生配信は剣よりも強し
民度浄化作戦リターンズ。巷では血の花火大会リターンズなどというふざけた名前で呼ばれているらしい。
その事件の前後で何かが変わったかと問われれば、特に大きく変わったことはないと答えるほかない。
一回目の民度浄化作戦の時の銃器規制のような動きは無かったし、諸悪の根源であるふわちゃんは今も泣きながらブレギャラのラスボスにボコされているらしい。しばらくは顔を拝むことも無さそうである。
夏休みが終わったこともあり、怖いもの見たさでゲームを始めた新規プレイヤーも順当に数を減らしている。ショーゴやタクミーといった物好き連中や、一部カップル達は何故か未だに残っているらしいが、消えるのは時間の問題ではないかと踏んでいる。
話題性に釣られた底辺配信者たちも無事リスキルの被害に遭ってすぐに辞めていった。平和という名の停滞が遍く広がり、プレイヤー達はそのぬるま湯に浸かりながら今日も一日を思い思いに過ごす。
いつものNGOだ。どこに出しても恥ずかしくないMMO末期の姿である。
ゲーム全体の評価としてはそんな感じになるが、僕個人に焦点を絞った場合はほんの少し事情が異なる。僕自身は以前となんら変わりないのだが、取り巻く環境に少しばかりの変化が起きたのだ。
「……おいおい、予定にねぇぞ。なんだよこれは。どういう状況だよ」
当たり前のように不法侵入してきたショチョーさんが頭をガリガリと掻きながら呻く。付いてきていた二人のモブも唖然としているようだ。
「お? なんだよガサ入れか?」
「取り調べじゃね? あの放送ってヤラセじゃなかったんだな。ウケる」
「草」
うちに侵入してくるモブの中にレッドネームも混じるようになったのだ。
頭のおかしいレッドネーム連中はあの件をきっかけにして急激に馴れ馴れしさを増した。仕方無しとはいえ共同戦線を張った結果、どうやら僕のことを味方だと誤認する連中が発生してしまったらしい。
帰宅するような気軽さで侵入してきた三人のレッドネームは言葉を交わすよりも早く僕を簀巻きにして転がした。そして人の身体に短剣を突き立てる遊びを粛々と行っている。ちょっと理解が追い付かないよね。
「……あー、どうしてこうなった?」
「いやさぁ、俺らをハブいて盛り上がるなよって話なんだわ。簡チキって簀巻き役がいないと成り立たないだろ? でも俺ら死ぬとレベルが下がるから簀巻き役がいねぇーんだわ」
「おめーらはシリアとかノルマキ氏みたいなネームドのレッドは優遇するけど、名前が売れないよう大人しくプレイヤーキルしてる俺らのことは爪弾きにするだろ? じゃあこうするしかねぇだろって話よ」
「大体よぉ、簡チキ広めたのは俺らだってのに我が物顔で配信のネタにするのはどうなんよ。ごちゃごちゃルール追加しすぎだろ。初手両肺刺しは戦略として有り寄りの有りだからな? ぽんぽんローカルルール生やすんじゃねぇよ。大貧民じゃねーんだぞ」
「階段革命とかいうゴミ」
「正直イレブンバックはアリだと思う。手札がゴミでもワンチャン生まれる」
「ドヤ顔でオーメンとか言い出すやついてさぁ、は? ってなったわ。激シバじゃねーよ。草生えるわ」
[草][草]
と、まぁこんな感じである。僕の家は非常に遺憾ながら治安が三倍くらい悪化した。まともに爆弾すら作れない状況だ。【解錠】スキルのナーフが待たれる。
「……お前は何で抵抗してねぇんだ?」
「まぁ、暇潰しに付き合ってあげてるだけだよ」
「俺らはおめーらと違って払うモン払ってるからな。鉱山産のアイテム先払いしたんだわ」
「簀巻き役に対する義は通せよ? 生産職レベル12ってマジ貴重だから。按配がクッソ絶妙なんだわ。高レベル戦闘職だと試合が間延びしていけねぇ」
「目ぼしいヤツをパクって来てもギャーギャー騒ぐから試合になんねェしな。こんだけ粛々と刺されてくれるヤツ珍しいぞ。な?」
頭のおかしいレッドの一人は、褒めてるのか貶してるのか分からない評価をくれながら脚に短剣を突き刺した。試合を再開したことでスッと真顔になったレッド達がピリッとした緊張感を発する。元祖を主張するだけあって手慣れている。素人特有の雑さが混じっていない。
「あー……なんだ、お取り込み中みたいだから出直す。一時間後に来る」
「その必要はねぇ」
不承不承といった体で出ていこうとしたショチョーさんをレッドの一人が呼び止める。彼はクルッと短剣を回して逆手持ちに切り替えた。ドスと腹部に突き立てる。
「チェック」
次の手番のレッドが苦い顔をする。ポーションはもう無い。両膝に手を置いたレッドがポツリと言う。
「……ありません」
投了宣言。勝ち筋を見出だせなかったのだろう。
