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チーム歯車

『花園』の敗因は唯一つ。心の内で闇を育てていなかったことだ。


「労働組合ィィ!!」


 渾身の一振り。左右からの挟撃を一撃で弾き返したノルマキさんが、身体を泳がせていた相手の土手っ腹に喧嘩キックを見舞った。

 モヒカンジャラジャラピアスのチンピラが見てくれを整えた女キャラを蹴り飛ばすという、出すところに出せばいろんな団体が動き出しそうな光景に背筋が寒くなる。


 VRゲームでの対人戦において女キャラというのはそれだけで有利を取れる。リアルの性別が反映されるNGOでは尚更だ。


 見るからに悪党といった風貌の男と、綺麗に着飾った愛想のいい女。さて、どっちに剣を振り下ろすほうが良心が咎めないかという問題だ。よほど拗れた性癖を有していない限りは、男をバッサリと斬り捨てるほうが精神的に楽だろう。


 男女平等が叫ばれるようになって久しい。だが、どれだけ意識の改革を推し進めようとも性差というのは厳然としてある。

 男は女に対してカッコつけたい生き物であるし、肉体的な構造上で力に劣る女に力を叩きつけるのはどうしても躊躇いが生じる。いくら理性で縛ろうともゼロにはできない本能がある。そしてそれが付け入る隙として表れるのだ。


『花園』が強いのはそこだ。彼女たちは自身の強みを理解している。民度浄化作戦の時に『食物連鎖』の上澄みを相手に善戦できていたのはそれが大きい。ふとした瞬間に艶を出して精神攻撃を仕掛けるのだ。

【踏み込み】を使用した高速戦闘中に相手を斬るのを躊躇うなど、首をご丁寧に洗って差し出しているに等しい。相手が良心の呵責に揺らいだのを好機と見て『花園』連中は剣を突き立てる。良心や常識が枷として機能するゲーム。それがNGOなのだ。


 だが、それは裏を返せば色仕掛が通じない相手には滅法弱いことを意味する。故にあっさんにボロ雑巾のように転がされたし、そして今、チーム歯車に苦戦を強いられている。


「はあぁッ!」


 気合のこもった横薙ぎがノルマキさんを両断せんと迫る。喧嘩キックの後隙に差し込まれた鋭い一撃。傍目にはそう見えるだろう。剣を振るった本人もここが絶好機だと思ったに違いない。


 だが甘い。相手はノルマキさんだ。並み居る猛者を屍の山に変え、その頂に腰を降ろして高笑いを上げてきた最狂の男。定石で落とせるほどその首は安くない。


「あァ?」


 ノルマキさんが空を蹴る。【空間跳躍】だ。

 喧嘩キックで振り上げた足の裏に力場を発生させ、【踏み込み】を付与した脚で蹴り飛ばすことで強引に姿勢制御を行う。常識では測れない重心移動と体幹。

 片足立ちという姿勢からグルンとバク宙を披露したノルマキさんが、斬りかかってきたプレイヤーの頭を行き掛けの駄賃とばかりに叩き割りポリゴンへと変える。つ、強すぎる……。


「遅っせぇなァ! 舐め腐ってんのかテメェらはよォ! 社長と専務の出勤時間ですかッてんだよオォッ! えェ!?」


 重役出勤のように遅すぎる一撃を難なく対処してみせたノルマキさんが吼える。怒りが『花園』ではない何者かに向いているように見えるが気のせいだろうか。気のせいということにしておこう。


 挑発を受けた『花園』が、ならばと三方向から襲いかかる。先程の挟撃に時間差を織り交ぜたフォーメーション。

 左、右、上。迎撃を考慮に入れた上で刺し違える覚悟の特攻。命を取ればレベルが下がる。相討ちならば利はこちらにあると言いたげな、ギルドメンバーを必要経費に見立てた非道な策。


