新しい小姓(ページ)
アシュレイもやっとヨークシャー城の生活に慣れてきた。
師匠のカスパルが優秀な魔法使いなのもわかったけど、竜の卵の孵し方を知らなかったのは、残念だと思った。
「どうせ、ヨーク伯爵のお供でサリヴァンに行くのだから、その時に私の師匠に尋ねてみよう」
「えっ、王都へ行くの? 王都って遠いんじゃないの?」
アシュレイは、その間、祖父母と会えないと顔を顰める。
「貴族は、新年に王様に挨拶するんだよ。私達は、ヨーク伯爵に雇われている魔法使いだから、道中の警護役もしなくてはいけない。王都までは、急げば一週間で着くが、途中の貴族の館で泊まりながらだから、二週間で着けば良い方だな」
「えっ、じゃあ一月もお婆ちゃんやお爺ちゃんに会えないの? 俺だけ、飛んで帰っても良い?」
ゴツンと拳骨が落ちた。
「護衛が伯爵を放置して、勝手な真似をして言い訳がないだろう! それと、祖父母さん達は、一月ぐらい平気だよ」
「病気になるかもしれないじゃん! 俺がいればすぐに治せるけど……薬を置いておこう!」
今にも飛び出しそうなアシュレイを、カスパルは襟首を掴んで止める。
「その前に、長期の旅行になるから、その準備をしなくてはいけない。ミーナさんの所に行って、王都に相応しい服を貰いなさい」
「これじゃあ駄目なの?」
魔法使いの黒のローブを貰っているアシュレイは、十分だと首を捻る。
「ローブはそれで良いが、下に着ている服は、もう少し良い物が良いだろう」
師匠がそう言うなら仕方ない。アシュレイは、少し苦手なミーナさんの所へと渋々行く。
ちょっと天罰とか怖そうなので、行儀良くノックする。女の人が着替え中だと駄目だからだ。
「ああ、アシュレイかい? お入り」
名乗っていないのに、何故? でも、気にしても分からないから、アシュレイが扉を開けると、そこには小さな男の子がいた。
「他の人の用事があるなら、俺は後で良いよ」
「いや、この子は新しい小姓だから、服は決まっているのです。ただ、こんな幼い子は普通はよこして来ないので、服を縫い縮めないといけないのよ」
アシュレイは、年の割にチビだけど、目の前の少年はそれよりも小さい。
「怪我をしているじゃないか!」
ミーナさんが小姓の黄色と黒の服を着なさいと言ったので、今着ている服を脱ぐと、身体中にアザがあった。
「まさか、小姓達にやられたの?」
「違うよ……兄達に『グズ!』と叱られたんだ。ここで小姓としてやっていけるのかな……」
茶色の目から涙が溢れる。小姓って、貴族の息子だと思っていたけど、脱いだ服はベゲット師匠が買ってくれたのよりボロだ。
「口減しに小姓にしたのね。でも、ヨークシャー城はいい所よ。少なくとも理由もなく殴られりしないわ」
さっきも師匠に拳骨を貰ったアシュレイは頷く。あれは、護衛放棄をしてはいけないと叱られたのだ。
「痛そうだから、治してあげるよ! 俺は、魔法使いのカスパル師匠の弟子なんだ」
「良いよ! 治療代なんて払えないから」
遠慮する少年に「こんなのタダで良いさ」とアシュレイは治療を掛ける。
黒や黄緑や紫のアザが、あっという間に綺麗になった。
「おや、おや、アシュレイはちゃんと修業しているんだね! そうだ! 王都に行く服が必要なのでしょう!」
ここに来た目的を話したかな? と首を捻るアシュレイ。
「ありがとう! 私は、レオナール!」
ニコリと笑うと可愛い顔をしている。
「うん、俺も先月来たばかりの新顔なんだ。アシュレイと言うんだ」
ナッシュの小姓の服はブカブカなので、ミーナさんが縫い縮めるのを待つ。
何故か、アシュレイの晴れ着は用意されていた。
「ほほほ、新年に王都に行くのは前から分かっていますからね。こちらは旅行中、そして王都ではこちらを着るのですよ。ヨーク伯爵の魔法使いが、貧相な格好をしていたら駄目ですからね」
旅行着は、汚れが目立たない暗い色だったから良い。でも、王都の服はちょっとアシュレイには派手に思えた。
「若様のお古だけど、黒のローブを着るのだら、そんなに目立たないでしょう」
やはり、高価な服なんだと、アシュレイはうんざりする。汚さないように気を使うのは、苦手なのだ。
「良いなぁ!」とレオナールは羨ましそうな声をあげる。
「ふふふ、貴方も真面目に小姓として働けば、良い服も貰えますよ」
そんなものなのか? アシュレイは理解できない。
でも、他の小姓より気安い気がするレオナールにこれからは師匠から伯爵への手紙を渡せば良いんだと喜ぶ。
他の小姓達は、チビのアシュレイを少し馬鹿にした目で見ているのだ。
それを小姓頭に悟られないように隠す狡賢さも持っているから、手紙もちゃんと届けられるけど、ちょっと嫌な感じがするだけで実害は受けてはいない。
本来なら、小姓より魔法使いの弟子のアシュレイの方が上なのだけど、農民丸出しが良くない。
魔法使いが貴族出身とは限らないけど、貴族と同じ扱いだし、裕福な出が多い。
それなのにアシュレイは、いつまでも農民っぽさが抜けなかった。
クルクルの巻き毛が、あちこちに跳ねているのが良くないのかも。




