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アシュレイの桜  作者: 梨香


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ベケット師匠と修業

 マクドガル館に帰ったアシュレイは、早くお土産を祖父母に渡したくてうずうずしていたが、週末まで待たなくてはいけない。


「アシュレイ、あの崖崩れの修復を手伝いに行くぞ!」


 ベケット師匠と一緒に馬車で峠の手前に向かう。


 この峠を越えていたら、マクドガル卿の領地でなかったのにとアシュレイは内心でボヤく。


 それは動員された農民や兵士達も同じだ。


「峠の先なら良かったのにな」


 見張りを命じられたハーマンなんか口に出して愚痴っている。


 そこら辺も前の貴族にクビにされた原因かもしれないとベケットは苦笑する。


 剣の腕は、ハーマンの方がマクドガル卿より優れているのだが、どうも態度が横柄に感じられて評価が低い。


 同じ戦いに出て、従兄弟のサイモンは騎士に叙され、ハーマンはなれなかった。運もあるが、サイモンは真面目さを買われたのかもしれない。


「まぁ、仕方ありませんよ。それにこの道が安全に通らなければ、商人も来なくなりますからね」


 ベケットはアシュレイと道に落ちた土砂を退けていく。ハーマンは愚痴を言うくせに、兵士や農民に崖に杭を打たせたりとしっかりと指示を出す。


「アシュレイ、そんな大雑把な魔法の使い方では駄目だ。魔力を節約する遣り方も学びなさい」


 今までアシュレイは魔力任せでやっていたが、ベケット師匠に厳しく指摘される。


 崖崩れした箇所に防御杭が打たれた。後は土を固めなくてはいけない。


「アシュレイ、崖が崩れないように土を固めなさい。言っておくが、山全体を固めたりしたら、木が枯れてしまうぞ。それに固めすぎて水が通らなくなっても駄目だ」


 ベケット師匠に難しい問題を出されてアシュレイは困る。


 本当は魔力の少ない魔法使いの弟子なら全力で固めたら良いだけなのだ。


 アシュレイの魔力で全力で固めたら被害が出そうなので、ベケットがあれこれ注意したのだ。


「師匠、難しいよ」


 ぼやく魔法使いの弟子を兵士達は「難しい仕事で大変だな」と思って見ていたが、ハーマンはアシュレイの人間離れした魔力を知っていたので「やり過ぎるなよ!」と心配していた。


「だから、一気にしないで少しずつ魔力を調整しながら固めていくのだ」


 アシュレイはベケット師匠の言葉通りにどうにか山を固める事なく、崖崩れの斜面だけを固める事ができた。


「アシュレイ、よく見てみなさい」


「ベケット師匠、何処が悪いの?」


 斜面はキチンと固まっている。崩れたりはしないのにアシュレイは、師匠が何か問題があるのだと言うけど分からない。


「こんなに隙間なく固めたら、雨が降ったら水はどうなるのか考えてごらん」


「そっか、もう少し荒く固めなきゃいけないんだね。土は固まって、水は通る感じかぁ」


 風が突然吹いて、崖に当たる。ベケットはやはり大雑把な魔法だと溜息を押し殺す。


「アシュレイ、もっと慎重に魔法を使う練習をしなければならない」


「はい!」と返事は良いが、アシュレイが慎重に魔法を使うようになるのは無理ではないだろうかとベケットは頭が痛くなった。


 週末にマディソン村に帰るまで、アシュレイは午前中は本を読んでは師匠のテストを受け、午後からは実技訓練になった。


「ええ、この館の掃除ですか?」


 昼からは実技の訓練だと聞いて、色々な自分が知らない技を教えて貰えるのだと浮き浮きしていたアシュレイはがっかりする。


「そうだ。この館にはお前の貰った褒美以上に高価な物がいっぱいある。それを壊したりしないよう注意して掃除するのだ。勿論、魔法でだぞ」


 アシュレイは干し草作りなどを魔法でやっていたが、高価な物と言われてビビる。


「もし壊したらどうなるの?」


「弁償だな! 多分、何年もただ働きだ」


 これから祖父母は年を取るばかりだ。自分が稼いで養わなくてはいけないのにただ働きは困る。


「そんなの困るよ!」


「なに、壊さなければ良いだけだ。違うか?」


 ベケット師匠に言われて、慎重に、慎重に埃を除いていく。


 玄関の所を掃除しただけで、アシュレイはくたくたになった。そのかわり玄関はピッカピカだ。


 いつもメイドが掃除しているが、魔法のように細かな埃までは取れない。


「今日はここまでで良い。いつもどれほど大雑把に魔法を使っているか分かっただろう。明日は応接室だ。あの花瓶は王様からマクドガル卿が頂いた物だから壊すなよ」


 アシュレイはへなへなとその場に座り込んだ。ベケット師匠が急に厳しくなった気がする。


「さぁ、言葉遣いとマナーはアンナにも手伝って貰うからな。夕食は一緒に食べなさい」


「ええっ! アンナは奥方のお世話をしてから食べるのに」


 悲鳴を上げるアシュレイだが、半年で行儀作法を身につけさせないといけないのだ。


 朝と昼は自分が注意するが、夕食は野放し状態だったからアンナに頼み込んだのだ。


「お先に食べるわね」


 ユリアが夕食を食べるのを、指を咥えて見ながらアンナが奥方の世話を終えるのを待つアシュレイだ。


「ねぇ、ユリア、一口くれない?」と頼むが「アンナさんに叱られるの嫌だもの」と断られる。一度、スプーン一匙貰っているのを見つかって睨まれたのだ。


 ベケット師匠にビシバシ鍛えられたアシュレイは、週末だけを楽しみにしていた。


「先週は帰れなかったから、帰ったら畑仕事も手伝うぞ」


 チビのアシュレイには祖父はこれまで菜園は手伝わせていたが、畑仕事はさせなかった。


 でも、アシュレイはもうすぐ11歳になるのだからと燃えていた。


「では行ってきます!」元気よくマクドガル館を走り出すアシュレイをベケットは複雑な思いで送り出す。一旦は秋からで良いと言ったヨーク伯爵だが、やはりもっと早くヨークドシャー城に来いと催促の手紙が来たからだ。


