小さな魔法使いと竜
祖母の薬草を採りに、アシュレイは教えてもらった山へ向かった。
イルマが教えてくれた山のふもとには、夏には何回か遊びに来たことがあった。
『絶対に薬草を見つけなきゃ!』
うっすら雪が積もっているので、滑らないように気をつけながら登っていたが、途中から濃い霧に悩まされる。
『こんなんじゃあ、道に迷っちゃう。風で霧を追い払えないかな?』
魔法で風を呼び寄せて、霧を吹き払おうとするが、ますます濃くなっていく。こんな濃い霧の中を、歩き回るのは危険だ。
普段なら田舎育ちのアシュレイは、霧が晴れるのを待つのだが、今日はおばあちゃんの薬草を採りたいと気が急いていた。
ミルクのように濃厚な霧の中を歩き回ったアシュレイは道に迷い、イルマが教えてくれた山を通り越して、竜のリュリューが待つ高い山へと引き寄せられていく。
冷たい風に乗って、きらめく魔力の持ち主がだんだんと自分に近づいて来る気配に気づく。リュリューは卵を慎重に岩の間に隠すと、大きく息を吸い込んで羽を広げた。
白く変色した羽根は薄くなり、冬の弱い光にも透けてしまいそうだが、竜の魔力で強化されている。きらめく魔力を目印にして、リュリューは最後の飛行を始めた。
「道に迷っちゃったみたいだ……ここは、イルマの教えてくれた山じゃないよ!」
アシュレイは濃い霧の中を歩き回ったことを反省した。
『風で霧を吹き払おう!』
何度も霧を吹き払ったが、すぐに濃くなった。でも、今回はなぜか成功して、空が青く見えた!
「えええっ~! まさか、竜?」
霧が晴れた空には、一頭の白い竜が飛んでいた。
物語でしか知らない竜を初めて見たアシュレイは、怖さよりも、わくわくして眺めた。
冬の冷たい空に、白い羽根を広げた竜が舞っている。
「すっごい! 竜はゆうゆうと空を飛ぶんだなぁ」
しかし、その竜が自分の方を目指して降りてくるとなったら、別の問題だ!
「竜に、食べられちゃうよ~!」
物語の竜は若い娘を食べていたが、子供の肉も美味しく食べるだろうと、アシュレイは必死で逃げた。
「どこかに、どこかに、隠れなきゃ~」
大きな木の下に逃げ込んだアシュレイは、バリバリバリと木の枝が折られ、背中を竜の両脚でしっかりと捕まえられた。
『食べないで!』
空中を飛びながら、ばたばた騒ぐ子供にリュリューはうんざりした。
『暴れると、落ちてしまうぞ! それに、お前なんか食べたりしない。骨と筋ばかりじゃないか』
崖の上にぽつんと子供を落とすと、リュリューは大きな溜め息をついた。
『こんな子供だとは、思ってもみなかった……』
きらめく魔力にひかれたが、大切な卵を託す相手には幼すぎると、リュリューは絶望する。
へなへなと崖の上で、地面に崩れ落ちた竜に、アシュレイは恐る恐る話しかける。
『あのう……俺を食べないのなら、下へ降ろしてくれないかな? こんな崖から、自力では降りられないよ。お婆ちゃんの薬草を、採って帰らなきゃいけないんだ』
リュリューは竜を恐れずに要求を口にした子供を、頭を上げて金色の瞳でチラリと眺める。
『お前の名前は、なんというのだ?』
力のない声で、アシュレイは竜が弱っているのでは? と感じる。
『俺はアシュレイだけど、あんたは?』
リュリューはじっくりとアシュレイを眺める。
『私はリュリュー、アシュレイは魔法使いなのか?』
アシュレイは魔法は少し使えるけど、魔法を習ったことはないから、魔法使いなのかわからないと首を傾けた。
『ねぇ、リュリュー? 身体の具合が悪いの?』
白い竜は眩しい程の魔力があるが、それを覆う影も濃い。
『私は年を取って、死んでしまうのだよ』
アシュレイはお祖母ちゃんと同じだと悲しくなった。
『冬の病なの? これから薬草を採って来るから、食べてみたら?』
リュリューは人間の子供から薬草を食べてみたらと親切にされて、苦笑する。
『ありがとう……でも、私は薬草では治らない。もう、命が終わりかけているのがわかるのだ。アシュレイ、お前を見込んで頼みがある』
動くのもだるそうなリュリューは、岩の間から卵を5つ出してきた。
『これは竜の卵なの? 小さいね』
鶏の卵よりは大きいけど、目の前の大きな竜と比べると小さく感じる。
『アシュレイ、この卵をお前に託す。いつか、竜を孵しておくれ』
アシュレイはどうやって卵を孵すのかと質問したが、リュリューは大きな溜息を一つつくと、ぐったりと横たわった。
『ちょっと! まだ卵の孵し方も教えて貰ってないよ! リュリュー、しっかりしてよ』
アシュレイは竜を覆う影を吹き飛ばす。
『アシュレイ……私の残った魔力をお前に授けよう……いずれ、竜の卵を孵す為に必要になるから』
リュリューは最後の力を振り絞って立ち上がると、アシュレイの身体を羽根で抱きしめた。
アシュレイは光の洪水に巻き込まれ、驚いていたが、どんどんとリュリューの身体が薄くなり、光に解けていくのに慌てる。
『リュリュー! 死んじゃうの?』
リュリューの金色の瞳が光に溶ける瞬間、卵を頼むと伝えられた。
風が吹き荒ぶ崖の上で、アシュレイは5個の卵を抱えて呆然としていた。
「リュリュー……どうやって卵を孵すんだよ?
あっ! それより、ここからどうやって降りたら良いんだよ~」
アシュレイは、薬草を採ったら入れようと思って肩から下げてきた布の袋に、卵を大切にしまった。
竜から得た魔力で、空を飛べるか試してみる。
『フワッと飛べるけど、この崖から下まで大丈夫かな?』
落ちたら死んじゃうよ……と、かなり悩んだが、この崖にいては自分も寒さで死んでしまうし、薬草が無ければ祖母も助からないのだ。
『風を呼び寄せよう! ベッドの上に着地するように、フワッと降りたら良いんだ』
卵が割れたらいけないと、布の袋を両手で抱きしめて、アシュレイは思い切って崖からジャンプした。




