赤くなる
「そこに三人の廃人がいるだろう?」
「うん」
「とりあえず殺せ」
「どうしたの? 頭おかしくなった?」
イン待ちしていた廃人に拉致されて連れてこられたのは『先駆』のギルドハウスの庭先。僕はそこでトチ狂った『検証勢』の首魁であるヨミさんと、無表情のまま殺されるのを待ち侘びているモブ廃人三人に囲まれて立ち尽くしていた。
効率の二文字を至上命令に掲げる彼らのギルドハウスは街の東端にある少し大きい家だ。日々の寸暇を惜しんで狩りに勤しむ彼らは、フィールドに直行できるという理由だけでさして立派でもない家をギルドハウスに登録した。
見栄えよりも機能性を重視した末の決断だ。そこに感情や見栄を差し挟む事はない。メンバーを収容できるならばそれでいいと言わんばかりの潔さ。ギルドハウスをリスポーン地点の一つと割り切ったプレイスタイルは廃人ならではと言えよう。
そして今、そのギルドハウスが惨劇の舞台になろうとしている。殺せって何さ。何かの冗談かと思ったが、集ったプレイヤーは信じ難いことに極めて真面目な表情だ。理性的に屍を作り上げようとしている。これがサービス開始初期の殺し合いオンラインの空気なのだろうか。僕は戦慄した。
「ライカン。【一世一代】の取得は急務だ。新エリア解放の可能性は捨て置けない。何を置いてでも達せられるべき最優先項目だ。分かるな?」
「……なるほどね」
鉱山エリア最下層に壊せそうな岩盤が見つかったという報告は記憶に新しい。しかし大型爆弾では歯が立たなかったという。その後廃人達は僕のレベルアップを目論んで草の討伐に駆り出したわけだが、その結末は知っての通りだ。
街は壊れるし、大量の死者は出すし、僕の爆弾の在庫はすっからかんになった。在庫復活に注力したいのだが、最近は釣りや鬼レースというイベントがあったので大型爆弾を三つしか補充できていない。元通りにするには相応の期間を要するだろう。誰一人として幸せにならなかったって救いようがないよね。
そんなこんなで僕はもう急進的なレベルアップ案は懲り懲りなのだが、どうやら廃人及び『検証勢』はそうでないらしい。
極限まで生き急ぐ彼らにとって停滞とは呼吸ができない水中に身を置くようなもの。街の復興という足止めを食らった彼らは遅れを取り戻そうと息巻いている。手始めに新エリア開通をしようというわけだ。明確なゴールが見えているならば後は突き進むのみ。つまりそういうことである。
でもさ、その結果がこれってどうなの。僕は無表情で殺されるのを待っているモブ廃人を意識して視界から追い出してヨミさんに問い掛けた。
「何か他に方法は無かったの? ちょっと絵面がさぁ……酷いよ?」
「何を今更。数多プレイヤーの死を前提にして君のレベルアップは成り立っている。これまでがそうだったんだ。それはこれからも同じことだろう?」
「言い方に悪意があるよ。僕が制裁を加えてきたのは人に迷惑を掛けて憚らない頭のおかしいプレイヤー達だ。火薬師レベル12っていう立場はその功績にほかならない。僕は正義だよ」
「その正義の巻き添えを食らって死んでいったプレイヤーに同じことを言えるか?」
「大事の前の小事だ」
「……なるほど、人命軽視を小事ときたか。優先順位……それとも大義を前にしたら盲目になるタイプか。不可逆……小事を大義には据えられない。なるほど狂った正義だ。素直に頷いてくれれば楽なものを」
一人でうんうんと納得しながらぶつぶつと呟くヨミさん。彼女はいつもこうだ。一定の成果を出すが、人を人と思わない冷酷な一面を持つマッドサイエンティスト。彼女にとってはプレイヤーの命や尊厳すら実験材料の一つなのだろう。怖いね。
「ともかく、こんな頭のおかしい方法はゴメン被るよ。他の妙案は思いつかないの?」
「中長期的なスパンでのレベリングは現実的じゃない。ライカン、君は死に過ぎだ。なぜ三日と大人しくしていられない」
「僕が死に過ぎなんじゃない。頭のおかしいプレイヤーが多すぎるんだ」
「料理大会での自爆テロに始まり冒涜サッカー、レイドボス事件からの処刑フルコース。少し前は廃人に殺され、狂人にちょっかいを出してリスキル粘着されていたな。まさかとは思うが、そういう癖でもあるのか? そうでもないと説明がつかない」
「いやさぁ、確かに中には僕の不注意もあったけど大半は周りのせいだからね? 邪推はやめてよ」
このゲームの住人は精神に病巣を抱えている。頭のおかしい先人に毒された思考が脳髄に淀んでおり、悪徳に手を染めることを厭わない。被害を受けたプレイヤーは隣人が仲間の皮を被った敵であることに気付く。そうして不信の輪を際限なく広げてきた。
疑心暗鬼を生ず。人斬りや裏切りが自然な文化として根付いてしまった環境では正義という概念は忌み嫌われる。僕が執拗に狙われるのはそのせいだ。
「ふむ、水掛け論になるな。切り口を変えよう。君はレベルを上げたくないのか? 【一世一代】は強力……いや、もはや凶悪と言っていい。我々は将来的な不安を感じずにはいられないが、それでも新エリア開通という可能性に賭けることにしたのだ。君にとっても好機だろう。何が気に入らないというのだ」
「スキルは欲しいよ。そんなの当然だ。でもさぁ、ここまでされるとちょっとトチ狂ってるっていうか、喜びよりもドン引きが先にくるよね」