勝利した二人のレッドがペコリと頭を下げる。負けが確定している状況で尚も足掻き、簀巻き役を無駄に死に至らしめる行為は彼らからするとみっともなく映るらしい。
礼に始まり礼に終わる。人を遊技盤に見立てておいてマナーとは? 疑問は尽きない。だが指摘はしない。手遅れなほどに根付いてしまった暗黙の了解であるが故に。
「感想戦は」
「客人もいるし、無しで」
「ケー」
上級ポーションを振り掛けたレッド達がすっくと立ち上がる。どうやら満足したらしい。五戦もやったからね。どれも名勝負だったよ。
「おう、お待たせ。今日も取り調べか?」
「ああ。その予定だ」
「あれよく飽きられないよな? やってることほとんど同じだろ。マンネリじゃねーの?」
「お約束的なヤツっしょ。時代劇的な?」
「印籠ぶっぱゲーじゃん」
「悪役が都合よく上様の顔を忘れるヤツね」
「んで成敗されるんだろ? 知ってる」
「ま、このゲームでは悪が一人勝ちする胸糞展開だけどな!」
[草][草][ハァ?]
誰が悪だよ。人の事を遊び感覚でキルする連中が人を悪扱いするのはやめろ。
『ケーサツ』にしたってそうだ。なに普通に雑談に興じてるんだか。自警団ロールはどうしたのさ。取り締まるべき悪が目の前にいるのに普通に帰ろうとするなって。
まぁ、芸人連中がヤッパを抜いて斬り掛かったところで二秒ともたずにポリゴンになるだろうけども。やっぱりこのゲームのプレイヤーは駄目だな。僕は改めて僕という正義が必要不可欠であることを認識した。
「マンネリ、か……。それもそうだな」
神妙な顔でボソッと呟いたショチョーさんが意を決したように一つ頷く。真剣な顔をしているが、彼がこういう顔をしている時は大抵の場合ろくでもないことを思いついた時である。
予想するに……ゲスト出演だな。使えるものは親でも使いそうなショチョーさんのことだ。ちょっと配信の趣向を変えようとか言ってレッドに協力でも依頼するのだろう。
「趣向を変えよう。インタビュー形式だ。三人とも、ちょっと協力してくれや。ギャラは払うぜ?」
ほら見ろ。ドンピシャじゃないか。
誘いを受けたレッド三人が茶の間に流せないツラを浮かべた。ショチョーさんも浮かべた。モブ二人も浮かべた。すごいな。放送事故会場じゃんね。僕はスクリーンショットを撮った。
頭のおかしいプレイヤーと報道機関の忖度と癒着が浸透していく。ここに悪と芸人が打って一丸となり正義を貶める茶番放送の幕が上がることとなった。
▷
――ライカン氏にお尋ねします。プレイヤーが安穏と暮らしている街を粉微塵に破壊するという凶行を一月という期間内に二回も繰り返したわけですが、まずは今の率直な胸の内をお聞かせください
「悪意ある表現をやめようよ。この前の件に関しては先に宣戦布告したのはそっちだし、その前なんて街中でドンパチやってたじゃん。安穏と暮らしてるって冗談でしょ。しかも主犯はレッドネームと『ケーサツ』」
――はい、はい! 感想ありがとうございました。まるで反省していないということだけは伝わる、メッセージ性の高い回答でしたね
「偏向報道じゃん」
――私達はありのままを届ける公明正大をモットーに掲げて活動しております。ご理解ください
「たった今言論統制してたよね?」
――さて、ライカン氏はご存知ないかもしれませんが、先の件によりライカン氏の異常性がゲーム外に知れ渡ることとなってしまいました。血の花火大会リターンズの配信に某大物配信者のF氏が映り込んでいたことがSNSで拡散され、犯行の一部始終を映した配信の視聴者が急増。事件の首謀者であるライカン氏の凶悪な笑みを浮かべたスクリーンショットが出回る事態となりました。ゲームに無関係な一般人にまでその悪名を広く認知された現状をどうお思いであるか、簡潔にお聞かせください
「僕よりもまずふわちゃんをどうにか」
――F氏です。個人名は伏せてください
「僕はキャラクターの顔と名前晒されてるんだけど?」
――今更隠す必要ねぇだろ
「まぁいいけどさ。F氏ね。僕よりも彼女を特集したほうがいい。彼女はちょっと酷いよ。僕はあれほど悍ましい存在を見たのは初めてだ。プレイヤーキルを心の底から挨拶だと信じ切ってる。精神の根っこの部分が歪んでいるとしか思えないよ。ペナルティを有り得べからざる精神構造で以て回避してるんだ。化け物だよ。そして、それを利用しようと考えている害悪プレイヤーが思った以上に多かった。だから僕はそれを阻止したんだ。僕は正義だよ。事情を詳しく知らない外部の人間にとやかく言われる筋合いはないね」
――…………なる、ほど。えー、ライカン氏の家には、鏡とかって置いてありますでしょうか?
