第二話 メイドを雇おう②
抜刀したロズウェルは目の前の魔物を見据えた。この熊のような魔物は《タイラントグリズリー》と言う魔物だ。
タイラントのように四本の腕を持っているからタイラントグリズリーと言われている。タイラントは亜人型の魔物でこのタイラントグリズリーよりも知性があり腕力もある。
なので、この魔物とは脅威の度合いが違うのだが、このタイラントグリズリーもそれなりに厄介な魔物だ。中級の冒険者や王国騎士でも手を焼くそれなりに強い魔物だ。
ロズウェルは不適に笑うと剣を体の前に立てるように構える。
「逃げるなら今の内ですよ?」
一度警告を発するも魔物が人の言葉など理解出来るわけもなく吠えられるロズウェル。
「なに聞いてんの?」
若干呆れた声で聞いてくるアリア。
「いえ、もしかしたら人語を理解できるかとも思いましたので」
「いや、明らかに理解出来ないだろあいつは」
確かにそうなのだが万が一と言うのもある。相手が言葉を理解できるのなら説得して引いて貰うに越したことは無いとロズウェルは考えていた。
だが、それも無理なようなので実力行使に気持ちを切り替える。
「失礼します」
「ほえ?」
ロズウェルは一言断りを入れるとアリアを、左腕で抱きかかえる。
戦っても良いのだがアリアを放ってと言うわけにもいかないからだ。
アリアを抱きかかえた後ロズウェルは駆ける。
肉迫するロズウェルにタイラントグリズリーはその剛腕を振り下ろす。それをロズウェルは難なくかわすと振り下ろされた腕を足場に一気にタイラントグリズリーの頭まで跳躍しその頭に軍刀を突き立てた。そのまま頭を踏み台に跳躍し地面に静かに着地する。
数秒後タイラントグリズリーは電池の切れた玩具のようにその場に動かなくなり倒れた。
いくらタイラントグリズリーが中級の魔物であろうがロズウェルは王国最強だ。これは相手が悪かったとしか言いようがないだろう。
「終わりました」
「お、おお~。凄いな、瞬殺だ…」
「お褒めに与り光栄でございます」
お礼を言いつつロズウェルは死体となったタイラントグリズリーに近づきその頭を持つとタイラントグリズリーが出てきた方へと放り投げた。
およそ二トン以上はあるだろうその巨体を彼は片腕で放り投げたのだ。その事にアリアは目を丸くして驚く。
そんなアリアをちらりと見るとロズウェルは言った。
「アリア様、町に着くまでは私が抱えて行きます」
「む、なぜだ?」
「抱えていた方が迅速に対処できるからでございます」
確かにいちいち戦闘の度にいちいちアリアを抱えていたらそれだけ相手に隙を見せてしまう事になる。それに、アリアも一応護身術を修得しているが護身術はあくまでも対人戦を想定したものだ。とても、魔物に通用するとは思えなかった。
その事を考えるとロズウェルの案に乗った方が良いだろう。
「う~ん…確かに…分かった。頼んだ」
「かしこまりました」
ロズウェルは了承を得ると歩き始める。
「そう言えば、さっきの何だったんだ?」
「あれは、タイラントグリズリーと言います」
「いや、固有名じゃなくてだな。あいつらみたいなのを総じてなんて呼んでるんだ?」
「そう言えば説明していませんでしたね。あれは《魔物》と言うものです」
「魔物…」
魔法があるからいるのかとも想像していたがどうやら本当にいたらしい。事前に予想をしていたためかそれ程驚きはない。
「魔物は、魔力を有する動植物の事です。魔力は空気中にも漂っていますのでそれを一度に一定量吸収してしまうと魔物になってしまうのです」
「なる程な。そういや、私やロズウェルの体の中にも魔力はあるのか?」
「はい、人間には《オド》と言うものがあります。オドと言うのは所謂《魂》です。人間はそのオドから魔力を精製しています」
「へ~」
「先程の魔物は恐らくアリア様の魔力に引き寄せられたのだと思います」
「私の?」
「はい」
自分の魔力は魔物を引き寄せるフェロモンでも含んでいるのだろうかと考えているとロズウェルから解説が入る。
「魔物は魔力の多いものに惹かれ易いのです。私も多分に魔力を保有していますが今はそれを抑えています」
「そうなの?」
「はい、アリア様も直ぐ出来るようになりますよ」
ロズウェルはそう言うとにっこりと微笑んだ。
ロズウェルにそう言われ試しにやってみることにした。と言ってもアリアは自分の中にある魔力と言うものをまだ理解できていない。
どういうものが魔力なんだろうと考えると、ふと、先程のドライヤーを使ったときのことを思い出した。
あの時は体から何かが抜けるような感覚があった。その、何かが恐らく魔力なのだろう。
アリアはそう当たりをつけるとあの時の感覚を思い出す。あの時は、体から何かが抜けるような感覚だったのに対し今度は抜けさせずに抑え込むのだ。
アリアは精神を研ぎ澄ませると自信の中に意識を向ける。すると、あの時抜けていったものが見つかる。今も体外に抜けていっているのを感じる。試しに、その抜けていく魔力を吸い込むようにイメージしてみた。