話は単純だ。たっぷりと経験値を溜め込んだ廃人連中が代わる代わる現れるので、僕はそれを殺せばいい。同じプレイヤーを連続でキルしても経験値は貰えないので、二日の間を置いた後に再度同じことをする。これを繰り返せば僕は晴れてレベル13に至れるという寸法だ。頭おかしいね。
「提案なんだけどさぁ、『検証勢』から一人モルモットを選出して同じことをやらせればいいじゃん。そうすれば高レベル火薬師を作れるでしょ」
「簡単に言ってくれる。そんなことをすればレッドネームの連中が総力を結集して妨害に来るだろうさ。失念しているのかもしれないが、誰もが君のようにペナルティを踏み倒せるわけではないのだよ」
「正義だ」
僕は盛大にため息を吐いた。どうやらヨミさんの説得は諦めたほうが良さそうだ。仕方無し。標的を変えることとしよう。
僕とヨミさんのやり取りに口を差し挟むことなく直立不動で空気に徹していた三人を見やる。凄いな。生気を感じない。僕はこわごわと説得を開始した。
「君たちはこの狂った提案に対してどう折り合いをつけてるの?」
僕の言葉に反応したのは一人。眼球だけをスッと動かしてこちらを認識し、ただ一言だけポツリと漏らす。
「効率だ」
おぅ……やばいな。これが『先駆』の集大成。フルダイブVRシステムに潜む闇。削ぎ落とした人間性の隙間に効率を詰め込んだ精鋭集団だ。今日も一段とキマっている。教育は万全のようだ。
「効率がどうこうじゃなくてさぁ、殺されるためだけにモンスターを狩って経験値を稼いでくるって、さすがに思うところがあるんじゃないの? ちょっと理解できないんだけど」
僕は率直な感想を述べた。機械的とも昆虫的ともとれる無機質さを纏った三人は顔を見合わせる。それだけで通じる何かがあったのだろうか。先程も喋った彼が再び口を開く。
「効率だ」
「言語中枢バグってらっしゃる?」
効率が手段ではなく目的になっている、どころか呪いにまで育っている。大丈夫かなこれ。そのうち自我とか無くしちゃうんじゃない?
「そら、他ならぬ彼ら自身がこう言っているんだ。何を躊躇う必要がある」
躊躇うよ。そっちがいいって言っても、こんなの寄生よりも酷い、キャリーよりもおぞましい何かだ。スタンプハメも今思い返せば大概だったけど、これはその上をゆうに超えている。人の所業じゃないよ。
「何だ。何をもたもたしている?」
そうこうしている内に残りの廃人連中が合流した。恐らく経験値をごっそりと貯めてきたのだろう。一糸乱れぬ陣形でババッと降り立った廃人集団がザッと円陣を組む。シンシアが僕をチラと見て一言。
「やれ」
「凄いや。まともな人間がいない」
彼らの中では己の死すらも効率の一部なのだろう。いや、分かるよ? 死ぬことでワープするテクニックとかRTAだと必須級だったりするしね。
でもこれフルダイブVRなんだけどなぁ。そういうもろもろの抵抗は無いの?
「無い」
潔いね。僕はシンシアを手遅れなプレイヤーリストに放り込んだ。彼女はもう駄目だ。
「なんだと言うんだライカン。いつもは喜々として爆殺の限りを尽くすというのに、今日はやけに消極的じゃないか」
「シンシアもだいぶ頭おかしいよね。……はぁ、わかった、わかったよ。やればいいんでしょ」
僕は渋々小型爆弾を取り出した。指を鳴らして着火する。爆発までは十秒だ。円陣を組んで微動だにしない廃人連中の中心に爆弾を置いて素早く立ち去る。あと数秒もすれば彼らはポリゴンとなって爆散するだろう。
酷い光景だ。微塵も正義的じゃない。僕の爆弾は悪を滅する時にこそ強く美しく輝くというのに。これじゃ興醒めもいいところだ。
まあ仕方ない。割り切ろう。請われてやっていることなんだ。彼らが満足ならそれでいい……のかなぁ。やっぱいかれてるよ。
時間だ。小型爆弾が炸裂する。
僕お手性の特殊爆薬を詰め込んだ小型爆弾は小型とは思えぬほどの威力と貫通力を有する。並んだ廃人を吹き飛ばすくらい訳はない。そして赤が散った。世界が、視界が、ほんの一瞬真紅に染まる。
これは……これは――――
[警告]
[プレイヤーキルペナルティ]
[あなたはプレイヤーキルを行いました]
[キルカウント12]
[ペナルティが加算されます]
[287:59:59]
「は……?」
ドクンと脈打つような衝撃が脳をズタズタに引き裂くかのように暴れ回る。堪えかねて情けない呼気が漏れた。
視界が回る。焦点が定まらない。僕が……僕が、プレイヤーキルペナルティを課された……だと……?
「ライ……カンッ! 君は、どうしたっ!? 何があった!?」
すごい勢いで足元が回っている。思わずふらつき、遠心力に放り投げられたみたいに僕は転んだ。身体が重い。自由が利かない。ああ、高熱で倒れたときのことを思い出す。そんな他人事のような感想が場違いにも浮かんだ。意識が肉体という詰め物から飛び出していってしまったみたいだ。耳を覆った時に聞こえる血潮の流れ、地面と接している肌の熱が奪われる感覚、取り込んだ空気の異物感、そんな不快が雄叫びを上げたかのように僕の中で主張している。全身がバラバラになっていくみたいだ。
僕はそうしてレッドネームになった。




