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アシュレイの桜  作者: 梨香


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竜の卵の孵し方

 初めはギクシャクしたカスパル師匠とアシュレイだったけど、少しずつ慣れていった。


 元々、カスパルは明るい性格だったし、田舎育ちのアシュレイにヨークシャー城の説明不足だったのを反省したからだ。


「今日は、城の案内をしよう!」

 それすらしていなかったのを思い出したカスパルだ。


「ここが食堂、それは知っていると思うが、アシュレイは私の弟子なので一緒に食べるのだよ。まぁ、朝は苦手なので起きていなければ、勝手に食べてくれ!」


 アシュレイも、寝坊助なカスパル師匠に慣れてきた。それに、研究熱心なのも分かってきたので、弟子として提案する。


「朝食を部屋に運びましょうか?」


 前の騎士の奥方が、侍女に朝食を運ばせていたのを思い出して、親切心から言ったのだ。


「いや、そんな事はしなくて良い! まるでレディか年寄り扱いじゃないか!」


 アシュレイは、断られた意味は分からなかったけど、師匠が要らないと言うなら、しないと頷く。


「頷くのではなく『はい』と言いなさい」


 そう言えば、ベケット師匠にも『うん』じゃなくて『はい』と言え! と何回も注意されたなと思い出すアシュレイだった。


「はい!」と返事をして、大事な事を言い忘れていたのを思い出す。


「あのう、教えて欲しい事があるんだよ」


 カスパルは、やっと城の案内をし始めたばかりなのに、出鼻をくじかれた気がした。


「それは、後で聞く! アシュレイの服は……少し見栄えが悪いな。よし、次は衣装部屋に行くぞ!」


 アシュレイは、ベケット師匠が買ってくれた服を貶されて、ちょっとムカッときた。


「古着だけど、良い服だよ!」と抗議したけど、都育ちのカスパルには通じない。

 


「お前は気にしないかもしれないが、城には序列があるのだ。服装をキチンと整えないと、小馬鹿にされるぞ」


 脚の長いカスパル師匠の後を、小走りでアシュレイはついて行く。


「ここの責任者のミーナさんには逆らうなよ!」


 衣装部屋に入る前に注意するカスパルだ。


「うん、いや、はい!」


 元々、アシュレイは、お婆ちゃんっ子なので、年上の女の人に逆らう気はない。

 お婆ちゃんに、髪をガシガシ解かれても我慢しているぐらいだ。


「ミーナさん、いるかい? カスパルだ」


 ノックしたら「どうぞ」と許可が出たので、カスパルとアシュレイは入る。


「中で女中や侍女が着替え中の時もあるから、ノックするんだぞ」


 注意するカスパルにミーナさんは笑う。


「行儀が悪い人には天罰が下りますよ」


 天罰? アシュレイは首を捻る。でも、小さい老婦人のミーナさんからは、強い魔力を感じる。


「師匠? ミーナさんは魔法使いなのですか?」


「それが不思議なんだよなぁ。魔法量は多いと感じるのだけど……魔法は使えないみたいなんだ。ただ、逆らったらマズイと感じるのさ」


 それは、アシュレイも実感した。この老婦人に逆らったらマズイ!


「それで、この子の服装を整えたいのですね。ふむ、ふむ、魔法使いの弟子にしては、押し出しが強くないですね」


「ええ、アシュレイに相応しい服を用意して下さい」


 アシュレイが「この服はベケット師匠が買って……」と言いかけた口を、カスパル師匠が手で押さえた。


「ふふふ……前の師匠を大事に思うのと、城の魔法使いの弟子に相応しい服装とは、別ですよ。アシュレイは、小姓(ページ)よりも良い服装をしなくてはいけません! それが城の秩序の維持に役立つのです」


 小姓(ページ)は、ヨーク伯爵家の色、黄色と黒のお仕着せを着ていた。

 派手な色は、染めるのが大変なので高価だと祖母から聞いていたので、それより良い服? とアシュレイは首を捻る。


小姓(ページ)のお仕着せみたいな派手な服では無いさ。あれは、どこにお使いに行ってもヨーク伯爵の小姓(ページ)だと分かるようになっているのさ。城の兵士らも絹ではないから色は地味になるが、色合いは一緒だろう。女中達は……まぁ、普通の灰色が多いな」


 ミーナさんが奥の方で棚を探している間、カスパル師匠が説明してくれた。


「でも従者(スクワイヤ)は、違うよ」


「ははは、従者(スクワイヤ)は、つく騎士によるからな。アシュレイは、魔法使いの弟子だから、黒のローブが正装になる」


 そういえば、ベケット師匠もカスパル師匠も黒のローブを着ているのに、初めて気づいた。


「こんな小さな子の黒のローブなんてありませんよ。でも、今日中に用意します。それまでは、これを着ておきなさい。ローブの下に着ても良いですからね!」


 どさっと服をアシュレイの前に置いた。


「こんなに要らないよ!」と言ったら、背筋が寒くなった。まるで、氷柱が背中に入ったみたいだ。


「アシュレイ!」とカスパル師匠が注意したので、黙って頭を下げる。


「ありがとうございます」


「洗濯物は、女中に渡すのですよ。それと、お風呂には毎日入りなさい」


 アシュレイは、夏は小川や井戸端で水を浴びていたし、冬は週に一回はタライにお湯を入れて、身体を拭いていた。


「お風呂?」と首を傾げたら、カスパル師匠も叱られた。


「弟子の面倒を見ていないのですか? 共同の風呂場もありますし、部屋にお湯を運ばせても良いのですよ!」


 カスパル師匠が慌てて「後で説明する!」と言う。


「服は持てますか? 持てないのなら、下女に運ばせます」


「うん、大丈夫!」


 パッと収納したアシュレイに、ミーナさんが微笑む。


「流石、カスパル様の弟子ですね。今日中には黒のローブをを用意しますわ」


 衣装部屋を出た二人は疲れてしまった。


「あちらの下に共同の風呂場がある。遅い時間は混むから、早めに行くように……今日はこのくらいにしよう」


「うん、でも……竜の卵の孵し方を教えて欲しいんだ!」


 カスパルは、アシュレイの師匠を辞めたくなった。


「はぁぁぁ! それは、私も知らないよ! でも、私の師匠なら……」


「その人って、サリヴァンにいるの? じゃあ、無理だよ! ここにお爺ちゃんとお婆ちゃんが住んでいるんだもの!」


 アシュレイは、やはり竜の卵を預からなきゃ良かったと溜息をついた。

 


 

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