拘る者、捨てる者
シンシアとフレイヤたんの戦闘力の差はどこにあるのか。それは能動か受動かであると考える。
『先駆』のトップスリーのうちの二人はあらゆるものを置き去りにして突っ走るスタイルを確立している。人間性を捨て、世間体を捨て、余計な荷物をかなぐり捨てて誰よりも先を死物狂いで目指し続ける。
もしも一週間後に世界が滅びることになったと仮定して、最後の最後まで生きているのはこの二人のうちのどちらかなのではないかと思わせるほどの野生。もしかしたら滅んだあとの世界でもしぶとく生きているかもしれない。そのくらい貪欲に命を燃やして足掻いている。
一方のシンシアはどうか。
彼女はそんな二人から一線を引いている感は否めない。類稀なセンスを有しておきながら、やることは二人の補佐に回る消極的な立ち回りが多い。
対人戦もだ。彼女はよほどのことがない限りあえて後手で受ける。先手を取るのが苦手なわけではない。おそらく、そういうやり方が合っているのだろう。
周囲の性質を素早く見定め、どう動くのが自身にとって都合がいいかのそろばん弾きを並行して進める。状況を動かすのではなく、動き続ける状況に対し自らを最適な位置に置き続ける。それが彼女なりの効率。
その核に据えているものは何であるのか。僕はつい最近までその正体を掴めなかった。わざとらしい仮面を作って面倒くさいやりかたをしてるなぁ程度にしか捉えていなかった。最近までは、だ。
今なら分かる。彼女がそういった方針で舵を切るに至った理由。核心。
配信映え。これだ。
掃き溜めに鶴。シンシアは周りをドブ沼で囲うことによって自身を際立たせるという、極めて高いバランス感覚を要求されるテクニックを披露していたのだ。
人間性を捨て去った二人を支えるまとも(演技)なプレイヤー。なるほど、おいしいポジショニングもあったものである。
対人の際に後手で受けるのもその一環。自ら斬り掛かるバーサーカーではなく、時代劇の殺陣のように襲い掛かってきた相手を捌き切る芸術性を全面に押し出した戦い方。
機動力に物を言わせた攻めが強いこのゲームであえて受けに回る理由。見てくれだ。彼女は頭の天辺から脚の先まで自身を商売道具として扱っている。
――――配信って、意外といいカネになるんだよ
――――このキャラクターは"使える"んだ
――――単純なことだ。要はただのビジネスなんだよ
金髪碧眼という外しようのないキャラクタークリエイトにポニーテールというあざとさをひとつまみ。更に女騎士風という属性を上乗せし、申し分ない実力まで有している。
なるほど、メアリスなどという特例中の特例がいなければこのゲームのアイドルはシンシアになっていたかもしれない。その素質がある。だが、その拘り故に戦闘面ではフレイヤたんの後塵を拝していた感が否めない。
ではその拘りをかなぐり捨てたらどうなるのか。
「死ねッ! 死ねッッ!! このロリコンが! 社会不適合者がッ!! キャラが崩れるから喋りたくないだとッ!? 鏡を見てから口にしろこのボケがッ!!」
地獄絵図の完成である。
いやぁ、凄いね。高層ビルの爆破解体工事の映像を見ているようだよ。綿密な計画に基づき、時間と労力と技術の粋を惜しみなく注ぎ込み、うず高く積み上がった立派なそれがものの数秒で瓦礫と土煙に変わる。胸中に渦巻くこの感情に適した名前を僕は知らない。
「敵を斬るしか能のないイカれ野郎の分際でッ! まともなコミュニケーションを放棄した横着者の身の上でッ! よくも面倒事を人に押し付けられたものだなァ!!」
虫が自身の殻を破って羽ばたくことを羽化という。それは神秘だ。這って進むことに限界を感じた幼子が、生命のスープの中で自身の在り方を再定義する。そして空を目指すのだ。