「マリオン様に竜の卵の孵し方を尋ねる手紙を書いたが……ご存知あるまい。竜の存在さえ信じられていないのだ。まして卵の孵し方を知っている者がいるとは思えない」


 アシュレイがいなくなった館でベケットはもしかしたらと本を読み返すが、竜についての御伽噺はあっても竜の卵の孵し方など書いてなかった。


 師匠が色々と悩んでいるのもアシュレイは知らず、マディソン村まで風を捕まえて一っ飛びしていた。


 師匠に人目がある所で空を飛ばないようにと言われたから、マクドガル町から離れて飛び、マディソン村の近くで降りた。


「まだマディソン村の畑起こしは始まってないな」


 マクドガル町の付近では畑を耕し終わっていたので、アシュレイは焦っていたが、山間の日陰には雪が残ってそうなマディソン村はまだ少ししか耕されていなかった。


「お祖父ちゃんが腰を痛めたらいけないから心配していたんだ」


 アシュレイは元気よくマディソン村を走り抜ける。


「ただいま!」声と同時に飛び込んできたアシュレイを祖母は笑って出迎える。


「アシュレイ、お帰り。何か食べるかい?」


 朝は館で食べてきたアシュレイだけど、まだお腹には入りそうだ。


「うん、少しだけ食べようかな?」


 やはり自分はこの家が落ち着く。出してくれたシチューとパンをスプーンで食べる。


「あっ、そうだ! この前、帰れなかったのはヨークドシャーの街に行ったからなんだ。途中の崖が崩れて馬車ごと落ちた人を助けたら褒美が貰えたんだよ。で、お祖母ちゃんには肩掛け、お祖父ちゃんには刻み煙草を買ってきたんだよ」


 皮の肩掛け鞄から紙で包んだ肩掛けと刻み煙草を取り出すとテーブルの上に置く。


「おやまぁ、ありがとう。こんな歳になって若い男の子からプレゼントを貰うとは嬉しいね」


 包みを丁寧に開いて、暖かそうな濃い茶色の肩掛けを羽織る。


「とっても暖かいよ」


 喜ぶ祖母の顔を見て、アシュレイは笑う。


「良かった! 俺はお祖父ちゃんの手伝いをしてくるよ」


 自分がイルマの弟子をして治療師で稼いだ金で小僧を雇うと言っていたけど、この時期はどこの家でも忙しい。時期をずらせば手伝ってくれる子もいるだろうけど、それでは作物の生育が遅れてしまうのだ。


「お祖父ちゃん! 手伝うよ」


 マシューは朝から畑を馬に鋤きをつけて耕していたのだが、かなり腰にきていた。


「だが、お前は未だ子供だ」


 畑を起こすのは重労働だ。マシューはチビのアシュレイには無理だと断る。でも、アシュレイも頑固だ。


「もう腰が痛くなりかけているんじゃない? 少しあっちで休んでてよ」


 マシューも腰の痛みを感じていたので渋々交代する。アシュレイは魔力を使わなければ馬が引く鋤きを土に十分押さえつける事はできないチビだ。


 でも、魔力を使えば楽々とできる。週末に畑を全て耕すつもりだ。


 アシュレイはヨークドシャー城に行く事を話そうとしたが、言えなかった。


 この家は祖父母が苦労して作り上げたのだ。それを捨てて他所に引っ越せとは言えない。


 ヨークドシャーのお土産を祖父にも渡して喜ばれたけど、アシュレイの気は晴れない。耕された土の匂いを嗅いでも浮かない顔をしているアシュレイを見て、祖父母は何か言い出せない問題があるのだと気づいた。


「アシュレイ、何か心配ごとがあるなら話しておくれ」


 祖母に言われて、アシュレイは重い口を開く。


「秋になったらヨークドシャー城に行かなきゃいけないんだ。でも、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんを置いてはいけないよ」


 孫が何を心配しているのか2人は分かった。突然、流行病で両親を亡くしたのだ。自分達から離れるのを恐れているのだ。


「わしも畑仕事がしんどくなった。そろそろ楽隠居しても良い頃だ」


「そうですねぇ、街の暮らしも楽しそうだわ」


 きっとアシュレイは自分達が一緒じゃないと嫌だと我儘を通したのだろう。


 2人の言葉にアシュレイは泣きながら抱きついた。


 日曜にはマクドガル館に行かなくてはいけない。このマディソン村で過ごせるのは秋までだ。アシュレイは家の横に植えた桜の幹をソッと撫でる。


「ヨークドシャーにも一緒に来てくれるかい?」


 生まれ育った家は焼かれてしまった。この祖父母の家も住む人がいなくなれば、誰かが変わって住むのだろう。アシュレイには桜しか両親と過ごした時の思い出の物はない。


『良いよ』と返事をする様に桜の花が一輪咲いた。


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