「新卒の態度みてェな連携だな。見てられねェ」


 退路を断たれたならば進めばいい。死の行軍(デスマーチ)に慣れきったノルマキさんはコンビニに寄る感覚で死地へと飛び込んで見せる。

 一足で左から迫っていたプレイヤーの懐へと接近。一切容赦のない膝蹴りを勢いのままに叩き込み、硬直したプレイヤーの脚を刈って転がした。


 後ろを見もせずに反転。まるでそこに来ることが分かっていたかのように釘バットをカチ上げる。【空間跳躍】で追い縋ってきたプレイヤーの剣を弾き飛ばし、無防備な身体に往復の釘バットを見舞う。ハエのように叩き落されたプレイヤーが屍に変わった。転がしておいた一人の頭に釘バットを落とせば屍は二つ。


 残る一人が迫る。釘バットを振るったあとの無防備なノルマキさんに勢いの乗った刺突を繰り出す。これは……躱せない。


「取った……ぁ?」


 躱す必要がない。だから隙を見せたのだろう。

 今のノルマキさんには同僚がいる。ワンオペではないのだ。ガッチリと噛み合ったボロボロの歯車同士が血を潤滑油にトルクを上げる。


 胸から生えた剣を唖然とした表情で見下ろしたプレイヤーが膝を折る。楔が抜かれ、三人仲良くドチャリと血溜まりに沈んだ。綺麗な血の大輪が石畳を彩る。圧倒的だ……チーム歯車。僕は草をモシャりながら息を飲んだ。


「やぁァるねェシンシアくぅん! 今すぐウチの部下と首を挿げ替えてェくらいだぜェェ!! ……実際どう? ウチにこないか? 社会保険はあるぞ」


「……お言葉だけ」


「残念だ」


 社会保険がアピールポイントって、それ他にはそれらしい長所が無いと言ってるようなものでは……いや、よそう。見ざる、言わざる、聞かざる。猿になれ。社会のあれこれ、僕わからない。


 あれだけ意気込んでいた『花園』メンバーのうち四人があっという間にポリゴンへと変わった。双方の実力を鑑みたとき、数的優位はもはや無いに等しい。

 攻めの手が止まる。中途半端に突っ込めば瞬く間にポリゴンに変えられるのが目に見えているからだ。リスポーン組を合流待ちする消極的な姿勢。そんな情けないさまを見てノルマキさんが吼えた。


「おいおいなんだァもう音を上げてんのか? アァ? いくらなんでも早すぎんだろおォォ! 社長と専務の退勤時間じゃねェんだぞオラァ!」


 僕はノルマキさんの会社の社長と専務が釘バットで頭をカチ割られるニュースが流れないことを祈った。

 嫌な沈黙が流れる。いま、この瞬間だけは僕とシンシア、そして『花園』連中は味方だった。かける言葉が……見当たらない。僕らは無力だ。


 口をもにょもにょと動かしていたシラギクが開き直り、キッと眦を吊り上げてノルマキさんを睨んだ。強引に話を逸らす。


「ノルマキ、さん! 貴方、社会人ならそんな釘バットで女性を殴り付けるような真似は止してくださいまし! 痛む良心は無いんですの!?」


 シラギクは複数人で囲んで殴るリンチの指揮を執っている現状を棚上げしてノルマキさんの良心に縋った。自分を棚に上げて相手を扱き下ろすのはこのゲームのプレイヤーの必須スキル。これに対しノルマキさんは如何な反応を返すのか。


「女性に対する良心、か」


 ノルマキさんの表情がストンと消える。焦点の合っていない皿のような目が中空を泳いだ。

 まずい……! 僕はシラギクにジェスチャーを送った。腕をクロスする。やめだ、やめ! この話は良くない! 地雷だ! つついてはならない!!