「っ!?」
すると、ロズウェルが急にバランスを崩し倒れかけた。何とか倒れることはなかったが、少し驚いた顔をしていた。
「アリア様、さっき私の魔力がアリア様に吸収されていったのですが…それに周りの魔力まで…」
どうやら、加減を間違えたらしい。アリアを抱いているロズウェルの魔力と空気中の魔力まで吸ってしまったことに多少驚く。
「ごめん、わざとじゃないんだ。ちょっと出て行った魔力を吸い戻せないかと試してみたんだ」
「そうでしたか。《魔力吸収》を試しにで出来るとは…さすがでございますアリア様」
敬服したように言うロズウェルに、自分がどんな事をしたのか分かっていないアリア。
ロズウェルはなれた調子でアリアに説明をする。
「魔力吸収とは文字通り魔力を吸収する事です。ですが、これはなかなか出来ることではありません。多くの魔導師は自分の魔力を抑え込むのが関の山で空気中や相手から魔力を吸収するなどと言うことは出来ません。かく言う私も抑え込む事しかできません。それに、自分のでは無い魔力を吸収すると体が拒絶反応を起こすのです。ですので、使えても相手を選んでしか使えないのです」
どうやら、とんでもないことをしていたと理解するアリア。
「と言うことは、私も相手を選んで使った方が良いのか?」
「いいえ。アリア様は私と空気中の魔力を吸収してもなにも起こらなかったので問題ないかと。女神の体故の特性でしょう」
「なる程」
とても、珍しい技だと言うことはよく分かった。人前ではあまり使わない方が良いだろう。
そう考えると、また、自分の魔力を抑えようと試みる。
出て行く魔力を体に留めるように強くイメージする。すると、放出する魔力が止まったのが分かった。
「出来てる?」
自分の感覚だけだと少し心配なのでロズウェルに聞いてみた。
「出来てますよ。お見事です」
どうやら、出来ているらしかった。よかったよかった。
ふと、魔力吸収と魔力を抑え込むのが出来るようになったのだから自分の意志で放出も出来るのではないか、放出したら魔法になるのではと考えた。
そう考えると、早速魔力を放出してみる。だが、放出された魔力は魔法になることはなくただただ放出されるだけとなった。
「何をなさってるんですか?」
少し訝しげな顔をするロズウェルにアリアは説明した。
「いや、魔力を放出すれば魔法になるんじゃないかと思ってな」
「なる程、魔法が使いたかったのですね」
「おう。でも、放出するだけじゃダメみたいだな~」
「そうですね…魔法はイメージが大切ですから」
「イメージ?」
「はい、例えばこの様に」
そう言うとロズウェルの手のひらの上に水球が現れた。
「おお~っ!!これが魔法か!?」
「はい、そうです」
目をきらきらと輝かせロズウェルの手のひらの水球を見つめてツンツンと指でつつくアリア。
「魔法には魔法を使う術者のイメージが必要です。ただ、そのイメージをするのが難しい場合があります。そのイメージを補強する為のものが《詠唱》です」
「詠唱?」
「はい。この様に水球を作るくらいは訳ないのですが、それ以上のものとなると詠唱が必要になってくる場合がございます。慣れれば無詠唱でも出来ますが」
「なる程、イメージか…」
アリアはロズウェルの説明を聞くと自分の手のひらに直径五センチメートルの水球が出来るのをイメージする。
すると、アリアのイメージ通りに手のひらには水球が形成された。
「おお~!出来た!出来たぞロズウェル!」
「はい、とてもお上手です」
どうやら、この世界の魔法には難しいは必要ないらしい。ただ、自分の想像だけがものを言うのだ。
アリアは手のひらの水球をスピアのような形状にして近くの木へと飛ばす。すると、水のスピアは木を三本貫通した後、空中に霧散した。
軽く当たればいいなとイメージしただけなのだが思いの外威力が強かった。威力に修正が必要だなと考えながらも、その威力に戦々恐々とする。
「お、思いの外威力があったな…」
「ええ、威力の調整が出来るまでは人に向けて使わない方が良いでしょう」
当たり前の事を話ながらも黙々と歩き続けるロズウェル。
すると、また何かが近づいてくるのを感じた。魔力を理解する事が出来たので今度はアリアにも分かった。
その何かが魔力を有している事からそれは十中八九魔物だろう。
アリアはロズウェルの腕から降りる。
「どうされました?」
ロズウェルの問にアリアは軽く準備体操をしながら答える。
「あれは、私がやる。魔法を試してみたいんだ」
「ですが…」
「何かあったらお前が助けてくれるんだろ?」
「はい、この命に代えても」
「頼りにしてる」
そう言っている内に木々の問から魔物が現れた。現れたのは、
「またお前か」
先程も現れたタイラントグリズリーだった。
先ほどのよりも少し小柄だがそれでもアリアやロズウェルよりも大きいことには変わりない。
だが、アリアはその大きさに臆する事なくタイラントグリズリーに手のひらを向ける。
