると何だか嬉しく、そして恥ずかしいのだ。


 前世では誉められたことが少ないから余計なのだと思う。少し、と言うかかなり照れくさくていけない。返事が少しばかり素っ気ないのはご愛嬌だ。


 ロズウェルはそれを見てニコニコしているので、照れていると言うのはバレているだろう。


 アリアは誤魔化すためにぷいっとそっぽを向く。向いた先にはハイロがいた。


 アリアはハイロに微笑むと言う。 


「これにて一件落着だ。お疲れ様ハイロ」


「はい…本当にありがとうございました」


 ハイロは深く頭を下げる。それは兵士としてではなくシーロの村の一住民としてのお礼か、それともハイロと言う一人の人間としてか、恐らくはその両方だろう。


「ああ、どういたしましてだ」


 アリアは笑顔でハイロに答えた。


 こうして、シーロの村の人攫い事件は幕を閉じた。 


    

 

「あっ!」


「どうなされました?」


「今日メイド探しに来たんじゃん!!」


「……」


「……」


「今日は、事後処理に専念しましょうか…」


「はあぁ…了解…」


 ただ、今日の目的は達成できそうになかった。 




      

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