「え? あるけど?」
――スゥー…………げに恐ろしきは人の心。我々はいま、ひょっとしたら試されているのかもしれません。水鏡に映るのは人か獣か。水滴一つ垂らせば存在の輪郭は判断がつかぬほどブレていく。つまりはそういうことでしょう
「いやどういうこと?」
――あるいは、彼のギャグセンスに我々が追い付けていないだけという可能性も無きにしも非ず。そうであることを、今はただ祈りましょう。さて、ここで特別ゲストの紹介です。ライカン氏と共に街を破壊したレッドネームのお三方にご足労頂きました。仮名をAさん、Bさん、Cさんとさせて頂きます。それでは、宜しくお願いします
「あ、顔出しNGね? そこは頼むよ? うぃーす、Aです」
「Bでーす」
「Cッス」
――はい。お三方には重要参考人としてご足労頂いたわけですが、まずは何故このような凶行に走ったのかをお聞かせ下さいますでしょうか
「んまぁ、同盟組んだって言われちゃね? ラブコールかなって思うわな」
「普段は『花園』は基本冷えてるし、『検証勢』は我関せずの姿勢貫いてるだろ? それが一つに纏まったってなったらやることは一つだよねっつー」
「つかさ、ふわ……あーF氏ね? F氏が降臨したこととか、同盟組んだっていう情報なんて隠しときゃいいのにわざわざゲーム内掲示板にリークするのってさぁ、誘ってるとしか思えないわけよ。俺予想していい? あれリークしてるのおたくらのギルドっしょ? 数字欲しさにポロリして誘い受けしてんだろ?」
――再三申し上げますが、我々は公明正大を掲げております。ゲスの勘繰りはおやめください。さて、つまりはそのような下らない理由で街を破壊し尽くした、という認識でよろしいのですか?
「いやいや、俺らはあそこまでするつもりなかったよ? マジで」
「核弾頭がミサイル背負って凸ってきたからさぁ、流れでね?」
「流れね。止むに止まれぬ事情っていうの? 世の中、逆らえない流れってあるよな」
「嘘つくのやめろって。徹頭徹尾ノリノリだっただろ」
――ほう。ライカン氏はこのように評価を下しておりますが、その実態は如何に?
「スゥー……いや、実はですね、俺ら脅されたんですよ。従わないとリスキルしてレベル1にするぞって」
「いつものあの笑顔でね、ええ。指名手配コラに使われてる例のあの顔で」
「新札の偉人の顔があの顔になってるコラ画像は正直クッソ笑ったわ。あれ作ったやつ天才」
「嘘をでっち上げるのをやめろ。しかもなんだよコラ画像って」
――私は自由の女神像の顔を挿げ替えた雑コラが好みです
「あ、それ作ったの俺だわ」
[草][草]
――[草]
「何も面白くないけど」
――ライカン氏は彼らレッドネームの集団を脅して従わせたとのことですが、やはり街の破壊の指揮を執ったのもライカン氏なのですか?