遺伝子に刻み込まれた生命活動の過程のうちの一つと断じることもできるが、そういう考え方はロマンがない。少なくとも僕はそう思う。
自身のそれまでの肉体を捨ててまで自由な空を目指すその有り様に、僕は何か執念のようなものを感じるのだ。生命力の躍動とでも言えばいいのか。うまく言語化できないな。
だとしたら、これは――――
「廃人がッ! クソ廃人どもがッ! 貴様らはッ! このままッ! 1と0の海に沈めッッ!!」
人を定義する殻があったとして、それを破ったら人は何に為れるのだろうか。その答えに近いものを僕は見ている。そんな確信があった。
羽も翼もないけれど、それは確かに自由だった。
「ははッ! あっははははははは!!」
血溜まりに沈むフレイヤたんを足蹴にしたシンシアが両手を広げて吼えた。墓標のように突き立てられた剣は手向けというよりは早贄に似た残虐性を醸し出す。そこに人間性を認めることは出来なかった。
一方的。圧勝と言っていい。
シンシアは反撃一つ許さぬ連撃と体捌きでフレイヤたんを封殺してみせた。精神攻撃が効いたのかもしれない。勝負を左右した要因は様々あれど、直接的な勝因はやはり闇の解放か。
シンシアのあれはノルマキさんの戦闘スタイルに近い。蓄積型。地力をひっくり返して余りある瞬間的な爆発力。精神付随式へのスイッチ……途轍もなく強力な戦法だ。
だが何度でも使える手では無いだろう。あの量の闇を再び溜め込むには何ヶ月かかるのか分かったもんじゃない。
雌伏の期間は年単位。羽化したら暴れまわり、やがてすぐ力尽きる。セミの一生を見ているようだ。儚いね。
「ハッハァー! やるやるゥ! アレとヤり合ってたら負けてたかもしれねェなァ!」
「よそ見なんて余裕こいてんなよなッ!」
余裕の表情を崩さないノルマキさんと、嘘くさい笑みが剥がれつつあるシリアがぶつかり合う。この二人の戦いもこちらの優勢で推移しているようだ。
猛者同士の戦闘がトップスピードに入るともはや視認が困難な域に達する。機動力がずば抜けているこの二人となると尚更だ。
ひたすらデタラメに跳ね回って狙いと攻撃の瞬間を絞らせないシリアと、群を抜く初速と機転を利かせた奇抜な動きで追い詰めるノルマキさんの構図。その二人にある差は……力だ。
「ぬりィ一撃かましやがってよォ! 接待ゴルフやってんのかァァ!?」
「チッ……!」
釘バットが当たる圏内に追い詰められるのを嫌ったシリアが後方に跳びながら投げナイフを投擲した。足止めを兼ねた牽制。シリアらしからぬ及び腰な策をノルマキさんが真っ向から打ち砕く。
「三百ヤァァドショットォォッッ!!」
ブンと釘バットを振り抜いたノルマキさん。生えた釘に変な当たり方をしたのか、投げナイフは大きく左にそれて空へと消えていった。
「OB!?」
どちらかと言えばファールなんじゃないかな……。
接待ゴルフはわざと外したと気付かれない程度に手を抜く必要があるとはノルマキさんの談だ。芝の上での演技とストレスチェックの点数なら誰にも負けないという言葉は、僕のノルマキさん迷言リストの中でも最上位に位置している。爽やかな顔して自慢げに言う事じゃありませんよ……。
「チップインバァァディィィッッ!!」
間合いの外からの急襲。ノルマキさんを強者たらしめるのがこの瞬発力だ。奇襲、強襲、正攻法とどれにでも応用が利く万能性。
ノルマキさんに頭をカチ割られた人はみな、さっきまで遠くにいたはずなのに気付いたら釘バットを振り下ろす寸前のモヒカンチンピラが目の前にいたと話す。思考とアバター操作が限りなく最適のそれに近く、異常なまでの速さを実現しているのだろう。
虫が目の前を過ぎったときにする手を振り払う動作。あるいは、熱い物を触ってしまったときの手を引っ込める動作。意思を介さない反射運動は最速に近い動きを可能にする。ノルマキさんやあっさんはそれに近いことを意識してやっているのではないか、というのが『検証勢』の考察結果だ。人間辞めてない? 今更か。
