第五話 己を知る
今日はもう一本いっとく?
てなわけでもう一本
幸助はロズウェルに案内され数ある部屋のうちの一つに通された。そこは、綺麗に整理された応接間だった。ただ、余りにも綺麗すぎて生活感がなかった。今思えば、それは廊下やお風呂でもそうだった。
まるで、時間から切り取られたままここにずっと存在しているかのようだった。
ひょっとして、ここは曰く付きの場所なのでは?と思い身震いしているとロズウェルが心配そうな顔をして幸助に言った。
「大丈夫ですか?余りお湯に浸かっていないのですか?」
「い、いや、問題無い。少し思うところがあってな。それで身震いしたんだ」
「思うところ…ですか?」
「ここは見たところ生活感が無さ過ぎると思ってな…」
「ああ、その事ですか」
ロズウェルはホッとしたような顔をすると言った。
「ここは、女神様の為だけにある教会、もとい、お屋敷ですので昨日まで誰も住んではおりませんでした。掃除のために私と数人が偶に来るぐらいでして。生活感がないのはそのためでしょう。私も昨日から住み始めました」
ロズウェルの説明に今度は幸助がホッとする。取り合えずは曰く付きの場所で無いことに一安心する。
「さ、こちらに」
ロズウェルに促され幸助は一人掛けのソファーに座る。座ってから気付いたが普通は家主の方が一人掛けの方に座るのではないかと。
「ロズウェル、お前がこっちに座るべき何じゃないのか?普通は家主が座るもんだろ?」
幸助の問いにロズウェルは微笑みながら答える。
「いいえ、私はこの屋敷の家主では御座いませんので」
「それじゃあ、誰なんだ?この家の家主は?」
「あなた様で御座います」
「俺?なんで?」
「女神様の為のお屋敷ですので」
いまいち要領が掴めない幸助は取りあえず話をしなくてはらちがあかない事に気付き、言った。
「まあ、それも含めて説明してもらうか」
「かしこまりました…お茶とお茶請けを持って参りますので少々お待ちください」
ロズウェルはそう言うと応接室にある入り口とは別の扉に入っていった。お茶を用意すると言っていたから多分給湯室みたいになっているのだろう。
数分するとロズウェルがティーポットとティーカップ、それにクッキーなどのが入った籠をお盆に乗せて持って出てきた。
「お待たせ致しました。本日はカモミールティーに致しました」
ガラス性のテーブルに音をたてずに置いていく。
カップに紅茶を注ぎ終わると、ロズウェルは数人掛けのソファーの横に佇む。
テーブルの方を見やるとロズウェルの方にはカップが無い。
佇むロズウェルとカップの置いていないテーブルを見ると幸助「はあ」とため息を吐く。
「ロズウェル、もう一個カップを持ってきてお前も座れ」
「いえ、私はこれで充分でございます」
「俺が良くない。座らないと不恰好だ。それに、話をするなら目の前に来い」
「ですが」
「良いから座れ」
頑なに拒むロズウェルに幸助はイライラしていた。幸助にとってロズウェルは対等な存在だ。いや、年を考えるとこちらの方が下だと考えている。それなのに、こちらを上として扱われるのは幸助としては居心地が悪かった。
そして、
「そうはいきません。私はーー」
幸助はキレた。
「良いから座れと言ってるんだ!いいか?さっき会ったばかりの奴に自分は従者だとか言われても納得できないし理解も出来ない!そもそも、俺は従者がつくほど偉い訳じゃない!だから俺は今お前と対等な関係だと思ってる!お前がそうじゃないと主張するのは構わないが今俺がお前が従者と言うことに納得していない内は俺とお前はた・い・と・う・だ!!分かったらカップをもう一個持ってきてとっとと座れ!」
六歳の体と言うこともあり少し舌足らずな感じはあった物の何とか噛まずに言えた幸助は「ふん」と鼻息荒く腕を組んだ。
怒濤の勢いで六歳児に怒られたロズウェルは無表情だった。
やべ、さすがに怒ったか?と思ったが。
「…分かりました。何の説明も無しに従者と言ってしまったことお許し下さい」
若干雰囲気を暗くしながらもロズウェルは給湯室に消えていった。
言い過ぎたかなーとも思ったが自分は間違ってないと胸を張り待つことにした。
十数秒程でロズウェルは戻ってきた。
カップに紅茶を注ぐと自分の方に置いた。
「それでは、失礼します」
ロズウェルは軽くお辞儀をしてから座ると居すまいを正した。
「…」
「…」
沈黙してしまう二人の間に気まずい空気が流れる。
いつまでそうしていたのか分からないがロズウェルが唐突に口を開いた。
「…先程は申し訳ありませんでした…」
「…別いい。謝罪はさっきも聞いた。もういらない」
「…私は、浮かれていたみたいです…」
「何に?」
「アリア様の従者になれる事にです」
「さっきも言ったけど俺は従者を従えるような偉い人間じゃない」
幸助がそう言うとロズウェルは伏せ気味だった顔をがばっと上げると言った。
「そんな事はありません!あなた様はこの国を救ってくれる救世の女神!そんなお方が偉くなくて何というのですか!?」
「救う予定があったとしても、まだ救った(・・・)訳じゃない。それに救えると決まったわけでもない」