「え? 全然僕の意見聞かないじゃん。脅してないし、むしろ嬉々として街の破壊を企んでたのは彼らの方だってば。細かい詰めの部分を徹底討論してる様子は堂に入ってたよね」
「いや脅されましたよ。事実、ウチら全員ライカン氏に一回キルされてるからね。マジで容赦なかったよこの人」
「もう例のスキルの詳細は知れ渡ってるっしょ? 爆弾強化するスキルが欲しいからお前ら全員俺のために死ねって言われたんすわ。んでその後は手足として駆り出されたってのが事のあらましよ」
「逆にね? 逆に俺らってそう考えたら被害者なんじゃないかって思うわけ。けして逆らえないお上に命じられて、泣く泣くその手を汚す的なね? それもう改心からの真人間フラグじゃん。俺らが主役張れる可能性ってのを否定してほしくないわけよ」
――ほう、ほう。要約すると、ライカン氏はスキル欲しさに手を組んだレッドネームすらその手に掛けた、と
「事実と嘘を織り交ぜてうやむやにしてるだけだよ。確かに僕は彼らをキルしたけど、それは交渉の」
「ほーら聞きましたか皆さん! 認めた! ライカン氏は大量殺戮の証拠を吐きましたよ!」
「供述と自供が一致しましたねぇ。いやはや、やっぱりライカン氏には敵わないっすわ! 彼に比べたら俺らなんてちょっとプレイヤーキルを嗜むだけの木っ端みたいなもんっすよ」
「やっぱり俺らは心の底から悪になりきれないなって思うわけ。これはライトサイドにジョブチェンもワンチャン見えてきたわ」
――なんということでしょうか。我々はまだ血の花火大会リターンズのほんの一面しか見ていなかったようです。レッドネームすら脅かす特大の闇が水面下では大きく動いて……ッ! やめろやめろ! おい、退避ッ! カメラ役撤退急げ! コイツ、今日はマジだ!
「オイ、ここは俺たちに任せて早く行け!」
「はっ! こんなところで死ぬわけネェだろ!」
「おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ」
▷
――まぁ死にますよね
「ぶっちゃけ爆弾を出された時点で詰みですしね」
「ブチ殺せたところまでは良かったんですけどね。ラストワードとの相性の良さがずるいっすよ」
「やっぱ俺らは巨悪に翻弄されただけの被害者ってわけ」
――お三方に於かれましてはレベルが下がってしまったわけですが……今の心境をお聞かせ願えますでしょうか
「スゥー……次回までにー」
「爆発物処理の資格をー」
「取得しておこうと思いますー」
一同(笑)
――本日は貴重なお時間を頂き有難うございました。凄惨な事件の裏に潜むのは目を覆いたくなるような真実。我々はその闇を暴くためにこれからも
「あ、ショチョー氏! 賄賂ありがとうな!」
「ヤラセってのも案外面白かったわ!」
「また機会があったら宜しくな!」
――おい! ざけんなクソ共! まだ放送中だぞ! えー、視聴者の皆様に於かれましては、頭のおかしいレッドネーム達による妄言を真に受けないよう……ヤラセではありません。悪意あるコメントを流すのはおやめください。皆様、我々は公明正大をモットーに活動しております! 偏向報道ではありません! ヤラセじゃねぇっつってんだろ! クソッ! 今日はもうダメだ! おい、カメラ止めろ! とんだ見当違いだ! もうあのクソ共とは二度と関わり合いにならな――
▷
害悪プレイヤーと結託してヤラセ茶番を繰り広げていた『ケーサツ』の株は底を突いた。
と、思いきやヤラセ放送は意外にも好評を博したようだ。視聴者層が終わっていることで有名な配信だからね。欲塗れのマスメディアが悪に迎合するというシチュエーションが謎の需要を満たしたのだろう。
ヤラセ茶番は早くも『ケーサツ』の新たな芸の一つとして定番ネタのローテーション入りを果たした。僕とショチョーさんがにこやかな笑みを浮かべながら金銭の授受をしている場面をモブケーサツがパシャリ。
これに激怒したショチョーさんがプレイヤーを張り倒し、僕がまとめて爆弾で吹き飛ばす。リスポーンしたショチョーさんがキレ散らかしながらコメントを捌くというのが一連の流れとして確立された。
各方面の報道機関に中指を立てる挑戦的な放送は、視聴者からの厳しいツッコミと容赦ない罵倒と戯れの投げ銭が飛び交っている。世の中ってのはつくづく何がウケるか分からないものだなぁ。
正義が軽視されかねない光景ではあるが……ここまで茶番に振り切っていたら誤解する者はいないだろう。僕はドロップしたコインを拾い上げる。ギャランティーってやつだね。
最近は物騒な話題に事欠かなかったし、心身のリフレッシュも兼ねてショッピングと洒落込もうか。僕はショチョーさんが未だにキレ散らかしてる騒々しい配信を閉じつつ足取り軽く家を出た。