「ッ……!」
釘バットの薙ぎ払いを屈んで躱したシリアが懐へ潜り込もうとするが、振り上げられた脚に阻まれて後退する。ノルマキさんの【空間跳躍】。先程見せた片足バク宙を高速で繰り出し、接地と同時に地を舐めるような低姿勢で追い縋った。
シリアの弱点は足元だ。短剣というリーチの短さは足元への攻撃手段に乏しく、故にシリアはその弱点を潰すために機動力を活かした撹乱を織り交ぜた動きや身を低くした疾駆の技を磨いた。
では、相手に同じことをされたらどうなるか。
「こ、のッ! 痴漢かよッ!」
まあ、ほぼ詰む。
スカートを覗き込むような逮捕確実の犯罪者ムーブで追い回されたシリアは防戦一方だ。投擲は鋭角を描く【踏み込み】の連発で難なく躱され、靴に仕込んだナイフでの蹴りは釘バットの薙ぎ払いで迎撃される。ダメージを受けるのはシリアだ。動きが鈍れば更に不利へと転落する。これはもう勝負あったかな。
「しつッこいッ!」
シリアがドンと踏み込み上空へと身を躍らせた。職業暗殺者のレベルを上げた者にのみ許される【濡れ烏羽】を利用した強引な仕切り直し。
屋根の上に降り立ったシリアがポーションを握り潰して回復した。メアリスと違ってプライドは無いようだ。所詮は雑魚狩り専門よ。
「ふゥゥー。強いなぁ……腹立つ。滅多にログインしないくせに、ずるっこいなぁ」
「ふむ……」
憎まれ口を叩くシリア。それを見てノルマキさんが首をかしげる。ポツリと漏らした。
「そんなに勝ちたいなら剣士になって剣を握ればいいだろう。おためごかしで言う訳ではないが、君は私より強い。条件さえ同じならば、な」
目を細めて不快を露わにしたシリアに構わずノルマキさんは続ける。
「君を見ていると思考入力の練習をせずにキーボード操作などという過去の技術に拘泥している老害連中を連想する。こちらのほうが早いのだと言っても聞かず、効率を落としている頭の固い連中だ。だというのに下には自分達以上の仕事を押し付ける。理に適っていない。ひどい矛盾を見ているようだ」
ノルマキさんの職業は剣士だ。
冗談にしか思えないが、あの釘バットは剣カテゴリーであるらしい。得物の長さと使用素材、重量によってカテゴリーは変えられるのだとか。でもだからって無理があるでしょ。
剣士は強い。常時高い補正が掛かるおかげで他職業の武器との競り合いにはほぼ一方的に勝つし、カス当たりでもある程度纏まったダメージを与えられるので相手のパフォーマンスを削る力もでかい。
リーチも重量も手頃と来たら、剣士一択になるのは避けられない宿命と言っていいのである。運営バランス調整早くしろ。
暗殺者に拘るのは頭が固いと罵られたシリアはスッと目を閉じ、一拍おいて笑みを浮かべた。ヘラヘラとした嘘くさい笑みとは違う。不敵な笑みで見下ろし、短剣をスッと突き付けて言う。
「それじゃつまらないでしょ? 有利な立場の相手をブチ殺して煽るのが楽しいんじゃん!」
「その拘りのせいで負けても楽しいか?」
「御高説は勝ってから垂れろよッ!」
「そうさせてもらおう」
矢のように跳び出したシリアとノルマキさんが再び激突する。攻め手に回ったシリアだが、やはりノルマキさんの瞬発力に押されて攻めきれていない。主導権を握り返されるのも時間の問題だろう。
「どっちが勝つと思う」
理性を取り戻したシンシアが僕の横に並んだ。どうやらもう気が済んだらしい。でもいまさら取り繕っても手遅れ感があるよね。あの闇堕ちモードはちゃんと録画しておいたし、後でじっくりと見返そう。
「勝つのはノルマキさんでしょ」
「そうか。まあ、そうだな。だがシリアもなんだかんだでやる時はやるぞ?」
「シンシア、この前砂浜でやられてたしね」