「そうかもしれません…ですが…私は…」
またもやうなだれてしまうロズウェル。それを見かねた幸助はできるだけ優しい声を作ると言った。
「まあ、なんだ…お前がなんで俺にそこまで傾倒するのかも、お前にとって俺に仕えることがどれだけ名誉な事かも、そこら変のことはよく…と言うか全く知らん。…だから、それを踏まえて俺に説明してはくれないか?」
ロズウェルは少し顔を上げる。その顔には幸助に頼られたことによる喜色が少しばかり浮かんでいた。
「かしこまりました。それでは、僭越ながらご説明させていただきます」
ロズウェルはそう言うと居すまいを正すと聞いてきた。
「先ずは、何から説明いたしましょうか?」
幸助は少し悩むと言った。
「う~ん、先ずは俺自身のことかな?結局自分がどういう存在なのか分かってないし」
「そうですか。それでは、ご説明させていただきます。あなた様のお名前はアリア・シークレット。《聖母神の湖》より生まれし神の子でございます。神の子ですのでアリア様も神様です」
「はい、質問」
「はい」
「なんで俺の名前決まってるわけ?」
「《アリア》と言う名前は襲名式です。《シークレット》と言うのは神託により聖母神様から授かります。そのため、アリア様のお名前が決まっているのでございます」
なる程と頷き幸助は続きを促す。
「しかし、私にも分からない事があります」
「分からない事?」
「はい。私の家は代々神の子の従者をしているのです」
「そうなのか?」
「ええ、父は時期が合わず従者をしていなかったそうなのですが、祖父が先代の神の子の従者をしておりました。祖父はもう他界してしまいましたが、ご存命の頃に聞いた話ですと、先代の《アリア様》は自分の役目とこの世界の常識、そしてこの国の歴史も知っていたらしいのです。先々代もそのまた先々も、最低限の事は知っていたと、先々代の日記には記されておりました」
「そうだったのか…」
幸助はなぜ、先代の《アリア》がこの世界の最低限の知識を有していたのか考えてみた。
多分だが、器に魂を定着させるときにこの世界の知識を擦り込んでいるのだろう。そのため、先々もそのまた先々も最低限の知識を有していたのだろう。
幸助はそう当たりをつけ顔を上げると、ロズウェルと目があった。どうやら待たせてしまったらしい。
「すまない、待たせた」
「いえ、お気になさらず」
「さっきのお前の疑問だが…俺は本来ここに来るはずじゃなかった、所謂イレギュラーな存在なんだ」
「イレギュラー…ですか?」
「ああ、何かの手違いで来た、と言うわけではない。きちんと聖母神にここに行けと言われたからな。ただ、本来この役目は俺がやることではなかった、と言うことだ。しかも、かなり急な話だったから知識なんてもんは全くない」
「そう言うことですか…」
本当はこの時代に神の子は来る予定はなかったと言う事実と、二年後にロズウェルが死ぬかもしれないと言う事実もあるのだが、それは言わぬが吉だろう。
今はいたずらに場をひっかき回すようなことはしない方が良い。
「まあ、お前の言う役目?て言うのはしっかりやるさ。安心しろ」
「はい、よろしくお願いします」
「ところで、その俺の役目ってなに?」
「そうでしたね、説明していませんでしたね。アリア様のお役目はこの国に危機が迫ったらそれを撃ち破る事です」
「撃ち破るんですか…」
大雑把な説明に思わず敬語になってしまう。
「はい、撃ち破って下さい」
「が、頑張ります」
「私も微力ながらご助力させていただきますので」
「頼りにしてるわ…」
「はい、お任せを」
予想以上に責任重大な役目に胃がキリキリする幸助。だが、なったしまったものは仕方ないと切り替える。
「で、それ以外の役目ってのは無いわけ?」
「はい、普通に生活してくれて構いません」
「そうか…あっ、もう一つ聞きたいことがある」
「はい、何でしょう?」
「先代と先々代って俺と同い年くらいだったのか?」
自分の体は幼児退行している。それが、先代も先々代も同じだったのならばその理由も分かるかもしれない。
なぜなら、先々も先々代も自分の役目について知っていたのだ。だったら、自分のことを少なからず知っていてもおかしくはない。そう考えたのだ。
ロズウェルは数瞬思い出すような仕草をすると言った。
「はい、祖父の日記にも生まれたときは六歳だと書かれていました」
「六歳?そんなにはっきり分かってるのか?」
「はい、何でも、六歳になるまで天界で修行してそれから地上に遣わされるらしいのです」
「なるほどな」
つまりは、女神が考えた設定というものだろう。しかし、なぜ六歳なのかはよく分からない。女神が幼女趣味なだけなのか?
そんなことを考えるが、そんな事は些事だと思い思考を戻す。
「分かった、それじゃあ次はこの国の事を教えてくれ」
「かしこまりました」
ロズウェルはそう言うと少しぬるくなった紅茶で喉を湿らせた。それを見た幸助も自分の喉が渇いている事に気付き紅茶を飲んだ。
初めて飲んだカモミールティーは案外おいしかった。