「悪いがお前は練習台だ」
そう言うとアリアは魔法を発動させる。アリアの前に無数の水球が現れその形を瞬時にスピア型に変える。
「ほいっと」
そして無数の水のスピアをタイラントグリズリーに放つ。
タイラントグリズリーは逃げようとしたがスピアの及ぶ面積が広く逃げ切ることは出来ずにその体を穴だらけにして絶命した。
「ふう…」
ロズウェルはアリアを抱き上げる。
「お見事です。もうここまで魔法を使いこなせるとは…さすがはアリア様です」
「いや、まだまだだ。水球の大きさも威力もバラバラだった。もっと、精密にコントロール出来ないと」
「これほど出来てなお慢心せずに邁進する心掛けを持っていらっしゃるとは…私も見習わせて頂きます」
ロズウェルの手放しの賞賛にアリアは若干照れ臭くなる。その照れ隠しにアリアは突っ込む。
「慢心せずに邁進って駄洒落か?」
「私のちょっとしたお茶目に御座います」
「ロズウェルもそう言うこと言うんだな」
「ええ、私こう見えて結構お茶目なんですよ?」
ロズウェルの見た目にそぐわぬ意外な一面を知ったアリアは、自分がロズウェルの事をあまり知らないという事に気付いた。だが、それもこれから知っていけばいいだろうと思っている。
ロズウェルがどんな奴であれいい奴であることには変わりはない。昨日今日の付き合いしかないがそれくらいは分かる。
一度、前世で人間不信になったアリアがそう思うのだから間違いはない。人間不信になった分人の事はよく見ているのだ。
「アリア様、見えて参りました」
ロズウェルが指差す方向を見ると町が見えてきた。時間として約三十分くらいだろう。徒歩で三十分と言うことはそれほど離れてもいないのだろう。
「あれが《シーロの町》でございます」
「シーロの町か…」
思えばこの世界に来て初めてロズウェル以外の人と接触するな、と思いながら町を見やる。
外観だけで、それなりに大きな町であることが分かる。
町を覆う大きな壁は真新しいところや古いところがあり、修繕を繰り返しているのが一目で分かる。
道の先には検問所があり兵士らしき人が立っている。
「アリア様、ここからはこれを着て下さい」
ロズウェルがそう言って腰にあるポーチから取り出したのは黒色のフードの付いたローブだった。
アリアはそれを受け取ると着ながらも聞いてみた。
「何でローブなんか着るんだ?」
着終わったアリアのローブのフードをロズウェルはアリアに被せながら言った。
「これからこのシーロの町を治めている領主のムスタフ伯爵に会いに行かなくてはなりません」
「何故?」
「会いに行かなくても良いのですが、少なくとも門番をしている兵士にはアリア様のお顔を見られてしまうので遅かれ早かれムスタフ伯爵には、アリア様がシーロの町に来ていることが分かってしまいます。ですので、挨拶にいかないと向こうから迎えにくる可能性があります。それに、来ているのに挨拶に行かないと言うのも失礼になってしまいますので」
「別に私は貴族ではないんだ。平気だろう?」
アリアがそう言うと、ロズウェルが申し訳無さそうな顔をする。
「私事で大変申し訳無いのですが、私の実家が公爵家ですので会いに行かないと実家のに迷惑がかかってしまうのです」
「あ、私じゃなくお前がまずいのか。て言うか、公爵家の子息だったんだな」
身なりが整っており礼儀作法もしっかりしているのでどこかいいとこのお坊ちゃんなのではないのかと思ってはいたのだが、まさか公爵だとは思っていなかった。
「それに、私がいてもいなくても迎えには来ると思います」
ロズウェルの言わんとしていることは分かる。
「それは私が女神だからだろう?だが、だからと言って何故ローブを被る必要があるんだ?」
「アリア様は女神様です。よからぬ事を企む者がいないとは限りません。ですので、ローブを着ていただいたのです」
つまりは顔を隠すためと言うことだろう。だが、それにしても大袈裟だとアリアは思った。何せアリアはロズウェル以外の人間に会ったことがない。つまりはロズウェル以外には顔を見られていないのだ。
「誰も私の顔なんぞ知らないはずだぞ?」
「顔を見ていなくても女神かどうかは一目見れば直ぐに分かってしまうのです」
「え、なんか目印が付いてるとか?」
そう言ってアリアはでこや顔、体などを見始める。それを見てロズウェルは微笑みながら言った。
「ふふっ、そうですね。目印と言えば目印です」
「ん?」
訳が分からないと言う顔をするアリアにロズウェルは言う。
「その髪と瞳はあなた様以外は持っていません」
「そうなの?」
「ええ、どの人間も持っていませんよ」
この世界でオンリーワンの髪と瞳だと知り軽く驚くアリア。自分の髪の毛をいじり始めたアリアのフードをロズウェルはそっと目深まで下げる。
「そろそろ、検問所につきますので」
そう言われ進行方向を見ると確かに検問所はもうすぐだ。
アリアは初めての町に心躍らせながら検問所へ向かった。