「疲労があっただけだ。忘れろ」
シンシアは疲れを前面に押し出して負けを惜しんだ。この話題は深く突っ込まないほうがいいな。今のシンシアはふとした拍子に首を刎ねてきそうな危うさがある。ヤブを突付いたらその命で贖わなければならないのがNGOだ。怖いね。
軽口を叩いている間に形勢は傾く。追い詰められているのはやはりシリアだ。先程の光景の繰り返しと言っても過言ではない。
ノルマキさんがひたすらに最適解を押し付け、シリアが失着を重ねて被弾する。ここが出来ていないぞ、と教え導く先輩のような戦い方。テンションブチ上がってなくても強いとかノルマキさんも大概だな。
大きく薙ぎ払われた釘バットが反撃の択を奪う。飛べば叩き落され、屈めば蹴りが飛んでくる。後退すれば即座に距離を詰めてきて再び択を迫られる。この連鎖に抜け道を見出だせなければシリアの負けだ。
「それが暗殺者の弱みだ」
「ってんだよんなのはッ! 誰に言われるまでもなくッ!」
牙をむき出しにしたシリアが退く。ノルマキさんがすかさず詰める。変わり映えのしないループ。デッドロックか、そう思われた瞬間、シリアが跳んだ。
横合いから迫る釘バットをハードルに見立てたベリーロール。文字通り捨て身の一撃。狙うは喉笛。届けば勝利、届かなかったその時は――
「狙いは悪くない」
敗北。
釘バットをインベントリへと格納したノルマキさんが空いた手でシリアの手を捻り上げる。空を斬った短剣がカランと音を立てて地に落ちた。それが、試合終了の合図。
シリアの策はけして悪くなかった。相手の首を獲るという一点に焦点を絞ったとき、あの動きは間違いなく最短経路であった。
異常なのは決死の奇襲すら防ぎ切るノルマキさんの方だ。恐らく、シリアが賭けに出ることすら織り込み済みだったのだろう。でなければあの反応速度はおかしい。
血みどろの歴史を歩んできた……否、築き上げてきた猛者の中の猛者。その戦闘勘の為せる業。プレイヤーキルというものに向き合い続けた集大成がそこにあった。
「……絶対、いつか、泣かす」
「男の涙はみっともないと上司から教わったものでね、期待には応えられそうにないな」
潔く負けを認めたシリアがへたり込む。ノルマキさんが再びインベントリから釘バットを取り出し、大上段に構えた。それはさながら介錯のように。
「シカクいアタマを叩き割るゥゥッ!!」
効率の悪いやり方に固執する頭の固いシリアは死んだ。まぁ、悪感情ブーストが無かったにしては健闘したほうなんじゃないかな。
妖怪あまのじゃくの戦闘力は水物。見た感じ今日は下ブレの日だったし、次の機会に期待かな。
「おォまたせェェ!! それじゃァ行こうかァァ!! そろそろ盛大にブチかますんだろォ?」
「そうですね。……そろそろだ。行きましょう。噴水広場まで。護衛を宜しく」
「任せろ」
「ハッハァー! ホワイト企業に入社したつもりで任せなァ!」
街はいよいよ戦火を大きく交え、残すところは噴水広場の周辺のみとなった。大型倉庫も大洋館も灰燼に帰したようだ。さすがは頭のおかしいレッドネーム達だ。手際の良さが違う。ナチュラルボーンバーサーカーと世間から評されるだけのことはある。
チラとメニューの時間を確認する。20時45分。大詰めまであと15分、か。
護衛の二人を先行させ、僕は大型爆弾で一帯を吹き飛ばした。光の乱舞の中を悠々と歩く。続々と集結してきたレッドネームを従え、向かうは悪の巣窟と化した噴水広場だ。
両脇に最狂の二人を控えさせ、更地となった街を進む。気分が良くなった僕は流れに任せて音頭を取ることにした。
「さぁ、民度浄化作戦リターンズ、終幕だ」
精一杯かっこつけたところ、このままのペースだと間に合わなくなるということでシンシアに担がれて街を駆け抜けることとなった。すっとろくてすみませんね。




