王都サリヴァンへ
アシュレイがやっとヨークドシャーの生活に慣れた頃、王都へ行くことになった。
「えええ、冬なのにお爺ちゃんとお婆ちゃんの側を離れたくないよ!」
カスパル師匠に抗議したけど駄目だった。
「新年は、貴族は王様に挨拶するのが決まりなのだ」
カスパルは、これでヨーク伯爵に仕える魔法使いも一緒に行かなくてはいけないと説明できたと思った。
「じゃあ、伯爵だけが行けば良いんじゃないの?」
「そんなわけにいくか! お仕えする私も、そしてその弟子のお前も行くのだ! それに、王都には私の師匠のヒューゴ様がいらっしゃる」
「もしかして、竜の卵の孵し方を知っているの?」
カスパルは、それは師匠でも知っているかわからないと思った。
「知っているとしたら、上級魔法使いだろう。師匠が知らなくても、他の上級魔法使いに尋ねて貰おうと思う」
ただ、上級魔法使いは気難しい人が多いから、簡単にはいかないかもしれないと心配する。
「でも……」とまだ愚図るアシュレイに雷が落ちた。
「祖父母が心配なのは分かるが、お前はヨーク伯爵に仕えているのだ!」
アシュレイは、城に残る小姓のレオナールに祖父母の事を頼むことにした。
「ええっ、アシュレイは王都に連れて行って貰えるの? 良いなぁ! 一度も行ったことないんだぁ」
他の兄弟は、行ったことがあるのにとかの愚痴より、今は祖父母の事だ!
「ちょっと付き合って!」とレオナールの手を引っ張って、小さな家に向かう。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん! この子はレオナール! 俺がサリヴァンに行っている間、何かあったらレオナールに連絡してね!」
それから、風邪の薬、腹痛の薬、冬の病の薬を二人に渡す。
「これは、この前貰ったお金なんだ!」
サリンジャー伯爵を助けたお金、ベネット師匠の元を離れる時に貰ったのだ。
「こんな大金を?」とお婆ちゃんが驚いている。
「うん、ご褒美で貰ったんだ。服とか帽子も買ってもらった残りなんだよ」
それと、こっそりとお婆ちゃんに耳打ちしておく。
『レオナールが様子を見にきてくれたら、ちょこっとお小遣いをあげて欲しいんだ。レオナールは、一番小さい小姓だから、お小遣いを貰えるのも少ないんだよね』
ヨークドシャー城では、食べ物や着る服にも不自由は無いけど、小姓同士で飴やお菓子を奢りあう習慣がある。
それは、チップを皆で分けるのが慣習化したみたいなんだけど、新顔のレオナールは、用事を聞く機会も少ないし、身分の上の人は馴染みの小姓を使うので、チップがもらえない場合が多い。
この前、他の小姓達に文句を言われていたのを目撃した。
俺も、今度からは手紙を小姓頭に渡してもらう時でも、ちょこっとだけでもチップをあげようと思うアシュレイだ。
「ふうん? お前にあげるお小遣い程度で良いのかい?」
「うん、それで良いよ!」
きっと、ほんの少しだろうけど、王都から戻ったら、自分で感謝の気持ちとしてあげたら良いと思って頷く。
本当は行きたくないけど、竜の卵の孵し方が分かるかも知れない! そんな期待を胸に、アシュレイは王都サリヴァンへと向かう。
二度と、平和なヨークドシャー城に戻る事が無いとは考えても見なかった。
そして、王都サリヴァンへそんなに長くいることになるとも思っていなかった。
伯爵の馬車に連なる馬車の一つにカスパル師匠と共に乗って、アシュレイはヨークドシャーを旅立った。
毎年、恒例の旅なので、泊まる貴族の館も決まっている。
そして、王都に近づくに連れて、馬車の列は長くなり、人数も増えて、アシュレイは、食事の時間がどんどん遅くなるのだけが不満だった。
「カスパル師匠、今夜も遅いのですか?」
「そうだな……アシュレイは、先に食べていて良いよ」
ただ、一緒に食べる小姓達は、お仕えする貴族のお世話がある。結局は、遅くなってしまう。
「お前がもっとマナーを覚えていたら、私と一緒でも良いのだが……」
ヨークドシャー城では、師匠と一緒に食事をしていたが、他の貴族と一緒なので、別にしている。
「マナーかぁ……」
初めて、マナーを覚えようと思ったアシュレイだ。
そんな旅も終わりがきた。
「アシュレイ、アシュレイ! あそこがサリヴァンだよ」
うとうと寝ていたアシュレイは、カスパル師匠に揺り起こされる。
「ふぇぇ! デカい!」
「アシュレイ、大きいと言いなさい!」
長旅の間、カスパル師匠に言葉遣いを注意されていたアシュレイだけど、寝起きなのでつい口調が戻ったのだ。
「あの中には何百人も住んでいるんだろうな」
「ははは、何千人、何万人だよ! さぁ、ヨーク伯爵の屋敷に落ち着いたら、私の師匠のヒューゴ様に挨拶をしに行こう!」
「竜の卵の孵し方を知っているかな!」
期待で目を輝かせるアシュレイを、師匠のカスパルは複雑な気持ちで眺める。
あれこれ、大変な目に遭わされたアシュレイだけど、魔力の多さ、そしてその素質には期待している。
『ヒューゴ師匠なら、アシュレイを上級魔法使いに育てて下さるだろう』
竜の卵の孵し方を師匠が知っているかは分からないが、アシュレイを見たら、地方のヨーク伯爵の元に置いては置かないだろと、溜息を押し殺した。