「三年前だったかな……女性新入社員の一人が入社した次の日に辞めると言い出してね……ろくな企業研究もせずに入ってきたんだ。人事は顔採用とか言っていたな」


「ノルマキさんすみませんわたくしが悪かったのでその話はやめていただけませんか?」


「世間をナメた態度だったよ。だが頭の回転は良かった。新卒で即日辞めるなんて経歴に傷がつくと思ったんだろうね。辞める原因を他に求めることにしたんだ。早い話がでっち上げだ」


「ごめんなさい。謝ります。やめてください」


「その時の教育係であった私は目を付けられた。密室でセクハラされたと騒がれたよ。慰謝料をふんだくるワンチャンスを狙った犯行だ。あの時は私の人生はここで終わるのかなぁと思ったものだ」


「…………」


 説得を諦めたシラギクが遠い目をした。僕らも遠い目をした。ああ、太陽に似た恒星が眩しい。


「結果から言うと私は無罪が証明されたよ。監視カメラに映っていたんだ。その女が友人と犯行計画のやり取りをしている携帯の画面がね。ああ、酷い話だ。人を破滅させる計画を軽い調子でやり取りしていたんだよ。その時かな……私が男と女の違いについて考えたのは」


 近くで爆発が起きた。風に煽られて革ジャンが揺れる。余波を浴びても不動のノルマキさんがカクリと首をかしげた。


「差があるとしたら、それはY染色体の有無でしかないのでは?」


 情緒がバグり散らかしたノルマキさんを見て僕はもう居たたまれなくなった。男女差を遺伝子情報でしか認識できなくなってしまったノルマキさんに駆け寄り身体を揺する。


「ノルマキさん! 殺しましょう! 『花園』をみんなブチ殺しましょう! 楽しいプレイヤーキルですよノルマキさん!!」


 微振動していたノルマキさんがピタリと動きを止め、グリンと首を動かして僕を見る。昆虫のように純粋で、しかし濁った瞳に光が戻る。ビクリと一つ痙攣し、ニカッと笑ったノルマキさんが口を開く。


「おォォういいねェラァイカンくぅん! 祭りはまだまだ始まったばッかだぜェェ!! 花火の代わりにポリゴン咲かせてやろうかなァッ!!」


 危なかった……なんとか連れ戻すことに成功した。僕はキッとシラギクを睨む。これは貸しだよ。シラギクは目礼で返した。


「完徹いけますかあああァァァ!!」


「夜更しはお肌の敵でしてよッ!」


 ギュンとシラギク目指して跳び出したノルマキさんに追従してシンシアも駆ける。暴走特急のようなノルマキさんのフォローは、普段からトップクラスの廃人二人に連れ回されているシンシアにしか熟せないだろう。


 縦横無尽に暴れ回るノルマキさんと、付かず離れずの位置をキープして討ち漏らしや奇襲を防ぐシンシア。恐ろしいほどに噛み合っている。ツーマンセルの理想形。『花園』が血祭りにあげられるのにそう時間はかからなかった。


 最後の一人であるシラギクが地に伏せる。闇に呑まれた二人を救おうと、震えるその手を必死に伸ばした。


「二人とも……目を、覚まし」

「謝肉祭ッッ!」


 シラギクは死んだ。目の覚めるような赤で仮装した二人が死体を前にハイタッチを交わす。カーニバルよりもサバトのほうが正しい表現なのではないか。僕は訝しんだ。


「腕ェ戻ってるじゃねェのシンシアくぅん! 吹っ切れた人間ってのァ頼りになるぜェェ!!」


「はは。ギルドの柵から抜け出せたのが大きいですかね。ノルマキさんもいっそ転職を考えてみては?」


「ばっ! シンシアッ!」


 戦いが終わって油断したな廃人め! それは禁句だ!

 スンと表情を消したノルマキさんが虚空を見つめる。年間休日日数と転職の話題はやめろとあれほど……ッ!


「辞表を出すと上司に泣かれるんだ」


「ごめんなさいノルマキさんこの話はやめにしましょう」


 失敗を悟ったシンシアが慌てて静止を促すも時既に遅し。瞳に虚無を宿したノルマキさんが壊れたコピー機のように呪詛を吐き出す。


「お前が抜けたらこの会社は回らなくなるとか、どう責任を取ってくれるんだとか、そういう身勝手を言われたらこなくそってなって辞められるんだけどね。私よりも年上の上司が机に額を擦りつけて泣くんだ。辞めないでくださいと」


「…………」


「…………」


 バッと振り向いたシンシアが情けない顔で僕に助けを求めた。僕はゆるゆると首を横に振った。矛先を逸らす対象が無い。手の打ちようが無い。僕は、無力だ。


「もう少し頑張ってみますと返した時にね、言われたんだ。蚊の鳴くような声で、ありがとうございます、と。二回もだ。年上に敬語で泣き縋られたことはあるかね? あれは凄いぞ。飯が喉を通らなくなる」


 僕たちも今日の飯は喉を通らなさそうなんですが。シンシアが耳を塞いで黙り込んでいる。

 おい! シンシアが逃げたらこの状況が回らなくなるだろ! どう責任取ってくれるんだ! 僕は耳を塞いでいるシンシアの手を引き剥がそうとしたが無理だった。レベル差が憎い。


「中間管理職はどれだけ上手に労働基準法に中指を立てられるかが腕の見せ所みたいな面があるけどね……直属の上司の泣き顔を踏み躙ることは出来なかったよ。ははっ」


 笑えない……。笑いどころが……分からない……。

 クソっ! シンシア! 逃げるなシンシアッ! 誰が転職を斡旋してこっち側で雇ってやったと思ってるんだッ! 恩を仇で返しやがって! クビにするぞッ!


「ストレスチェックゥゥゥッッ!!」


 突如発狂したノルマキさんが僕らへと釘バットを振るう。避けられない! しまっ――――



 キン、という甲高い音が二つ。陽光を受けて煌めく刃が釘バットに弾かれて散っていった。僕らを目掛けて飛んできていたあれは、投げナイフ……まさか!


「やっほー! ノルちゃんさんと、オマケのお二人さん! なんか面白いことやってるじゃーん! 私も混ぜて?」


 シリアだ! 救援(いけにえ)が来た! 僕はノルマキさんに声を掛けた。


「ノルマキさん! あれ、あれヤりましょう! あれブチ転がしてスッキリしましょう!」


「いィィねェェ!! なァシリアくぅんよォ……死ぬ前に、なんでコッチに楯突いたのかッていう遺言くらいは聞いてやるぜェ?」


「あはは! おかしなこと聞くなぁー。このまえ頭カチ割られた恨みは忘れてないよ? あとはまぁ」


 生贄(シリア)が短剣を右手で弄び、投げナイフを左手の五指に挟んだ。いつもの嘘臭いヘラっとした笑みを貼り付けて言う。


「勝ち馬に乗るのって、あんま好きじゃないんだよねー」


「社会に出たら苦労するぞ?」


「あっははは! 辛気臭ーい!」


 戦う前からバチバチに火花を散らす二人。

 先程の醜態を無かったことにしたシンシアがキリッとカッコつけてノルマキさんの隣に並ぶ。


「加勢しますか?」


「あーあー、邪魔しないでよー! シアちゃんの相手はぁ……あっち!」


 シリアが短剣で指し示したのは空だ。影が舞い降りる。立派な肉体の上にロリフェイスを乗っけた廃人。フレイヤたん。『先駆』の三番手……いや、今となっては二番手か。


「……」


 言葉はなかった。ただ剣を抜き放ち、鋒をシンシアへと突き付ける。

 その所作はこのゲームにおいて宣戦布告、殺害予告の意味を持つ。殺すだの死ねだのといった暴言が当たり前のように飛び交い、無言で斬り付けるのが賢いとされていた暗黒時代から脱却しようと作られた文化。


 カッコつけているようでしかし、要は野蛮な文化がほんの少しその形を変えたに過ぎない。


 ――殺すぞボケが。


 スラリと剣を抜き放ったシンシアが返礼のように鋒を突き付け返す。


 ――上等だボケが。


 前座にもならなかった『花園』とは違う。ピンと張られた緊張の糸。遠くで爆音が轟いたのを合図に、四者が繋がれた糸を強く引っぱられたかのようにぶつかり合う。


「時間外労働オォォ!!!」


 チーム歯車、トップギア。

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― 新着の感想 ―
ノルマキさんホント好きw 幸せになって欲しい
[良い点] ノルマキさんの上司、すごい演技派ですね
[良い点] ノルマキさんww せめてチーム名をギア・フォースとかにしてあげて…
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